第439話 偶然

「ガイエス」「タクト」


 次も、ほぼ同時に声が出る。

 まさかこんなところで会うとは思っていなかったので、お互い棒を飲んだようだ。


「あれれ? お知り合いですか?」

 出て来てくれた受付の人に、そう聞かれてやっとしゃべり出す。


「友人、です」


 ……と言ってしまったが、嫌そうな顔はしていないのでいいかな。

 知り合い程度というのはよそよそしすぎるし、ビジネスパートナーってだけでもなくなってきてるから……そう思ってて、いいかなーって。


 方陣の登録が在籍地でなくても問題ないかを聞くと、身分証をと言われたのでケースのまま鑑定板に乗せた。

 そしたら別室へ! と言われてしまった。

 あ、そっか、全部読み取って銀証の一等位魔法師って解っちゃったからか。


「こいつも、一緒に!」

 ガイエスの腕を掴んだ。

 だって、この場を離れたら、絶対にこいつ先に外に出ちゃうだろう。

 ここで何もせずに待たせるよりは、いいかなって。


「渡したいものがあるから、ちょっと付き合ってくれ」

「……おう」


 なんだ?

 元気、ないな。


 別室に入ると、すぐに組合長が出て来てくれた。

 シュリィイーレと違って、組合長の管轄はその町だけというわけではないと聞いた。

 二、三箇所ごとか、もしくはその街区にひとりの配置であるようだ。

 ロートレアはご領主の町だから、組合長が常勤なのだろう。


 ガイエスは友人だから付き合ってもらった、と説明し方陣の登録について確認する。

 どうやらどこで登録しようと、条件設定はできるらしいし特に問題なさそうだ。

 更に、作成者登録と一緒に『修記者指定登録』とやらもできるらしい。

 それをすると、百年間守られる著作権的なものの中でも、指定した人の描いたものだけは売買ができるんだとか。

 ……それは必要ないかな。

 取り敢えず、セラフィラントと王都で使えるようにしたいだけだから。


『迷宮品安全確認付与の方陣』は、セラフィラントにこそ必要だからね。

 シュリィイーレには殆どそういうもの、入って来ないだろうし。

 使用範囲の狭い方陣だから、描いて売りたいやつなんていないだろう。

 描いたところで、使えないんだけどね。


「……なるほど、これは確かにセラフィラントに最も必要なもののようですな」

「迷宮品が集まる場所では、必ず使っていただけると不用意な事故などが減ると思いますので」

「ええ、では早速、このことは領主様に……」

「あ、セラフィラント公は、既にご存知です。俺が登録したってことだけをご連絡くだされば大丈夫です」


 組合長の動きが止まってしまった。

 トップダウン案件なんですよ、すみません……



 組合事務所を出てからも、ガイエスはずっと喋らない。

 やっぱ、勝手に友達扱いしたのを怒ってんのかなぁ。

 それとも……


「なんか、あったのか?」

 俺がそう言うと、少しだけ視線を上げる。

 うつむき加減で歩く人ってのは、落ち込みやすい。

 何があったにしても、空を見上げている方が気持ちが上向くんだよ。

 ……経験則として。


 ちょっと、と言葉を濁して話したくはない感じだ。

 ん?

 腕輪……珍しいな、こんなの着けていたっけ?

 あ、手袋していないから見えてるだけか。


 そういえば、随分と緩い……というか、ラフな格好をしている。

【収納魔法】があるから持ち歩いてはいるのだろうが、冒険者っぽくはない。

 今は、この町で暫く留まっているってことなのか?


 どうして……?


 腕輪には加護光が見えるけど、なんだかもの凄く弱い。

 それに、少し歩き方が変だ。

 足……左足か。

 庇っているのだろうか?

 後ろから視ると、膝……いや、裏側だな。

 ひかがみの辺りからくるぶしかかとくらいまで、ぼんやりと緑と紫とが混ざった黒っぽい靄がかかっている。


「ガイエス、ちょっと動かないでくれ」

 そう言って、立ち止まらせて屈んでひかがみ付近に手を翳す。

 流れが、おかしい。

 これが視えるのって、俺がヒメリアさんの魔力の流れってのを診たことがあるからだよな。


 それだけじゃない。

 なんだか……変な物が見える。

 骨の……中?


 取り出せないかと【文字魔法】を使い、抽出してみると……ぐちゃとした気持ち悪い組織の中に、赤い石のようなもの。

 うぇ、キモイ。

 でもこれ、後で分析しよう。

 袋に入れてしっかり蓋をして……劣化防止してから鞄カテゴリーへ。


 すかさず【治癒魔法】で、骨やその組織を修復。

 この魔力の流れも、一緒に整えてしまおう。


 ……なんだろう、この辺りの筋組織全体に小さい穴が無数に開いているような感じ。

 実際に、筋肉に穴があるというわけではない。

 筋肉の中は毛細管のような魔力の流れが漏れ出しているみたいで、まるでが立った豆腐や茶碗蒸しに似てる。

 肌表面は無数の小さいヒルに吸い付かれたら、こうなるんじゃないかって感じ。

 実際に目には見えてはいない『傷』だから、尚更気持ち悪い。

 傷口が全く閉じないで、ずっと魔力が垂れ流されているみたい。


 右足にそんなものは視えないから、左が異常だということだ。

 治しちゃった方がいいやつだな、これ。

 多分【文字魔法】で指定した方が、完全に治るだろう。

 その後もう一度【治癒魔法】かけると左足から靄が消え、キラキラが戻った。


「おい、なんだよ? どうして……」

「あー悪い悪い、ちょっとこんなものが付いてて」

 そう言って誤魔化すように見せたのは、咄嗟に取り出した細めの紐の切れ端。

 昨日、たくさん作った方陣鋼を括った時の余りだ。


「小さい蛇か、ミミズが足にくっついているのかと思ったからさー」

 びくっとするガイエスが、ちょっと面白かった。

 にょろにょろ系、嫌いなのかな?


 きっとこいつ、左足に不具合があって苛ついていたのかもしれない。

 身体が思うように動かないって、自分で思っているより精神的に参るんだよねぇ。

 ……【治癒魔法】を他領の人に勝手に使っちゃったけど、お友達ってことで許してもらおう。

 内緒、内緒。


 ガイエスくんには世界を股にかけて活躍してもらって、俺に素敵な鉱物を提供していただかなくては……ってことでね。


「それで、渡したいものって……」

「あ、そうそう、さっきの方陣のこと。迷宮品にあの方陣で付与したら、あの魔力の強制搾取もなくなるからさ」


 ガイエスが聞いてきたんで、どっかでゆっくり座って話したいんだが……おっ、食堂っぽいところ発見。

 乗り気でないのか、まぁまぁと引っ張っていくと食堂というより居酒屋っぽい?

 広いスペースにテーブルが置かれているだけではなくて、小さい空間に区切られてるボックスシートもあるみたいだった。


 どうやら……食堂じゃなくて、商談とかやる人達のレンタルスペースみたいな感じだ。

 面白い店があるなぁ。

 あ、隣が商人組合事務所だからかな。

 そういえばシュリィイーレでも、中央環状路の辺りにあったような、なかったような?


「こちらのご利用は、商人組合ご登録の方々のみと……」

 コンシェルジュみたいなおじさんにそう言われて止められたので、身分証の裏書きを見せる。

 商人組合に登録しているので、魔法師組合と同じように身分証の裏に『シュリィイーレ商人組合』記載があるんだよねー。

 おじさまはすぐに失礼致しました、と席に案内してくれた。


 ガイエスが、ちょっと意外だというような顔をする。

「おまえ、商人組合にも入っていたのか」

「千年筆作った時に、入った方がいいって言われてさ。まぁ、いろいろ他にも売ってるから」


 小分けブースになっているのは、消音の魔道具を使えるようにするためだろう。

 俺はついでに覗き見防止もかけておく。

 ドリンクオーダーはできるみたいで、あのM◯◯コーヒーみたいな珈琲飲料をふたり分オーダー。

 まずは迷宮品の火薬関連無効化と、魔瘴素除去の魔法が付与される方陣を渡さないと。


「魔法が付与できる、方陣なのか?」

「ああ。迷宮品にはかなり危ないものがあって、それを無効化するためのものだ。まぁ……全種に有効とは言えないが」

 爆薬ってもの凄くいろいろな種類があるから、うちに帰ってから調べて書き足すよ。

「取り出した途端に、爆発するものだってあるだろうから」


 そう言ったら、口の中で小さく『爆発……』と呟いて何か思い出したような顔をする。

 ……もう既になんかあったのか?

 まったく、冒険者さんはこれだからっ!


「迷宮から掘り出したやつをうっかり落とした時に、水の中なのに爆発したのがあった」

「どんな形のものだ? 部品とか、覚えてるか?」

「部品……ああ、これがその一部だけど……」


 そういいつつ、ガイエスが【収納魔法】から探り出したのは……『ピン』である。

 明らかに起爆装置を作動させる時に引き抜く、あいつである。

 爆ぜたものの形状を聞くと、よく映画なんかでも見かける『ミルズ型手榴弾』だったようだ……

 こわっ!

 迷宮、やっぱ怖すぎっ!


「それ、爆薬が入っていた『榴弾』ってやつだな。よかったなー、水中での爆発程度で済んで……下手したら手が千切れたり、足が吹っ飛んだりしていたぞ?」

「え……?」

「榴弾は、人を殺すための武器だからな。そういうのを無効化する魔法なんだよ。迷宮で掘り返す前に、この方陣鋼を翳して魔力を通せ。青く光ったら掘り出しても多分大丈夫だから」


 そんなものだとは思わなかったのだろう、ガイエスはかなり驚いた顔を見せる。

 今、持っている迷宮品を全部テーブルに出させると、あるわ、あるわ……

 増えてるなー。

 でも、王都に売りに行く前だったみたいだな。

 よかったよ、今なんとかできて。

 出回ってしまってたら、大変だったかも。

 付与しながらざっと見たところ、おかしなものもなさそうだし……


 あ、これ、缶切りだ。

 貝殻というか、帆立の形のやつ。

 じいちゃんが使い方教えてくれたから俺は知っていたけど、基本的に缶詰がワンタッチで開くようになっているから書道教室の子供達なんて使えない子が多かった。

 なつかしー……こんなものまで、迷宮に埋まってるのかぁ。


 家の中でどこに行ったか解らないものなんかも、こっちの世界であちこちに埋まっていたりするのかな。

 ……だとしたら、異世界への入口ってちっちゃくてもいろんな場所で開いていたりするのか?

 こわっ。


 さて、こちらの袋はなーにかなぁ……


 んんんっ?

 軽量化トートの中に、石板っ?

 あーっ!

 何これっ!

 本もあるっ!


 どこ行ってたんだよおまえーーーーっ!



 ********


『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第73話とリンクしております。


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