第458話 魔具モニター
今頃は陛下の生誕祝いで、首輪と手錠……もとい、身分証入れとブレスレットの贈呈が行われて無事に加護が発動している……はず。
ビィクティアムさんはご領地で魔具のモニターさんに会うと言っていたから、セラフィラント公が頑張ってくださっているだろう。
こちらでも魔具モニター、欲しいところだがシュリィイーレの人じゃない方がいいんだよなぁ。
そんなことをつらつらと考えながら、ランチタイムにおかわりのパンを配っていた。
そこへなんと、ヒメリアさんがやってきたのである。
ぺこり、とお辞儀をして、笑顔で食堂の席に着く。
「いらっしゃい。態々シュリィイーレまで、どうしたの?」
「はいっ、今日はお休みなので、保存食と……お菓子を買いに参りましたの」
「お休み?」
「わたくし、ウァラクの衛兵隊に所属しておりますの」
おお!
つまり、騎士位試験は合格だったんだね!
遅ればせながら、おめでとう!
にこにこにこーっと満面の笑み、そしてとても誇らしげだ。
それを聞いていた衛兵達も、なんだか嬉しそうな笑顔なので彼女が衛兵になったことを喜んでいるんだろう。
ウァラク……ということは、彼女もあの特攻系制服を着ている訳か。
髪色が金赤だから、余計に目立ちそうだよなー。
だけど、あの制服着て弓でしぱぱぱっ! と魔獣を倒していたりしたら、かっこいいよなー。
「実はわたくし、二度ほど自動販売機のお買い物に来ているのですけど、いつもタクト様がいらっしゃらない時ばかりでしたの」
「そっか。それは失礼したね。それと……なんで『様』?」
「一等位魔法師様なのですから、当然ですわ」
……アリスタニアさんと同じこと言うんだなぁ。
まぁ、仕方ないか。
本日のランチはチキン南蛮とブロッコリーのサラダにプチカンパーニュ。
オニオンスープも付けてあります。
ヒメリアさんは、もの凄く美味しそうに食べる人だな。
……ちょっと、ガイエスに似ているか?
いや、エゼルっぽい?
同じ加護神だと、食べ方が似るとかもあるんだろうか。
でも『美味しい』って思ってくれている時の表情って、いいよね、やっぱり。
そして食べ終わった時に彼女から、なぜか料理のことを聞かれた。
ウァラクではジャガイモに似た芋が沢山採れるのと、養鶏が盛んで卵と鶏肉はとてもポピュラーらしい。
それを使った料理ってことかな?
ポテサラが大好きなようだ。
「今日のお食事にも使われておりました、卵と酢の調味料の作り方をお伺いしたいのです」
マヨネーズ?
いや、タルタルソースのことか。
「この調味料はもの凄く、もの凄く! 美味しかったのですけれど、ウァラクではどこでも作っておりませんの。鶏卵があるので、是非とも作り方をお教えいただけませんでしょうか!」
確かに、油が多いから、ウァラクでは作られていないかもなぁ。
俺は香辛料も使っているから、同じ味は難しいよね。
「卵の黄身と酢だけでは、ないのですか……」
「うん。油はロンデェエストから菜種油が買えると思うけど、香辛料はシュリィイーレの東市場だけじゃ揃わないかもなぁ」
入れなくても基本のマヨネーズは作れるんだけど、俺は料理によって香辛料を変えている。
ポテサラは山葵バージョン以外でもタルタルソースみたいにマスタード入りで、パプリカも入れていることが多い。
特にマスタードはルシェルスで作っているんだけど、なかなか入って来なくてサラーエレさんの所でも扱いは殆どないんだよね。
酢じゃなくて柑橘とか檸檬で作ったりもしているから……基本だけでいいなら教えてあげよう。
タルタルソースは固ゆで卵と玉葱をマヨネーズで和えるのが基本だけど、うちのはピクルスを使ってる。
実は今度、らっきょうの甘酢漬けバージョンも作ろうと思っている。
ウァラクでは、玉葱はロンデェエストのが買えるか。
こちらも基本だけは教えてあげられるけど、結構面倒なんだよねー。
「ヒメリアさん、料理は得意なの?」
「いいえ、壊滅的にできません」
いや、真っ直ぐな瞳で堂々とそんなことを言われては……
ん?
こういう人にこそ、試してもらうべきではないのか?
あの『楽々お料理レシピ付き簡易料理魔具』を!
「えっ? 料理の……魔道具でございますか?」
「まだどこまで有効か解らなくって、是非試してもらえないかと思ってさ」
父さんの料理もかなりいい線まで作れるようになったが、人によって味覚も記憶も違うものだ。
食材の知識も少なく、料理経験も少ない人がモニターになってくれるのはありがたい。
「……是非、やってみたいです!」
目を輝かせてモニター登録していただけました!
再来月のお休みの時に、また来てくれるというのでいろいろとデータをとらせていただきましょう!
領地によって用意できる素材には限りがあるんだから、味の再現がどこまでできるか……
「いきなり料理って難しいかもしれないから、この卵の調味料から作ってみてよ。一度だけじゃなくて何度も同じものや何人分かまとめて作ったりしてみて、味にどう違いが出るかも教えてね」
「はいっ! もの凄く面白そうです! この調味料、絶対にお芋にかけたら美味しいのですっ!」
……お芋、好きなんだね。
確か、ウァラクの芋はホクホク系で『きたあかり』みたいだった気がする。
二、三回、南東市場で見かけたけど、滅多に入らないんだよなー。
うん、ふかし芋にバターもいいが、タルタル使っても美味しいもんな!
ありがとうございます! と彼女が頭を下げた時に、かしゃん、と何かが落ちた。
彼女の髪飾りが壊れてしまったみたいだ。
慌てて髪に触れるが、飾り留めだったから結った髪はばらけていないよ。
「も、申し訳ございませんっ!」
「いやいや、気にしないで」
身分階位が上の人に対して、髪を解いたり髪で顔を隠すのが不敬だと顔を顰める人もいるにはいる。
でもこの食堂では、そんなことで目くじらたてる人はいないからさ。
壊れた髪留めを拾ってあげたら恐縮しきりで、こっちが申し訳ない気持ちになる。
俺の階位が上って判っているから、失礼なことをしたって思っているんだろう。
「綺麗な駒鳥石だね。留め具が壊れちゃったみたいだな」
駒鳥石は、トルコ石……ターコイズのことである。
落とした時に、石が割れなくてよかった。
たまに碧の森東側の山で取れるらしいが、俺はまだ見つけたことはなかった。
大事なものなのか、ちょっとしゅん、としている。
「直そうか?」
「え、ですが……」
「魔具のお試しをしてもらえるから、そのお礼」
大切なものが壊れると、凹むよね。
しかも、出掛けた先でそんなことがあったら嫌な思い出になっちゃう。
うちの食堂に来る度に、髪飾りが壊れたことを思い出して欲しくないし。
工房側に来てもらって、受付カウンターで待っててもらう。
椅子があるから、かけててね。
大きさが揃った、みっつの
台座に使っているのは、鉄だが塗料が使われていて錆止めになっているようだ。
でも結構古いみたいだから、このまま修理してもまたすぐに別の場所が壊れそうだ。
チタン製のヘアピンもあったはずだから、それで作り直した方が破損の心配もなくなるな。
水や汗にも弱いから、耐水も付与しておこうか。
衛兵隊だと雨が降ったりしてても、外での仕事もあるからね。
そういえば、直射日光にもあまり強くなかったはずだよな……その辺は【強化魔法】でなんとかなるかな?
「はい、直ったよ」
「あ、ありがとうございます! ……留め具の色が少し違います……?」
「台座は結構脆くなっちゃってたから、取り替えたんだ。壊れにくいし、肌にも優しい素材だから。それと、この石は水に弱いから気をつけてね」
「はい! 以前、浄化していただいた時も綺麗な色になったと思っておりましたが、一段と青みが強くなった気がします」
「昔から使っていたものなんだね」
「……小さい時に、もらったものなのです」
ということは、ディルムトリエンの石……か。
銅鉱床でもあったのかな。
綺麗なターコイズブルーだもんな。
そうだ、ディルムトリエンには『加護変え』なんてあったのだろうか?
加護神の序列なんてものは?
でも聞けないよなー……彼女がディルムトリエンの王宮にいたなんて話、健診の時の盗み聞きだもんなー。
あの時に彼女の魔力の流れを見てくれたのは【
俺が視た時も全く問題なかったし、今も嫌なものは何も視えていないから彼女自身に何かされているってことはなさそうなんで心配はないんだけど。
「あの……この石って、皇国でも採れますか?」
「え? ああ、少ないけど、採れるよ。どうして?」
「これをくれたのが……乳母だったと思うのですが……もしかして、別の……人だったかも、なんて思ってしまって」
「乳母?」
流石、王宮育ち……
あ、めっちゃ慌てている。
「いえっ、なんでもございませんっ! む、昔、ちょっと、その……」
「無理に言わなくてもいいよ」
「……申し訳ございません……」
言いたくないよね、つらかった時のことなんてさ。
お母さんがくれたのかも……って、思いたいのかな。
ヒメリアの心の中 〉〉〉〉
(ああああっ! ついっ、つい、うっかりっ!)
(素晴らしい魔道具をお預かりして、髪留めの修理までしていただけて、気が緩んでおりましたわっ!)
(あの国でのことを話したら……母上がマリティエラ様に対してしてしまったことまで話すことに……)
(そうしたら、セラフィエムス家門と深い関わりのあるタクト様に、絶対絶対嫌なお顔をされてしまいますわーー!)
(それはだめですーっ)
(そんなことになったら……)
(わたくし、恥ずかしくてお菓子を買いに来られなくなってしまいますわーーーーっ!)
(でも)
(そういえば、なんであの乳母だけ……わたくしのことを殺そうとしなかったのかしら……?)
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