第465話 レイエルス

 その花が大崩落で絶滅してしまったということが、広く知れ渡っているのかと思ったがどうやら違う。


花筏はないかだはかつて一領地にのみ咲く花でした。ロウオウと共に大崩落でなくしてしまったことは、今ではレイエルスの者にしか伝承が残っておりません」


 ロウオウ……?

 あ、聖神二位の花とされる『蝋黄花ろうおうか』……黄色い蝋梅のことか。あの花、もうないのか……

 俺が蝋黄花のことを呟くと、レイエルス侯は首を振る。


「いや違う、その花ではない『玲桜ろうおう』と書く。白に近い薄紅の花で、五枚の花弁があったという」


 レイエルス侯の書いた文字に、自動翻訳さんが『桜』でなく『玲桜ろうおう』とあちらにはない名前をあててきているということは『玲』に意味があるってことなのかな?

 読みが『れい』じゃなくて『ろう』なのに、この字なのか……

 確か……『玉のように美しい』なんて意味のある漢字だったよなー。


 丸い実が生るとか、白い桜とか……セイヨウミザクラみたいな花かな?

 馴染みのあるソメイヨシノとは、別品種っぽいよね。

 品種改良して『桜桃』になったら、美味しい実が生ったのかもしれないが残念、もうないのかー。


 俺が不謹慎にも食べ物のことを考えている間、レイエルスのおふたりは少し暗い表情だ。

 いかん、気を引き締めねば。


「スズヤ卿のお生まれになった所では、玲桜ろうおうも咲いていたのでしょうか?」


 レイエルス神司祭がなんだか小動物的な、きゅ〜ん、なんて感じの鳴き声が聞こえてきそうな視線を向けてくる。

 ちょっと、カルティオラ神司祭に似ている感じがする……

 あそこまで子供っぽくは見えないけれど。


「その名前のものではないかもしれないですが、似たものはいくつかありましたよ。『桜』と呼ばれる薔薇の仲間の花で、街道や川縁に沢山の並木があって開花の時期にはそれは美しくて……その桜の花びらが水面に浮かぶ姿も、レイエルスの花と同じ名前の『花筏はないかだ』と呼ぶんですよ」


 あれは実に風流でしたなぁ。

 ……掃除は大変そうだなーなんて思ってはいましたが。


「……『桜』には、実が生りましたか……?」

「え? ええ、一本だけしかない桜は実を付けませんでしたが、他の木と並んでいれば、実を付ける木は多かったですね」

「左様ですか……見たかったですね……」


 ああ、そうだよなぁ。

 家門の花がなくなっちゃっているなんて、悲しいものなぁ……

 どこかにあるといいんだけどな、花筏はないかだ玲桜ろうおうも。


「大崩落って……随分昔のことですよね? レイエルスではどのように伝わっているんですか?」

「ご興味がございますか?」

「以前、ウァラクの歴史について伺ったことがあったので」


 おっと、途端にお二方の顔が引き締まった……というか、ちょっと怒りさえ見えるな。

 尋ねたかったことを聞いてしまおうかな。


「俺は、大崩落で『なくした』とされている二家門の内のひとつが、レイエルスではないかと思っています」


 思っていたほど、ふたりは反応しない。

 となると、この仮説は今までも唱えられていた可能性がある。

 レイエルス侯が、悔しげに口を開く。


「……そのような考えは、昔からあった。何度も幾世代で生まれては消えた疑問だ」

「どうして、検証がされなかったのでしょうか?」

「レイエルスは、扶翼だと考えられる。扶翼家門は、英傑なくしては意味を成さない」


 実は俺には、この辺がよく解っていない。

 今のところ神典にも神話にも、英傑と扶翼の関係性がはっきりとは書かれていないのだ。

 レイエルス侯によると、英傑とは正しく神々に力と恩寵を与えられた英雄のことである。

 だが、扶翼とは『英傑に力を注ぎ手助けをするように』という使命を神々から与えられ、そのための恩寵を授かった一族なのだという。


 確かに、そうなのかもしれない。

 セラフィエムスの『迅雷』に対して、カルティオラの『空封』は、空間の範囲指定をして閉じ込める魔法だ。

 雷を集中させ、無関係の場所にまで影響を及ぼさないようにさせるものと考えられる。


 空封だけではただ空間を区切るだけで、結界のような効果がある訳ではない。

 物質を閉じ込められるとか、その中で何かの現象を起こすことができるとかは、あの『貴族名鑑』には書かれてはいなかった。

 その他に使い方があるのかもしれないけど、そもそもが『英傑のための魔法』というのも解らなくはない。


 だが……レイエルスにも『絶対遵守魔法』があるのだ。

 もしそれが扶翼のもので英傑がいなくなってしまったら、血統を保っていても受け継がれなくなるのだろうか?

 そうなのだとしたら、あまりにも酷ではないのか?


「ひとつ、確認したいのですが……今、レイエルス家門の方々には【天水魔法】というものをお持ちの方はいらっしゃいますか?」

「ああ、いるが……よくその魔法を知っておるな? 血統魔法のひとつだぞ。儂にもあるし、分家でも何人かは持っておる」

「その魔法は『絶対遵守魔法』です」

「え……?」

「なんだとっ! ぜ、絶対、遵守……?」


 魔法が継がれていなかったのではなく、その魔法が『絶対遵守魔法』と解らなくなっていただけってことか。

 よかった、レイエルス家門が血統を守ってきたこの数千年が、無駄じゃなかったって解って。


「俺がレイエルス家門が『貴族家門ではないか』と考えたのは、その魔法が『絶対遵守魔法』と知ったからです。これって、雨を降らせる魔法ですか?」

「待ってくれ、まず、君がどうしてそれが……あの血統魔法が『絶対遵守』だと解ったのかを教えてくれんか?」


 あ、これは失礼、レイエルス侯……そうですよね。


「シュリィイーレ教会で発見された『正典』と同じ場所で見つけた本を、最近訳し終わったのです。その中に、貴族達の血統魔法の記載があり、レイエルス家門の魔法に『絶対遵守魔法』があることが解りました」

「……あなたがこの間言っていらした『聞きたいこと』というのは、そのことだったのですね……?」


 レイエルス神司祭に頷いて答え『貴族名鑑』の原本を取り出す。


「これは、正典と同じ時代に書かれていた古代文字版ですが、きっとこれより古い前・古代文字版も、どこかに存在していると思います。それには、もうひとつの家門も載っていたかもしれないですが……残念ながら、今ここにある古代文字版に載っているのは、十八家門以外で『絶対遵守魔法』があるのはレイエルスだけでした」


 セラフィエムスの蔵書にあった前・古代文字の本は抜粋版という感じで、多分元々の本からの写本っぽい。

 そもそもが『皇家』『皇系』の、血統魔法研究のものと思われるものだったしね。


「そうでしたか……」

 レイエルス侯は少し涙ぐんでいる。

「我が家門の血統は、無駄ではなかった……『絶対遵守魔法』が、こうして継がれているのであれば……!」

「ありがとうございます、スズヤ卿。あなたの発見は、我々を救ってくださった」

「……お役に立ててよかったです」


 目頭を押さえていたレイエルス神司祭が、改めて【天水魔法】のことを教えてくれた。

【天水魔法】は雨を降らせる……のかもしれないが、今までできたことはないのだという。


「水を天高く舞いあげて、雨にように広範囲に降らせることはできるのですが」

 と言って、苦笑い。

 その他にも、いくつかある血統魔法も殆どがそんな感じで中途半端なのだそうだ。

 だから扶翼の魔法で、英傑の魔法と合わさらなければ意味がないのではと考えたのか。


「スズヤ卿、この本のことはいつ公開なさるのだ?」

「実は、特には考えていないのですよ。貴族達の魔法が全て解ってしまうというと、多分王都の神書書院扱いですよね?」

「うむ……そうなるであろうな」

「そうなってしまったら公開などされず、時代が進んだらなかったことにさえされる可能性もありますね、兄上?」

「……そう、だな」


 おふたりの心配は、尤もなことだ。

 今、九つに分けられた領地以外にも『貴族』がいるとなったら結構混乱するだろう。

 それにセラフィエムス以外はどの家門だって、自分達の魔法を知られてしまうのを是とするはずがない。


 しかも、絶対遵守魔法があるからといっても、英傑か扶翼かも解らぬレイエルスに、今後領地が与えられるとも……ん?

 領地……元々はシュリィイーレのあたり……でいいのかな?


「このことをご公表なさるかどうかは、レイエルスの方々で決めてください。俺からは明かす気はないので。ただもうひとつ、気になっていることがあるのです」

「もうひとつかね?」

「レイエルスが元々どの辺りの領地にいらしたのかという、記録か伝承は残っていますか?」


「実は……それも我が家門の伝承と『歴史司書』の記載が食い違っておる。そのせいもあって、我が家門が貴族としては認められておらんというのも理由のひとつだ」

「我々の『領地』は『最も北』とされているのですよ」


 最も、北?

 今のマントリエル領のことか?

 あれ?

 だとしたら……大崩落なんて、起きてなさそうなんだけど?

 んんんん?


 大崩落はコーエルト大河なのかな?

 いや、でも『大地の裂け目に落ちた』的なこと、言っていたような気がするんだけど。

 それともマントリエル領には、大穴でも開いているとか?

 埋め立てて使っているのかな?

 でも、ドミナティアもゼオレステも、大地系のそんなことができる魔法は持っていなかったよなぁ?

 ハウルエクセムの【塊岩魔法】なら解るけど……


「そうなのです、今のマントリエル領が元々の『なくしてしまった家門の領地』だったのだとしたら……色々なことの辻褄が合わないのですよ」

「その上、我らに伝わっている『神々から今一度大地への加護をと願い捧げられたとされる、天をつく槍』も見つかってはおらぬ」

「槍……?」


 そういえば『自らの血を懸けて神の山から大地の一部に加護を賜ることに成功した』ってのがあったな。


「その血統を懸けた、というのを史書では『命をかけた』と解釈されているが、我らには『全ての魔法と技能を費やして天へと祈りを届ける槍の穂先を奉じた』と伝わっておる」

「ですから、神話の一巻で『五本の槍の穂先』が示された時には……何かが解るのではと思ったのですが」

「うむ……ロンデェエストとエルディエラの間にある湿地付近の伝承に『天をつく塔』があったというのも、まだ痕跡すら見つかっておらぬ。カルラスの塔もその穂先で、北の大地にもそれが在れば……と思うたのだが……」


 なるほどーーーーっ!

 あの三角錐っぽいなーー!

 あったよなぁ、マントリエル領のヴァイエールト山脈麓付近に魔効素放出口が!


 加護はやっぱり星青の境域による広範囲型魔効素供給装置で、大地に溜まった魔瘴素を浄化しているってこと……なのかな。

 神々の山は、錆山じゃなくて本当はヴァイエールト山脈のことなのかもしれない。

 だけどやっぱり『大地が崩れた』のは……該当場所がなさそうなんだよなぁ?

 三角錐は真珠三角錐で、大崩落はやっぱり大峡谷?

 だけどそれだと、最も北じゃないし……


「ドミナティアを我等家門の分家のひとつが支持し、マントリエル中を隈なく探しているが全く見つからぬ」


 レイエルスの方々は、わんこ属性なのかな?

 もの凄くしょげている土佐犬みたいに見えてしまったぞ、レイエルス侯。

 レイエルス神司祭は……秋田犬、だろうか。

 いかん、真面目に考えねば。


 あれ?

 今、なんか引っかかったぞ?


「いや、すまんなスズヤ卿! すっかり我が家門の話になってしまった」

「そうですね、つい……遊文館のことは、どうかお任せいただけますかな?」

「え、あ、はいっ! よろしくお願いいたします!」


 そうだった、そうだった。

 今回の目的を忘れるところでしたよ。

 最後の陛下承認の関門突破は、お二方にお任せいたします!

 どうかよしなにっ!


 そして、レイエルス神司祭がこちらに来る時にはご一報入れます……と、俺に通信石付きの細い腕輪をくださった。

 これが光ったら、シュリィイーレの教会に行きますよ、というお知らせが入るとか。

 俺も教会に行かれる状態であれば魔力を流し、無理だったら魔力を流さずに石に触れればいいといわれた。


 どうやら、魔力なしで触れるだけだと、レイエルス神司祭の方の通信石に『キャンセル連絡』が届くらしい。

 ……便利なような、微妙なような……まぁ、連絡ができないとか人に呼び出してもらうよりマシ、くらいかな。


「あ、そうでした、忘れるところでした」

 まだ何かございますか、レイエルス神司祭様?


「保存食がもの凄く美味しかったので、妻から忘れずに買ってきて欲しいと頼まれていたのです」

「……ああ! そうだ、儂もゲイデルエス卿に、絶対にタク・アールトなる菓子を食べるべきだと強く言われてな! 買わせていただけるか?」


 畏まりましたー、まいどありー!

 軽量化袋にご用意した保存食やら各種お菓子をお買い上げいただき、おふたりとも衛兵達に付き添われてお帰りになった。

 よっし、これで遊文館建設は始動できそうだ。


 その前にー……ちょーっと気になっちゃったから……様子見に行っておこうかなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る