第460話 カワイイ絵本

 そして少し革製品の店の並びを歩いていたら、子供のための絵本を売っているお店があった。

 すっごく間口が小さくて、見過ごしちゃいそうだったよ。

 都会の真ん中にある画廊とかも、こんな感じだよね。


 遊文館にはあらゆる本を置きたいので、当然今流通している本も、これから発行されるであろう本もできるだけ手に入れたいのだ。

 特に、お子様向けは。

 おおー、結構いろいろあるぞー!

 でもやっぱり、俺が苦手な細密画的絵本なんだなぁ。


 いや、そうじゃないのもあるな。

 これはロンデェエストの羊のお話だ。

 毛を刈りすぎた羊が仲間から羊だって解ってもらえなくて、拗ねて家出しちゃう話。

 この羊、可愛いな。

 こういう絵で、集めた伝承話を書いてもらえる人がいたらなぁ……


 何冊かの絵本を買って勉強しよう、と会計をしている時にお客さんが入ってきた。

 いかん、狭いから邪魔になっちゃうな。

 早く出なくちゃ、とすれ違おうとした時にぱちっと目が合った。


「んっまぁぁぁ!タクトさんじゃあ、ありませんのっ!」

「お久しぶりです、ベルローデアさん」

 数ヶ月ぶりに聞くマダム・ベルローデアの『んまぁぁ』は、至近距離だったからかまだ耳の奥でこだましているみたいだ。


「あら、あらあらあら、その御本、お買いになったのねっ」

「え、ええ、可愛い絵の本が、知り合いの子供達のために欲しくて……」


 こういうの見せて、手習い所のお子達がどう思うか聞いてみたいんだよね。

 近所の子達はまだちょっと小さめの子ばっかりだから、ローティーンのご意見も伺いたいところだ。


「それは素敵ねっ! その御本、あたくしのお友達が描いていらっしゃいますのよっほほほっ」

 えっ?

 それって、この絵もですよね?

「ええ。そぉですわ。昔は王都で画家をしていらした方なのですわ」

「是非、紹介してください!」

 お絵かきの先生ーーっ!


「実はねぇ、そのフーシャルさんなのですけど……今は、絵を描いていらっしゃいませんの」

 そうだったのか……折角俺が見てても怖くない、カワイイ絵本だと思ったのだが……

 でも、今度素敵な本のお礼に伺いたいから、とマダム・ベルローデアにご紹介をお願いした。


「そぉですわね。ご紹介だけでしたら、フーシャルさんもお喜びになると思うわ。フーシャルさん、千年筆をとてもお気に召していらっしゃるのよっ」

 それは嬉しいことだ。

 話を通してくださったら、なんとマダム・ベルローデアがうちの食堂までいらしてくださるという。

「実は、あたくしねっ、あぁたのところの自動販売機、だぁぃ好きですのよっ! ほほほほほーーっ!」

 ……常連さんだったのか……まいどありー。

 いつか、ヒメリアさんと出会ったら面白そうだと思うのは不謹慎だろうか。



 うちに戻って夕食準備の手伝いの前に、梅を仕込んで梅干し準備。

 先ずは塩漬けだ。

 ばあちゃんが作っていた時の塩分は、梅の重さの十八パーセントだったはず。

 焼酎は以前、コレクションさんから買ったものが残っているのでそれを使おう。

 ……早めにセラフィラントで作って欲しいところだ。


 そして綺麗にした梅に焼酎を吹きかけて、大きめの広口容器に塩と交互に漬けていく。

 鈴谷家で作っていたのは所謂『関東干し』というやつで、赤紫蘇を使わない。

 だから、付け込んだら天日で干してできあがりである。

 さて、漬け終わったのでこのまま七日間。

 ふっふっふっー、梅干しのおむすびが食べられるぞっ!


 お次は梅ジャムの準備である。

 完熟なので綺麗に洗ったら、冷凍して一晩おくのだ。

 そうすると煮崩れるのが早いので、簡単にジャムができる。


 鈴谷家では梅干しはばあちゃんが作るのだが、梅ジャム作りはじいちゃんが担当だった。

 多分大好きだったんで、誰よりも食べるからだとは思うが。

 そしてなぜか俺が延々と灰汁取りをやらされたので、どうやったら早く作れるか調べたことがあるのだ。

 ということで、梅を袋に入れて冷凍。

 続きは明日。


 山芋は全部、地下の保管庫へ。

 明日は西の市場に行きつつ、お子達に絵本を見てもらおう。



 翌日、西市場の朝市では、胡瓜と赤茄子、そして甘茄子。

 赤茄子はトマトのことであるが、甘茄子は完熟している赤ピーマンのことである。

 こちらでは、未熟果の青いままのピーマンは食べない。

 完熟させて真っ赤になったピーマンは、苦味がなくて甘いのだ。


 しゃきしゃき感はないものの、味としては俺も完熟赤ピーマンの方がずっと好きだ。

 長く保存ができない完熟物だが、うちの劣化防止保管庫であればノープロブレムである。

 煮ても焼いても生でも美味しい甘茄子は、赤いけれど緑属性で焼いても緑の残る優れもの。

 肉詰め作るなら、俺は絶対にこっちの方が美味しいと思う。


 よくピーマンの嫌いな人に肉詰めピーマン食べさせようとするなんてのがあるけど、どーして態々嫌いなものが前面に出ているものを無理矢理食べさせようとするのかいつも疑問だったんだよね。

 他にいくらだって、食べさせやすい料理があるっていうのに。


 そもそも、未熟果のピーマンより赤ピーマンの方が栄養があるんだから、子供にはそっちの方がいいと思うんだよなぁ。

 お値段の問題なのかね?

 だとしたら……料理に工夫をして欲しいよねぇ。


 いや、別に、俺が青いピーマンの肉詰めが嫌いだからって訳じゃあ、ないよ?

 出されりゃ食べるし。

 美味しいとは、絶対に言わないけどねっ!

 青ピーマンの美味しい料理はもっと他に沢山あるんだから、そっちにしてくれよとは心の底から思うけどねっ!


 ホント、こっちの世界の主流が赤ピーマンで嬉しい。


 さて、そろそろ手習いの終わる頃だな。

 この間会ったところに行ってみると、丁度終わった時間だったようだ。


「あーーっ! タクトにーちゃんっ!」


 来るか、子供爆弾!

 がッ!

 ふふふふ、受け止めたはいいが、少し腰を入れて屈みすぎたのか、はたまたエゼルの身長が伸びやがったのかエゼルの頭が顎にヒットした。

 めっちゃ痛いし、頭、ぐわんってなった……くそっ!


「タクトさんっ! 本、ありがとう!」

「凄く面白かった!」

 その後走り寄ってきたお子達が、まだちょっとクラクラしている俺にきゃっきゃきゃっきゃと群がってくる。

 楽しんでもらえたんなら、よかった……


「じ、実は、今日はみんなに見て欲しいものがあってだな」

 気と体勢を取り直して、みんなにあの可愛い絵の絵本を見せた。

「こういう絵本は好き?」


 何人かのお子達はすぐに好き、と言ったのだが半数近くが子供っぽいと難色を示す。

 エゼルとアルテナちゃんも、あまりいい顔はしない。


「この絵はさぁ、嫌いじゃないけど、この本の字は好きじゃない」

「あたしも絵は可愛いけど、この字がなんだかものすごーーく『子供っぽい』感じで嫌」


 ……そうかな?

 可愛らしい文字だと思うんだが。

 この絵本の対象年齢が、もう少し小さい子達向けなのかもしれないか。


「じゃあ、この絵で、俺の文字だったら?」

「それならいい! そしたら、この本も読む!」

 エゼルめ、可愛いやつ。

 アルテナちゃんは、まだちょっと不満げだ。


「この絵とタクトさんの文字だと……似合わない気がする」


 おおぅ、地味にダメージ入る。

 アルテナちゃんが言うには、俺の文字とこの可愛らしい絵は雰囲気が合わないという事のようだ。

 ふむ、つまり書体フォントの問題ということだな?


 俺はいつも書いている楷書的な基本の『美しい文字』ではなくて、ちょっとだけ丸みのある丸ゴシック体とでもいうような柔らかい文字で文章の一節を書いてみた。

「こんな感じの文字だと、どう?」

 アルテナちゃんだけでなく、覗き込んでいた他の子達もこれがいい! と言ってくれた。

 絵柄によって文字の見た目のイメージも変えないと、バランスが悪いということなんだな。


 それでは……と、ビィクティアムさんから以前借りた細密画みたいなちょっと怖い絵柄の絵本に、ゴシッククアドラータっぽい書体で文字を添えてみると格好いい! という声が上がる。

 ううむ、お子達はこの絵柄も平気なのか……と思ったら、半分くらいの子達は怖いと言って閉じてしまう。

 だよね!

 怖いよねっ!


 これはお話の内容によって、絵柄を変えた方がいいんだろうか。

 それとも全てのお話で『可愛い絵バージョン』『細密画バージョン』などあった方がいいのだろうか……

 お子様向け、やはり難しいものだ……


「……なぁ、タクトにーちゃん」

 羊の絵を見ながら、エゼルが俺の上着の裾を引っ張る。

「これってさぁ、タクトにーちゃんが前に貸してくれたロンデェエストのお話にも出て来た『羊』って生き物だろう?」

「うん、そうだな」

「あっちの話だとさぁ、羊って丸まった角があるって書いてあったのに、何でこの羊の絵は角がないの?」


 あ、そうか。

 生きている『羊』を、見たことがないんだった。

 実物のビジュアルを何ひとつ知らないのに、角のある種とない種がいるなんてわかんないよな!

 情報の少なさを失念していた。


 俺は羊には羊毛を取ったり、乳から乾酪を作ったり、その肉を食べたりといろいろな種類がいることを話した。

 そして、見た目の違うものも同じ仲間としての『羊』という名前で呼ばれることなんかを説明した。


「それって全員名前は違うけど、皇国人っていうのと一緒?」

「そう、だな、エゼル。それに近いかもな」

「それなら解るわ。あたしとエゼルじゃ、全然見た目とか違うもの」

 ……ちょっと違うけど……まぁ、取り敢えず『違うけど一緒』ってのは、ご納得いただけたらしい。


 こちらの世界では、子供達は成人するまで基本的に生まれた町から出ることはない。

 それは、貴族でも臣民でもあまり変わらない。

 しかも自分の身近にいない生き物や、使わない物を知る機会など全くと言っていいほどない。

『本物』を知ることが一生ない人だっているのに、デフォルメとか簡略化した絵で『察しろ』というのは無理というものだ。


 ううむ……これは……絵本より先に、図鑑の作成をすべきなのか?

 そんなに皇国中の知識を有している人で、しかも正確な絵が描ける人なんて……


 ……いるな。

 父さんに描いてもらおうっ!

 絵本と図鑑は同時進行すべきだなっ!


 よし、梅ジャムを賄賂にお願いしてみようっと。

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