第442話 情報の共有

 なーんて、一瞬ひるんでしまったが、よくよく考えれば理由は明快である。

 本人から発せられた魔力とは言っても、千年筆という俺の魔法が使われたもので色を付けるという作用がプラスされているのだ。

 全く同じ魔力というとは、あり得ないのである。

 千年筆を通しているということで、ガイエス自身の魔力に俺の魔力がプラス、もしくはコーティングされているって感じなのだろう。


 俺自身の魔力、魔法には賢神一位の『海系』適性がある。

 若干ではあるがその特性が残っているから、使えないまでも消えなかったと考えられるのである。


 しかし『移動方陣』のように俺が創ったものだと、方陣で発せられる魔法そのものに『海系』の特性があれば海の中でも発動するのだろう。

 ……そもそも、俺の作る方陣というのは既存のもの同士の組み合わせだとしても【祭陣】という神斎術に少しは影響されるのかもしれない。

 全系統カバーの【祭陣】だから、フィールドを選ばない方陣になっている可能性があるよな。


 では、どうして書き替えただけの既存のものに、その【祭陣】が作用しないのか。


 これもデータが少ないから仮説ではあるが、図形そのもの、つまり『陣』をいじっていないからではないかと思われる。

 既存の書き換えは『余分で関係のない飾り』を取り除き『訳を正しく書き替え』たり『文字を綺麗に書いた』だけなのだ。

 だから使っているのは【文字魔法】のみと思われる。

 ……となると【文字魔法】には『海系』の特性はなさそうだ。


 でもなぁ……

 海の中を修復した時、問題なくできたんだけど……

 あれは『方陣』っていう形をとらず、俺の魔法として使ったから賢神一位の『海系』が働いて使えたってことなんだろうなぁ。

 いや、もしかしたら『使用者のいる状態』も関係しているか?


 海の中でも俺は『大気のカプセルを作り空中にいるのと同じ状況』で、一切海水に触れていなかった。

 もしかしたら、海水に浮いているのではなく、海底にちゃんと足を着けていたら大丈夫……とか?

 そのことも関係しているのかもしれないが……検証データは俺だけしか取れないから、他の人でも同じかどうかは解らないか。


 ということでガイエスへの説明は、俺の加護神が『海系』もカバーできているからじゃね? という仮説のみお伝えした。

 だってまだいろいろ解らないことが多いんだもん。

 断言はできないよ。


 だが、こうなると、海の中の石とか海水の中にあった金属とか使ったら、海の中で使える方陣を支えられる土台が作れるんじゃないか……なんて考えちゃうよね。

 あ、ちょっと試したいこと思いついてしまった。


「ガイエス、もし今度、海に行くことがあったら……これを試してみてくれないか?」


 俺が渡したのは、昔送ってもらった『牡蠣の殻』である。

 殆どは砕いて生石灰として肥料にしたり、紙の填料として試作に使ったりしてしまったのだがまだ数枚とっておいてあったのだ。

 あっちの世界で使ったのを懐かしんで、なんとなく取っといただけなんだが。

 コレクション(?)は、しておくものだね!


「……貝殻?」

「そう。海で育ったものだから『海系』の特性がありそうだろ? 何枚かあげるから、これにガイエスが千年筆の魔力筆記と【方陣魔法】での方陣とを描いて使い比べてみてくれよ」


 俺自身がやると多分、加護に『海系』あるから全部使えそうなんだよね。

 聖神三位で全く『海系』に特性のない人が使えるかどうかが、キモなのだ。

 ん?

 なんか、微妙な顔をしているぞ?


「もしかして、海は……嫌いかな?」

「錯視が効かないからな。魔法を使うと、絶対に魔魚が寄ってくる」

「襲われたことが、ある、とか?」

「……」


 あるんだな。

 魔魚って、あのエチゼンクラゲとラブカの合体したようなやつだよな?

 うーむ……確かにトラウマになるな。


 なら『錯視の方陣』を試すことも、難しそうだよなぁ……

 多分『錯視』自体にも、全く海系がなさそうだし。

 海が駄目なのか、水全部が駄目なのかは調べておきたいけど、海以外に水中の魔獣っているのかな?

 川に魔魚が出るってのは、聞いたことがないもんな。


「無理強いはしないよ。じゃあ、こっちの貝殻に【方陣魔法】で『回復の方陣』を描いてくれ」


 試しに描いてもらうなら【回復魔法】がいいだろう。

【回復魔法】は『空系』なので、方陣だと海の中では使えないはずである。


「おまえが試すのか?」

「いや、研究所で試してもらえないか聞いてみる」


 建前だけどね。

 ビィクティアムさんに、モニターさんの加護神を指定して試してもらおうかな。


 それなら、と描いてくれた方陣に見知らぬ印が含まれていた。

 いや、自動翻訳さんが『ガ』『ス』と訳しているから、文字なのか?

 そのふたつを指差して、ガイエスに尋ねる。


「これ、なんだ?」

「修記者登録する時に、自分が描いたものだと解る印を書き込んでおけって言われたから、ミューラの文字でこのふたつを入れた」


 修記者を判別するためか。

 あーー、そーかぁ!

 なんで既存の方陣に余分な飾りとか、意味のない文字が入っているのかって、ずっと思っていたけど!

 昔から使っている方陣なら、修記者登録が何人もの人で行われているんだよな!


 その中にはとてもいい方陣とかあって、それを真似て描いた人が修記者として自分の印を入れ込んで、また違う人がそこに自分の印を……って加えていったら!

 何千年も経つうちに、とんでもない数の文字や飾りが入り込むことになるよなぁ!


 中には呪文じゅぶんを繰り返すスタイルの人もいたり、古代文字をそのままにする人もいたってことなんだろう。

 それが、方陣を劣化コピーにしてしまった原因のひとつだなぁ。

 修記者証明の文字が、ノイズになっているんだろう。

 定期的なブラッシュアップは必要だってことだ。


 ガイエスもそのことには今まで思い至らなかったようで、納得したような顔を見せた。


「なら、本当の、一番初めの方陣っていうのは……どういうものなんだろう?」

「おそらく、とても簡単で明快なものだったと思うよ」


 きっと『火を出す』とか『土を動かす』くらいの、単純なもの。

 そこから、いろいろな効果がプラスされたり、強くしたり、大きくしたり、形を変えたり。


「で、今は複雑になり過ぎちゃって、描けなくなったから使えなくなってしまった方陣が忘れられたりしているのかもしれない」

「……それで、古文書にしか残っていないものが多いのか」

「じゃあ、ガイエスが全部見つけるくらいの勢いで、世界中まわったら?」


 その中には人が作ったものではない『本当に神が作った方陣』があるかもしれない。

 いや、人が作ったとしてもそれは叡智の結晶のひとつだ。

 いくらでも訳すし、書き直すよ?


 そしたらリセットされた方陣が、また新しく生活の中で使われていくと思うし。

文字魔法師カリグラファー』としては、方陣は『美しい文字』の実用魔法だから大歓迎だ。


 残すための『本』の文字、使うための『方陣』の文字。

 どちらも繋いでいくものだからね。



 情報交換と物品の受け渡しも終わり、俺達はすっかり長居してしまったブースから外へ出た。

 使用料がかかるかと思ったのだが、どうやら必要ないみたいだ。

 セラフィラントでも俺の登録してある商品を作っているから、俺が商人組合の施設を利用するのは全く問題ないらしい。


 なんと良心的な。

 商人組合って、組合員に対してはがめつくないんだな。

 ……まぁ、珈琲がイベント会場価格って感じで、町中のものよりは割高だったけど。


 外はそろそろ陽が傾いてくる時間だ。

「宿は?」

「あー……あっちの方だ」


 ガイエスが指差したのは、教会のある上り坂。

 あっちには……そうだ、準備中で見られなかったお菓子屋さんがひとつあったから行ってみよう。

 ついでに教会で司書室見せてもらおう。


 歩き始めた途端、ガイエスは突然思い出したように魔法師組合で魔石を買い忘れたから買ってから戻る、と言う。

 あ、そういえば、俺に付き合わせちゃったからあの時買えなかったのか。

 悪いことしたなー。


「じゃあ、またな」

「……ああ」

「なんか変なことがあったり、疑問があったらできる範囲で調べるから、手紙送ってくれ。方陣で」

「そうだな、その時は頼む」


 そうして、やけにあっさりと別れの挨拶が終わった。

 偶然の再会は、なかなか実のある会合であった。

 やっぱり、現場のデータは貴重だな。

 かといって、俺自身があちこち行く気は、更々ないけどね!

 これからも是非頑張ってくれ、特派員ガイエスくんっ!



 雑踏に紛れて、俺はサクッと転移で教会前へと戻りお菓子屋さんへと走った。

 おおーーっ!

 ドライフルーツのお店だーー!

 柑橘とか杏とか……あ、無花果いちじくもあるっ!

 それなら、さっき買った生の無花果はジャムか甘露煮にしようっ!


 やっぱりねー、日照時間が短い秋から冬、春先のシュリィイーレとは違うねー。

 どれも美味しいから、ここでも仕入れレベルでお買い上げである。

 うちに帰ったら、ドライフルーツたっぷりのパウンドケーキみたいなの作ろう!


 お土産にも買っていこうっと。

 豆系もあるじゃないかー!

 塩豆、うまーーーっ!


 そして、教会の司書室を拝見。

 ……うーむ、前・古代文字の本はなさそうだ。

 古代文字だと何冊かあるけど……あ、毒物の本?

 これだけは、複製をいただいちゃおうかな。


 そして、教会を出た時にガイエスの姿を見かけた。

 入っていったのは……病院。

 あ、足の治療で、通っているのかもしれない。

 

 うん、じゃあ、お医者さんに治ったって言ってもらえそうだな。

 ……俺の魔力残滓が残っていたとしても、個人の特定は……できないよね?

 ま、ばれたらその時はその時だな!


 次は何を送ってくれるかなー。

 楽しみ楽しみ。

 さて、セラフィラント公の本邸へ移動致しますか。



 俺がセラフィラント公の書庫へ戻ると、どうやらお客様が丁度お帰りになったところのようだ。

 書庫から出たらすぐにビィクティアムさんが楽しかったか? と聞いてきたので、元気に『はい!』とお返事。

 すぐに夕食時間になったので、街で偶然にガイエスに出会ったことを話した。


「……そうか。久し振りだったのだろう、どうだった?」

「いろいろなものを見せてもらいましたよ。迷宮で拾った石とか、無人島の石とか受け取れました」

「面白そうなものはあったか?」


 はい、ございましたよー、と差し出したのはあの『ストロマトライト擬き』と『水生生物』である。

 セラフィラント公が吃驚しているのも、無理からぬことだ。


「この小さい方は偶然入り込んでいたみたいですが、この『藻石』と一緒に海水に入れておくと、海水が清浄水になるみたいなんです」


 ふたりが目を瞬かせる。


「ガイエスから預かった時に、ふたりで初めてそのことに気付いたので、是非セラフィラントで研究していただければと思って」


 そう言って、藻石と水生生物を渡す。


「そうか……付近に生えていた海草ではなく、石にくっついている藻か……!」


 おや、セラフィラント公はこのちっこい水生生物の効果は知っていたのか。

 それなら、話も早いな。


「多分この藻は『藍藻』と呼ばれるものの一種で、石ではなくてこの藻の死骸が長い時間をかけて石のように堆積したものです。俺の知っているものとは少し違いますが、生態としてはあまり差がないと思います」


 その他にも温度による生育環境の制限はあまりなさそうだが、凍るような場所は駄目だろう、そして貝類や甲殻類など、藻を食べる生物がいると育たないだろうということを伝えた。


「こっちの水生生物はどういうものかは不明ですけど、この藻から分泌されるものを食糧にしており、体内で海水と作用させて清浄水を作り出しているのではないかと思います」

「貝と甲殻類……というのは、蝦とか蟹か?」


「はい。牡蠣や帆立、浅蜊なんかがいるところも避けた方がいいと思いますね。そしておそらく日当たりがいいところの方が適しているはずです」

「よく解った。感謝するぞ、タクト! すぐにでも研究施設に伝えて、調査を進めよう」


 勢いよく立ち上がったセラフィラント公は、藻石を持って飛び出していった。

 セラフィエムスは行動が早いから、安心して預けられるね。

 まだ一個ずつ持っているから、うちでも実験がてら水槽を作ってアコヤ君の隣に置いておこう。

 一緒には入れられないからなぁ。



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『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第76話とリンクしております。


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