第457.5話 皇王陛下の生誕日

▶皇宮・皇王謁見の間


「陛下、ご生誕の日を心よりお祝い申し上げます」

「久し振りだのぅ、セインドルクス」

「……申し訳ございません、なかなか領地から離れられず……息子が煩くて」

「ラウレイエスも全く顔を出さん」

「今年は、コーエルト大河の水量が増えそうでしてな。警戒して、堤を強化しておるのですよ」


「ん、これはなんじゃな?」

「ヴァイエールト山脈の麓で取れました、翠玉をあしらった指輪でございます」

「おお! 蔦の葉のような細工だな! 美しいな!」

「お気に召していただけてよろしゅうございました」


「陛下、わたくしからもお祝いを」

「ヴァンドル……これは一体……?」

「我が領地の『神泉粉』でございますので、是非ともご入浴でお使いください」

「おおっ! 話は聞いておったぞ! とても肌によい、加護の強い泉であると」

「左様でございます。それと、こちらも」

「ほぅ……! 素晴らしい刺繍だな。膝掛けか」

「はい。我が領地では女性司祭の教会を中心に、こうした海柘榴の金糸、銀糸の刺繍が流行っておりましてな。わたくしも、このように刺繍を入れてもらった手巾を持っているのですよ」

「うむ、ウァラクは随分活気づいてきたようだな……よかった」


「……お越しの方は、少ないようですが……」

「ああ、仕方あるまい。夏場のこの時期は、どの領地も忙しいからの」

「陛下……」


「ああ、申し訳ございません! 遅くなってしまいました!」

「……! ダルトエクセム? 珍しいな、そなたが来るなど」

「いやいや、お恥ずかしい。いつもいつも振り回されておりましてな。やーっとビィクティアムに本宅にいさせて出てこられたのですよ」

「そうか、ティムは、来んのか……」

「息子からも生誕の品を贈りたいと、預かってきております。お受け取りいただけますか?」

「勿論だとも! そうか、あやつ……ふふふっ」


……「……ずるいのぅ。タクトくんじゃろ?」

「なにか? マントリエル公」

「いや、別に」


「まずは、わたくしから……こちらの腕輪と身分証入れでございます」

「おお……! なんと美しい細工だ!」

「どうぞ、お着けください。右が薔薇の透かし彫り、左が海で戯れる双魚でございます」

「うむ、この腕輪、かわぃ……いや、細かい細工が素晴らしい。ほう、加護法具か!」


「身分証入れも、どうぞ」

「そう、だのう……しかし、身分証入れはタクトに作ってもらったものだからのぅ……」

「実は……こちらも、スズヤ卿にお願いしたものなのですよ」

「! そ、そうなのかっ!」


「今お着けのものは、聖神司祭様方と揃いのものでございましょう? ですが、こちらのものは『陛下のために』と特別に……」

「すぐに変えるぞ! ……これにも花が……金……いや、青い、薔薇? なんと、美しい……!」

「九芒星に賢神一位の蒼を金の薔薇に重ねてございます。陛下のためだけの意匠でございます」


「ほぅ、やはりスズヤ卿のものは作りが違う……」

 (ん……? 耳鳴りが、なくなった?)

「タクトくんらしい、繊細なものだ」

 (なんだ? 頭痛が消え……

  楽になってきたが?)


「そしてこちらは、ビィクティアムから……『祝いの菓子』でございます」

「おーーっ! なんだこの入れ物は!」

「三段になっておりますな」

 (……いきなり贈り物を手になさらない)

「焼き菓子が映えて、美味しそうでございますなぁ!」

 (陛下の表情が、変わられた?)


「これは、果実煮の焼き菓子か。ここにも薔薇が描かれておる」

「伝統的な焼き菓子でございますが、林檎と苔桃が使われております。スズヤ卿に特別に作っていただきました。是非、お召し上がりくださいませ」

「うむっ! おまえ達もどうだ?」

「……! これは陛下への祝いの品でございますし……」

 (声色や話し方まで……)

「沢山あるのだ。今日は、儂等だけしかおらんからかまわん。あ、皇妃達の分と皇太子妃達の分は取り分けておけ。エルディも……食べたがるか?」

 

 「……全て、部屋にお持ちになるかと

  思っていたが」

 「セラフィエムス、あれは……まさか」

 「新たな『法具』だ。どうだ?

  は感じないであろう?」

 「信じられん……瞬く間に『空気』が変わった」

 「しかも陛下がこんなに『タクトくんの』に

  執着をお見せにならないとは……」

 「ここまで表情もなにかも、一瞬で

  お変わりになるとは思ってもおらなんだ」


「この腕輪は気持ちいいのぅ。ずっと着けていたいものだ」

「はい、是非とも。公式の場でもお邪魔にならないよう、飾りの部分を内側にしていただけましたら、金だけの腕輪としか見えませんから」

「素晴らしい気遣いだ。感謝するぞ、セラフィエムス」


 「全て、スズヤ卿でございますか」

 「ああ……こんなにも即効性があるとは

  思いもしなかったがな……」

 「これで、皇后殿下達もご負担がなくなろう」


「うんうん、甘くて旨い菓子だのぅ。ほれ、おまえ達も」

「はい、いただきましょう」

「わたくしは初めてでございますな……この菓子」

「ウァラクでは、あまり菓子はお作りになっていらっしゃらないのかな?」

「果実が少ないですからなぁ。おお、これは旨い!」


「ううむ、タクトくんの菓子はやはり伝統的なものであってもひと味違う」

「伝統的ではありますが、祝い菓子では珍しいですな、これは」

「他の祝い菓子は、すでに皇宮茶房で作られて並んでおるからではないか? スズヤ卿は気が利く」


「そうだ、明日には父上達がいらっしゃるな。皆からの祝い品を自慢してやろう!」


「明日から、上皇陛下と上皇后陛下もいらっしゃるのですか……」

「では、今後暫くは」

「少しお気の毒ではあるが……ここはしっかりと」


(((これでようやく、陛下とまともに向き合うことができる)))



▶セラフィラント・セラフィエムス公邸


(今頃は、腕輪と身分証入れを身につけられている頃か)

(タクトの作ったものだから、心配はしていないが)

(明日以降は上皇陛下が、講義映像を使いながら徹底的に再教育するとはりきっておられたからなぁ)

(……あの菓子は、お気に召していただけただろうな)


「若様、アメルティラ様がお見えでございます」

「いつもの、東側の応接にお通ししてくれ。すぐに行く」

「はっ」



「お待たせいたしました。大叔母上」

「ああ、忙しいのにすまないねぇ、ティム」

「いいえ、こちらこそ、お呼び立てしてしまってすみません。実は以前お伺いしていた『保存食のような食事』についてのご提案と、試していただきたいものがございまして」

「おや、あの食堂じゃたくさん作るのは無理なんだろう?」

「ですから、こちらの方々達に作ってもらえるように、指南書と魔具の試作をお使いいただけないかと」


「なんだって? あの料理と同じように作れるのかいっ? いや、でも【調理魔法】を持つ者はさほど多くは……」

「【調理魔法】を持たない鍛冶師の男性でも、俺が何度でも食べたいと思える料理が作れるようになる魔具でしたよ」

「すぐに十人分用意しておくれ」

「……せっかちですね。まずは試してみてください。上手くいったら、ご用意致しますから」


「医師ってのは、時間との戦いなんだよ。それにせっかちなのは、セラフィエムスの気質さね」

「でも、ちゃんとした食事がとれなければ戦えませんよ。それと、これは試作品ですから使用者が限定され、取り敢えず見本の一品とあと二品しか作れません」

「使用者限定は仕方ないけど……献立も三品なのかい」

「四人分、あります。見本品も四種ですから、取り敢えずはそれを五回ずつは作ってください」

「なんで五回なんだい?」

「その鍛冶師の男性は、五回作った後に魔具なしでその料理が作れるようになっています。個人差はあるでしょうが、繰り返せば魔具に頼らずともその品だけは作れるようになるはずです」


「なるほど……訓練にもなっているってことなんだね……たいした魔法だ。おや、方陣……なのかい」

「ええ、方陣を魔石で発動させるものですが『完璧な方陣』ですから、魔石さえ入れ替えれば、かなりの回数使うことができます」

「どれくらい使えるかも、試さなくちゃいけないねぇ! 楽しみなことだ。あ、そうそう、セラフィラント公には伝えてあるけどね、あの方陣魔剣士、完治したよ」

「……! 流れが壊れて過ぎている……と仰有っていらしたのに?」


「ああ、なんでも、あの子の知り合いの一等位魔法師が、海に浸かった『礬柘榴ばんざくろ銀環ぎんかん』の手入れをしてくれた、とかでね。加護が信じられないくらいに強くなっていた。そのせいだろうね。すっかり正常になっていたよ」

「……そうでしたか。それはよかった」

「陸衛隊で剣技の訓練も真面目に通っていたって言うし、体力も問題なかろうて」

「ありがとうございました。彼は、セラフィラントにとって大切な魔法師のひとりですからね」


「海衛隊が使い出した、あの方陣かい」

「それだけではありませんが……ラニー叔母上も、心配していらっしゃいましたから」

「冒険者だからねぇ、これからもいろいろ心配だ」


「それはきっと、大丈夫でしょう。彼にも『加護』が、あるようですから」


(法具の手入れは……タクトだろうな。会ったと言っていたし。それにしても加護法具の再生修理までできてしまうのか。昔の先生のようだな……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る