第438話 ロートレアの町へ

 焼き帆立ーっ!

 さぁいこーぉう!

 バター焼きめっちゃくちゃ美味しいぃぃぃぃー!

 貝柱自体の味は、春の終わりのこの時期が美味しいんだよねー。


 そして、セラフィラントでも今年初ものの黒皮旗魚くろかわかじきーっ!

 生も塩焼きも旨ーー!

 冬場のマカジキもいいけど、これから夏にかけての旗魚は美味しいよーっ!


 ビィクティアムさんもセラフィラント公もめっちゃ笑顔なので、ふたりとも旗魚が好きなんだな。

 照り焼きとか、味噌焼きとかも、美味しいんだよねぇ。

 今度入れてもらったら作ろうっと。


「いや、とんだ騒ぎになってしまったのぅ。感謝するぞ、タクト」

「暴発前に対処できそうでよかったです。それにしても、本当にいろいろなものがありましたけど、他国から入って来てるものもあるんですか?」

「その国に何があって、どんなものが作られているかは取引をする上で重要な情報じゃからの」


 皇国は、事実上鎖国状態と言っていい。

 周りの国々が酷すぎるせいもあるが、皇国にとってメリットとなるものを提供してくれる国は殆どない。

 だから、海の玄関口は最低限しか開かれていないのだ。

 現在、他国からの船が着くたったひとつの港は、セラフィラント・オルツ港である。

 珍しいものも全部、そこに集まるのだろう。


「だが、他国のもので皇国に必要と思えるほどのものは、全くと言っていいほど無い。皇国内にあるものの方が余程質がよかったり、便利だったりするものばかりなのでなぁ」

「他国のもので面白いと思えるのは、やはり迷宮品が多くなる。今のところ、例外は東の小大陸くらいだ」


 なんと、珈琲は東の小大陸に自生していたもので、ルシェルスがそれを手に入れたのは二十年ほど前だそうだ。

 他にもブラジルナッツっぽいものとか、カラフルな染め織物はカシェナ王国から。

 その隣国のタルフ国からは、染料や香料が入って来ているようだ。


 タルフも鎖国状態であるのだが、唯一皇国とは干潮時のみ渡れる島で商人達が取引をしている。

 花の種類が多いからか、それを利用した製品などを買い付けているらしい。

 なんだか、出島貿易みたいだ。

 同じ小大陸内の国とは、一切交流を持っていないというからある程度自給自足ができる国なのだろう。


 あのブラジルナッツっぽいもの……自動翻訳さんが『巴果ともえか』と言ってきているものだが、かなり栄養価が高くて食べ過ぎに注意が必要なくらいだ。

 今、その栽培をカタエレリエラとルシェルスで挑戦中らしい。

 是非とも成功していただきたいものだ。

 砕いてクッキーに入れたり、他のナッツと合わせて飴で固めたりすると旨いのである。


「で、欲しいものはあったかね?」

 セラフィラント公に聞かれて、目星を付けた品をお強請り。

「紅水晶で……欲しいなぁって思う物がありました」

「それだと、錆山でもとれるのではないのか?」

「錆山のはもう少し全体の色が薄い物とか、黄色いのが多いんです。あんなに綺麗な薄紅で金紅石が入った物はなかなかなくて」


 水晶だから確かに割と多い物ではあるが、濃いめのピンクで大きい上に金紅石ルチルの針状結晶が綺麗に入っている紅水晶ローズクオーツなんて、俺は採れたことがない。


「原石だから、加工したいなーって思いまして」

「ん? 原石? そのような物、あったか?」

「樫の箱が積まれていた奥に、いくつか転がっていた原石がありますよね? その中のひとつです」

「父上はやたらとまとめて買うから、お忘れなのでは?」

「……かもしれん」


 ありがちですな。

 まとめてシリーズもの一気買いしたくせに、ふと単品で見かけたらうっかり同じもの買っちゃうとか、俺もよくやった。

 しかし、後悔をしないのがコレクターである。

 何個あっても、いいものはいい!

 いや、むしろ製造年が違ったら、それ別物!

 いかん、落ち着け。

 ここは人様のお宅だ。



 わーい!

 紅水晶だけじゃなくて、紫水晶も貰っちゃったー!

 こんなに深い色のアメシストも、錆山では珍しいから嬉しいーっ!

 だが、セラフィラント公には、俺の鉱物愛は伝わっていないみたいである。


「タクトの欲しがる物は、確かに金額的な価値ではないのだなぁ……」

「だからいつも対価に困るのですよ」

「普通は、手前の樫の箱に入っとる、加護法具などを欲しがると思うのだが。加工もしていないものの方がいいとは」


 セラフィラントからはいつも、とても素晴らしいものばかりいただいてますから、お気になさらずー。

 さーて、ここにいる間にご依頼の二冊だけは、翻訳を終わらせちゃいますよ!

 ふっふっふっ、実は【迅速魔法】なる、中位魔法が増えているのですよ。

 今まで随分と石板高速書き取りとか、早書きをこなして参りましたからね。

 今回の付与の方陣が早く書き上がったのも、この魔法のおかげもあるね!


 だが、今日のところはもう休めと言われてしまって、翻訳作業は明日へ見送りとなった。



 翌日は、朝食後に急遽お客さんが来ることになったらしい。

 どうやらビィクティアムさんにどうしても用事があるという方がいるらしく、つい先ほど会って欲しいと伝令が来たとか。

 それなら、俺は外にいた方がいいかもしれないと思い、折角だからロートレアの町を散歩でもしたいとセラフィラント公にお願いした。


「え? 護衛?」

「知らない場所なんだぞ、道案内も必要だろう?」

 一緒にまわれないからってことだろうけど……多分、ビィクティアムさん同行じゃなければ護衛は要らないと思う。


「大丈夫ですよ。あ、書庫に目標鋼があるじゃないですか。迷ったり危ないことがあったら、すぐに移動して戻りますから」

 気ままなお散歩は、ひとりの方が気楽でいいし。

 俺がそう言うと、セラフィラント公もそれならばと、納得してくださったようだ。


 朝からいい天気で、絶好のお散歩日和だ。

 そうだ、父さんと母さんのお土産を買いに行こう。


 来た時は教会からすぐに馬車で丘の上まで上がってしまったから、全くと言っていいほどロートレアを歩いていない。

 丘の中腹過ぎくらいまではなだらかに坂が続いているだけの、何もない道のりだったので教会前まで転移してしまいたかったが転移目標など書き込んでいない。

 仕方なくポコポコと歩いていると、後ろから馬車がやってきた。


 侍従さんが慌てて、馬車でお送りしますから、と俺を馬車に乗せてくれた。

 どうやら俺を待っていたのに来ないからどうしたのかと思い、もしや、と探しに来てくれたようだ。

 ……すみません。

 移動に馬車を使うとか、慣れていなくて思い付きもしませんでした。


 教会の前まで送ってもらい、帰りは『移動の方陣』で帰りますから、とお迎えはご遠慮いただいた。

 だって、一度お客様を本宅までお送りしたら戻ってきて、ここでお待ちしてますとか言うんだもん。

 待たれていたらゆっくりできないよ、申し訳なくってさ。


 教会の前に立ち、門の端っこの方に転移目標を書かせていただいた。

 セラフィエムス邸迄じゃなくても、ここを拠点に移動できたら便利かな、と思って。

 教会の少し下にある建物は……病院かな?

 でかいなー。

 入院病棟もあるんだな。


 おおっ!

 パン屋さんと、果物の専門店と、お菓子屋さんがあるぞ!

 おおおおーーーっ!

 キラキラの無花果が、山のように!

 干しドライ無花果フィグ、作ろーっと!

 オルツでは沢山はないみたいだったから、こちらからも買えたら定番化できるぞ!


 ……不銹鋼使い切って空になった軽量化袋がいっぱいあったので、たんまり買ってしまった。

 こんな所にまで来て仕入れモードとか、何やってんの、俺。

 今度、ビィクティアムさんに頼んで、きちんとお取引させてもらおう。

 今回のは、試作品作りに使おうっと。


 お隣のお菓子屋さんは……袋菓子がいっぱい売ってるぅー。

 よくあるよね、量り売りのビスケットとか、クッキーとか売っている店。

 流石にチョコレート系はないけど、豆菓子が豊富だ。

 手亡豆の甘煮とかもある。

 甘納豆みたいなのもあるぞーー!

 もう一軒あるけど、まだ準備中みたいだ。

 帰りに寄ろうかな。


 しょっぱいのもあるみたいだ。

 豆を煎って塩味に仕上げているけど、海塩だからかキラキラが黄色と赤だ。

 あ、そうだっ!

 海塩、ガッツリ買っておこう!


 商店が多い町の中心では、燻製肉が沢山売られている。

 おおお……燻製肉にも海塩のキラキラ黄色が……木材チップで燻しているからか緑キラもある。

 予想以上にセラフィラントは、全属性持ちオールラウンダーに適した食生活が送れそうだな!


 塩も燻製肉も仕入れレベルで買い付けて、うちの地下室へと送っておく。

 ふぅ、お買い物満喫、楽しすぎる。


 ふと見ると、屋台のような小さいブースでたい焼き……じゃない、魚焼きというファストフード発見。

 ロカエ港の方々に以前渡した『型』を、沢山作ってくれたのだろう。

 何カ所かで中身の違う『セラフィラント版たい焼き』が売られているようだ。

 大量買いをしている人もいるみたいだから、あそこの店のは美味しいのかもしれない。


 勿論、お買い上げ。

 ちょっと並んだけど、熱々を渡してもらった。

 いただきまーす。


 ……これ、たい焼き型のたこ焼きだっ!

 うわーっ!

 美味しいーっ!

 いかげそとかも入っているぞ。

 歩きながら食べている人も何人かいるし、どの店にも人が並んでいるから売れているんだろう。


 えへへへ、なんか嬉しいね。

 お土産に買って行っちゃおう。

 保存用の袋に入れて、劣化防止トートの中へ。


 シュリィイーレとは違って、町の真ん中に役所などが纏まっている訳ではない。

 組合事務所もいろいろな商店が並ぶ途中にあって、薬師組合の隣が金物屋だったり、乗合馬車組合の隣に染め物工房がある。

 こういう感じ、ちょっと懐かしいかも。


 魔法師組合を発見した俺は、方陣の登録について聞いてみることにした。

 この町の在籍者じゃなくても、ここで登録しても平気かを確認しようと思って。

 あの爆発物分解の『付与の方陣』を、なるべく早く使えるように申請したかったから。


 事務所内に入ると、受付窓口がいくつかあり何人かが話し込んでいた。

 開いている左から二番目のブースへ行って、声をかける。


「すみませーん、ちょっと教えて欲しいんですけどー……」


 俺の声に左隣にいた人が、ばっ、と振り返った。


 ……


 ……


 お互いに顔を見合わせて、一瞬、声が出ない。


「「なんでここにいるんだよ?」」


 ……被った。

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