第449話 法具作製

「陛下の好きなものって……なんですか?」


 そう、改めて考えると、俺は全く陛下の情報など持っていないのだ。

 ぶっちゃけ、ショコラ・タクトが気に入った、くらいしか。

 俺自身、陛下には全然興味も関心もなかったからねー。

 なーんにも情報ないのは、当たり前なんだよねー。


 だが、どうせ作るなら好きなものの方が、ずっと身に着けていてもらえるはずだ。

 ていうか、外せないようにしちゃうつもりだけど。


「……陛下は結構、花とか小さい生き物などを象ったものがお好きだ」

「そうなのか? 初めて聞いたぞ、儂は」

 いや、ホント、意外。


「はい。多分ご本人は、隠していらっしゃるおつもりでしょう。でも、タクトが皇后殿下に作った『花束の蓄音器』が大好きですし、前庭の薔薇をご自身で部屋にまで飾っていらっしゃいました」

「そうか……おまえは昔から、陛下のお側にいたからな……」


 昔から?

 ということは、ビィクティアムさんも結構陛下の【非嫌魔法】の影響を受けているのでは?


「ビィクティアムは成人の儀で【境界魔法】と【制御魔法】を得ていたからの。当時は加護法具でも押さえがあったし、ほぼ影響はない。だからこそ、側仕えになっていたのだから」

「では、近衛達も?」

「そうだが……【耐性魔法】程度であったし、それもあまり数が多くはなかったはずだ。理由は解らぬが【非嫌魔法】は、女系の血統魔法を持つ者や女系家門の女性には効きにくいことが多い……本宮に女性がいてはならぬから、女系家門のものが殆どであったはずだ」

「ああ……確かに女系家門の方々には……なるほど、それでヴェーデリアやリンディエンのご当主には、避けられていたのですね……」


 そーいえば、ルーエンスさんも陛下が苦手って言ってたっけ。

 リヴェラリムは【非嫌魔法】が効きにくい女系家門だから、許す気持ちより嫌な気持ちの方が強くなっちゃってたってことか。

 セインさんは【耐性魔法】があり、リンディエン神司祭は女系の上に【制御魔法】をお持ちだそうだから陛下に近かったらしい。


 だけど、聖神司祭様達でさえ影響が出過ぎてしまうと『不快感のフィードバック』に引き摺られ、会うことや話すことが苦痛になる。

 ストレスは身体にも影響するしね。

 そうなったら、人がどんどん離れていくのは当然だよな。


 周囲の人達が【耐性魔法】や【制御魔法】を持っていても段位が低いと防御ができず『仕方ないですね』で許してしまうから不快感が募り、段位が高いと……嫌いになれてしまう……ということで、どっちもマイナス解だけになるわけだ。


 しかもさ、魔法の影響が少ないからって陛下の側に配置していた女系の人達は、不快感をその場でもその後もしっかり持ってて記憶しているのに仕事だから離れられなかったりするわけだよね?

 駄目じゃね?

 配置ミスじゃね?


 教育係にそういう人を置くならまだしも、側仕えにその人選は駄目でしょう!

 人事担当、誰だよ!

 やはりがっつり加護法具で【非嫌魔法】をどうにかせねば、再教育など夢のまた夢だな。


 幼い頃から【非嫌魔法】が出ているのだから、当然教育はされているはずだ。

 そして、その教育は加護法具などが上手く働いてて、ある程度成功していたのだろう。

 そうでなければ、上皇陛下はもっとギリギリまで譲位をなさらず、殿下にはもっと早く子供を作らせたはずだ。


 だが、陛下の【非嫌魔法】が、思っていたより早く段位が上がってしまった。

 ……これは、かなり魔法の才能があり、優秀であるせいとも言える。

 そうなると精神系の特長として、どうしてもかけている方もかけられている方も感情が優先になる。


 教育が行われていたのは『陛下が理性的な判断ができる状態』で、だ。

 感情より理性が優位の状態で『実感もなしに学習したこと』なんて、感情的な時に思い出せる訳がないのだ。

 頭が理解していたって心が訴えてくる言動には、どれほど普段が理性的な人だってコントロールが難しくなるものなんだ。


 だから、まず必要なのは『感情を抑える』ことではなく、陛下が『理性を取り戻す』ことだ。

 理性が戻れば、教えられたことを実践できる。

 ちゃんと、上皇陛下達から教わったことを、思い出すことができる。

 不安も淋しさも取り除いてはあげられないけど、乗り越える手助けにはなるはずだ。


「陛下は……虫とか小さい鳥も好きですか?」

「ああ。花についている虫とか、よく眺めておいでだったな。鳥はあまり皇宮にはいなかったから解らんが、池の小さい魚はお好きだった」


 好みが小学生かもしれん。

 そっかー、虫は……俺、苦手なんだよなぁ。

 ナナホシテントウの成虫くらいなら……平気か……

 ちっこい魚のモチーフもありってことだな。

 うん、なんとなくいけそうかな?



 部屋を借りて、ここでひとりで作業させてもらう。

 流石に見られながらだと、好き勝手に魔法が使えない。

 なにせ、神斎術だし。


 作る宝具はみっつ。

 腕輪がふたつと、身分証入れだ。

 最も魔力が多く体外へと発されるのが、両手と胸の辺り。

 だから『外部への魔法の影響』を抑えて、自身に影響が出る魔法を魔力へと還元して取り込むサイクルを作りたいのだ。

 そのためには、複数の宝具が必要なのである。


 精神系の魔法を使う時は、おでこや眉間の辺りに魔力が集中する。

 隠蔽や隷属などの魔法なんかは、知覚や感情に訴えかけるものだからだろう。

 しかし、孫悟空の輪のような物を作って発動自体を押し込めてしまうと、全部が陛下の中に留まってしまうのでかえって良くないと思う。

 無意識に発せられてしまう魔法の完全無効化はできないまでも、一部を壊すか変質させて魔力として放出するだけに調整できないか……と思うのだ。


 メインである【耐性魔法】と【制御魔法】の加護付与を腕輪に、うっかりだだ漏れになっている【非嫌魔法】の処理をケースペンダントにさせるのである。

 もし陛下が身分証入れを入れ替えたとしても、両方の腕輪は外せないようにしておく。


 まずは腕輪から。

 使うのは『対』になっている石。

 相互作用させるには、無関係の石よりルビーとサファイアのような色違いの同じ石がいい。

 だが、色味をあまり強調し過ぎると、魔法の色相にまで影響がありそうなので抑えめの色合いにする。


 日長石サンストーン月長石ムーンストーンを使おう。

 サンストーンは、俺の胸章とお揃いだな。

 複製作っといてよかったなー。

 コレクションは身を助く……かなっ。


 ブレスレットの幅は十二ミリから十三ミリで、半分だけレリーフを施す。

 加護を支える条件は『貴金属』。

 レリーフ部分は強度重視で緋色金を使うが、いつもと配合を変えた金多めの緋色金を周りに巻く。

 緋色金と金緋色金の二層構造だ。

 全体としては、金ぴかが下品にならないような金色になる。

 そのレリーフの透かし彫りは、左右で変える。


 ひとつは日長石サンストーンで、薔薇の花壇のように。

 皇家の花は、薔薇だからね。

 複数の薔薇の花で、角度を変えて石を嵌め込むから全部色味が変わって見える。

 緑柱石ミントグリーンベリルの葉の上に、紅玉ルビーのナナホシテントウも配置。

 付与する魔法は『制御』。


 もうひとつは月長石ムーンストーンで、星空の映る海の中。

 真上から覗くように、銀色が透ける月長石の魚が泳ぐ海中に、青い星々が映り込む。

 上皇后陛下はナルセーエラ家門ご出身だから、魚のモチーフはリバレーラの衛兵隊制服の刺繍モチーフにもなっている『銀の魚』だ。

 付与は『耐性』である。


 腕輪の装飾は半分だけ。

 装飾部分を内側にすれば、落ち着いた金色のブレスレットに見えるようにしておく。


 最後はケースペンダントだ。

 こちらには意識的に『加護』をかける。

 俺の持つ神斎術『硬翡翠掩護』の中に『加護と守護を与う』『他者の心身制圧操作』がある。


 陛下に対して『指定した人間を理性的にする加護』を授けるのだ。

 特定の人間……とは当然、陛下自身である。


 陛下の名前は『イスグロリエスト・シュヴェルデルク』だが、これが『正しい名前』かは俺には解らない。

 だから『加護を有効にするための名前』を付けるのだ。

 決して身分証には記されない『加護名』を設定し、その名前に対して加護がかかるようにする。


 それは、俺が発音している片仮名で表記した『シュヴェルデルク』だ。

 身分証に触れる裏側に、金属部分を透かし彫りにして片仮名で名前を入れる。

 陛下が魔力登録をした時に、その魔力の持主が『シュヴェルデルク(片仮名)』であることを認識させる。

 名前を与えることで、俺の加護の魔法は発動するはずだ。



 自身をコントロールする『加護』そして、他者に対して魔法を発動してしまうことを『制御』する。

 魔法が微弱で他者にかからなくても、自身へのフィードバックに耐えられる『耐性』……

 このくらい念入りにやれば、魔法の影響は最小限で済むはずだ。


 この状態で『嫌いという感情がどういうものか』ということを中心にした再教育を、上皇陛下、上皇后陛下、そして、皇后殿下にガッツリと取り組んでいただく。

 加護が掛かったからと言って、いきなり『嫌うという感情』が理解できる訳じゃないからな。


 法具でできるのは、フラットな状態に近づけることだけだ。

 その時に、今まで『理性的な頃に覚えたこと』が表に出て来てくれたら、言動や態度は、かなり変わるはずだ。


 身分証入れのデザインは、青い九芒星の中に金色の薔薇を嵌め込む。

 皇王にしか許されない意匠だろう。

 手元に持っていた青い蛍石を薄く加工して表面を覆い、金の薔薇に青みを加える。

 台座と鎖はこちらも腕輪と同じ、金が多めの緋色金。


 うーっし、できあがりっと!

 あ、キレイめの箱も作っとこーっと。


「お腹が空きました! お肉が食べたいですっ!」


 部屋から飛び出して開口一番そんなことを言ってしまうほど、めちゃくちゃ空腹だったのだ。

 人様のお宅で、なんという図々しいことを、と言い放った後に思ったが後の祭りである。


 晩ご飯は、牛肉のサイコロステーキであった。

 最高でございます!

 いただきまーーーすっ!


 塩胡椒だけでグレービーソースなどはないけど、焼いた玉葱とかマジ旨。

 俺は余程にたにたしながら食べていたのだろうか、侍従さん達がくすくすと忍び笑いを漏らす。

 ……ビィクティアムさんまで。

 だって、美味しいんだからしょうがないでしょっ!

 揚げ芋フライドポテトとかも、本当に旨い……塩にちょっと胡椒が混ざっているとか最高かよ。


 はわわぁぁぁ、お腹いっぱいー。


「ご馳走様でしたっ!」

 はー、美味しかったぁ!

 あれ?

 どうなさいましたか、皆様?


「タクト、今のは……食べ終わった後に、何を?」

 セラフィラント公が不思議そうな顔をしているが……

『いただきます』の時は、何も言わなかったじゃないですか。


「いや、おまえの騎士位試験用講義で『食べ物に感謝する』という意味は理解できたから、食べる前の『いただきます』というのは解る。だが、食べた後の、からの食器になぜ?」

「これは『とても美味しかったです、ありがとう』と、食事を作って用意してくれた人への感謝……ですね。こんなに美味しい食材を用意して、振る舞ってくださるのは『有難い』ことですから」

「そういえば、食材と作り手への感謝……と言うておったな」

「食事は『命をいただくことを神々に感謝する神事である』と教えられましたからね」


 そうですよ、お食事は大切なのです。

 セラフィエムス家の皆様がなるほどと頷いてくださっているので、じいちゃんの言葉は受け入れてもらえたようだ。

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