第446話 皇家の血統魔法
ここで大切なことを確認しておく。
「で、どうしますか?」
「何をだ?」
「極大方陣ですよ。消えちゃったじゃないですか。なんかそれっぽいもの、描いておきますか?」
既に『ここにある』と知られているものを、消しちゃったのである。
いくら方陣の全てが見えていなかったとはいえ、見えていた部分までなくなっちゃっているのだ。
秘密部屋とか古代部屋の誰も知らなかった方陣とは、訳が違う。
いつか誰かが調査とか確認に入ったりしたら、なんでなくなったんだって大騒ぎになることは必至。
誰が開けちゃったんだ! って犯人捜しが始まることも……あり得る。
解説本が見つかったのだから、今一度、極大方陣への関心が高まる可能性もある。
そうなれば、思っていたより早く『極大方陣が消えた』ことが明るみに出るだろう。
ビィクティアムさん、めっちゃ悩んでるなー。
俺と違って、嘘とか隠蔽とかに慣れていない人だもんなー。
そしてこの案件については、一晩考える……ということで保留になった。
あれ?
俺も、もう一泊かな?
書庫の整理も一通り終了し、お昼ごはんをいただいてほっと一息。
ごはんが美味しいので、もう一泊してもいいかー。
あああああ堕落していくぅぅぅぅぅ。
そして次は、書庫の一角をお借りして翻訳開始。
『受け継がれし加護の書』と『星々の加護の書』を一番先に訳してもらえないかと頼まれた。
俺もこの二冊はすぐにでも読みたかったので、快く引き受けた。
『星々の加護の書』から訳していこう。
うん、予想通り神聖魔法のことが、『地』に関してだけだが結構詳しく書いてあるな。
その他の『星魔法』については簡単な解説だけで『完成』のことは『地』についても何も書かれていない。
もしかして、極大方陣の魔法ってシェアが前提なのか?
今まで『完成』を持っていた人はいないってこと?
まぁ……あれを裏技なしで全部インストールできるほど、一括で魔力を入れられる人はいないんだろうなぁ。
魔効素のことを知っていて取り込めるとしたって、迷宮品とかみたいに吸収率が悪かったり吸収速度が遅かったら間に合わないもんね。
すぐにでも検証したいけど、今日のところは翻訳に集中だな。
第二巻以降に、完成版神聖魔法のことが書かれているかもしれないし今後のお楽しみだね。
俺が手に入れられるかどうかは……わかんないけど。
お次は『受け継がれし加護の書』……と。
へえ、家系魔法でも並位、中位、上位があるのか。
上位は決まった性別にだけ現れるって書かれているから、これが『当主の魔法』なんだな。
でも、あまり情報量としては多くはない。
シュリィイーレ秘密部屋の『貴族名鑑』の方が、ここの貴族達や従者の魔法は沢山書かれてはいた。
だけど、上位魔法か並位かなんてのはなかったから、あちらとは違うものを参考にした『写本』っぽいな。
ドードエラスの【時空魔法】って中位なのか……
ありゃ、ドードエラス家って女系なんだ。
つまりあいつは、家系魔法があっても当主ですらなかったってことなのかぁ。
あ、シエラデイスもじゃねぇか。
女系なのに、なんと図々しいやつらだったのだ。
そしてその先に書かれているのは、貴族達の血統魔法。
うーん……レイエルスは既に士家扱いで、絶対遵守魔法としては載っていないし貴族に含まれていない。
十八家門だけ、だな。
どの血統魔法も、全部上位魔法だ。
純血って条件だからか、上位というだけでなく混血の家系魔法よりはるかに強いって書かれているけど具体的にどういう魔法かまでは詳しく載っていない。
へぇ……キリエステス家門には【連陣魔法】なんてものがある。
『連ねて書いた方陣を同時発動』……?
タイムラグなしで複数の方陣を完璧に同時発動できたら、とんでもないサイズの魔法になりそうだな!
相殺し合う効果の方陣が混ざっていると、効果が出ないっぽいから『炎』と『水』を一緒には使えない……とか、そういうことかな?
効果的な組み合わせ考えるのは、面白そうだなぁ。
あ、絶対遵守魔法じゃん。
その他の血統魔法も方陣に関するものが多いな。
キリエステスは方陣魔法のエキスパート……ってことかな?
色々とお話が聞きたい。
そして蔵書が見たい。
ダメ、ダメ。
どうしても読んじゃう。
読むのも、考えるのも後!
書くのが先!
そしてラストは、皇家の血統魔法。
今までの貴族達のものとは、明らかに情報量が違うなぁ。
そもそもが、皇家の血統魔法の研究のために書かれたものなのかもしれない。
……なんのために?
皇家の魔法は種類が多いけど、中位もあるみたいだな。
セラフィラント公は、一体何を知りたがっていたのだろう。
もしかしたら、セラフィエムスはそのことを昔から研究していたのかな?
皇家の絶対遵守魔法の【
魔法という糸で十八家門の魔法と魔力を結び、全てを束ねて守護境界を作り出すものだ。
だが、この魔法は単独では効果が発揮されない。
聖魔法の補助が必ず必要となり、その聖魔法の種類や段位によって【
最も強いのは【守護魔法】【感応魔法】がある場合。
その次が【精神魔法】【清浄魔法】【境界魔法】……など、上位の聖魔法だ。
あまり効果が上がらないのは、中位以下の聖魔法の場合。
【治癒魔法】は中位なのであまり適さないのだが、貴族や皇族では未だかつて獲得した人はいないとこの本にも書かれている。
一番獲得者が多い【制御魔法】も中位だからか、この本の時代にこの魔法だけの獲得で皇王になった人はいないみたいだ。
皇王だと二、三種の聖魔法を持っていることも珍しくはないみたいだな。
他にも皇家の血統魔法は【時制魔法】【非嫌魔法】【合縁魔法】……などなど……
おい、おい、聖属性で血統魔法があるの?
流石は、皇家……【非嫌魔法】【合縁魔法】は、中位だけど聖属性だよ。
そして、セラフィラント公に皇家の魔法のことだけ先にご報告。
急に……暗い面持ちになった。
「そうか……あの魔法は……聖属性なのか」
どういうことだ?
セラフィラント公が『あの』と言ったのは、皇家の血統魔法のひとつ【非嫌魔法】。
聖魔法属性、精神系中位魔法で常時発動魔法。
精神系は周りだけでなく、本人にまで影響を及ぼす魔法が多い。
それが常時発動……って、結構怖いな、それ!
「皇家の方々にはよく現れる魔法でな……特に、絶対遵守魔法をお持ちの方々には」
セラフィラント公が、溜息を吐くように言葉を続ける。
「ただ、多くの方々はその魔法と共に【耐性魔法】や【制限魔法】などを一緒に持っていらっしゃる。だから、ご自身にも周りにも大して影響が出ないのだが……」
使おうと思って使うのではない魔法、本人が全く自覚せずに使ってしまう魔法というのは、抑える魔法も同時に発動できなければ危険なことの方が多い。
体内に魔毒と、鉛中毒を抱えていた頃のヒメリアさんのように。
自分で肉体の回復しているのにその魔力のせいで循環が狂ってしまい、他の魔法を正しく発動できなくなってしまうのだ。
【回復魔法】は黄属性系で肉体に影響する魔法のため、耐性や制限を持っていたとしても大して抑えられない。
しかし、精神系常時発動の魔法ならば、同系統の魔法で悪影響が出ないようにほぼ自動的に調整できる。
白属性の耐性であっても、段位が高ければある程度は抑えられる。
「ごく稀に、そういう補助系魔法を何ひとつ持たない方がいる……今の陛下のように」
いいんですか、セラフィラント公!
ビィクティアムさんはともかく、俺にそんなこと聞かせちゃって!
かなりのトップシークレットですよっ?
セラフィラント公は、深呼吸のように何度か深い呼吸を繰り返す。
「言うべきかどうか……迷ったのだが、多分一番被害を被っておって、嫌悪感や怒りを引き摺っておるのが……おまえ達ふたりであろうからな」
「嫌悪……」
「思い当たるであろう? ビィクティアム」
返答はなく、ただ少しだけ俯くビィクティアムさん。
多分、俺と同じで心当たりがあり過ぎるって思っているのだろう。
「おまえ達には、神斎術や神聖魔法という聖魔法を越える魔法がある。だから【非嫌魔法】も殆ど作用しないはずだ」
そうか、この魔法って『嫌い』という感情が湧かなくなる……というか『嫌えない』という気持ちが大きくなる魔法だ。
いや、どっちかというと『嫌いたくない』が正しいのかな?
たまにいるよね、なんか困ったこととかやらかしても『この人、なんだか憎めないんだよな』っていうタイプの人。
【非嫌魔法】はそういう『憎めない』『嫌いになれない』を増幅し、『許したくなる』という気分にさせてしまうという困った魔法だ。
だからと言って『好きになる』とか『好かれたい』という気持ちを起こさせるものではない。
どちらかというと、魔法の影響下から遠ざかると許してしまったことに対しての不快感が余計に募る……という、マイナス面の方が大きい魔法だ。
決定的に嫌われはしないが、不快で嫌な思いをしたという記憶は残るから『こいつに近寄るのよそう』と避けられてしまうことはある。
嫌われないから何をしてもいいと思って振る舞っていたら、誰からも好かれなくて孤立し孤独になる……という、かなり残酷な結末を迎えることだってあるだろう。
そっかー、陛下、それかーーーーっ!
厄介極まりないぞっ!
代々顕現する人がいるってことは、セラフィエムスはそれを研究していたんで、この写本を作ったのかもなぁ。
この魔法が発現した時期にもよるが、もし子供の頃だったりしたら『嫌い』『嫌』『不快』という感覚が理解できないことだって考えられる。
そうだとしたら、人としてはあまりに欠陥品だ。
自分が嫌だと思わないことだから、人に対してやってしまったとしても気にも止めないだろう。
そして、周りは……この魔法にあてられて、その場では許してしまうのだ。
それではまったく、本人は気付くことも学習することもできない。
自分が言った言葉ややらかしたことを、渋々であろうと許してもらえたら……それを『言ってはいけない』『やってはいけない』と自覚できない。
だって他人が不快だと思う感情すら、理解できないのだ。
『人に嫌われるのがどういうことか』が解らないなんて人なんて、面倒すぎて付き合いたくない。
「皇族も、貴族達もその魔法がどういう作用をもたらすのか、ある程度は解っておった。だから、それを加護法具や方陣などで抑え込んだり、影響が出ないようにと何千年も研究を重ねておる。実際に【非嫌魔法】をお持ちでも、加護法具などによって周りに影響を及ぼさない方々もいらっしゃった。だが……ご本人に耐性や制限の魔法が全くないと……加護法具だけでは、長期間はもたない」
それで法具を増やしたり変えたり、方陣で耐性や制限をかけているのだろう。
陛下に対してだけでなく、接する方もその対策をしているのだ。
そうか、各貴族家門では法具などの研究施設を持っている家門も多かったよな。
皇家の精神系魔法への、対抗のためだったのかもしれない。
でも、常に使い続けてしまう魔法は……練度が上がりやすい。
方陣や法具は人の手で改良しない限り、成長はしない……つまり、今の陛下の魔法の練度が上がって法具改良が間に合わなくなった……ということか。
「貴族達でも、陛下にお会いする時には必ず耐性の法具を身に着けるが、効きにくくなっている。だから陛下への腹立たしい思いが自覚できるのに、どうしても強く出られない。だが陛下から離れると自身が『支配された』ことに対する嫌悪感も加わって、陛下を罵倒する者もいる。しかし、その魔法のせいでどうしても『嫌えない』のだよ。それがまた……もどかしさと不快感を呼び……どんどん陛下から遠ざかっている」
気持ちは解らなくはないし、貴族達に陛下の再教育とかお守りの義務はない。
むしろ、さっぱりと無視して、国のために頑張ってくれればいいだけのことだ。
第一、そんなに持続性のある魔法じゃないんだから、本人の前で『嫌い』と言えないだけのことだろう?
家族や皇宮務めの人達ならばともかく、常に離れている貴族達に影響なんかほぼないはずだけど。
「タクト、訳してくれたものを読ませてくれるか?」
俺はセラフィラント公に訳文を渡し、ビィクティアムさんとふたりで読み始めた。
おや?
なんだかめちゃくちゃ吃驚しているぞ?
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