第454話 もうひとつの魔法付与方陣
やっと、セラフィラント行きでいろいろとつまっていたことなどを片付け終わり、パターン化された日常が帰ってきた。
いいよねー、こういうの。
セラフィエムス蔵書の翻訳作業もルーティンワーク化し、一日にどれくらいやるかは時間で区切ることにした。
でないと延々とやって、他のことに頭が回らなくなっちゃうからね。
これは、長期プロジェクトなのだから、焦っても仕方ない。
まだ『絵本』の課題も残っているのだ。
お絵かきの壁はかなり厚い。
需要が増えてきたのか生産量が上がっているのか、セラフィラント製千年筆の魔法付与数を増やせるかの打診が来た。
できなくはないのだが……汎用品については、俺の魔法を付与できるシステムをセラフィラントに渡した方がいいような気がする。
あの『迷宮品無効化の魔法付与方陣』みたいに、千年筆に魔法付与する方陣を作ればいい。
ただ、そうなると問題になるのは、セラフィラントで作られる千年筆の品質が常に一定以上であるかどうか、ということだ。
信用はしているが、万が一ということもあり得る。
ということで、金属板使用の【集約魔法】として汎用千年筆専用魔法を組んでみることにした。
まずは普通に俺が今、千年筆に付与している魔法を【集約魔法】にすべく金属板に書いていく。
そして最後に、この魔法が付与できる条件を満たしている『完品』の指定。
これに関してはヴェルテムス師匠に教わった、設計図作りのやり方で『図』を描くのだ。
それに合致しないものには、この魔法が付与できないということだ。
まず、セラフィラント製不銹鋼千年筆(装飾前)をカンコピ複製。
これで『俺自身の魔法』で、この千年筆を作ったのと同じになった。
それを分解し、全てのパーツを【複写魔法】で『図』にする。
じーーーーっと分解した千年筆を見つめつつ、目を逸らさず瞬きせずに紙を見ないで描き上げていく。
あれから何度も設計案を変える度にこの方法で描いているが、まだちょっとこのドライアイ状態はつらい。
【複写魔法】の練度がまだ第一位だから、もっと上がったら楽になるのかも。
現在、セラフィラントで作られている汎用千年筆の魔法付与する本体部分は三種類。
基本的な不銹鋼製ペン先のタイプ『壱』と、ペン先の形が少し違うタイプ『弐』は素材も金が入っていてちょっとだけ高級感がある。
そして基本と同じ不銹鋼製だけど、シュリィイーレ隊で使用しているものと同じ伸縮タイプ『參』だ。
この三種の設計図を作成して、これに当て嵌まるものでなければ【集約魔法】の『文字』が付与されない『付与魔法の方陣鋼』を作った。
つまり、付与がちゃんと成功して千年筆として使えるようになるかならないかで、品質チェックもできてしまうのだ。
俺の手元に送ってこなくても、この方陣鋼さえ使ってもらえたらセラフィラント領内で全てが完結するのである。
ただ、やたら大量生産されるのも本意ではないし、バラ撒かれたくはないので使用できる方陣鋼はひとつの工房でふたつだけ。
そして使用者限定で、一日の付与数も限定して、千年筆の使い捨て化を防ぐ。
ただ、方陣の方にもこのままでは問題がある。
もともとある『付与魔法の方陣』に何を付与するかを指定すれば、魔法は発動する。
そして付与するのは、千年筆のサイズ的に簡潔な【集約魔法】のための文字だけ。
これの欠点は、魔力筆記で全く同じように文字が書けたら、俺の魔法が付与できてしまうという点だ。
だから、付与する文字がどういうものかだけは、視認できないようにしておく。
たとえ方陣を見て真似したとしても、肝心の『魔法を発動させる文字』は見えず付与できないのだ。
登録は作成者登録となるから、修記者登録は百年間できないが百年後でも……この方陣は使えないだろう。
いつか俺が認めた後継者にのみ、この魔法を引き継ぐのだ。
ただ、オリジナルの方陣鋼に『触れて』覚えられる方陣魔法師なら、見えない部分も再現できるからこの方陣は使えてしまうかもね。
だけど俺以外の人が登録して売る場合には、必ず『修記者』を示す『別の文字や記号』などの余分なものが入り込む。
なので、念のため方陣に余分な物が書かれたら無効……にしておく。
使用者限定で魔力登録してもらうし、『移動の方陣』と同じで方陣に使用者の名前を書き込む方式だから使えないとは思うけど。
普通の方陣による魔法ならばともかく、俺が【文字魔法】で作った【集約魔法】の魔法は、勝手には使わせられないからね。
できあがった方陣鋼とついでにタルフのムカつき本五冊の訳文を持ち、本日のお夕食デリバリーにビィクティアムさんのおうちに。
……あれ?
まだ戻っていなかったか。
では、食堂にお食事のセッティングだけしておこうかな。
献立は、コンソメジュレと鶏肉メインのテリーヌ。
付け合わせの胡瓜とキャベツのしゃきしゃきサラダには、マヨベースのドレッシング。
コーヒーカップに入れた昆布出汁を利かせた枝豆の冷製スープで、これから暑くなる季節を乗り切っていただくために不足しがちな緑属性と藍色属性を補充。
パンは硬めのカンパーニュだが、サクッと噛み切れるように軽くトースト。
チーズも別途ご用意致しました。
並べ終わった時に、改札口から家主さんがお帰りに。
「ああ、すまんな。ちょっと遅くなったか?」
「丁度いいです。今、並べ終わったところですから。まだ忙しいですか?」
俺に付き合わせて、六日間もセラフィラントに行ったきりだったもんなぁ。
その分の仕事を片付けたって、どんどんお仕事は押し寄せてくる訳で。
しかも今年も騎士位試験研修があるから、そろそろ準備もしないといけない時期だ。
そしてレティ様の様子見にも帰っているはずだから、休暇も以前よりは増えているはず……
「いや、セラフィラントに行っててもちょくちょく戻っているから、たいしたことはない」
「は?」
「おまえが来ていた時も、朝方とか時間がある時に戻って、片付けていたからな」
……俺は、天を仰いだ。
この人、どこまでワーカホリックなんだ……っ!
確かに『長官』じゃないと、できない仕事が多いのかもしれませんけどね!
勤務時間外は休んで!
休暇、取って!
「何を言ってる。おまえだってやたらといろいろ動き回ってやっているじゃないか。俺のことは言えんだろうが」
「俺がやっていることは『好きで』やっていることで、仕事じゃないです」
「同じだよ、俺だって」
好きなのか。
趣味『仕事』か。
俺みたいに趣味を仕事にするっていうのと、仕事が趣味になるっていうのは根本的に違うと思うんだけどな。
「この鶏肉、旨いな」
「隠し味に味噌が入っております」
「そうなのか……ああ、リエルトンから
「はい。あ、その端っこに載せてある野菜に、刻んだものを使っていますよ」
「……これか?」
海塩らっきょうのみじん切りを入れて、マヨネーズベースのドレッシングにしているのだ。
細切り胡瓜とキャベツは軽く塩もみしているので、しゃきしゃき感を残しつつマヨネーズに入れたらっきょうはいいアクセントになるのです。
海塩と卵黄たっぷりですから、黄色属性も保たれたままの最強ドレッシングでございますよ。
ビィクティアムさんは『美味しい』って顔になって、立て続けに食べてくれている。
ふむ、このドレッシングは結構良さそうだから、別のモノにも使ってみよう。
らっきょうの甘酢漬けももうすぐできるから、夏はカレー祭りかな!
ふっふっふっ。
そして夕飯終了後、刻んだドライフルーツを入れたクッキーなど召し上がっていただきつつ『千年筆方陣鋼』の説明。
今、セラフィラントで千年筆を作っている工房は二箇所なので、四枚の方陣鋼をお渡しする。
「……いいのか? こちらで全部やってしまって」
「構いません。というか、そうしていただけると俺も楽になるし」
今日までに何度か入ってきた不銹鋼製千年筆で、俺の手直しが必要なものなどひとつもなかったので大丈夫だと思う。
「ただ、この方陣での付与は現在作られている三種類のみにしか、付与はできません。大きさや太さを変えたり、筆先の形が変わったら魔法は発動しないので、形状を新しくしたい時は必ず俺のところに製品見本を送ってくださいね」
「了解した。たいしたものだな……方陣でおまえの魔法が付与できるようになるとは、思ってもいなかった」
「でも、この方陣を真似したり、複写して書いても意味がないようになっています。方陣が描けても、魔法は付与できませんし登録者だけしか使えない制限付きですからね」
「当然だ。ああ、他国でも使えないように制限してるか?」
「場所限定もしてありますから、登録後はセラフィラントから出た時点でこの金属板の付与方陣は無効になっちゃいます」
「うん、それならばいい」
そう言うと、ビィクティアムさんがふぅ、と息を吐き、対価はどうする? と聞いてきたので、遠慮なくリクエスト。
「遊文館を造る時に、資材提供をお願いしたいんです」
「……資材?」
「まだ具体的に何がどれくらいっていうのは解りませんが、シュリィイーレにあるものや周辺で採れるものだけでは、多分足りないんですよ。なので、その資材調達をしていただけるという約束が欲しいです」
「解った。全てセラフィエムスで用意しよう」
よっしゃー!
内装用の木材とかゴムとかも入れて欲しいし、布製品とかも必要になるから、東の大市場で買い付けするよりセラフィラントの方が信用度が高いからね!
まぁ、まだ先の話だけれど、目処が立てば計画もより具体的になろうというものですよ!
設計図ももう少ししたら完成するだろうから、そうしたらレイエルス神司祭に預けて確認していただこう。
その時に……いろいろ『絶対遵守魔法』のことも、聞いてみたいしね。
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