第443話 提案と書架の秘密

 その後、いらしていたお客さんが、うちで売っている保存食をいたくお気に召したという話をされた。

 一体どこで……と思ったのだが、どうやらロートレアの病院にいらっしゃる医師の方らしい。

 きっと、ガイエス経由だなー。


 保存食はシュリィイーレ以外では売る気はないし、他の領地への卸売りなんて無理だからなぁ。

 そんなことを引き受けたら、俺も母さんも倒れちゃうよ。

 でもどうやらその要請は、セラフィラント公とビィクティアムさんの方から『個人の食堂だけで作っているものだから』と、断ってくれたようだ。

 よかったー。


「セラフィラントではどこででも食糧が不足することなどないのだから、料理人をちゃんと雇えばいいだけのことだしな」

「病院って、患者さんによって献立を変えたりするんじゃないんですか?」

「……患者のため、というより勤務している者達のためらしい」


 溜息をつくビィクティアムさんの説明によると、治療や研究などでどうしても食事の時間が不規則になったりして魔力切れを起こす方々がいるのだそうだ。

 あの保存食……どうやら、俺がガイエスに送った『完全食・最新バージョン』をご覧になったらしい。

 そうだねー、迷宮でも山の中でも『手軽に美味しく全色相』ってので作った、冒険者仕様だから栄養完璧だもんなぁ。


「作りたくとも作り方が解らないから、買えないかと言ってて……」

 ふむ……では、レシピが解ればいいのだろうか?

「もし、料理の作り方の本と見本の保存食一食、それと【調理魔法】の方陣……なんかを揃えて発売したら、使ってもらえるかな……?」

「調理の、本?」

「はい。実は【調理魔法】の方陣を使って初めて気付いたんですけど、あれって『知っている味に勝手に調整できる』魔法なんですよ。だから食べて味がわかったら、材料を揃えるだけでその料理が作れるんです」


 必要な道具、食材、調味料を揃えたら、調理の方陣を使う。

 予め文章だけでも『どういう手順で行う料理なのか』を読んでおけば、後は【調理魔法】の指示通りにするだけ。

 材料の切り方、分量、火加減や煮たり焼いたりする時間まで、全部教えてくれる料理特化の万能魔法なのだ。

 多分、父さんでも、母さんの味を再現できるはず。


「……そうか。提案してみよう。欲しいと言ったら、その『調理揃え』は頼めるか?」

「はい、それくらいなら簡単ですからね!」


 ほっほっほっ、本を書くお仕事ですぞ。

 写真付きでないとダメじゃないかと思っていたが、本だけではなくて見本食と方陣があればカバーできるはずなのだ。

 方陣は回数券的に数回は使えるようにしようか。

 いや、期間限定かな?


【調理魔法】の方陣は、ガイエスが今持っているものとは少し変えた方がいいだろう。

 あれだと、中位魔法だからか魔力使用量が多過ぎちゃうんだよね。

 見直してからじゃないと、一日三食それを使って魔力不足になっちゃったらいけないし。


「よくもおまえは、そういろいろと思いつくものだな……」

「方陣って、結構使い勝手がいいんですよ。予め魔力も溜めておけますし」


 あ、そうそう。

 あの『牡蠣の殻方陣』どこかで試してもらおう!


「ビィクティアムさん、実はガイエスから、海に入ると全然方陣が使えないって聞いたんですけど……」

「……そうだな。使えるのは、おまえの『移動の方陣』だけだ」

「それで、ちょっと試していただきたいものがあるのですよ」


 そう言って海のもので方陣の魔法を支えたら、もしかしたら使えないか……と提案。

 まだちゃんと読み込んでいないので『系統』のことは、説明していない。

 セラフィエムスの蔵書だから、後日ちゃんとした訳文をお渡しする時にご説明しよう。


「牡蠣の貝殻に……? 魔力筆記か!」

「はい。千年筆もセラフィラントで作り出せていますし、魔力筆記はちょっと大変ですが、誰でも一日にひとつかふたつずつくらいなら、コツコツ作り貯めていけると思います」

「面白そうだ。海の中などでも『錯視の方陣』が使えるようになるとしたら、船への襲撃も減らせる」

 ……やっぱり、魔魚からの襲撃があるんだな。


「もし貝殻で上手くいったら、セラフィラント製の『三椏紙』を方陣札の素材にすることも検討してみてください。填料が貝殻の生石灰ですから、海の上で使う方陣札には羊皮紙よりもいいんじゃないかと思うんです」

「ああ……! わかった。全て検証しよう」


 これでいい結果が出れば、漁船とかでも錯視の方陣が使えるようになるだろうし、水に負けない『セラフィラントの三椏紙』はブランド力もアップですな!

 そして、その後有無を言わさずといった風情で、またしてもセラフィラント公の『コレクション部屋』に連れて行かれた。


「好きなだけ、持っていくがよい!」


 と、上機嫌なセラフィラント公とビィクティアムさん。

 部屋中に転がっていた素材系の貴石やら宝石類を、根こそぎいただいてしまうことになった。

 なのにふたりとも、もういいのか? なんでもっと持っていかないんだ? という視線を投げかけてくる。

 ……欲しいものはいただいているので、充分なんですよぅ!

 あ、海塩とドライフルーツのお取引、お願いしちゃおうっと。



 翌日に、書庫の整理と分類を再開。

 複製もサクサクと、ビィクティアムさんも手伝ってくれているので、ふたりで読みたい衝動に耐えつつ整頓していく。

 ある程度の分類はされているけど、その中の並びがなんか不思議だなぁ?

 ……文字の並びが違う?


 前・古代文字の本と古代文字の本では、しまい方に違いがある。

 揃っているんだけど、並んでいない……とでもいうのか……その時代のご当主の好みなのか?

 この辺は後で整えようか。


 壁際の書架は、重めの本が多い。

 しかも、床から天井付近までびっしりだ。

 背が届かないところにも、本があるがタラップみたいに動く階段があるのだ。

 大貴族の書庫、でか過ぎである。


 もう少しで半分……という時に、足下に近い棚にやたら重くて分厚い本があった。

 いや、もう、本っていうより紙の塊である。

 絶対に普通の製本じゃなくて、心棒でも通して止めているに違いない。


 このままでは片付かないので、軽量化して取り出した。

 その時。


 がこんっ! と怪しげな装置が動くような音がした。

 俺とビィクティアムさんはその音に、そして目の前でガガガガ……と音を立てて動く、壁に備え付けのはずの本棚に釘付けになった。


「なんだ……これは?」

「ご存知のからくりなのでは……?」

「いや、知らん」


 本棚は奥に向かって観音開きで開いていく。

 隠し部屋、である。


 こういうのねーっ!

 書庫でこの仕掛けは、ベタだけど高まるよねーっ!

 音に驚いたセラフィラント公と、侍従の方々幾人かが部屋に飛び込んできた。

 突然の予想もしていないレイアウトチェンジに、驚かない人はいない。


「なんじゃ……こんな仕掛けがあるなど、聞いたこともないぞ?」


 セラフィラント公もご存じない……ということは、歴代のどなたかの秘密本が?

 ビィクティアムさんが、その小部屋へと吸い込まれるように入っていく。

 勿論、俺も後を追う。


 あれ?

 周りに何もないぞ?

 秘密の蔵書部屋じゃないのか?


 足下から急に光が立ち上る。

 これっ、ヤバイやつではっ?

 魔力燃費がやたら悪い『強制移動方陣』ではっ?


 慌てて、持っていた目標方陣鋼のひとつを書庫の隅に投げ入れた。

 小部屋の外、書架の端っこに転がっていったのを確認。

 そして、セラフィラント公が走り寄ってくるのが見えて、慌てて制止する。


「駄目ですっ! 来ないで……」


 言葉は途中で掻き消え、目の前からセラフィラント公達と書架が消えた。

 俺が立っていたのは、石造りの床。

 所々、苔が生えている……


 家の中に『強制移動方陣』とか隠してんじゃねーよ、セラフィエムスぅ!


「う……」


 え?

 移動したの、俺だけじゃないのか!


 ビィクティアムさんが、俺のすぐ後ろに倒れている。

 魔効素ドーピング、してないもんな!

 そりゃ倒れるよ!


 ここがどこで、何があるか、まったく解らない。

 ビィクティアムさんの身分証入れの加護に『魔効素ドーピング』を書き足した。

 そして、目標鋼もセット。

 途中で何かあっても、ここには戻れるようにしておかなくちゃ。


「大丈夫ですか?」

「すまん、いきなり魔力を持っていかれた……おまえは大丈夫か?」

 座り込んだまま目眩を耐えているビィクティアムさんを支え、持っていたチョコを差し出す。

「ちょっとクラクラしましたけど、お菓子食べたら落ち着きました。召し上がります?」

「ああ、ありがとう……一体、なんだったんだ、あれは……」


 やっと周りを見回すビィクティアムさんだが、俺と違って暗視モードがないから真っ暗に見えているはずだ。

 暗順応でちょっと見えている……くらいかな?

 短い廊下のようなものが伸びている先に、部屋がありそうだ。


 そうだ『採光の方陣』があったよな。

 方陣を書いた不銹鋼プレートで、灯りを満たす。

 一瞬、暗視モードをオフにするのが遅れてやたら眩しかったが……なんとか全体を見渡すと……


 廊下の先の部屋から、反射光のような光が見えた。

 俺とビィクティアムさんは、惹き付けられるように歩き出す。

 だいたい二十畳くらいの広さの部屋に、側面は岩壁、そして正面の白い壁の手前にある台座のようなものの上に歪な半透明の覆い。


 三角錐部屋に似ているが、ドーム状ではない。

 どちらかというと、ルビーで入った水源奥の古代部屋っぽい。

 しかし側面の岩壁は切り込み接ぎではなく、正面の白い壁は成形された石を煉瓦積みにしてあるものだ。

 かなり古いとは思うが、崩れている感じから水源奥ほどではなさそう。


「ここ……なんですか?」

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