第464話 遊文館、承認?

 ……というわけで、本日はレイエルス神司祭にこっそりおいでいただき、遊文館設計図公開と安全性の説明会です。

 しかし、なぜなぜどうして、ここにもうひと方、全く初めましてのお方がいらしております。


「すまぬな。私が弟のセッカに無理を言って、ついてきてしまったのだ」

「申し訳ございません、スズヤ卿。ですが、このことは兄にこそお話し頂くべきかと思いまして」


 レイエルス・セッカ神司祭の兄君、レイエルス・ガンオーロ侯である。

 十八家門ではないので身分階位としては貴族ではないが、唯一血統を厳粛に保ち続け皇国でただ一家門のみとなってしまった『士家』を維持している。

 ……自治領を持たない貴族、といってもなんら遜色はないだろう。


 各代のご当主によって本家がどの家門を支持するかを変えていて、今代の本家はゲイデルエス家門を支持している。

 本家以外にも分家ながら金証を保っている家が今も三家残っており、それぞれが別の家門を支持しているのだという。

 おふたりとも、結構体格がよろしくていらっしゃるので……二対一だと圧迫感、凄い……この部屋、結構広いのに。


 付き添いで来ている衛兵隊の皆さんもかなり緊張しているので、十八家門でなくてもかなり特別なご家門であるのだろう。

 そんな……ものすごく『フィクサー感』のあるレイエルス本家のご当主様が、態々辺境の図書館建設について聞きたいこととは一体……?


「遊文館、という構想、実に素晴らしい。かつて、我が家門でも十数代前から思い描いていた夢であった」


 え?

 そうだったのですか?

 お二方のビジュアル的には『一子相伝の◯◯拳』みたいな筋肉系伝統かと思ってしまっていたのですが……すみません、偏見だったようです。


「だが、レイエルスは所領を持たぬ。そのため、そのような施設はおろか知識を継ぐということも途轍もなく困難でな……」


 悔しさの滲むような声で語るレイエルス侯と同じように、レイエルス神司祭も唇を噛み締める。

『領地を持たない』ということは、どんなに財産があろうとどれほど民のことを考えていようと『できることが何もない』に等しいのかもしれない。


 そしてきっと、なまじ金証であるが故に、既に領主や次官のいる領地でのアクションが制限されてきたのではないだろうか。

『民のために何かしたい』と思ったとしても、そこにいるのは『レイエルスの民』ではないのだから。

 レイエルス神司祭が、やんわりと微笑みながら語る。


「だからせめて、各地の教会に司書室を作ることが精一杯だったのですよ」


 司書室……!

 そうだよ、あの存在も不思議だったんだ。


 魔法や知識を他国に秘匿したいと思っていても臣民達には魔法を教えたいから、苦肉の策でああしているのかと思った。

 その側面もあったから、本の閲覧は許可されていたのだと思う。

 だが、どの教会でも『役に立つものは古代文字の本が多い』とガイエスは言っていた。

 そしてタルフでは『読めない本だから捨てると言うのでもらってきた』と。


 読めない本なのに、皇国の教会は捨てていないし、目に触れないところに片付けてもいない。

 しかもその読めない古代語の本が『新しい教会』にまであるのだ。

 誰かが分散して預けているとしか思えないよな。


「もしかして……教会司書室の本というのは、レイエルスの蔵書なのですか?」

「そうだ。レイエルス家門の者達は金証であっても『王都中央区』には住めない。だから各領地にいる。神官や司祭にレイエルス家門の者を多く従事させることで、我等の代々の歴史書や蔵書を教会で保管していた」


 王都中央区に住めるのは、貴系皇系のみ。

 士系とされているレイエルスは、対象外ということだ。

 そこには当然、それぞれの貴族たちが教会の司書室のように本を読めるようにしている場所もあるはず。

 勿論、自領の教会司書室にも、ある程度の本は入れているだろうが古代文字や前・古代文字のものまではないだろう。


 レイエルスは金証でも他領に住むしかないのに、その領地では何もさせてもらえないのだ。

 せめて『本を預ける』くらいしか。

 直轄地に住んでいたとしても、同じことなのかもしれない。


 いや……確か直轄地法では、金証で移住が認められているのは子供を持つことがもうないリタイア組だけだった。

 独身者は『純血の方との婚姻の際は、元の領地に戻す』と誓約することが大前提だ。

 その町で成人したのでなければ、金証の『成人』はシュリィイーレに婚姻後も在籍することはできない。

 ……なるほどー、今のところ俺が唯一の例外ってことなんだなー。


 でも俺は『他国の純血統を保つ金証』だから、皇国の誰と結婚しても次の世代からは『純血』ではなくなる。

 だから『貴族として』シュリィイーレに血統が続いていくことはない。

 直轄地は『継承する貴族』の在籍を認めていないからな。


 レイエルスを普段『士族』として扱って貴族や皇族と区別しているくせに、自分達の都合に合わせて貴族扱いするってのはムカつくポイントではある。

 金証だからと、あたかも自分の領地のように振る舞うことを防ぐためなのだろうが……もやっとは、する。


 在籍していない人にはその町の『家』を買うことができず、借りるしかない。

 当然、その他の物件の所有もできない。

 レイエルスのリタイアした誰かがシュリィイーレに移住してきて図書館を作れたとしても、それの維持も経済的に難しいということなのだろう。

 リタイア組が新しく移住してきても稼げる手立てがあるとは思えないし……図書館の維持費は、魔法があってもかなり嵩みそうだからなぁ。


「図々しいことは解っておるが、君に頼みがあって来たのだ」

「頼み、ですか?」

「遊文館完成のあかつきには、我がレイエルスの蔵書を置いてもらえないだろうか」


 それは……なんとも嬉しい申し出なのですが……


「どのくらいの量があるのでしょう……?」


 なにせセラフィエムスからの膨大な寄贈書がありますからなぁ。

 場所の問題が……


「二万冊ほどになるのだが」

「だったら大丈夫です」

「「え?」」


 いやいや、驚かないでくださいよー。

 造るからには、めいっぱいの箱を用意しようと思いましてね?

 コレックさんに確認したら、かなりの広さが確保できそうなのですよ。


 そして冬場は凍る北西地区の北寄りですから、住宅としても今後若い人達が工房を立ち上げるとしてもいまいち人気がない場所でして。

 既に上ものを全て撤廃してる場所もあったりするものですから、当初の予定より安くてですねー。


「当初は十万冊の書架を用意する予定ですし、最大で五十万冊くらいまでは増やせます」


 そう、あのアレキサンドラ大図書館が、四十万巻十万冊相当の所蔵量だったはずなので『十万冊』が目安だったのですよー。


「実は既にセラフィエムス家門からの寄贈もお約束頂けておりますが、まだまだ余裕がございますから」


 現代のものはそのうち、ガイエスに各地の本屋さんで買って来てって頼もうと思っていたしね!


「は……はははははっ! なんと頼もしい!」

「そこ迄の規模のものをお考えだったとは……」

「どうせなら、沢山あった方がいいと思いまして」


 本当はセラフィエムスの蔵書を見るまでは、最大でも一般的な図書館の十二万冊にしてだいたい三万から五万冊あったら、なんて思っていたんだよね。

 だけど、セラフィエムスだけで三万以上の蔵書があったんだよ?


 その他の領地で売られている本と被っているものが少ないなんて聞いたもんだからさ、ガンガン集めていったらあっという間に十万なんかすぐ行っちゃうと思ったんだよねー。

 勿論、全部の本は複数冊用意するわけだし。


 ということで、やっと設計図をご覧いただきセキュリティ対策の草案をお見せした。

 一番最初に考えた八角形の基本外観は変わらず、当初より広くなったので中央部分は八角形の教室をふたつ並べて二階部分まで広めになった。

 壁をぐるりと巡る二階の回廊部分もかなり大きく取れるし、中央からの『橋』も当初四本のつもりだったが八本まで増やした。


 吹き抜けだから圧迫感はなく、橋の回廊は天井から足下まで硝子で覆われているので落下の心配はない。

 広くなったので何本かの柱は入れているが、一階部分は本棚になっていて手の届かない上の方はガラス製で透明だから重苦しい感じはない。

 基本コンセプトは変わっていないけど、規模が少し大きくなった感じだ。

 ここまで広いとレイアウト変更も簡単にできるし、使い勝手次第でリフォームもできるからね。


 安全対策は利用者証の作成と、魔力認証。

 それにより入れる場所、閲覧できる本が確定する。

 本には当然、防汚、防水、防炎で、壊れないし破れない。

 俺の管理マークが全ての本に押印されるので、それで付与魔法が発動する。


 施設への快適魔法付与も当然ながら、施設内のものは自販機で販売する食べ物や予め自分が持ち込んだもの以外は持ち出せない。

 貸し出して自宅でも読んでもらえる本もいくつか用意はするが、それは全て現在も他領の本屋で買える本だけ。

 返却されないものも出てくるのでは? と聞かれましたが、それも対策済み。


 期限指定の移動方陣が全ての本に組み込まれており、貸し出しの手続き後五日間で自動的に遊文館内へ移動されるのです。

 それはやむを得ない事情での返却漏れを防ぐためなのだが、この強制返却を何回かやられてしまったらペナルティで遊文館には入れなくなる……ってことにしようと思っている。

 再度利用できるようになるには、ちゃんと罰則を受けていただく。


 そして黙って持ちだそうとしたり、貸し出ししていない本を持っていこうという悪質な場合は、今後一切の利用差し止め。

 窃盗と一緒だからね。

 出禁になっちゃうのだ。

 勿論、本は移動制限がかけられているから、持ち出すことはできないのだが。


「罰則、でございますか?」

「町の道路清掃とか、ゴミ拾いとか、この町のためになることをちょっと恥ずかしい格好でやってもらいます」

「恥ずかしい……とは……」

「そうですねぇ……頭の上に『罰則掃除中』とか書いた旗でも乗せて、真っ赤な袖のない服でも着てもらいましょうか」


 ふたりは、そんな格好は末代までの恥! という表情だ。

 旗はともかく、真っ赤なノースリーブなんてさほど……と思ってはいけない。

 こちらの人達にとっては二の腕や肩を出すなんて、品がなくてとんでもない蛮族の格好なのだ。


 しかも、真っ赤……血赤を連想させるその色は『罪人の色』なので、嫌がる人は少なくない。

 身分階位が高ければ高いほど、この格好への嫌悪感は大きく、何にも代え難い恥辱になる。

 階位が低くてもこの格好で南東地区を掃除してたら、どれほど侮蔑の視線で見られてしまうことか……

 不名誉極まりない、一生の恥と言える『ペナルティ』なのだ。


「そ、それは、絶対に誰もが約束事を守るであろうな」

「効果は抜群だと思います……なんと怖ろしいことをお考えになるものだ……」


 今、俺はこのふたりの中で『残虐非道』なイメージを持たれたような気がする。

 そんなに青ざめなくてもいいじゃないですか。お約束を守ればいいのですよ。



 そしてその他諸々のお子様方への安全対策や、館内での決まりごとの案など粗方の説明が終了。

 第一次審査の合否は如何に……!


「スズヤ卿の魔法を活かされた、大変素晴らしい施設であると思います」


 レイエルス神司祭から合格(仮)が出たぞーー!

 これで中央の『司書書院管理監察省院』と陛下に承認がもらえたら、図書館『遊文館』の建設に取りかかれる!


「うむ、では、承認じゃ」


 ……は?

 何が起きたのか解らなかった俺にレイエルス神司祭が、クスクスと笑いながら計画書一式に押された『承認印』を指差す。


「こちらの建設計画、及び申請内容の実施についての問題はございません。教会として、そして司書書院管理監察省院としての審査承認を致しました」

「……司書書院管理監察省院……?」

「ふむ、私は司書書院管理監察省院の省院長なのでな」


 ふぁああーーーー?


「省院長?」

「うむ」


 衛兵さん達が緊張していたのは、中央の省院長閣下ということもあったのか。

 レイエルス侯、めっちゃ笑顔ですな。


「……いいんですか? 会議とかにかけなくて?」

「かけた所で、神聖魔法師の計画に賛成せんやつはおらん。時間の無駄だろうが」

「教会でも同じことでございますよ。それとなく聖神司祭方には根回し済みでございますので。あとは陛下の承認だけでございます」

「問題はなかろう。陛下が、スズヤ卿のなさることに反対するとは思えん」


 いやぁ……どぉかなぁ……俺、この間のスフィーリア様の祝賀の儀、出席断っちゃっているしなぁ。

 そういう個人的理由で、却下されないといいなぁー。

 司書書院管理監察省院の印章まで押されているから、大丈夫だと思いたい。

 ……あれ?

 省印の他に、もうひとつ。


「それは、我がレイエルス本家の印章だ。代々、ずっと同じ印章を使っている」


 貴族とは違い、代替わりで新しくすることはないらしい。

 これ、きっと家門の花だな。

 あの貴族名鑑には、レイエルスの花までは載っていなかったなぁ。

 こんなところでも『貴族じゃない』扱いか……


「へぇ、レイエルス家は『花筏はないかだ』なんですね」


 散った桜の花びらが水面に浮かぶ塊を『花筏はないかだ』というが、ちゃんとした花としても存在する。

 葉っぱの真ん中に、まるで筏に乗っているように咲く低木の花があるのだ。

 緑色の小さい花が複数個、集合体のような形で咲いて、勿論果実も葉の上にできる不思議な花だ。


「なぜ……知っているのですか?」

 へ?

「この花は、現在皇国には全く咲かない花です」

「あー……俺の生まれた国では、咲いていたんですよ。そうか、皇国には、ないのか……」

「絶滅してしまいましたから……大崩落で」


 大崩落?

 もしかして、

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