第453話 考えること・動くこと

 あのタルフの本のこともあって、ちょっと『知る』ということに不快感も感じるようになってしまった。

 セラフィエムスの書庫からの本を整理しつつ、訳文を書いているのだがどの本にも当然ながら書いた人の主張がある程度は入り込んでいる。

 客観的で正しい知識というものも当然存在するが、それだけではないということだ。


 そして……段々と、ある疑問が俺の中に生まれてきてしまった。

『知識というものは必ずしも全てを公開すべきものではないのではないか』という考えだ。

 暗号として、方陣として、前・古代文字という今では読めない文字として隠されてきた知識は、もしかしたら『知ったことでもたらされる危険』の方が大きいのではないのか。

 その危険に対しての解決方法が見つけられなかったから、隠されたのではないか、と。


 知識は確かに、受け継いで残すべきだとは思う。

 だが、公開しないで秘密裏に受け継ぎ続けるべきものも、あるのではないのだろうか。

 俺が隠したくて知られたくないと思っているあちらの世界の武器や兵器についてのことのように、この世界のものでも俺が知り得た全てを詳らかにしてはいけない気もする。


 昔、あちらの世界の本で『錬金術師達は危険なものや毒などの影響を知りつつも、文書などには残さずにゴシック建築の中にその手がかりだけを残して受け継いだ』なんて書かれていた本を読んだことがある。

 その時は、なんで毒だと知っているのに公開して注意を促さないのだろうと思った。

 苦しんでいる人達を知りながら、どうしてその原因が毒物だと教えずにいるのだろうと。


 でも、解決策も対処法も解らずただ毒物だと公開したところでどうにもならず、むしろその毒物を悪用しようとする者達にヒントを与えるだけになってしまったら……と考えて、解決方法を見つけられるまで隠しておこうとしたのではないかと、今ならそう思える。


『知識を得たものの責任』として、その知識をどうすべきかを考えた結果の行動だとも思えるのだ。

 だとしたら、解ったからといって功を誇るように我先に新発見を公開し、どんな風に使われようと、どれほどその発見で苦しむ人がいようと、それは自分の責任ではないと後世に丸投げしてしまうのも嫌悪感を感じる。


 ……そうか、こういうことを研究したり、受け継いで解決方法を模索して魔法を守ってきたのが貴族であり『絶対遵守魔法』や『極大魔法』なのかもしれない。

 神典や神話を訳している時に俺が感じていた『文字の並びに意味があるのではないか』とか『特定の数字』っていうものも、きっと受け継がれるべき暗号なのだ。

 訳せたからといって、前・古代文字のものをなくしてしまってはいけない。


 ビィクティアムさんが『複製は構わないが訳文を付けるな』って言ってくれたことには、感謝だな。

 訳文だけじゃ、本当の叡智は残せない。

 自分の手で前・古代文字を訳すことができた時に、初めて理解できる符丁もあるに違いない。


 遊文館でどの世代にどの本を提供できるかで、その知識の継承が決まりそうだな。

 これは……思っていたよりはるかに責任重大だぞ。

 いや、結構責任あることだと思ってはいたよ?

 だけど、数万年の叡智をまとめ上げるってことの実感がなかったんだよな。

 まさに『覚悟の要る』一大プロジェクトだ。


 レイエルス神司祭とも、ちゃんと話をしよう。

 きっと聖神司祭様の方が、その辺の中央の考え方なども理解しているだろう。


 こういうことは俺の中だけで決めることではないし、俺如きがひとりで背負うものでもない。

 考え過ぎも、よくないからね。

 なんにしても拙速に進めることではないし、時間をかけて納得ができる答えを出せばいいんだよ。


 目下の問題は……あのタルフの五冊だけは、早めに信頼できる人達に内容を渡すべきだろうが……そうなると、皇国はタルフを完全に切り捨てそうだなぁ。

 そのあたりは俺の考えることではないのかもしれないけれど、あんなことを今もやっているのかどうかだけは調べて欲しい。

 ……無理だろうなぁ。

 本国内には、入れないんだもんな。



 剣月けんつきから弓月ゆみつきになっても、暫くはセラフィエムス蔵書と、今まで持っていたが訳文を書いていなかった本の翻訳作業。

 勿論、やりたかったこともいろいろと片付けていた。


 タルフの五冊についてはビィクティアムさんとテルウェスト司祭に『ガイエスが南の島で見つけたらしい』とだけ言って、後日訳文を渡すことにした。

『東の小大陸』も、広義では『南の島』という解釈で。

 簡単に内容を伝えたらふたり共見たことがないような、まさに怒髪とでもいう表情になった。

 ……全文読んだら、完璧に断交となる予感ヒシヒシである。


 カタエレリエラへの方陣鋼セットと、閃光仗は無事に納品されアシェレイル様から感謝状と……ガッツリ代金が送られてきた。

 随分と多めだったのはカタエレリエラ公の仰せらしかったので、ありがたく遊文館資金としてプールしておく。


 ガイエスからも、手紙が届いていた。

 その時にはウァラクに居て、アーメルサスに潜入する……とか書いていやがった。

 相変わらずフットワーク軽いなー。

 足に支障が出ていないようでよかった。


 それにしたって、何あいつ?

 冒険者ってよりスパイ?

 危ないんだろうけど、格好いいことをしやがって……と、ちょっとわくわく、とか思ってしまった。


 そして自分用に方陣札を金属板で描きたい、と言うので伝導率良さそうな素材に、磁石入りで作ったプレートを届けたが役に立っているだろうか。

 方陣魔法師が方陣鋼を作成すると、どれくらい魔力や効果がもつのか知りたいところだ。


 保存食とお菓子のオーダーもいただいたので、がっつりと送った。

 金で支払ってくるのは珍しいから、まだ全然何処にも行っていなかったんだろう。

 完全栄養食シリーズの他にも、パン類を多めにしておいた。


 小麦、多分アーメルサスでは足りなくなっていそうだから、主食がなさそうだもんな。

 開けると温まる容器で作った味噌汁も入れてみた。

 ……試作品だから、感想寄越せと書いておいたけど……味噌、大丈夫だろうか。



 ロンデェエストからの『鈴磁器』作製時に使用する温度計のレンタル料とか指南代とかが、役所に貯まって預かりきれないと連絡が来たので引き取ってきた。

 魔法師組合にも移動・目標・同行の方陣権利料とか、湧泉方陣鋼の売上げ分配金とかでパツパツだからとコーゼスさんに泣きつかれたので全額引き出す羽目になった。

 俺のコレクション・鞄カテゴリーにはシュリィイーレの数年分の予算に相当するのではないかというほどの金額が……早いところ、遊文館着工にこぎつけたいところだ。


 俺の部屋ではストロマトライト擬きの『藻石』と、水生生物のちっちゃい鉢の観察とか、アコヤ君達の観察をしつつ、その後ビィクティアムさん経由で依頼されたウァラクで使う閃光仗を作製。

 対人使用も多いとのことなので、麻痺光プラスの国境警備バージョンである。


 ウァラクでは移動・目標方陣の方陣鋼&大人数対応金属板名前記載システムも導入したいとの要望があり、そちらも海衛隊と同じシステムにて作ることになった。

 これはガイエスの手紙にも書かれていた、アーメルサス潜入に関係していることだろう。


 同行者用もということで……どうやら、アーメルサスからの脱出用で小さい子供達に使用するみたいだ。

 ……お子様は魔力量が不安だから、同行者用には魔効素変換も付与しておいたほうがいいかな?

 認証方法とか、変えた方がいいかも。

 その辺は近日使者の方がいらっしゃるので、話し合ってから決めよう。


 メロン様のお世話や、セラフィラントから送られて来たお魚さん達の調理は息抜きに丁度いい。

 リエルトンからたっぷりの薤白らっきょうも送られてきて、甘酢漬けにしたり塩漬けにしたりと、うきうき薬味作り。

 豆味噌もいい感じにできあがり。


 米麹味噌とは違い緑属性が強い豆味噌を使い、鰤の『しのび焼き』ってやつを作ってみた。

 昆布だしを使うからか、黄色・藍色属性も残っていい感じ。

 保存食ラインナップに加えたら、あっという間に売り切れてしまった。

 ……鰤の季節、まだまだ先だな……もう一回くらい食べたかった。


 ガイエスから取り出した柘榴石は、迷宮品の貴石とは違い五日ほどで魔瘴素が消えて普通の石になってしまった。

 ほんの少しだけ中に魔効素の対流も見えたが、これも小一時間で消えてしまったので取り敢えずコレクションにしまっておいた。

 もちろん、鞄に入れて。


 これは……何かに使いたいとは思わないのだが、捨てるっていうのも……ちょっとね。

 いや、いっそガイエスになんか作ってやるか?

 もともとあいつのだし。



 たまに北西地区にいって、お子様達に新しい伝承の小冊子を貸してあげたり書き取りを添削してあげたりと交流を深めている。

 セラフィエムスの書庫も参考にして、何度か書き直した遊文館の設計図と内装見取り図も師匠・ヴェルテムスさんに見てもらって検討中。


 簡易調理方陣魔具セットは父さんに試してもらっている最中で、夫婦揃って二階の台所で楽しくお料理……なんてのが、たまに見られたりする。

 今は鶏料理と、母さんが絶対触らない魚を試してくれてるので、これからは保存食作りも手伝ってもらえるかもしれない。

 ……まぁ、今だけで、すぐに父さんは料理作りに飽きちゃうかもしれないけれど。

 俺とメイリーンさんは、父さんが作ってくれた料理を試食しては、その旨さににんまりとしている。



 そうこうしているうちに、弓月ゆみつきはあっという間に月末となった。

 来月はメイリーンさんの誕生日が控えているが、俺が贈るものは決まっている。

 名前入りの千年筆特別バージョンセットである。


 メイリーンさんはもう既に何本か千年筆を買ってくれているのだが、ネーム入りを作ってあげたいのだ。

 俺がビィクティアムさんからもらって、とても嬉しかったから。

 そしてそして、新しいケーキも作りたいよね!


 いつもはポーションタイプひとつずつかホールケーキ切り分けにすることが多かったのだが、今回はプチケーキをたくさん作るのだ。

 バイキングではないので、みんなに全種類をひとつずつ食べてもらえるように『幕の内』みたいな弁当箱形式にしようと思っている。

 箱もお持ち帰りいただいて、何かに使ってもらいたい。


 多分、マリティエラさんが来るのは大変なんじゃないかと思うんだよね。

 結構お腹も目立つ時期だし、ライリクスさんがめちゃくちゃ心配しそうだからさ。

 なので、お弁当箱にしたらふたりにも、おそらく忙しくて出席が怪しいビィクティアムさんにもお届けできるし。

 お祝いごとだから、皆さんにも振る舞いたいのでね。


 スイーツ素材は沢山調達済みだから、バラエティに富んだものができそうだ。

 ふっふっふー、頑張っちゃうもんねー!

 ドライフルーツもいいし、変わり種としてあんことか使ったケーキも面白いかも。

 いや、ストレートに和菓子にするか?

 メロン様ももうすぐできあがるし、苺もとっといてあるし、柑橘類もばっちりだからいろいろ作れるぞー!


 ……好きな人のために作るものって、モチベーション違うよなー……

 現金だなー、俺。

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