第459話 南東市場にて
ランチタイム終了後のスイーツタイムの間に、自販機に自動投入される在庫のチェック。
うん、大丈夫!
ヒメリアさんの【収納魔法】で思いっきり買い物されたら、かなりいっぺんに在庫がなくなりそうだもんなぁ。
だけど、俺が渡したタルタルソースのレシピとお料理レシピで材料の確認をしているから、この後東市場でウァラクでは売っていないものを買って帰るだろう。
そしたらそんなに沢山は、保存食を買い込んだりしないかな。
おや、焼きおむすびがいい感じに人気のようだぞ。
味噌の方も醤油の方も、在庫がなくなってきている。
こういうファストフードは、お手軽で買いやすいのかもしれない。
ちょっと、コンビニの焼きたらこおむすびが懐かしいなぁ。
具材は魚系より肉の方がいいみたいなのは、ちょっと意外だが食べ慣れているからかも。
鶏肉のマヨネーズ和えが人気なのは、ツナマヨが人気なのと同じ理由だろうか。
そういえばガイエスに、おむすびはまだ送っていなかったな。
試食でいくつか食べてもらおう。
やっぱり焼いている方が、赤属性が多くなるから好きだろうな。
保温容器入り味噌汁も殻なし浅蜊のやつ、送っておこう。
方陣魔法師には、黄属性も藍属性必要だよな。
……ある意味、
食堂の混雑も緩和してきてのんびりモードになってきたので、俺はちょいと南東市場へ。
根菜の調達と、ナトレシェムさんの所に在庫補充だ。
思っていたより千年筆がご好評いただいているようで、高額設定品も売れているようなのだ。
まずは根菜類だが、夏場は根菜で旬のものは少ない。
しかし、この時期だけ西の森の一番北側で『山芋』が取れるのである。
揚げて食べてもいいし、バター焼きにしても美味しいのだが、西の森の山芋は粘りが強くて摺り下ろして卵を混ぜて焼くとふわっふわの『山芋焼き』が作れるのだ。
チーズをとろっとさせ鰹節をかけて、マヨネーズで食べると絶品なのである。
うーむ、青のりがないのが残念だ。
デートリルス辺りで、作ってもらえないものだろうか。
山芋さんを購入したら、ナトレシェムさんの色墨店へ。
えーと……こっちだったよな。
冬場と出店が違うから、なんだか迷う。
ありゃ?
道を一本、間違えたか。
裏側に来ちゃったな。
まぁ、客じゃないんだから、裏側から在庫補充に伺う方がいいかもな。
あ、ナトレシェムさん……は、誰かとお話し中……ふたり共、業者さんかな?
「そうですねぇ、この色はもう少し多めに……」
色墨の買い付けか。
そう言えば、直接コレイルのメーカーと取引があるって言ってたもんな。
ちょっとここで待っていよう、となんとなーく話が聞こえる辺りで立ち止まっていた。
すると……変な話まで聞こえてきてしまった。
「……ええ、タクトくんは【制御魔法】のようですね」
「なるほど……舞踏会の時に見せた治癒ではない……ですか」
「やはり、金証ですから出ないのでしょう」
「そうですね。あれは臣民達にばかり出る魔法です。残念ですね」
舞踏会で……治癒?
まさか、俺がマリティエラさんを治した時のこと?
「もし【治癒魔法】であったのなら、是が非でも王都中央区へお越しいただいたところですが……」
「そうですねぇ。いくら【治癒魔法】持ちでも、臣民を中央街区に入れるわけにはいきませんからな」
うーん……聖魔法の【治癒魔法】持ちは銀証だっていうのに、そういう差別的思考はあるわけだ。
王都中央街区、というと貴系傍流と皇系傍流の人達の居住区だな。
たとえ必要であっても臣民をその中には入れたくないから、金証の俺が【治癒魔法】を使えるなら囲いたかったということですか。
本当に【治癒魔法】持ちって狙われているんだな。
攫って閉じ込めたりするつもりだったのかな?
まー、どこに閉じ込められても、ソッコー逃げ出しちゃうけどねー。
いや……もしかしたら俺というより、俺の周りの人に危害を加えようとするのかな。
そんなことしやがったら、ただじゃおかない……
殺したりはしないけど、死んだ方がマシって思うくらいの報復はしちゃうと思うしねぇ、俺。
「あの『聖女』とやらは、どの領地の者かは解らなかったのですか?」
「おそらく直近でセラフィエムス卿が足を運べたセラフィラントか、司祭の領地であるカタエレリエラでしょうが……全く掴めないのですよ」
「その二領地以外ですと、もう少し情報が漏れ聞こえてくるでしょうが……テルウェスト司祭もセラフィエムス卿も『お堅い』ですから無理でしょう」
【隠蔽魔法】って、大事なんだなー。
一般的な【隠蔽魔法】だと、姿が変わって見えるけど声が変えられないとか、声まで変えた場合は魔法の効きが悪いとかの制限があるらしい。
俺にかけられたのはノエレッテさんの血統魔法だったから、どれも問題なくできたけど。
この三人は、衛兵隊員が血統魔法由来で最高の【隠蔽魔法】を持っていることを知らないのだろうから、あの女性……『聖女様』が実在すると思ってて探し出せてないんだろうな。
すぐにでも治したい病人でもいるんだろうか?
だけど、臣民の元に行って【治癒魔法】を請うことも、その臣民を呼ぶことも嫌な訳か。
銀証の聖魔法師だっていうのに、元臣民となると嫌だとかおかしいよな。
だったら『治癒の方陣』でも使えばいいじゃないか。
プライドなのかねぇ?
よく解らない感情だが。
ナトレシェムさんは……どちらサイドなんだろうな。
彼らと同じで【治癒魔法】があったら俺を攫いたいのか、それとも知ってたとしても【制御魔法】だと言って庇ってくれているのか……
ホント、全部をまるっと信頼できる人って……どこの世界でも少ないものだよなぁ。
そのふたりが去り、暫くしてから俺は表側に回ってナトレシェムさんの店へと入った。
いつも通りの笑顔でいつも通りの会話をし、いつも通りに納品完了。
そして、店を出た後……ちょっと落ち込んでいることを自覚していたので、大好きな食材売り場を徘徊。
いつもと違うところも歩いてみよう。
んんん?
珍しいものを見つけたぞ!
梅の実である!
知らなかったなー、南東市場では梅があるのかー!
しかも完熟梅だぁ!
ここって、薬の材料……生薬を売るお店みたいだ。
そういえば奈良時代に日本に梅が伝わった時は、薬として用いられていたなんてのも聞いたことがあった。
店の人に話を聞くと、ロンデェエストの北側で自生しているらしい。
梅干し作ろう!
梅酒もいいけど、俺としては酒はセラフィラントにお任せしたいので梅ジャムと梅干し!
ミカレーエル卿がこれ持ってきてくれてたら、一発OKだったのになぁ。
季節的な問題ですかね。
一緒にやたらと匂う……というか、臭う、拳より少し大きいくらいのサイズの草の塊も売られていた。
臭いが……パクチーそっくりである。
だが、パクチー……所謂コリアンダーとは全く違うものみたいで、生のまま磨り潰すと傷薬の原料にもなるらしい。
食べられはしないが、牛馬や羊によくくっついている毒虫などはこの臭いで撃退できるのだとか。
そして、
これもロンデェエストの北側で採れるものらしく、ファントーナやサーシルスでは牧場でよく使われるものなのだそうだ。
薬草系は、なかなか面白いものが売っているな。
うわ……これ……大麻?
いや、違うな。
似てはいるけど、別のものだ。
なんか毒々しく見えるなぁ。
気になって店の人に聞いてみた。
「ああ、ごめん、それは売り物じゃあ、ないんだよ」
慌てて袋をかたす店長が言うには、どうやら王都から来たという商会に無理矢理押しつけられたもののようだ。
「香りもよくないし、鑑定で視てもあんまり良さそうじゃなくってねぇ……このまま捨てていいものかどうか……」
「何に効くっていう話だったものなんですか?」
「なんでも、気持ちが落ち着く、とかスッキリする、とか……特に効能らしい効能がないみたいで」
脱法(実は違法)ハーブみたいな売り込み方だな。
持っていた『浄化の方陣』を使って一度浄化してみたのだが、たいした変化がなくてこのまま捨てても問題ないか困っているという。
「俺【植物魔法】を持っているから、それで確認してもいい?」
「……! そうなのかい! そうしてくれると助かるねぇ!」
では、お言葉に甘えて【麗育天元】さん、オン!
……これは多分、アルカロイド系だと思うんだけど……
アルカロイドはいろいろな植物に含まれる物だから、一概にこれが原因とも言い難い。
あ、でもこれ、どっかで見たやつに似ているぞ。
えーと、えーと、昔毒矢に使われてたとか……アイヌだっけ?
いや、北米の原住民だったか?
博物館とか資料館で見た、適量だと強心剤にもなるっていうやつに似ている。
だけど、このままでは毒性は低そうだから違うかな。
「これって、いつ頃受け取ったの?」
「去年の冬の終わり……
時間が経って、毒性が弱まった可能性もあるか。
「もう一度、方陣札で浄化してみてもいい? ダメなら、俺が買い上げるから」
「ああ……そりゃ構わないが……」
俺が自分の魔法でなく方陣札での浄化にしたのは、俺の魔法だと神聖魔法か神斎術になってしまって一般的な浄化を飛び越えてしまうからだ。
方陣なら必要以上の効果は出ないし、同じものは魔法師組合で買えるのだから良い結果が出たら今後も使える。
浄化をする前にもう一度しっかり鑑定して、複製できるようにしておくか。
ロートレアの教会で複製した、毒物の本に載っているかな?
方陣札に上にその葉を載せて方陣を起動すると、みるみるうちに毒々しい緑と紫の靄が消えて透き通ったレタスみたいな淡い緑になった。
ちょっと美味しそうに見えるけど……再度鑑定。
おおっ!
「ちゃんと、薬効が解るようになったよ。これ、不眠症の薬になるみたいだ」
「ほおぉ……綺麗な緑になったもんだなぁ!」
「他国のものはきっと大地に毒素が多いから、薬効よりもそっちが強くなっちゃっているんだよ。ちゃんと浄化してやれば、本来の薬になるんだと思うよ」
この可能性はあると思う。
育てる環境で取り込まれるものが変わるのは当たり前だし、植物が毒素を吸い上げて分解しているなんてのもない話ではない。
そういう場所で何代も育てば、その内魔毒をエネルギーにするような植物も出て来るんだろうか。
「そうかぁ、きっと儂の使った浄化の札は、効き目がよくなかったんだろうなぁ。今おまえさんが使ったのは、ここの魔法師組合で買ったのか? 修記者は誰だい?」
「この札を売っているのは、多分……セラフィラントだけかも……俺、この間セラフィラントに行ったんだ。修記者は『ガイエス』っていう二等位魔法師だよ」
「よっしゃ、ありがとよ! セラフィラントなら……今度、柑橘を買い付けに行くから、その時に買ってくるぜ!」
柑橘の皮も、生薬としてよく使われるもんね。
浄化した葉っぱを半分も貰ってしまった。
身近に不眠症の人、いないなー。
ビィクティアムさんに使って、ちゃんと休ませるってのはありか?
……いや、怒られそうだから止めよう。
今度あいつの、方陣札売ってもらおうっと。
治癒とか回復なんかの魔法は、それを使った方が面倒事が起こりにくいかもしれない。
……嫌がらずに売ってもらえるかな?
修記者さんには、ちゃんとお金を払って使いたいしねー。
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