第444話 解放
「レクサナ湖拝殿聖廟だ……」
ビィクティアムさんの呆然とした呟きに、記憶を掘り起こす。
そういえば、極大方陣がある場所のひとつが……そんな名前だったよなー。
セラフィエムスの秘密がでかすぎて、どぉしていいのやら。
「ビィクティアムさん、ここに来たことがあるんですか?」
「ああ、二度ほど調査でな。まさかうちの書庫からここへ入れるとは……入口は、十人がかりでなければ開けられないほどの大扉だったのだが」
なるほど、ここは既に扉の中ってことですな。
見回した限り、見える範囲には扉も別の場所に通じていそうな回廊などもない。
前に入った時の入口というのはどっちだろうと後ろを向いたら、右側の壁に上り階段があった。
「聖廟ってことは、どなたかの墓ってことですか?」
「いや、かつてこの皇国を救った英傑を祀っている場所だ。扶翼の廟もどこかにあるはずなのだが……発見はされていない」
「以前に入った時に、調査とかは?」
「この部屋だけだし極大方陣とその台座だけは何度か。上に灰のような物が乗っているだろう? 初めてここが発見された時には、それは本の形をしていたらしい。だが、触れた途端に崩れてしまい、あわてて覆いを被せたそうだ」
台座の上の覆いは、半透明の硝子ケースのようだが酷く歪なものが被さっている。
相当慌てて錬成したものなのだろう。
目を凝らして見ると、中に灰……というか、グズグズの塊がある。
ビィクティアムさんが奥の白壁へと歩いて行った隙に、中の塊を【文字魔法】で複製。
袋に入れて、コレクションへしまい込む。
後で復元できるかもしれない。
「そういえば、極大方陣はどの辺りにあるんですか?」
そう言って振り返った時、右側面壁際を歩いていたビィクティアムさんがこの壁だ、と手を触れた。
途端に床と壁が、下からの青い光をゲージのように溜めて上へと満たしていく。
なんでっ?
極大方陣は『鍵』を開けなきゃ発動しないはずだろっ!
「どうして……? 以前触れた時は、こんなことはなかったぞ?」
ビィクティアムさんから、魔力がぐんぐんと方陣へ流れていく。
まさか……シュリィイーレ秘密部屋の鍵が開いたことで、全部の極大方陣も起動可能になったのか?
だとしたら、なんて緩いセキュリティなんだーーーーっ!
部屋中の魔効素が、ビィクティアムさんに吸い込まれていく。
だが……この部屋の魔効素は、いままでの三角錐部屋や古代部屋なんかとは比べものにならないくらいに少ない。
壁の極大方陣は、おそらく多重方陣。
足りるのか?
ひとつ目の方陣が満たされて消え、ふたつ目も消えた。
三つ目の途中でビィクティアムさんが苦しげな表情になっていき、魔効素が殆ど見えなくなった。
そうか、さっきの『移動の方陣』で結構魔力を使っているから、MAXまで回復していなかったのか!
まずい!
俺は懸命に壁から離そうとビィクティアムさんを引っ張るが……びくともしない。
方陣が魔力を吸い続けているからか?
ならば、俺が魔力を入れ始めたら、離れるか?
俺が方陣に触れる少し前に、三つ目がすっ、と消えた。
そして四つ目が可動始める前に、俺が方陣に触れビィクティアムさんを引き離す。
ビィクティアムさんはそのまま床に倒れ込んたが、まだ意識はありそうだ。
くっそ、四つ目も強制搾取か!
なんとか、六、七万程度の魔力で済んでくれよ……魔効素、全然足りないんだから!
「……タクト、大丈夫か?」
「あんまり、大丈夫じゃないです……」
俺達は床に大の字に転がり、殆ど動けない状態であった。
天井から雪のように、ちらちらと魔効素が降ってきているが回復には追いつかない。
四つ目の方陣解放の後、ありませんようにと祈っていた五つ目が起動して俺の魔力をがっつり吸い上げて消えた。
なんとかトータル十万はいかずに済んだみたいだが……コレクション達からの強制搾取がはじまり、動けなくなったのだ。
くっそー、極大方陣って、大食らいすぎだ!
しかも全部の方陣が蓄積型じゃなくて、一括払いオンリーとか!
それにしても、ここまで魔力を使われたと言うことは、俺もビィクティアムさんも殆ど持っていない属性の魔法ということか?
とにかく、持っていたお菓子をふたりでもりもりと食べ、メイリルクトをぐいーっとあおる。
ふぃー……なんとか、身体を起こせるくらいには回復したぞ。
非常食、マジ大事。
ありがとう、メイリーンさん。
「すごいな、メイリーンの作った薬は」
「これがなかったら、ふたり共ここで眠っちゃってましたね。でもまさか、こんなところで使うことになるとは思ってもいませんでしたよ」
「……もう、壁に何も見えんな」
「これって……極大魔法解放ってことなんですよね?」
「そう、なるだろうなぁ……はぁー……まいったなぁ……」
ですよねー。
俺、三回目ですよ。
でも、未だに慣れないですけどねー。
いやいや、慣れたらいかんタイプのものだよな。
「まさか、あんなにも魔力を吸われるとは。タクト、立てるか?」
支えてもらってやっと立ち上がると、方陣のあった壁に何か浮かび上がっている。
ビィクティアムさんには……見えていないと言うことは、俺の神眼が視ているのだろう。
『青き星々の雫が甦らせし加護は大地の剛なるを讃え柔なるを祝う』
これ、神典の一巻に載ってた主神が大地を象った時の一節だ。
青き星?
ちらり、とビィクティアムさんの方をみたら、シャツの襟飾りに使われているサファイアがめちゃくちゃ煌めいて見えた。
アレが鍵だったのかーーー!
「ビィクティアムさん、その襟飾りって代々伝わっているものですか?」
「ああ、成人の儀の時に、曾祖父様にもらったもので四代目が使っていた法具の石を再加工したものだな。どうしてだ?」
「いい色だなーって思って。今度、錆山で探そうかなって」
そっか、あの古代部屋と同じ『貴石』がキーになっているタイプか。
セラフィエムスが代々受け継いできた加護貴石で、魔力がかなり入っていたから極大方陣が開いたのかもなぁ。
ということは、ここはもともとセラフィエムスが開けるべき極大方陣だったということだな。
でも、雷光じゃなさそうだし『加護は大地』……てことは、土系の魔法か!
俺、土系は全く持っていなかったもんな!
技能と神斎術はあったけど、魔法はゼロだったからインストール多めだったわけだ!
ふぉーっ!
こいつぁ結構、嬉しいですぞっ!
いや、そうじゃない。
ここは、喜んじゃいけないところだ。
「さて……どう、言い訳するかな」
「しなくてもいいんじゃないですか?」
「いいのか?」
「だって、極大方陣って、どんな魔法かは誰も知らないんでしょ? 言ったところで『ふぅん』くらいで、信じてもらえないかもしれないし」
「ふむ……確かにな。俺だってそんなことを突然聞いたら、証拠を見せろって言いそうだ」
取り敢えずふたり共戻ったら身分証を確認しよう、ということで極大方陣のことはひとまず秘密ということにした。
……まぁ、ビィクティアムさんは、セラフィラント公には言うと思うけど。
それは、構わないしね。
「戻る……といっても、どうしたものかな。あの扉は開けられん」
「ここに飛ばされる前に、書庫に移動の『目標鋼』だけは放り投げたので、多分戻れると思うんですよね」
「は?」
「なんか、嫌な予感がしたので」
「……目標鋼に、名前がないだろうが」
それはご心配なく。
海衛隊に使ってもらっているシステムを、そのまま使えますからね。
目標鋼には、それぞれ【集約魔法】にできる『文字』が付与してある。
それを使って手持ちのプレートに、俺とビィクティアムさんの名前を書いたものを【集約魔法】として登録。
これで目標鋼に、俺達の名前を認識させられた。
「で、この移動鋼に名前を書いて、魔力登録……そして『移動方陣』に魔力を満たしてくだされば、移動できます」
ここがセラフィラント内でよかったよ。
他の領地だったりしたら、この方法じゃ戻れなかったもん。
「便利だな、やっぱり……」
「セラフィラント内移動用に作ります? この名前記入の『集約板』を、海衛隊と同じようにセラフィラント公が管理してくださるなら作りますよ」
「そうだな。俺と父上……それとカルティオラのふたりくらいは、教会がない場所でも移動できた方が便利かもしれんな」
それでは、作成を承りますよ。
さあ、ビィクティアムさんのおうちに帰りましょうっ!
「ビィクティアム! タクト!」
書庫の隅っこに無事移動できた俺達を見つけ、セラフィラント公が走り寄ってくる。
「無事か? 一体何があったというのだ!」
「実は、俺達もよくは……ただあの隠し部屋にあったのは、かなり危険な『方陣門』のようです」
「なにっ? 調べようとしたのだが……全く読めなくてのぅ……すまなかった、助けになれず」
……てことは、方陣に触れた?
なのに、どうして強制搾取と移動が起こらなかったんだ?
条件があるのか?
「いいえ、大丈夫です。ただ、着いた先で、ふたり共昏倒してしまいましてね。タクトが機転を利かせて移動方陣鋼を使えるようにしていてくれたので、なんとか戻れました」
すごい。
全然嘘もつかず、本当のことだけ言っているのに隠したいこと全部隠せてる。
『着いた先で』と『ふたり共昏倒』の間にいろいろあったことは、何ひとつ言わずに事実が成立している。
「あの方陣門は上に乗った者の魔力を強制的に吸い上げて、移動させてしまうようです。危険ですから、稼働しないように処置したいのですがよろしいですか?」
「うむ、そうだな……おまえ達ほど魔力があって倒れるのならば、他の者達では絶命してしまうかもしれん」
「タクト、できるか?」
お任せください。
方陣の加工は得意ですよ。
そして、ビィクティアムさんにこっそり耳打ち。
「ビィクティアムさんだけは、移動できるままにしておきますか?」
「……頼む」
「じゃ、この方陣門じゃなくて、移動方陣鋼での移動にしておきますね」
こんな発動条件不明の強制搾取移動方陣が室内にあるとか危険すぎるので、基本的には使えないようにしてしまおう。
しかも一方通行なんて、危ないだけである。
消すわけではなく修正をすれば使えるようにはしておくが、文字数などを減らして魔力使用量を抑えた方陣にしておいて、尚且つ『陣』の一部を消しておけば発動はしないしうっかり発動しても魔力量が少なめで移動できるだろう。
こんなに無茶な方陣にしたのは、偶然条件にあっただけのやつに対しての罠だったりもするのかなぁ……昔は『敵』がいたみたいだもんなぁ、セラフィエムスには。
でも、今後の移動にこの方陣を頼る必要はない。
あちらに移動した時辿り着いた場所に、俺は目標鋼をおいてある。
だから俺とビィクティアムさんは、移動方陣鋼を使っていつでも入れるのだ。
あとは、この場所に帰ってくるための目標鋼をセットすればオッケーである。
「もう大丈夫です。今は方陣が稼働しないようにしましたけれど、いつでも再起動できますので……まぁ、使わない方が安全ですけど」
セラフィラント公が安堵の溜息を漏らす。
「父上、このような仕掛け、一体いつ頃からあったのでしょうか?」
「この部屋と書架を作ったのは第七代だ。それ以前であろうな……まったく、後世に伝わっていないのでは、危険なだけであろうが!」
第七代……あ、あの魔賤鳥からの薬研究をしていたコーデリネ様の弟が領主だった頃か!
レクサナ湖の北にあの聖廟があるって言っていたから、場所としてはガストレーゼ山脈の一番東側。
ちょっと南に行ったところに、糯米を作っているリカレー村があったはず。
その更に南のレクサナ湖湖畔には、榛果が取れるリィンティオ村があるんだよね。
七代様の頃はこの方陣を使って移動して、あの聖廟からガストレーゼ山脈へ行ってたのかな?
いや、極大方陣の研究かも。
あ、でも七代様の頃とは限らないか……それ以前に使ってて、その頃に危ないからって封印したのかもしれない。
だとしたら、それ以前のご当主はとんでもない魔力量だったんだなぁ……
魔石を大量に持っていたとしても、かなり大変だもんな。
もしかしたら、魔石以外にも『魔力パワーバンク』があった時代なのか?
第七代以前の日記に、何か書かれているかもしれないよね。
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