第440話 浮上のきっかけ?
つい、興奮してしまいました。
消音しているのに、つい叫んだ後に口を押さえてしまうほど慌てていた。
挙動不審すぎだ、俺。
ガイエスに思いっきり呆れられた。
んな、乾いた笑いするな。
「ん、この本、どこの迷宮で?」
「……」
「迷宮じゃないのか?」
「……ある教会が……壊されることになって、読めないから捨ててくれって言われたから、貰ってきた」
なんで一旦、言い淀んだんだ?
こいつ、なんか隠してるなー。
ポーカーフェイス装っててもなんとなーく揺らぎがあるのは『ある教会』ってぼかしているところだよなぁ。
「へぇ、どこの教会?」
「タ……あ、東の小大陸の、だ」
今の『タ』は、流石に俺の名前じゃないな。
『タ』の付く場所で、最近こいつが行ったといえば……
「タルフか」
「……」
出島貿易オンリーで本国に入国を認めていない国の、教会……ね。
密入国しちゃったかー。
教会ってことは、人の暮らしている町に行ったってことだよなぁ。
よく無事だったものだ。
「大丈夫だよ。誰にも言わないし。でも……条件がある」
弱みに付け込んじゃうとか、酷いなー、俺。
「その本、見せてくれ」
「読めないと思うが……」
「多分、読めるよ」
自動翻訳さん、見せ場ですぜ。
本はかなり傷んでいて、開いたら壊れそうだ。
その場で修復。
開くと……おや?
前・古代文字とも、違う文字があるな。
混ざっているのは、タルフの文字なのかな?
全部の本を取り出すと、ぱさり、となにやら折りたたまれた紙が落ちた。
拾ってみたら……これ、タルフの地図だな!
「おまえ……こんなものどうやって」
鎖国している国の地図なんて、国家機密レベルの情報じゃないの?
「雑貨屋で売ってた」
観念したらしく、どうやってタルフに入ったか、なんで地図なんか買ったかを話してくれた。
迷宮を辿っていったら町に近い山に出て、そのまま町まで降りた。
兵士に見つかったけど、兵士が誰かと勘違いしてくれたのか解放されてちょっとだけ町をぶらついた……って、なんてタイトロープな観光しやがる!
取り敢えずは鑑定して覚えてから、地図そのものは返しておいた。
「食事がやたら辛くて吃驚した」
密入国で兵士に見つかったくせに、グルメまで満喫とは……なんという強メンタル。
「本、何が書かれているか本当に読めるのか?」
「ああ。俺は『
タルフの文字って、ちょっとペルシャ文字みたいで丸っこいんだな。
ミューラの字に似てる?
でもミューラの文字って、ガイエスの身分証の字しか知らないからなぁ。
どうやら、五冊のうち四冊は歴史書のようだ。
大切な国の記録だろうに、読めないからって……捨てるのか。
そしてもう一冊は……タイトル文字がない。
……医療書?
いや……これは……
「欲しいなら、おまえにやるよ。俺が持っていても役に立たない」
「……いいのか?」
「ああ。こっちは東の小大陸南西の無人島にあった石板だが、読めるなら読んで教えてくれ。方陣があったから気になってるんだ。もう……当分、無人島には行かないだろうし」
驚いた。
『行かない』なんていう選択肢を選ぶなんて。
冒険者が、行きたくないって思える場所なのか?
まだ他の島にも、方陣が書かれた石板なんかがあるかもしれないのに。
あ、そうか。
足を気にしているのか。
もしかして、無人島でなんかあってトラウマにでもなったか?
まぁ……足は治したから、メンタル回復したら行く気になるかもな。
その辺はガイエス次第だから、俺としてはなんとも言えん。
いや、それとも無人島以外に行きたいところがあるのかな。
もしかして、ミューラとか……?
ミューラやガウリエスタ方面に行ってみたいのかと聞いたが、その気はないと苦笑いをする。
もう、家族は誰もいないから、と。
……悪いこと、聞いてしまった。
「んな、顔するなよ。兄貴達は……どっかで生きてるかもしれないけど、俺が生まれた時はもう、みんな家から出ちゃって行方が解らないだけだ」
「随分、年が離れているんだな」
「かなり遅くにできた末っ子だからな、俺は」
だとすると、末っ子というよりひとりっ子みたいなものかもなぁ。
窓から入ってきた光が、ガイエスがしている左腕の腕輪に反射した。
さっき見た時より、また加護光が弱まっている気がする。
「その腕輪、加護法具だろ? 手入れ、ちゃんとしてる?」
「手入れ?」
「ああ、貴石とか銀とかは、ちゃんと手入れしないとくすんだり色が悪くなったりする」
してないだろうなー。
細工の所々に黒ずみが見える。
硫化……いや、塩化反応かな?
「もしかして、海水に浸かったりしたか? 黒ずみが出ているし、石も少し浮いちゃってるから調整した方がいい」
「直せるのか?」
どうやら大切な貰い物のようで、直せるならと外して見せてくれた。
腕輪って、サイズ自動調整の魔法が付与されているみたいだな。
所有者が動かそうとすると、元のサイズに戻るのか。
加護法具は、他人が外せないようにってことなんだなー。
銀は、セインさんの腕輪のものと似ている。
この石、緑色だから、
銀も柘榴石も塩素に強くはないから、海水につけたりしたらダメだよ。
まずは洗浄、浄化だけでなく銀からニッケルを取り出して銀と銅だけにする。
ガイエスに金属アレルギーはなさそうだけど、ガイエスが初めてシュリィイーレに来た時にもらった迷宮の石にプラチナとかロジウムが含まれている物があった。
なので雷光を使って、ロジウム
所謂『プラチナ加工』というやつだ。
手入れが簡単になるだけでなく、塩化や硫化の反応も防げる。
強化もしておけば、うすーーい
お次はガーネット。
加護が掛かっている宝石には、石の内部で魔効素の循環が見られるのに魔瘴素の方が多い……
これでは迷宮品みたいで、逆に身体には負担になる。
ガイエスの身体が、魔瘴素に冒されていてこの法具が吸い取っていたのか?
いや、魔毒……?
だとしたら、魔獣にでも襲われた時にとんでもない量の魔毒が入り込んだのを、取り除こうとしたのかもしれない。
いや、あの左足……かな?
骨の中なんて、とんでもねーところに原因があったからなぁ。
それで壊れたところを直そうと加護が働いて、魔瘴素を吸い取って魔効素変換していたのかも。
加護法具ってマイナス部分がある時は、加護を与えるっていうプラスじゃなくてマイナスをなんとか取り除こうと働くのかもしれない。
ビィクティアムさんの
では石の中の魔瘴素は、すべて魔効素に変換……っと。
こちらも強化しておこう。
はい、できあがり。
「もう一度魔力を通してから、腕に嵌めてみて」
そう言ってガイエスに渡す。
加護も問題なく発動したようだ。
さっきよりも、随分と鮮やかに加護光が視える。
「……ありがとう。やっぱり、自分の魔法だと早いし強くなるんだな……」
ぽつん、と呟く。
【方陣魔法】はあらゆる方陣を十全に使いこなせるが、方陣自体の持つ強さ以上のことはできない。
方陣はどんなに使い込んでも、
常に、限界のあることを思い知らされるのは……確かにちょっと、つらい。
「せめて、方陣が海で使えりゃいいんだけどな」
え?
海で……使えないのか?
方陣って。
あれ?
俺の『移動の方陣』は、使えてるよね?
不思議そうな顔をしていた俺に、ガイエスが海の中では土系も錯視も全く使えなかったと教えてくれた。
石や
ただひとつ、使えた方陣は『移動の方陣』だけだったらしい。
……この現象は……もしかしてあの『系統』ってやつが関わっているのではないか?
海で使える魔法は、かなり偏ったものなのではないだろうか。
たしか……俺の持つ【祭陣】は『全系統』だった。
俺が作ったあの『移動』は『門』の距離移動の空間短縮とは違い、【祭陣】による【天翔空軸】の『次元短縮』なんだろう。
つまり【祭陣】が全系統だから、海という特殊フィールドで使用できるんだ。
でも【方陣魔法】は『空系』『地系』のみなのかもしれない。
時間系魔法にも、空間系魔法にも『海系』は全くなかった。
その上、ガイエスは聖神三位で、全く『海系』に適性のない加護神だ。
だから余計に、海での発動ができなかったのかもしれない。
そして、これは仮説の域を出ないが『移動の方陣』はガイエスの【方陣魔法】に影響を受けていないのではないだろうか。
普通に【方陣魔法】を使えない人と同じように『方陣に描かれていることを実行する』だけなので、使用者の加護神の系統や所有魔法には影響されないのかもしれない。
……っていうか、多分、方陣は方陣魔法師が使う以外はそういうものだ。
ガイエスは『海では使えない【方陣魔法】という加護神の影響もある自身の魔法で方陣を使うこと』によって、更に海での使用ができにくくなっている可能性もある。
大まかに『系統』というものがあるということと【方陣魔法】にはその系統がないだろうということ、そして方陣というもの自体が海には殆ど対応できないだろうということを伝えた。
明らかに、落ち込んでいる。
だよなー……島とか行くなら、海じゃ全く役立たずってのはかなり厳しいって思うよな。
まぁ、海には入るなってことだよ。
元々、人が生きていける場所じゃないんだ。
どうしてもっていうなら、潜水艦でも造るしかないかな。
いや、海でも使えそうな魔法の獲得って方が、こっちでは現実味があるな。
聖神三位だと……他の人達より大変かもしれないけど。
「魔法の、獲得……か」
「【方陣魔法】でしか魔法を使っていないと、なかなか獲得は難しそうだけどな」
「え? どういうことだ?」
「方陣は魔法の試行になるから、方陣の作りと
獲得経験値不足……とでもいうか。
方陣のスタンプ機能も、その方陣を理解するという点では不利だ。
図形をコピー機でいくらコピーしたって、手で正確に描けるようにならないのと同じ。
「完璧に理解している方陣でも『方陣を使おう』と思って発動するのではなく『その魔法を使おう』と思い込まないと獲得は遅い」
これは、エイリーコさんとリテアさんの獲得スピードの違いでもそういう結果だった。
実際にその後、意識を変えてチャレンジしたエイリーコさんは、『土類鑑定』も『水性鑑定』も獲得できているから有効と思われる。
「主神も『示されし道と与えられし才の
これって職業だけじゃなく、魔法や技能にも同じことが言えると思うんだよね。
ガイエスが、なにやら考え込んでしまった。
何かのヒントが掴めて、魔法獲得とか海での対策が立てられればいいんだけどな。
方陣魔法師に【方陣魔法】以外の方法で方陣を使えってのは、かなりの難題だよな。
でも、こいつなら、できそうな気がするのはなんでだろうなぁ。
そう思いつつ、俺は珈琲のおかわりを頼んだ。
勿論、ふたり分。
気に入ったのか無言で飲んでいる。
お次は、石板解読かなー。
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『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第74話とリンクしております。
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