第450話 おうちに帰ろう

 そして一段落したところで、できあがった法具の説明。

「いや待て、まさかもう、できておるのか?」

「はい」

「……途中で、空腹になっただけかと思っとったが……」


 あ、セラフィラント公には呆然とされてしまった。

 ビィクティアムさんが、いつものことです……とセラフィラント公に囁いているので、ご納得して欲しいところです。


 そして、俺がこういうものを作ると、大抵ビィクティアムさんが『また、おまえは……』的に呆れたりするのだが、今回は少し違った。

 とんでもないものを、と言いながらも、少し安堵しているような表情だ。

 その時、セラフィラント公から衝撃発言が飛び出した。


「タクトの……複製を作ってくれたあの映像を、陛下にご覧いただいてもよいか?」

 はいぃ?

「食育というものは、まったく新しい考え方だ。しかも、陛下には『嫌う』『嫌われる』ということだけでなく『感謝する』ということも、少々欠けているように思う。まずは食事という、最も身近なものに対して『神事である』ということと感謝ということをお伝えしたいと思うのだが……」


 あれ、ガッツリ俺が映っているんだよなぁ。

「俺が呼び出されたりしないなら……いいですよ」

 教育プログラムのひとつとして取り入れていただけるのは、光栄ですけどね。

 陛下と接触しないで済むように、全力でガードしてくださるのでしたら……どうぞお使いくださいませ。

 陛下にお会いするのは、更生プログラムが完全終了した後がいいです!


 俺ができることは、これできっと全部な気がする。

 あとは陛下に法具を渡して装着させて……再教育だが、プレゼントのタイミングはどうするのだろう?


「ああ、もうすぐ陛下の生誕日だからな。祝いに伺うので、その時に目の前で着けていただくよ」

 あ、セラフィラント公がちょっと悪い笑顔だ。

「その後は上皇陛下達にもお越しいただいて、逃がさんようにせんとな」

「当日は、なるべく多くの貴族達も出席してくださるとよいのですが。陛下は、賑やかなのもお好きだからな」


 ビィクティアムさんは、ちょっと心配そうにしている。

 なんだかんだ言っても陛下は、ビィクティアムさんにとって『伯父上』なのだ。

 その人の生誕の日を、多くの人に祝って欲しいと思うのは当然だ。


 賑やか好きの人が、周りに人がいないって……つらかったのかもしれないなぁ。

 だが、無意識発動の魔法とはいえ、自業自得感たっぷりなので今後の頑張りに期待。


 セラフィラント公、ビィクティアムさん、どうぞよろしくお願いいたしますっ!




 その後、書庫の整理が全て終わったのは、翌日の昼過ぎであった。

 ガイエスがタルフから持って来ちゃった本も、セラフィエムスの蔵書にこそっと混ぜさせてもらえないかと思ったが諦めた。


 皇国文字じゃなかったからね……

 書庫に一冊でも他国の文字の本があったら紛れさせられるかと思ったけど、残念ながらなかったのだ。

 俺が、こっそり持っているしかなさそうだ。


 分類が終わり、きれーーいに並んだ本棚を見ているとニヨニヨしちゃうね。

 そして今後は前・古代文字の本から、順次貸していただけることになった。

 ……うちに帰ったら、今度はうちの地下で整理整頓だな……


 複製を貰ったのは、現代語版のものが中心だ。

 多分、前・古代文字や古代語のものは後日全部貸してもらえそうなので、絶対に欲しいものとか、すぐに読みたいと思ったものだけしか複製していない。

 歴代様達の日記がないとはいえ、かなりの冊数の複製が地下室にあることは間違いない……頑張ろう。


 そして極大方陣の後始末に悩んでいたビィクティアムさんだが、当座『それっぽいものを書いておく』ということで黙秘する方向になった。

 セラフィラント公にも時間をおいてから話すとのことなので、ちょろっとふたりで移動して『もともと見えていた一部の呪文じゅぶん』だけを書いておいた。


 先日開いた身分証を見せた時は、持っている手で【星青魔法】の部分を隠していたらしい。

 ……確かに、告白するのは覚悟のいることだよね。

 どれくらい黙っていられるかは、ビィクティアムさん次第だろう。

【境界魔法】内で話したことだから、俺が口にはできないからね。


 だけど、神聖属性の魔法がプラスされていても、ビィクティアムさんは金証のままでホロじゃなかったなー。

 神聖魔法が『完成』してるのが、条件なのかもしれない。


 思っていたより長期滞在になってしまったが、もう父さんと母さんにもメイリーンさんにもお土産を買ってあるからそろそろ帰ろう。

 母さんの料理も恋しいし。

 ……おそらく自販機のいくつかは、空っぽになっているだろうなぁ……


 *****


 メイリーンの日記


 剣月十一日


 昨日の夕方に、タクトくんからセラフィラントに行くって聞いてた。

 だけど、食堂に行ってもタクトくんがいないのが、なんだか不思議な感じ。

 お義父様とお義母様は、セラフィラントで港でも見てはしゃいでいるかもって。

 そうかもしれないな。

 タクトくん、船とか好きそうだもん。

 食堂に飾ってある銀色の船、よく磨いているものね。


 朝・・・寝坊して食べず

 昼・・・揚げ鶏の甘辛葱だれ タク・アールト

 夕・・・牛肉焼きと平豆煮


 剣月十二日


 毎朝部屋の窓から食堂を見ると、タクトくんが走りに行く姿が見えていたのに……

 出てこないかなぁって見ちゃうけど、セラフィラントから日帰りは無理だものね。

 今頃はセラフィラント公の蔵書に夢中かもって、お義母様が笑っていらした。

 先生も、沢山あるから目移りしていそうね、なんて。

 タクトくん、本も好きだから楽しんでいそう。

 どんな本読んだか、戻ってきたら聞かせてもらおう。


 朝・・・乾酪のパンと焼き玉子

 昼・・・イノブタ赤茄子煮込み・林檎の甘煮いり焼き菓子

 夕・・・細切り牛肉と甘藍の辛味炒め


 剣月十三日


 タクトくん、何してるかな。

 セラフィラントで、町も見て回ったかな。

 どんな所なんだろう、セラフィラントって。

 タクトくんのことだから、市場やお店で調味料とか買っていそう。

 今日は患者さんがとても多くて、先生も忙しかったからお昼食べ損ねた。


 朝・・・乾酪の焼き菓子と珈琲牛乳

 昼・・・なし

 夕・・・焼きシシ肉と菠薐草 榛果ショコラ


 剣月十四日


 病院はお休みで寝坊。

 でも、食堂に行く気にならなくて家で保存食を食べた。

 用意している時に、手が滑ってお皿が粉々になった……こんな風に壊れるの、初めてで吃驚した。

 タクトくんになんかあった……なんてこと、ないよね?

 なんだか心配……早く帰ってこないかな……

 自動販売機の所、何人も人がいるけどどうしたのかな? と思って様子を見に行ったら、売り切れているものが半分以上あった。


 朝・・・なし

 昼・・・昆布巻き鯛の蒸し焼き 杏甘煮パン

 夕・・・塩鮭と茸包み焼き


 剣月十五日


 朝、病院に行く前に寄ったら、自動販売機は全部空っぽになっちゃってた。

 こんなにタクトくんと会っていないの、初めてかもしれない。

 寂しい。

 夕方、お義母様が何度もお店の前に出て、外を見てた。

 きっと、みんな淋しくなってると思う……

 会いたい。

 会いたい。


 朝・・・

 昼・・・

 夕・・・


 剣月十六日


 昨日、何食べたか忘れちゃった。

 今日は帰ってくるかな。



 *****


 スイーツタイムの終り頃くらいの時間、俺は久々にシュリィイーレに戻った。

 こんなに長期間この町を離れていたのが初めてなので、うっかり『何もかも皆、懐かしい……』とか言っちゃいそうになった。

 言わなかったよ、勿論。


 ビィクティアムさんに教会の越領方陣門を使わせてもらえたので、教会を出てすぐに家の前まで転移してしまった。

 ……早く、帰りたくて。

 なんだかんだと楽しかったけど、やっぱり家が一番だ。



「ただいまーーーー!」

 勢いよく食堂の扉を開けて入ったはいいが、まだ何人かいたお客さん達が一斉にこっちを向く。

 そりゃ、そうだ。

 馬鹿でかい声で店に入ったから、何事かと思うよな。


 厨房から母さんが走って来る。

 工房の方からも、父さんが出て来て、食堂内で五日ぶりの再会である。


「おかえり、タクト!」

「おう! やっと戻ったか!」

「えへへ、ごめん……思っていたより、いろいろと時間がかかっちゃって」


 迷宮品の無効化とか、ガイエスとの再会とか、極大方陣解放とか、陛下の加護法具作りとか、イレギュラーも多かったからさー。

 ……あれ?

 本当に、イレギュラーの方が多かったんじゃね?


「タクトくんっ!」

 その声に振り向いた途端に抱きつかれ、メイリーンさんだと気付くのに数秒かかった。

「……おかえり、なさいっ!」

「うん、ただいま」


 ぎゅってして、お互いに顔を見合わせて微笑む。

 邪魔が入らないってことは、今ここにはライリクスさんはいないのかな……って思ってたけど……端っこにいて、ちょっと睨んでいる。

 久々の再会だから、大目に見てくれているのかな?

 いや、マリティエラさんが、がっちり袖を掴んで止めてくださっているようだ。

 ありがとう、お姉さま。


 後からビィクティアムさんも、食堂に入ってきた。

「……おまえ、足が速いな」

 すみません、転移しちゃったもので……とは言えないので、笑って誤魔化す。


 そして父さんと母さんに、長々とご子息をお預かりして申し訳ございませんでした、と頭を下げたりするもんだから、父さんと母さんが大慌て。

「そういうこたぁ、やめろよ!」

「そうよ! 今更……! なんて他人行儀なんだろうねぇ!」


 ビィクティアムさんは、そのまま笑顔で店内にいた衛兵さん達と詰め所へご出勤。

 見送った父さんと母さんは、小さく溜息をついて工房と厨房へ。

 メイリーンさんも、また夕方にね! と、手を振ってマリティエラさんと一緒に病院に戻っていった。


 そして俺は、食堂内のお客さん達から『なるべく早く自動販売機の補充をしてくれ!』と懇願された。

 また、日常に帰ってきた、と嬉しくなってしまった。



 ……うわ、マジで自販機すっからかんだよ……

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