第445話 極大方陣からの魔法

 ベッドに入ってものの数分で気絶するかのように眠りに落ち、あっという間に朝が来た。

 聖廟でメイリルクトを飲んだせいか、目覚めは最高です。

 疲れもすっかりとれて、魔力も無事に回復。

 窓を開けて、鳥さん、おはよう。

 セラフィラントは、結構魔効素多めだなー。


 ……お腹、空いたー。


 その時、侍従さんがお食事の用意が調いました、と起こしに来てくれた。

 なんてグッドタイミング。

 食堂まで案内してもらって、セラフィラント公とビィクティアムさんも丁度お席に着いたところ。

 さささっとお食事が並べられて、ほわわんといい香りが漂ってくる。


 こういう上げ膳据え膳、すっごく贅沢だよねぇ……たまにはいいよねー。

 高級旅館の朝ご飯みたいでさー。

 しかも、おいしー……


 はっ!

 これはいかん、どんどん怠惰になってしまいそうだ!

 俺はセラフィエムスの方々のように、己に厳しく生きられるタイプではない。

 楽な方楽な方にくねって蛇行する、緩やかな傾斜の平地を流れる川のような根性しか持ち合わせていないのだ!

 でも、おいしー。



 さてさて、書庫整理も後半戦。

 残りは、三分の一くらいまでになりましたよ。

 この辺りは古めの本が纏まっているなと思っていたら、全然背表紙が読めないので手をつけていなかった書架のようだ。

 そして、引っ張り出したら壊しちゃいそうで触れずに数百年……とか。

 えええぇーそんな、消極的理由ぅ?

 英傑なのに、勇気がなさ過ぎる。


 そんな御本もしっかり修復強化。

 もう、取り出しても壊れませんよ。

 昼前には全ての本に分類印を付け終わり、後はお好みで並べ替えるだけ。


「……本当に、やることが早いのぅ……」

「タクト、興味のあるものはあったか?」

「はい。えーと、この六冊ですね!」


 前・古代文字の本が四冊、古代文字のものが一冊、現代文字のものが一冊。


「現代文字? 珍しいな、おまえが……」

「これ、料理の本みたいなので、是非とも読みたいと思いまして!」

 レシピ本と言うより、特産品の紹介を兼ねた『こんな料理が人気ですよ』っていうものみたいだ。

 現代文字で最近の本とは言っても二、三百年くらいは経っていそうなので、充分歴史書なのである。


「そして、前・古代文字の本の中に、血統魔法についての本がありました」


 俺の言葉にビィクティアムさんは勿論、目を輝かせたが……セラフィラント公が、めちゃくちゃ驚いている?

 なにか、あるのかな?


『受け継がれし加護の書』と書かれたこの本は、家系魔法、血統魔法がメインで書かれている『貴族名鑑』に似たものだ。

 全てではないみたいだが、家系に現れやすい技能なども書き添えられている。

 やはり、大貴族の書架は宝の山でございますわいなぁ!

 この他にもいろいろ気になる本はあるが、まずはこいつが一番読みたい!

 ……レイエルスとか、もう一家門のことが書かれていないかなーと。


 セラフィラント公がもの凄くシリアスモードな表情だけど……?

「タクト、その本に『皇家』の血統魔法は……載っているか?」

 皇家?

「えっと……すみません、まだそこまでの内容は読めていないので……解らないです」

「あ、ああ、そうだな。すまん、少し焦っておるようだ……皇家の魔法が載っていたら、すぐに教えてもらえるか?」

「……はい」

 何かあるのだろうか?

 ビィクティアムさんも俺も、何のことか解らない……というようなまま、書斎を出て行くセラフィラント公の背中を見送った。


「タクト」

 呼びかけられて振り返ると、ビィクティアムさんがあの『移動方陣』がある隠し部屋を開けて手招きをする。

「乗っても、すぐに移動はしないのだろう?」

「大丈夫ですけど……どうしたんです?」

「【境界魔法】を張った。昨夜、身分証を確認したか?」


 あ、してない。

 ソッコー寝落ちちゃったからなぁ。

 極大方陣……開けたってことは、絶対に出ているよね。

 ……神聖魔法……


 あ、やばくね?

『極大方陣で手に入るのが神聖魔法』って、ばれるってことだよな!


「見てみろ。とんでもないものが出ているはずだ」

 こわーーーーっ!

 てか、ビィクティアムさん、既に見たってことは……バレテマスネ……


 俺は手元で、自分にだけ見えるように身分証を開く。

 あれれ?


「【星青魔法】……? ってなんです?」

「おまえにもあったか。おそらく、あの極大方陣から授かった魔法だろうな」

 この期に及んで、初見魔法かーーーーっ!

 なんじゃこりゃあっ!


「これって、星青の境域ってやつと関わりが……あるんですかね?」

「よく知っていたな」

「ウァラクのハウルエクセム卿から、お話を伺いまして」

「ああ、あの領紋の時か。境域との関わりは解らんが、おまえの方は名前だけか?」


 しまった。

 名前だけで衝撃喰らって、ちゃんと見ていなかったぞ。

「えっと……【星青魔法】……『地/柔』?」

 この【星青魔法】はカテゴリー名なのか?

 その中で俺がもらったものが『地』で『柔』……土魔法系で、柔らかく?


「俺は『地/剛』だった。どうやら少し違うもののようだが、『地』と言うからには土系だろうな」

 あああっ、英傑様が『この魔法試したぁい』って顔してるっ!

 でもこれ、絶対に怖いやつ!

 どっか、どっかに、この魔法の資料的なものは……

 あっ!

 あの崩れた本、復元できないかなっ?


 ビィクティアムさんに背中を向け、崩れた本の残骸を入れた袋と借りて持っていく本を入れた袋のふたつを取り出す。

 借りた本の袋を盾にしつつ、袋の中で復元&強化!

 よっし!


「何をしている?」

「昨日お借りした本の中に、それっぽい名前の魔法関連の本があった気がしてっ!」


 お借りしたっていうか、複製したっていうか!

 復元した本のタイトルは……『星々の加護の書』?

 当たりではないかなっ!


 取り出して、ビィクティアムさんに見せる。

「題字は、なんと書いてあるんだ?」

「『星々の加護の書』です。『星青』なら、載っているんじゃないかと思うのです」

 調べてみてくれと促され、表紙を開くと『古代文字』で中表紙になにか書かれている。

 背表紙と中身は前・古代文字だから、明らかに後の時代の人が書いたものだ。


『蒼き星・青き星』

『ふたつの蒼青そうせいを持つものに大地の加護を与える』

『星々を纏い書を携えて陣に神力を捧げよ』


「星々……とはなんだ?」

「文章の感じからすると、色味が違う『あおい星』かな? ひとつは、昨日ビィクティアムさんが着けていた蒼玉……とか?」

 めちゃくちゃ光っていた上に、反応するとしたら間違いなくあのサファイアだ。

 俺は青系の石を使った装飾品なんか身に着けていなかったし、コレクションから消費されたものもなさそうだから……もうひとつはなんだ?


「ならば、もうひとつはこれだろう」

 そう言って示されたのは……俺が即席誕プレで差し上げた、天青石セレスタイトの袖釦カバーだ。

「どの服の時でも、大抵着けているからな」


 なんと、ありがたいことだ。

 いや、嬉しいからといって、によによしている場合ではない。

 うわーめっちゃ煌めいて……というか、石の中に魔効素の対流ができているぞ。

 魔力が、天青石の中で作られつつあるってことかな?

 あれ……?

 加護法具になっちゃったか?


「でも、それだと俺まで魔法がもらえたのは、なんででしょう?」

「おまえの瞳じゃないのか?」

「瞳?」

「魔眼は神々の瞳。つまり『星』だ。蒼いふたつの星……なのだと思うが」


 拡大解釈気味だが、ありそうな気もする。

 そして、魔力の強制搾取は『不足分を補うため』だ。

 そういえば、秘密部屋の極大方陣も不完全な状態だったよなぁ……俺が強制搾取された時って。

 あっちは完全に、方陣の一部を刳り抜いちゃった俺のせいなんだが。


 俺は条件を半分しか満たしていなかったから、がっつり魔力を取られたって可能性があるけど、ふたつ持っていたはずのビィクティアムさんはなぜだ?

 もしかしてこの書を持っていたら、二種類の石が制御装置として働いてあの強制搾取は起こらなかった?

『書を携えて』いなかったからなんだな、きっと。

 そしてこの扉の文言を記入した方、セラフィエムス・ランディエイトと名が記されている。


「ランディエイトは、三代目の名だ。そうか……あの極大方陣を見つけ解放条件までは解読できたが……『星々』が見つけられなかったのか」

「きっと、極大方陣研究のために、あの移動方陣が作られていたのかもしれませんね。セラフィエムス家門は代々、もの凄く魔力が多かったのかも」

「自身の魔力というよりは、魔石などで補っていたのだろうな」


 昔は魔効素のことも知られていて、活用できたのかもしれない。

 ただ、それを知っているのが限られた大貴族だけで、その知識がどこかで断絶してしまったのかも。

 もしかしたら口伝だけで書として残さず、石板に記されてたものだけが存在していてそれを三角錐で保存していたのか?


『神典』『神話』は信仰の復活と共に古代文字から訳されて、受け継がれた。

 だけど『生命の書』は、口伝をまとめ上げて書にしたものが見つかってても、古代文字じゃなかったから正しく読めなかったんだ。

 俺が見つけた前・古代文字の『生命の書』に記載漏れがあったのは、少人数かひとりであの本を書いたから情報が足りていなかったに違いない。

 やはり完全版には、三角錐オールオープンが必須な気がしてきた。


『星々の加護の書』の表紙には、なんと『第一巻・青』……と書かれている。

 つまり、複数あるということ。

 少なくとも、もう一冊はありそうだ。

 なんとなくぱらぱらと中身を見て、関連がありそうなところを読み上げていく。


 極大方陣がどういうものか、ということも書かれている。

 発動と制御のためにそれぞれ違った条件があり、発動できても制御できない場合は大量の魔力搾取があると明記されていた。

 あの強制移動方陣も、極大方陣の仲間みたいだな……

 つまり、条件が整っていなかったか、間違っていたから魔力の大量搾取が行われたってことか。

 ……この本、全部訳せばその辺も解るかもしれない。


「俺達ふたりの魔力でギリギリか。他の者が触れていたら、間違いなく死んでいただろうな」

「……足りて、よかったです」

 本当に!

 あんな魔効素少ない場所、王都くらいだよ!

 だけどなんであそこは、あんなに魔効素量が少なかったんだろう?

 常態的に何かに使用していたとか?


 そして別項目に、星の加護魔法の名前と簡単な解説が載っている。

 極大方陣に封じられているとは書かれてはいないが、獲得条件が解っているものについては全てではないものの記載されているようだ。


「あ、ありましたよ【星青魔法】!」


『神聖属性であり、星の加護が分け与えられた者達に顕現する魔法。

 星青はあおき導きにより、天と海に護られし大地の魔法。

 剛は猛く地を割り鉱を操り、柔は冷熱を以て岩を溶かし土を操る』


 ……どっちも結構、派手な上に危険な魔法じゃね?

 ビィクティアムさんは地割れとかおこせちゃうレベルだろうし、俺はきっと溶岩にできたり液状化できたりするんだよね?


 これきっと、ひとりで授かったら『神聖魔法』として『完成』するんだろうなぁ。

 ひとりが不足して受け取った場合は『まだ神聖魔法になれるよ』ってことで、『神聖魔法』表示なのかも。

『もうふたり以上の人に分けて全部あげちゃったから、完成はしないよ』って確定したら、その『星』の色を含んだ『星の加護魔法』になるのかもなぁ。

 もしかして、足りない魔法を獲得カンストできたら、【麗育天元】みたいに『完成』するのかもしれない。


「神聖属性……か。道理でまた、魔力が馬鹿みたいに跳ね上がったわけだ」

「俺もです」

 三つ分だから、ビィクティアムさんはきっと六万越えだろうなぁ。

 俺が、ふたつ分でもプラス二万だから。


「地を割る魔法となると、やたら試せないな。第二位だから上げたいところだが」

「『鉱を操る』というのなら、鉱石や金属での錬成ができるってことなんじゃないですか? 動かすだけじゃなくて、合わせたり分析したりできそうな気がします」

「そうだな! それは面白そうだ。おまえは『石』と『土』か」

「また、地下室作りが捗りそうな魔法です。遊文館を造る時にも役に立ちそうで嬉しいです」


 土類系が全くなかった俺には、かなりのご褒美魔法ですよ!

 畑を耕したり、建設用地の整備とかもできそう!

 ほっほっほっ!

 ていうか、そういうこと以外には使っちゃいけない気がします!


「……これで、極大方陣の謎が解けてしまいそうだな」

「え?」

「この本が公に出れば、見つかっているあとふたつ……フラビナリア洞とラサナ神殿跡地への調査も再開されるかもしれん」

「結構、危険そうですね。他の人達が不用意に開けようとしたら、魔法を授かる前に命が尽きそうです」

「ああ……だが、解放条件の解明だけはしたがるだろうな」

「ビィクティアムさん、したいですか?」

「興味がないと言えば嘘になるが……命の危険を冒してまでやるつもりはない。セラフィラントにあるならば調査も必要だと思うが、ロンデェエストとルシェルスだからな」


 ですよねー。

 しかも、ルシェルスのラサナ神殿は大樹海の入口で、何があるか全く解らないところ。

 大貴族の次期ご当主が、他領に入り込んでまで行く場所じゃないですよね。

 多分、入れてもらえないだろうしね!

 他の二カ所も、あの聖廟みたいに魔効素少なめだったりしたら、俺だって無理だもん。


「この本は、どうします?」

「訳してくれるか? 極大方陣がどういうものかや『星々の加護』とは書かれているが、中表紙の三代目の言葉がなければ、極大方陣の魔法がそれとは解らない」

 そっか。

『魔法の資料』として、訳したものはあった方がいいよな。

 それに、極大方陣解放に『生け贄』が必要だって思ったままのお馬鹿さんがまだいないとも限らない。

『必要なのは神力(魔力)』って解った方が絶対にいい!

 ではでは、承りました!


 ……うちに帰ったら、ちゃんと隠蔽していない身分証記載、確認しなくちゃ。

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