第461話 図鑑と辞書
さてさて、絵本と図鑑の作成が決まったが、ここで大切なものを忘れていたことに気付いた。
何が『学び』に必要かと言えば、当然言葉を理解するためのツールである。
そう、辞書、だ。
神典や神話が間違って訳されていても気付けなかったのは、辞書が普及していなかったことも原因のひとつである。
どんなに素晴らしい書物があったとて、正しく意味を汲むことができなければ『偽書』と呼ばれたり『悪書』になったりするのだ。
ただ辞書の
初めから完璧を目指さず、改訂を前提として文字の対応表から進めていくべきだろうな。
このへんも俺ひとりだけではかなり困難なので、言葉を集めてくれるチームが欲しいところだ……
いや、待てよ。
何もゼロから始めることはない。
俺は、あちらの世界の辞書を持っているのだ。
基本の共通するものや言葉などは、それをこちらの言葉に訳せばいいんじゃないのか?
ただ、問題はこの世界では『決まった文字の並び順』がないのだ。
正しくは『ない』んじゃなくて、沢山ある……と言うべきか。
『五十音順』と『いろは順』と『ABC順』が混在しているという感じだ。
音を聞いてスペルが解らなくても引ける『音順』辞書は、子供にとっても必要だ。
そして文字をみて、文字の形から調べて読み方と意味が解るものも要る。
だがしかし、文字の形の方も、音の方も、皇国共通の並び順がないのである!
全ての地域や年代によって、よく使われているものが違うのだ。
どの並びで作るかは、かなり重要なことである。
とはいえ、文字書きとしては発音ではなく、基本的に『文字の形並び』を作りたいところだ。
本を読んで、解らない単語を調べる……という手順で使う場合の辞書である。
まぁね、俺が自動翻訳さんに会話を頼っている時点で『正しい発音』かどうかが解んない訳ですよ。
だから俺が『音順』で並べたら、実は違うなんてものも出て来そうなので、目で見て解る順番にすべきだと思うんだよね。
しかし……その文字順も……なんで違いがあるんだろうってくらいある。
セラフィエムス蔵書を見て思ったのだけれど、無作為になっていたと思われた書架の並びも『当時の文字順』ではないのだろうか。
参考にならないかとシュリィイーレ教会の司書室地下の秘密部屋まで来て、本の並びを確認したが……ここもまた全然並びが違うのだ。
でも、司書室の並びは本の分類に分けた後は『本のタイトルの頭文字順』だろう。
しかし隠し部屋の本の並びと司書室では分類は変わらないが、その頭文字順が違う。
これはセラフィエムスの別邸でも同じだった。
本邸の方はあまり読まれていなかった古い古代文字のものと、前・古代文字のものでも並び順が違っていた。
そしてその文字の並び順は神典・神話の並びを参考にしていそうなのだ。
神典も神話も一冊につき四章に分かれており、それぞれにタイトルが付けられている。
文字順は、タイトルの頭文字順と思われるのである。
態となのか、章見出しの頭文字が全部違っている……と思われる。
そのため、前・古代文字の神典四冊・神話五冊が完璧に揃っていた時代と、古代文字の神典が三冊・神話五冊の時代では、並び順が違っているのである。
確定できないのはまだ、神話の第五巻の前半部分が見つかっていないからだ。
そのふたつの時代でさえ、見出しの頭文字が足りなかったものを後ろに回していたと推測できるので順番が違う。
現代語の神典、神話はもっと足りなかったので、更に順番が変わってしまったのだろう。
文字順を国で統一するなどの命令ができなかったのは、古代文字の神典神話を重視する派閥と現代語訳でいいじゃんって派閥があったせいな気がする。
その裁定ができなかったのは……前・古代文字も古代文字だと思っていたから『意味のない文字』の扱いに困ったのだろう。
あれほど貯め込んでいたセラフィエムスの蔵書に辞書的な物が全くなかったということは、そういう物が作られていなかったか貴重なものとされ過ぎて皇宮の神書室とかに眠っているかのどちらかだろう。
どっちにしたって、学ぶということにとっては障害である。
『言葉という生き物』は、時代時代でその解説と共に書き留めておかなくては、変遷の理由を知ることができなくなってしまう。
もしかつてちゃんとした辞書があったのに広く知られないようにしていたのだとしたら、おそらく方陣の
昔の方陣による魔法は、言葉の比重がとても大きかったのかな?
今、各種の図形で表していることも全部言葉だけだったのだとしたら、皇国なら『魔法の流出防止』という理由での規制も考えられるね。
他国ではなんとかして皇国の魔法を会得しようとしていたから、皇国語の勉強をしていて共通語的にまで浸透したとか?
……だとしたら……遙か昔は『言葉を紡ぐ』ことが、魔法の基本ってことになるんだろうか。
おおおっ!
もしかしたら所謂『詠唱』的なことが行われていたなんて時代もあったりするのかっ?
うっはー!
中二病だとしても、結構イタイな、それはっ!
チョットヤッテミタカッタナンテオモッテイマセンヨ。
んんんっ、気を取り直して。
ということで、俺が訳した『正典』『正神話』を元にした文字並びで『現代語の辞書』……『皇国語辞典』を編纂することにした。
もちろん、いずれは前・古代文字と古代文字の現代語訳辞書も作るつもりだ。
父さんに頼む図鑑用の精密画も他にも描ける方を募りたいところだし、絵本向け挿絵画家も探して……彼らが全く知らなくて描けないものは……俺が頑張って描けるようにしよう!
誰かに頼むとしても他領の人でなく、できるだけシュリィイーレ在籍の人だけにしたい。
『全てシュリィイーレの子供達のためだけのもの』だから。
いや、ホント、ビィクティアムさんが以前ちらっと言った『そこからか?』の意味が、やっと解りましたよ。
なるべく多くの正しい知識を繋いでいくって、大事業だなぁ……
あ、久し振りに司書室地下に来て思いだした。
監視カメラ、ずっと付けたままだったよね。
もう要らないだろうから、外しておこう……別のことにも利用したいしねー。
その日の夕食後に父さんに図鑑作成のことを話し、俺が書いた説明文のもので『知っているものだけ』を描いてもらえることになった。
あちらの世界の図鑑を翻訳して説明文を書くのだが、その中のものでもこっちに『ない』ものは一切翻訳がされない。
こちらの世界でも現段階で確認できていないものなのか、本当にどこにもないものなのかは解らないが。
曖昧な『似たものはあるけどそのものズバリはない』ものに関しては、あの『自動翻訳さん的自己主張』系の訳が一緒に出て来る。
あちらでは生体の発見はされていないが、伝承や都市伝説的にいるとされる『
俺が西の森で見た個体は、角より牙が大きかったが……
あちらの世界での『空想上の生き物』も、こっちで実在している近しいものに変換されるのかもしれない。
『こっちの世界にのみあるもの』は、俺の知っている範囲で書いていくしかないかもなぁ。
青シシ様は、どこにも載っていなかったし。
そして驚いたのは、動物や昆虫の図鑑だ。
今まで日本語の本を翻訳しようと思っていなかったから、全く気付かなかったのだ。
その動物がいなくても、大変似ているのか同じ形なのか……魔獣や魔虫の固有名詞が、自動翻訳さんによって表示されるものがあった。
へぇ……サーベルタイガーはいないけど、
この辺りのことは、ガイエスに聞きながら作れるかなぁ。
うわ、魔虫ってこんなに種類いるの?
ムカデみたいな多足のやつとか、マジで見たくないわー。
あ、魚の図鑑でも、深海魚や海獣系だと魔魚の名前が出たりするぞ。
似ているんだな、きっと。
種類的には魔獣や魔虫、魔魚の方が普通の動物なんかよりずっと多いみたいな気がするのは……普通のは絶滅しちゃったのか?
この世界では『基本が魔獣』なのか……それとも、元々は違ったけど環境のせいで『魔』になってしまったか……だな。
ある程度書いたものを父さんに渡したら、半分くらいは解るといっていた。
「それにしても……よくもこんなに知っているものだな」
説明文を読みながら、ちょっと唸っている。
「実物を見たことはなくて、知識として知っていただけなんだ。俺が生まれたところのもので、こちらでは少し違うのかもしれないから説明が間違っていそうだったら教えてよ」
「なるほど。実際に見た訳じゃねぇってんなら、そういうこともあるな。解った、訂正や書き加えることも覚えている範囲で書いておく」
よろしくお願いいたしますっ!
ここで『先生』なんて呼んだら……また微妙な顔をされちゃいそうだったので止めた。
梅ジャムは大好評であった。
……母さんに。
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