第441話 情報交換は大切です

 さてさて、ガイエスが考え込んでいる間に、俺はこの石板を読んじゃおうかな。

 いやぁ、いいものゲットしてくるねぇ。

 流石、金段一位の冒険者さんだよ。

 ガイエスのおかげで、冒険者のイメージがかなりよくなったよなぁ。

 他の人に期待しすぎは禁物だろうけど。


 お、これもちょっと文字が違うな。

 今までの石板は前・古代文字だったけど、東の小大陸とか南の方は随分文字自体が違うんだなぁ。

 だけど現代の言葉は、皇国語が基準なのか?


 そういえば、ヒメリアさんもディルムトリエンから来たのに、殆ど訛りのない皇国語だった。

 あ、オルツで教わったのか?

 だとしたら、彼女はもの凄く語学にセンスのある人なんだな。


 ガイエスも地名や固有名詞以外は、発音が多少違ってても『ちょっと訛っている』程度だ。

 シィリータヴェリル大陸では、もしかしたら基本的には同じ言語体系なのかもしれない。

 東の小大陸のことは、あの四冊の歴史書で少しは解るかも。

 うんうん、楽しみが増えたねー。


 この石板は……どうやら法律っぽいぞ。

 国の根幹となるようなことが書いてある……イメージ的には、十戒の粘土板みたいなものか。

 内容は、十七条の憲法的だね。

 細かい法律なんかは、きっと別に法典があったのだろうけど。


 方陣に見えたけど、これはこの国の紋章だな。

 何せ呪文じゅぶんではなくて、長ったらしい国名のようだ。

 いくつかの島の名前を羅列しているのかも。

 イギリスの正式名称『グレートブリテン及び北アイルランド連合王国』みたいな表記だ。


 それを教えたら、ガイエスは更に落ち込む。

 ……俺、落ち込ませてばっかりだな。

 それならその石板もやるよ、と言われたので遠慮なくいただくことにする。

 時々小動物みたいな目をするなぁ、こいつ。


「こんなに色々と貰っちゃったから、なんか俺にできること、ある?」

 本や石板は依頼しているもの以外の、ボーナス的ご褒美だからね。

 何か欲しいものとか、俺ができることがあるなら引き受けるよ。


「……じゃあ、ちょっと頼んでもいいか?」

 少し遠慮がちに差し出したのは……方陣が、四つ。

『火炎』『水生』……ふむふむ、この辺は方陣魔法大全にも載っていたやつだね。

 ……え?

遠視とおみ』?

『寒風』!


 どっから拾ってきたんだよ、このレア方陣!

『遠視』は、迷宮の石板のようだ。

 さっきの二枚とは、違う場所の迷宮みたいだね。

 この石板も預けたいというので、大歓迎とばかりに受け取った。

 それにしても、『寒風』とか『遠視』みたいな中位魔法は、方陣があるとは思っていなかったなー。


「……驚くようなことか? 皇国の教会なら、新しいって言われている司書室でも古代語の本があるし、時々こういう古い方陣が見つかる」

 ガイエスが皇国人のくせに、とでも言いたげだが、俺は地元大好き人間だから他の領地の教会なんて知らないんだよ。

 ……移動鋼を設置してある教会は、行っておくべきか?

 ううむ、お貴族様達の蔵書だけでなく、各地の教会司書室も宝の山のようだな。


 この四つは自分でも描き替えているみたいだが、添削をして欲しいらしい。

 どれどれ……ほほぅ『火炎』は、ほぼ満点だな。

『水生』はちょっと惜しい……方陣の手直しでも、適性のある系統や属性のものだと、上手く直せるのかもしれない。


「『寒風』は氷系を組み合わせているのかと思ったけど、水と風なんだなぁ」

 水に風が当たって通り抜けてきたものって、冷たく感じるからそれと同じ理屈なのかな。

 これを描いておくと、クーラーができるかもね。

 シュリィイーレじゃ必要なさそうだけどなぁ。

 あ、エイリーコさん達に使ってもらえたら便利かな?

 呟いた俺に、ガイエスが変な顔をする。


「どうして風系の方陣なのに、水が関わっているって解るんだ? 呪文じゅぶんには全く書かれていないのに」

「だって、五角形の重なり方がそうだし」


 水と風は同じ青属性だから五角形だが、描かれ方が違うのだ。

 五角形でも『正』でなかったり、重ね方、傾き方、角の角度や大きさ、呪文じゅぶんの始まる位置などが変わると発動する魔法が変わる。


 この魔法は霧状になる水魔法に、旋風をあてるような作りになっていると説明した。

 理屈としては『旋風の方陣』と『清水の方陣』『制水の方陣』を重ねると同じような効果にできる。

 温度に関しては水系でなく、炎熱が加わったら熱風にもなるかもと言ったら食い入るように方陣を見ている。


 ううむ……魔法法制省院のふたりも『方陣の形』については、法則性があると思っていなかったみたいなことを言っていたなぁ。

 方陣魔法大全にも、そのことに触れてはいなかったところを見ると知識として全く知られていないか、敢えて秘匿していたとしか思えない。


 他国への流出を避けるため、かなぁ。

 隠しているとすれば、キリエステス家門っぽいなー。

 使命とやらに関わっているとしたら……絶対に教えてくれないだろうな。


「ただ、方陣は重ねた線の形だけでなく、呪文じゅぶんとの均衡も大切だ。どちらも過不足なく整っていないと、魔法として発動しない」

「そうなのか……でも、試してみたいな」

「ガイエスなら、いい魔法が組めそうだけどな。でも大きくしすぎると、魔力を一気に消費するようなものになったり、制御が利かないくらいの魔法になるから気をつけろよ」

「解った。もし作ったら、おまえに見てもらってもいいか?」


 それは、喜んで。

 方陣魔法師が作った新しい方陣なんて、高まるに決まっているじゃないか!


 ちょっとだけ、明るい表情になった。

 よかった。

 左足ももう大丈夫だろうから、冒険も再開できるだろう。

 その合間にでも、作った方陣を見せてくれよ。


「あ、方陣といえば、おまえの持っている方陣はちゃんと魔法師組合に登録したんだよな?」


 修記者登録ってのをしたらしいので、魔法師組合に行けば見られるはずだという。

 俺は自分が組み上げた方陣以外は登録する気はないから、これからも書き替えた既存のものはガイエスが登録してくれと伝えておいた。


「……忘れていた」


 ガイエスが突然そう呟いて取り出したのは、うちの焼き菓子を入れて売っている保存袋だ。

 食べ忘れてて、賞味期限過ぎちゃったのか?


「いや、無人島の海岸で拾った石をいつもと違うところに入れてて、送り忘れていた」


 渡された袋には……緑っぽい色合いの石と、ちっちゃい欠片みたいなものがいくつか入っている。

 んん?

 石?


 これ……石? の周りに『藻』が付いているぞ。

 いや、普通の石じゃないな……

 ストロマトライトみたいな、藻が堆積してできたものか!

 だけど……酸素を出している訳じゃなさそうだ。


 この小さい欠片も、石じゃなくて水生生物か!

 うわ、何これっ!

 ……丸く固まったクマムシ……?

 でも、足みたいなものはないし……もの凄くちっちゃい巻貝の仲間とか?


 藻の石から出ているキラキラが、石のような水生生物に吸い込まれているみたいだ。

 そして袋に僅かに溜まっている海水が『清浄水』になっている。

 この藻と生物で、循環作用しているってことなのか?

 うひゃー!

 清浄水が作り出せるなんて、海の生き物ってやっぱ凄いなぁ!


「その……『藻石』ってやつがあるから、石みたいな生物が清浄水を作っているのか?」

「多分、な。これは水槽に入れて研究した方がいいなぁ! 面白いものをありがとうなっ!」

「おそらく、それをセラフィラントの研究所ってところで始めていると思う。俺が、その小さい石の方の水生生物を渡したから……」


 えっ、そうなの?

 じゃあ、このストロマトライト擬きを渡したら、研究が進むかもしれないな!


「そっか、じゃあ、俺の方からこのことを報告しておくよ」

「え? 研究所に、知り合いでもいるのか?」


 まぁ……その上、だけどね。

 詳しくは言えませんわな、これは。

 ちゃんと、ガイエスが回収したものだって言っておかないとね。


 いやー、直接会えた時でよかったよ。

 そうじゃなかったら『藻』が生きてるものを、どこでどーやって手に入れた、なんて説明できなかったからなぁ。

 ジップつき保存袋の、なかなかいい活用方法だ。


 珈琲が空になったのでそろそろお開きかと思った時、思い出したようにガイエスから問いかけられた。


「すまん、もうひとつ聞いていいか? あの千年筆の魔力筆記って、もう少し魔力量を抑えることはできないのか?」

「それは……難しいかなぁ」


 魔力そのもので書くから【制御魔法】とか持っている人なら抑えられるかもしれないけど、千年筆自体ではなんともできないなぁ。

 でも、そんなに一度に沢山書くことなんてないだろう?


「方陣を描くと、三つくらいでくらくらする」

「は? 【方陣魔法】で描けるんだから、態々千年筆を使う必要がないだろう?」

「魔力筆記だと、石とか金属に描けるから水の中でも使えるし。俺が【方陣魔法】で描くと、水がかかるだけで魔力が抜けるんだよ」


 なんだ?

 どういうことだ、それ。


【方陣魔法】で描こうと千年筆の魔力筆記だろうと、同じ『ガイエスの魔力』なのに、なんでそんな違いが出るんだ?


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『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第75話とリンクしております。

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