第452話 冒涜

 ランチタイム・スイーツタイムを乗り切って夕食の準備時間になった時に、俺はもうひとつの気がかりを取りだした。

 ガイエスの体内から取り出した『赤い石』と、その周りを覆うようにあった『ブヨブヨの何か』である。


 なんだってこんなものが体内に、しかも『骨の中』にあったのかということだ。

 どう見てもなんらかの魔法で、人為的に埋め込まれたとしか思えない真珠粒ほどの『赤い石』。

 石の中に……チラチラと燻って見える魔瘴素が不気味だ。

 まるで、迷宮品に付けられている貴石のよう。


 そしてブヨブヨのものは骨の組織が変化したものと思われるが、水を含んだ海綿みたいだった。

 俺は『骨肉腫』ってやつかと思ったが、どうも違う。

 そして微弱だが魔瘴素というか、魔毒の残骸みたいなものがあった。


 この毒は、今までの魔毒とは全然違うものだった。

 そして、ロートレアの教会で複製させてもらった本にも、似たような特長の毒物は載っていなかった。


 石はその魔瘴素を取り込んで魔効素に変えていたのかもしれないとも思ったが、だとするとそもそもこんなブヨブヨ自体を取ってしまうべきだろう。

 おそらくブヨブヨが魔瘴素を帯びたのは、石の中に魔瘴素があってそれが漏れ出るのを抑えていた……?

 魔瘴素を含んでた石のせいで、周りがブヨブヨになったって方が自然かな。


 入れられていた赤い石は、子供の頃に治療目的などで入れられたというには、違和感があり過ぎる。

 この石のせいでガイエスの骨が変化したにしても、健康な部分とは全く混じり合うこともなく、癒着していることがなかったのもおかしい。


 ならば、骨と似たもの……若しくは人の骨ではない別の生き物の骨を使って『石』を包み込んでいたのではないかと思った。



 俺がこんな荒唐無稽と思えることを考えたのは、ガイエスから受け取った本の一冊を見たせいだ。

 あの時は、ガイエスに『医療書』と言ってしまったが、多分これは、違う。

 いや、ある意味『医療』なのかもしれないが、決して人を癒すものでも治療するためのものでもない。


『加護替え』と呼ばれ、無理矢理子供や胎児の魔力の流れを操作する儀式……というか、外科手術的なもののやり方が書かれていた。


絆壊はんかいの儀』を、魔石や薬などを使って行うということだろう。

 必要な魔法も、加護もなく、ただ身体をいたずらに傷つけるような、人体実験としか思えないことを生まれたばかりの子供や妊婦に対してやったという記録書だ。


 その儀式は、妊婦の場合はどう見ても、精製方法も材料も毒としか思えない薬が使われる。

 タルフでは聖神一位がかなり嫌われているのか、母親が聖神一位の場合は子供がそうならないようにと定期的に飲ませていた歴史があるらしい。

 こんなことをやったって、加護が変わるなんてことは到底あり得ない。

 ……しかも、子供はほぼ流れてしまうのではないかと思う。


 なんとか生まれたとしても子供はすぐに亡くなったり、重い障害があったりと五歳どころか一年も生きられない子供が大半だったようだ。

 そして、失敗しているのなら、やり方も薬も間違っていたという見解かと思いきや『聖神一位という悪神の呪い』のせいなどという、まさに神をも恐れぬ言い訳で更に強い薬などを用いて『実験』を続けていたようだ。


 そして妊婦では『母体が呪われているから薬が効かない』とかいう信じられないような理論で、生まれて間もない子供に『加護を埋め込む』という方法が用いられるようになった。


 いかん、吐き気がしてきた……

 一度大きく息を吐き、気持ちを整えてからまた読み始める。


 皇国では、五歳になった時に『神認かむとめの儀』と呼ばれる魔力鑑定を行う。

 すると、未だ完成してはいないものの、だいたいの魔力の流れが確認できる。

 魔力の流れは得意魔法などに影響するため、加護神がほぼ解る。


 判断が難しいのはオールラウンダーの場合だろうが、神認かむとめは八歳、十八歳にも行われ、この頃には魔力の流れも安定してくるので加護神はほぼ確定する。


 これは皇国だけでなく、年齢が微妙に違えど他国でもあまり変わらないようだ。

 タルフでは五歳・十歳・十七歳だった。

 ただ、他国に皇国ほどの精度の高い鑑定魔法があったとは思えないのだが、古代はまだマシだったのかもしれない。

 そして最初の神認かむとめの儀の後に、子供の体内に『加護の石』を埋め込むというなんの根拠もない方法で『正しい加護神』を呼び込む……みたいなことが書かれている。


 タルフが、最も信奉しているのは聖神三位。

 だから、埋め込むのは柘榴石ガーネットだ。

 当然だが、この方法で加護神が変わることなどない。


 失敗は埋め込む場所が悪かったからという、またしても過ちを認めない暴走っぷりであらゆる場所への埋め込みをしていたようだ。

 一体、何人の子供達を犠牲にしたのだろう……


 そして頭蓋骨近くに埋め込む、または肋骨の心臓付近に埋め込む……で、落ち着いたようだった。

 この下らない残虐行為でしかない人体実験を行っていたのが、司祭や神官達だというのだから……更に嫌悪感が募る。


 しかし、この子供に無理矢理手術を施すというのが、ガイエスにもされたことではないかと思うのだ。

 ガイエスの骨の中から出て来た石も、ガーネットだった。

 古代タルフで行われていたこれらと似たような理由だったとしても、ミューラで生まれ育ったガイエスになんでガーネットが埋め込まれたのか。


 答えらしきものは、その他の四冊に記されていた『歴史』にあった。

 タルフはマウヤーエートという、かつてシィリータヴェリル大陸の西側中腹部にあった国から追われた者達が流れ着いて興した国だと書かれていた。


 その本によるとマウヤーエートは、かなり大きな国であったようだ。

 神の言葉通り、北から南へと延びる大きな樹海もりの周りに都市を造り国として立ち上げた

 しかし、南部の者達が樹海もりの資源を過剰に使い始めた。

 そして東部の者達は利便性のために樹海もりを横断するように伐採、西部と繋げたがその横断道路のために樹海もりは小さくなり、南側からはやがてなくなってしまった。


 そのことに反発した南側は、当時南西にあった樹海もりを持たない小国と合併……ここでできたのがディルムトリエン。

 北側はこのままでは樹海もりが完全になくなると警戒して、残った樹海もりの北側半分くらいの位置に高く強固な壁を作った。

 この北側が、ガウリエスタとして独立を宣言。


 切り取られてしまった僅かばかりの樹海もりが残る壁際の者達は、全く樹海もりがなくなってしまった南との争いに負けて大陸から追い出されてしまう。

 そして勝った者達は、自分達こそが『正しいマウヤーエート』と名乗りマイウリアを建国。

 三分の二ほどになったディルムトリエンは、かつて吸収した小国が反乱を起こして南西側に広がっていた荒野へと移動し、小さい樹海もりを見つけてドムエスタの元となった。

 大陸から追い出された『真に正しき王族』達が流れ着いた東の小大陸で、タルフが興された……というのがざっくりした歴史のようだ。


 その後は最も高貴な血筋がタルフのみに残されているとかなんとか、悪神を崇める東の小大陸の原住民をどうやって神の御許に導いたとか、自分勝手な正義で現地の人々を蹂躙していった胸くその悪い歴史が滔々と語られている。


 その中にマウヤーエートで伝えられていた『加護変え』が、正義と尊い信仰故に行われていると誇らしげに書かれている。

 おそらく、あの残虐な加護替えの実験は、東の小大陸の現地民に対して行われていたのだろう。


 ……言葉も出ない。

 こいつらが生き残ったこと自体が、神への冒涜な気がするほど怒りと侮蔑しか湧かない。


 タルフにこんな馬鹿げた儀式があったということは、マウヤーエートから分裂したガウリエスタ、マイウリア、ディルムトリエンでも、同じような儀式や施術が残っていたとしても不思議ではない。

 マイウリアはその後の政治体制のせいで、王族派がマイウリア、革新派がミューラを名乗って更に分裂している。

 そして今では、かつてマウヤーエートであったすべての国々が、悉く砂の中に沈んだ。


 加護替えの本に戻ろう。

 そんな歴史のマウヤーエートの一部であったマイウリアで、加護替えが残っていた地域があってもおかしくはない。

 だが、それがどうして聖神三位が加護神であるガイエスに施されたかということ。


 ガイエスが聖神三位なのは、元々そうだった筈なんだ。

 だったら、態々ガーネットを埋め込む意味はない。

 しかも、膝の近くなんかに。


 読み進めるうちに、更にはらわたが煮えくりかえるような記載を見つけてしまった。


 加護の石の力をより高めるための方法として、聖神三位の子供の腕や足にその石を入れる……という。

 石を正しい神の加護がある者の体内に入れておくことで、加護石は力を増すと考えていたようだ。

 そしてもし、王族や貴族、神官などに忌む神の加護を持つ子供が生まれたら、その手足を切り取り加護石を取り出して移植する……と書かれていた。


 信じられないほどの怒りが、身体中から溢れるようだ。

 どこまで自分勝手で、不快なやつらだろう。

 どうしてこうも残酷なことが平気でできるのだろう。

 こんな風習や考え方が、つい最近まで残っていたのだろうか。


 他国のやつら程度の魔法で、切り取った手足が完全に治せたとは思えない。

 この本を見る限り【医療魔法】や【治癒魔法】どころか【回復魔法】でさえろくな精度ではなく、方陣の知識もあったとは思えないほどの杜撰さ。

 使う魔法は【加工魔法】がやっと。

 古代の本ですらこの程度なのだから、現代ではもっと魔法は使えないだろう。

 こんなことをしていたやつらに、この世界の神々が恩寵を与えるなんて考えられない。


 聖神三位の加護を受けた子供を犠牲にしても、上の階位の子供の方が大切だったということだ。

 これが冒涜でなくて、なんだというのか。


 加護石は『獣の骨の中に入れて、腕か足の骨に【加工魔法】で埋め込む』と書かれている。

 そういえば、かなり昔に『材質の違うものは【加工魔法】で一体化させることは難しい』と聞いたことがあったな……


 皇国の人達でさえそうなのだとしたら、他国でできるはずもない。

 それで『骨』でカプセルを作って、子供の足や腕に【加工魔法】で入れ込んだのか。

 骨が最も加護の力が強い部分と考えられていたようだ。


 そんな異物が入り込めば、その部分の魔力は狂うだろう。

 だが、移植は子供の頃だから、まだ魔力の流脈が完全にはできあがっていない。

 そのために身体がなんとかリカバリーして、動ける程度になっていたのかもしれない。


 ……あれ?

 なんだ、この記載……

『同家系の者で育てた加護石でなくては、加護変えに相応しくない』……?


 もしもそうなら、親か親戚が後から生まれる子供のために準備していた……ってことになるよな。

 庶民の家系で、そんなことするか?

 貴族達に無理矢理されたとか、最悪、親がその加護石を売るつもりで手術したとか考えたけど『同家系』が成功の条件としたら話が変わってくるぞ。


 ガイエスの兄弟達は、あいつが生まれた時には成人して家から出ていたと言っていた。

 しかも、一度も会っていないと。

 そんな兄弟達の子供なんかのために、末っ子の身体に加護石を育成目的で入れるなんて無理がある。


 ならば……なんのために?

 ……もしかしたら、ガイエスは、マイウリアの王族か貴族の家系か?

 そして、後から生まれるであろう『誰か』のために犠牲になることが決まっていた?

 となると、直系ではなくて傍流か婚外子。

 もしかしたら、ガイエスだけでなく『加護石のために作られた子供』が大勢いた……とか?


 やばい。

 そんな国、滅んじまってざまーみろとか、心の底から思ってしまった。



 そして気晴らしに外をがーーーっと走ったがすっきりせず、まだ若干のむかつきを引き摺りつつ夕食時間に突入。

 忙しく動けば気が紛れるかと思っていたが、あまり上手く気分が変わらない。


 頭の中でもし、ガイエスが成人してすぐにあの国を出ていなかったらとか、あの時革命など起きずにあの国の国力が低下していなかったらとか、全部の『if』が悪い方向にばかり傾いていく。


 しかし、何もかも俺の想像というか、妄想でしかないのだ。

 今はただ、あいつが無事でいてくれたことを喜ぶべきなのだと思うことにした。


 だけど……もしもタルフやディルムトリエンでも、僅かばかり残ったマウヤーエート子孫達の手によってまだあんなことが行われていたら……

 なんて考えてしまって、胸のむかつきが抑えられずにいることも確かだ。

 あああ!

 早く気分を切り替えないと!


 亡国のこととはいえ……あの本の内容は、ビィクティアムさんやセラフィラント公に伝えるべきだろうな。

 そういう考え方の国があったっていう事実は、もしかしたら皇国に帰化している人達に中にも変なものが埋め込まれている人がいるかもしれないってことだもんな。


 だけど……どうやって?

 ガイエスの密入国のことは、言いたくないしなぁ。

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