第457話 お願い事

「……別に、言いたくないんだったら、無理には聞かないけどね」


 ビィクティアムさんのこんなにも『やらかした〜っ!』って顔、なかなかお目にかかれない。

 父さんも全然俺を見ようとせずに固まったまんまだから、頭の中でどう言おうか思考が高速回転していそうだ。


「昔っから父さんも母さんも銀証だったし、貴系傍流かなーとは思っていたんだよね。ビィクティアムさんに対しても近所の子と話すみたいな口調だし、ビィクティアムさんは敬語使うし?」


 ちょっと嫌味っぽかったかな?

 言いにくいことがあるんだろうな、とは思っていたんで責めるつもりもないんですけどね?

 ビィクティアムさんは言いたいけど言えないって顔だから、かなりプライベートなことなんだろう。


「いいですよ、話さないで。それが原因で、父さん達がここから連れ出される……なんてことがないなら」

「そんなこたぁない! 絶対に!」

「なら、もう、聞かない」

「……すまん、タクト」


 ビィクティアムさんが謝ることじゃないですよ。


「話せる時が来たら……そん時に、ちゃんと言う」

「無理しなくていいよ、父さん。実を言うと、どうしても聞きたいってほどでもないんだよね」


 ちょっとどころかかなり落ち込ませてしまったが、俺もなんとなく気になってはいたんだけどね。

 セインさんとも仲がよかった過去もある訳だし、どう考えても『今はただの臣民』としてここに、シュリィイーレに居るってことには理由がある気がしていたんだよ。

 きっとライリクスさんとかファイラスさんとかも、いろいろ知っているんだろうなぁ。


 まあ、第三者からは絶対に聞く気はない。

 調べたりもしない。

 いつか……父さんと母さんが、話してくれたらいいなーとは、思うけどね。

 あ、爆弾発言ですっかり吹っ飛んじゃった感のある試食でしたが、如何でしたかね?


「……なんか、わからん……」

「そんなに衝撃的でした?」

「自分がこんなにも、気が緩んでいたことが……許せん」


 ビィクティアムさんったら、真面目ですねぇ。

 いかんな、意地悪モードが抜けていないぞ。

 父さんは……戻っちゃったか。


 やだなー、俺、なんか拗ねているみたいじゃね?

 違うんですよー、仲間外れっぽーいとか、思ってませんよー。



 なんやかやで、ちょっと申し訳ない気分になっちゃったので、ビィクティアムさんのスイーツにはアイスのトッピングを追加したホットアップルパイにしてみました。

 ガイエスからのリクエストで林檎フィリングの菓子パンをたくさん作ったんで、上位互換のアップルパイも作りたくなったのです。


 温めたアップルパイにはバニラアイスっていうのも、俺的定番。

 アイスの季節はもう少し先だけど。

 なんとか、ビィクティアムさんのご気分も落ち着かれたご様子。


「ふぅ……いや、色々、すまん」

「いいえ、俺の方こそ。それで、如何でしたか? 簡易料理用魔具」

「素晴らしいと思う。さっきの料理は、ミアレッラさんの作ったものと遜色はなかった。味付けは、少し違うように感じたが」

「それは『父さんの中で美味しいと感じた味』になっているので、使っている材料は一緒でもできあがりには微妙な差が出るんです」


 料理が苦手な人って、自分の思っている味と違うからって別の調味料を足してみたり、勝手に分量を変えちゃうから収拾がつかなくなるケースが多い気がするんだよね。

 そして『レシピ通りにしても美味しくない』原因は、解釈に個人差がある言葉が含まれているレシピだからだ。


『少々』とか『ひとつまみ』なんていうのは最も解らないと言われるものだが、他にも『グラグラと煮立つくらい』のグラグラ加減とか、『箸がすっと通れば』の『すっと』の硬さとか、実は意外と人によって違いが大きい。

 オノマトペは罠の宝庫だ。

 そして形容詞もまた、主観に左右される。


 どうしても説明にはそういう、曖昧と言える表現が欠かせない。

 だって『◯◯グラムで厚さ◯◯センチ均一の肉を、◯◯分間◯◯度で熱した直径◯◯センチの鉄製フライパン中央に肉の中心を……』なんて説明はあり得ないのだから、キッチリカッチリなんて無理なのだ。


 でも、料理が苦手な人ほど、そういう『揺るぎないもの』を求めたりする。

 中学の時に『少々の塩をパラパラって、どれくらいの量をどのくらいの分散具合でかけるのか全然解らない!』って調理実習でキレたやつもいた。


 その辺を補ってくれるのが『簡易料理魔具』なので、材料さえ用意してくれたらその人の経験で身体が覚えた味を魔法が再現してくれるのだ。

【調理魔法】ほど完璧に作用する魔法ではないからか、不足している味を別のもので補う……まではできない。

 あくまで、用意した材料だけで、作ろうとしている味に最も近い物を作らせてくれるサポート魔法の方陣だ。


「……ということは、元々の経験や、材料の知識がないと味も再現されない可能性があるということか」

「見本に一食は保存食を付けますが、全くその料理を知らず、材料も初めてのものが多かったとしたら……あまり上手くは、いかないかもしれません」


 だから、もし他領で売るとしたら、その領地の素材だけで作った料理で試すのがいいと思う。


「素材を知らない者が作ったら、どうなるかという試行の資料も欲しいところだな」

「そうですね。ちょっと他領の方にも試してもらう方がいいかも……セラフィラントでいくつか試行用をお預けしてもいいですか?」

「わかった。普段、全然料理をしなそうな人に渡してみよう」


 ビィクティアムさんがちょっと楽しそうという顔をしているから、色々と試してくれそうだ。

 五つほどお渡ししておこう。

 俺も、誰か頼める人、いるかなぁ……


 俺がぼんやり考えている時に、ビィクティアムさんから陛下の誕生日が明後日、望月ぼうつき七日と知らされた。

 ついに『だだ漏れ魔法阻止計画』の発動である。


「俺は行くことができんから、父に全てがかかっているのだが……」

「他にはどなたが?」

「多分、ドミナティア……マントリエル公は必ず行くだろう。他は、俺には解らないが」

「……生誕くらいは、祝ってあげて欲しいなぁ」


 いくら自身の魔法や行いで避けられちゃっているとはいっても、皇王陛下の誕生日が淋しいってのは可哀相だなって思うんだよね。

 ケーキ、作ってあげようかなぁ。

 俺の作ったケーキを好きだって言ってくれた訳だし、お菓子持って来ないって拗ねていたし。

 でも、いい気にさせちゃうかなぁ。


「ビィクティアムさん、俺がお菓子を作ったら……陛下に持っていってもらっても大丈夫ですか?」


 外部からのものは、毒なんかを警戒して食べさせないかもしれないし……

 どうかなー?


「『献上する気はない』って言ってたじゃないか」

「生誕の日だから、特別に……ですよ。献上品というより、ただのお祝いの品です」

「お喜びになると思うぞ。だが、また認定品にするとか言い出すかもしれないが?」

「それは全力で阻止してください」

「俺の仕事か?」

「よろしくお願いいたします」


 俺から……ってことは言わなくてもいいし、ただお祝いですよ、でいいんじゃないかなー。

 しかし新しいものを作るつもりはないし、あちらの世界のケーキを作るのでもない。

 この世界で昔からある『伝統的な焼き菓子』ってやつを作るのだ。

 セラフィエムス本邸から借りてきた、料理紹介の本に載っていたケーキが美味しそうだったんだよねー。


「ああ、伝統菓子ならば、おかしなことは言い出されないだろうな」

「それでは、ちょっとだけお待ちください。作ってきます!」


 この町のお菓子屋さんでもたまに売られているもので、砂糖で炒めた林檎にタルト生地を被せて作るタルトタタンによく似た焼き菓子があるのだ。

 果物は限定されておらず、タルト生地ももう少しパンっぽいものなのだが結構美味しくて大好きなお菓子だ。


 本に載っていたのは林檎だけではなくて、何種かの果実の甘煮を使うクッキー生地のものだった。

 そして、大きく作って切り分けるのではなくて、ポーションタイプである。

 十五個くらい作ったら、足りるよね?

 女系家門は来ないだろうし、聖神司祭様達も……多分、セインさんとリンディエン神司祭くらいだろうからなぁ。


 さてそれでは、林檎のフィリングと先日、東市場で買った苔桃を使ってクッキー生地でつくろう。

 以前に作ったことがあるから、ぱぱっと【複合魔法】でできあがり。

 まぁ、色相は偏っちゃうが陛下も賢神一位だから、美味しいと思ってくれるだろう。


 ひっくり返して果物の方を上にして、キャラメリゼ。

 ステンシルで薔薇の花を粉砂糖でふるって描いてみますか。

 陛下は、お花が好きだって言ってたしね。

 おお、なかなか綺麗だぞ。


 昔ライリクスさんとマリティエラさんの結婚式の時に使った、アフタヌーンティーに使われるようなハイティスタンドを再利用。

 ちょいとカスタマイズして、そのままテーブルに出していただけるように。

 丁度五個ずつ、三段のスタンドに収まりました。

 ズレ防止、劣化防止の付与ボックスに入れて、軽量化手提げ袋に。


 それでは、ビィクティアムさん、お届け、よろしく!


 ……酷いな、俺。

 結局、ビィクティアムさんに丸投げだな。



 食堂 厨房 〉〉〉〉


「あら、どうしたの?」

「……タクトに、俺達のこと……随分と知られてる」

「そうだろうねぇ、あの子は聡いから」

「ミアレッラ、気付いてたのか?」

「だって昔っから、あたし達が銀証だって解られていたじゃないの」

「……そう……だったな、そういえば」


「それに、あんたは長官さんをいつまでも子供扱いしてたし、ドミナティア卿……じゃない、マントリエル公のことも友達だって思っていたみたいなこと言っちゃってたし。気付かれて当然よ」

「全部、言った方がいいのか……?」

「あたしは、言わないよ」

「で、でもよぅ……」


「あたし達が何をどう言ったって、多分悪口とか恨み言になる。もう全部終わったことで、どうにもならないしどうにかなって欲しいなんて思っていないことだもの」

「ああ、そうだな。言ったところで、誰も良い気分にもならねぇな……」


「そう。それにタクトは優しい子だから。自分のことよりあんたとの約束を守らなかったって、マントリエル公にあんなことが言えちゃう子なのよ? もし……いくら昔のこととはいえ、あたし達がつらい思いをしたんだなんてことを話して聞かせたら……きっとあの子は、あの方々を恨んだり嫌ったりするわ。あたし達のために、あの子が誰かを恨むなんてこと、して欲しくない」


「うん……そうだな。タクトならすげぇ、怒りそうだなぁ……だけどよ、タクトがどうしても聞きたいって言い出したら……」

「あたしは、何も言わないよ。親の苦労とか悲しみなんて、子供に継がせるもんじゃないよ」

「ああ、そんなもんは、要らねぇな」


「でも、あんたは隠し事が下手だから、聞かれたらすぐに言っちゃいそうだねぇ、ふふふっ」

「……笑い話にできるようになったら……話してもいいかもしれねぇけどなぁ」

「そうねぇ。でも、あたしは絶対に言わないけど」

「おいおい……」

「だって、笑い話みたいに聞かせて、タクトに『そんなことがあったんだー』くらいで流されたら……それはそれで、凄く嫌」


「それも、そうだな……難しいな、こりゃ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る