第448話 対応策

 どうやら陛下が【非嫌魔法】を獲得してしまったのは、五歳の時らしい。

 一番ダメなパターンだ。

 子供には『カワイイフィルター』がかかる。

 そもそも子供というのは、基本的に『愛されるように』できていると聞く。


 その状態の時に『誰に対しても嫌いという感情を持たない子供』なんて、周囲の過保護は如何ばかりか……!

『誰からも怒られず』『嫌うことも嫌われることも解らず』に幼少期を過ごしてしまったら、マイナスの感情が一切学べないことになる。

 その後だって、うっかり絶対遵守魔法まで獲得しちゃって、周りに自分を嫌う人も諫める人もいなかったら『それでいい』『間違っていない』になってしまう。

 変に自信満々だったり、自分の言っている言葉で嫌われるなんてことは、想像もできないのだろう。


 なにせ『不快』が『嫌い』に繋がらないのだ。

 考えることもなく、思いつくこともない。

 そんな人が、人の気持ちを推し量るとか慮るなんてことはできっこないのだ。

 そうこうしているうちに、どんどん【非嫌魔法】の段位が上がり、加護法具をしていても漏れ出す魔法にあてられて、周りは『魔法のせいで自分が操られている』と余計に陛下を警戒して避けたり嫌がったりするようになる。


『許したいという気持ちがあるからそうしている』とは、誰も思わない。

 操られて意に染まぬことを強要されているようにしか感じないから、更に……不快感を煽られる。

 その反動が陛下にも返ってきているはずだが、陛下は『知らない感情だから気づけない』のだ。


 しかも陛下は『不快にさせられても絶対に嫌わない』から、他人に不快感を与えたとしてもなんとも思わない。

 だって、自分がなんとも思わないのだから、他人だってそうに違いないとしか考えない。

 こうなってしまったら【非嫌魔法】を完璧に押さえ込んだ上で、人に嫌われるということがどういうことか、嫌いという感情がどういうものなのかをちゃんと教えなくちゃ話にならない。



 ……皇后殿下にはどんな影響が出ているんだろう?

 一番近いのは、絶対に皇后殿下だよな?


「皇后殿下は、聖魔法の【阻害魔法】と【耐性魔法】を持っていらっしゃるからまだ大丈夫だろうが……血統魔法と同じ段位であったら、血統魔法の方が上位であるからなぁ……」

 ということは、今まではなんとか陛下に対して苦言を呈することができていたが、それもできなくなっているってことかも。

 多分、セレディエ様の祝賀の儀の時には……段位を並ばれたか追い越されて、俺の贈り物を披露させることに頷いちゃったりしたのかもしれない。


「元々、皇后殿下は、陛下に対しては全くと言っていいほど、嫌悪感を持っていらっしゃらない」

「え? それ……凄いですね? 嫌々させられたことがないってことですか?」

「ああ。おまえが作った花束の蓄音器、あれも陛下が羨ましそうに眺めていらしたのを、皇后殿下の方からお貸しして陛下の寝室に置いていたくらいだ」

「妻の生誕日にあげたものを借りるとか……」


 ちょっと俺には理解できない行動だが、子供はよくやるよね。

 そもそも自分が『いいな』と思うものをあげる人ってそういう傾向がありそうだよな。

 それに、孤独を感じていたり、淋しさを抱えていると『物品』という手で触れられる形のあるものに縋りたくなるという心理もあるらしい。

 誰かの持ち物を自分の側に『借りて』おくことで、その人との繋がりを確かめている……なんて言うカウンセラーもいたくらいだ。


「皇后殿下は昔から陛下に強請られたり、頼まれたりすることがお好きであったからな……結果的には、それが『甘やかし』だったのかもしれん」

 ビィクティアムさんのいう通りな気がする。

「だが、陛下は皇后殿下が『駄目』と仰有ればすぐに改められるし、無理矢理我が侭を通すわけではなかった。最近は……なぜあのように振る舞われているのか……」


 そうなんだよなぁ……祝賀の儀のショコラ・タクトのことだってそうだ。

 俺の言い分に、陛下は怒っているというよりは『なんで自分がいいと思ってやろうとしたことに文句を言われるのか解らない』って感じだった。

 だけど、俺が不敬スレスレっつーか、ほぼアウトの強硬な態度に出たのに、権力振りかざした『命令』で押さえ込むことはなかった。


 多分、誰も彼も『自分の思っていること』を、ちゃんと陛下に『言葉』で伝えていないんだ。

 だから、嫌々という風情を態度には出すが、勝手に従っているってことなんだ。

 嫌だと言えば諦める人に、嫌だと言わないのに察しろと腹を立てるのも……よくよく考えれば図々しい。


 だけど最近の『引かなくなった』って言うのは、なんだか『ただっ子モード』に似ているよな。

 自分に対して大人がちょっとでも溜息をついたり、仕方ないなんて言ったりすると、自分への愛情に不安が出て来て試すような真似を始める。

『どこまでやったら叱られるだろう』『ここまでやっても怒られないから大丈夫』の繰り返しで……ゆっくりと周りから人がいなくなっていくパターンだ。

 そうなると、陛下の周りはあの頃を境にどんどん人が減っているはずだ。


 周りに人がいなくなった時に、周りと自分にかかるはずの常時発動魔法が全て自分だけに向かってしまったらどうなるのだろう?

 もしかして『嫌う』『嫌われる』が解らないから、何に対して不安でいるのかさえ解らず混乱しているとか?

『人』がいない分を『物品』で埋めようとしているのか?

 そんなのもう、今後もっとやばいことになるって決まってるようなものじゃないか!



 精神系魔法を抑えるには、いくつかの方法がある。

 自身が【耐性魔法】または【制御魔法】を獲得し、練度・段位を上げる。

 それらの効果がある加護法具を身に着け、抑制する。

 もしくは、方陣を使って毎日発動状態を保ち制御する。


「加護法具をお持ちだったのだが、おそらく【非嫌魔法】の段位が上がったのだろう。今は全く用をなしておらぬ」

「では、方陣との併用は如何ですか、父上?」

「……あの面倒くさがりの陛下が、毎日発動すると思うか?」

「そう、でしたね……しかも、ご自分に変に自信を持っていらっしゃるから……なくても平気だ、などと仰有っている姿が目に浮かびます……」


 ビィクティアムさんが、何かを諦めたような遠い目をする。

 返す返すも、ポンコツ過ぎるおっさんだ。

 そんな人だから魔法の顕現まで努力するなんて、おそらく無理だろう。


 まぁ、そうだよな。

 やらなくてもサボっても、だーれも怒らなかったんだろう。

 もし頑張れたとしても、一朝一夕に手に入る訳じゃない。

 その間にも周りの人々から疎まれ、遠ざけられてしまうだろう。


 長時間魔法がかかるってのは、自分のものであっても負担なんだ。

 しかも、精神系は人にかけた分も『自分に跳ね返ってくる』魔法だ。

 だから【制御魔法】で発動を抑え、【耐性魔法】で自身への負担に耐えることが必要なんだ。


「……加護法具、作りましょう」


 俺にできることがあるとしたら『魔法の影響が極力でないようにする法具を作る』くらいだ。

 とにかく、現状をどうにかするには、その魔法を如何に押さえ込めるかにかかっているだろう。

 そうでなければ、誰ひとり陛下に諫言もできず、再教育も中途半端になり、全ての人達が不快になる。

 そして、何も気づけない道化だけが残る。


 既にエルディ殿下が即位できる状態であるのなら、代替わりが早まるだけで済むだろうが、少なくともあと二十五年あるのだ。

 その二十五年の間に、とんでもないことが起きないと誰が言えるだろうかっ!

 被害は、最小限にしなくてはいけないのだ!


「タクト、いいのか?」

「ええ、このままじゃすぐにでも、何が起きるか解らない状態であると思います。ならば、現状で最も手っ取り早いのは加護法具での押さえ込みですからね」

「……できるのかね……?」

「やります」

「無理はしなくていい。皇王のことは皇家と貴族達の……」

「いいえっ! 不本意ながら、陛下と皇后殿下は仮とは言え、俺とメイリーンさんの婚約保証人なのですよ! その片方に正式に婚約する前になんかあったら、ハッキリ言って滅茶苦茶迷惑なのですっ!」


 そう、本当に不本意ですが!

 俺達のハッピーウキウキライフの汚点となって欲しくないのです!


「あ……そういえば……ドミナティアが証明司祭……だったな」

「なんじゃとっ? あやつ、自領の在籍者でもないというのにっ!」

「ええ、保証人が陛下と皇后殿下でしたので、証明司祭が神司祭である必要がございましたし……あの時はいろいろな事情を知っているのが、ドミナティアだけでしたから」

「なんと、厄介なことしおって……!」

「なのでっ! 絶対に、何がなんでも、陛下に潰れていただく訳にはいかないのですよっ!」


 俺の幸せのためにっ!

 それに将来あのまま状態か、もっと理性が働かなくなったりして幼児化とかボケ老人化とか進んだ陛下が野に放たれたら……来るのは、間違いなくシュリィイーレな気がする。

 冗談ではない。

 迷惑千万なヤンキー先輩などお断りなので、全力で更生していただかなくては困るのです。

 そのためにも【非嫌魔法】の影響が出ないように、最高の法具を作りますよっ!


「加護法具は作りますが、俺は何がなんでも王都には行きたくないので、お渡しするのはお願いします。その後は皇家、貴族の方々でキッチリ血反吐吐こうと再教育してください!」

「ああ、絶対に……!」

 セラフィラント公の瞳に、決意の炎が宿ったかのようだ。

 本当に陛下、血反吐吐くかもしれない……物理で。


「しかし、陛下の【非嫌魔法】は、おそらく特位まで上がっとるはずだ。それを押さえ込める加護となると……いくら神聖魔法でも、難しかろう」

「それはおそらく、問題ございません」

「何を根拠に……うぉっ? なんじゃこの段位は?」


 ビィクティアムさんが、開いた自分の身分証をセラフィラント公に見せる。

 やっぱり、極位とか極冠とか行っちゃいましたかー。

 だと思ったんだよねぇ。

 次に身分証公開する時って、継承の時かな?

 エルディ殿下が泣き出さないといいなぁ。


「特位の上には、まだ三段階も練度段位がございます」

「で、では……タクトの神聖魔法は……そうか、解った! すまん、頼むぞ! タクト」


 言われなくても!

 でも、頑張るモチベアップになんか欲しい。


「では、もの凄く頑張るためにご褒美をください」

「なんでも言え」

「俺とメイリーンさんの結婚承認は、ビィクティアムさんとレティエレーナ様がいいです」

「……!」

「仮の時と一緒じゃないと駄目……です?」


 だとしたら結構悲しいんだけどな?

「いいや、『仮』など、適性年齢になったらなんの関係もない」

 よかったーー。


「よし、解った! 正式婚約の時も、セラフィエムスで全てを保証しよう! よいな、ビィクティアム!」

「異論などあろうはずがございません」

「ありがとうございます。セラフィラント公、ビィクティアムさん」

「ふむ……承認司祭は……誰に頼むかな」

「それはまだ、これからでよろしいのではないですか、父上」


 最高のお仲人さん、ゲットですー。

 ではっ!

 俺達の未来のためにっ!


 ……さて、何を作ろうかなっ!

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