第437話 セラフィラント公のコレクション

 そして翌日、書庫で作業再開。

「タクト、そんなに無理をしなくてもいいぞ?」

「無理なんてしてませんよ。俺は本とか文字に囲まれているのが、楽しくて幸せなのです」

 本屋とか、一日中いても飽きなかったもんなぁ。

 ビィクティアムさんこそ、無理しなくていいですよ?


「本は……つい読み出してしまって、整理が進まん」

「ありがちですね。俺もたまに手が止まります」

 仕方ないっすよ、それは。

 俺達はなんとか本の誘惑に耐えつつ、整理をすすめる。


 ん?

『魔法系統のまとめ』……

 これ、かなり面白そうだぞ!

 細かい説明は『生命の書』の方が上みたいだけど、書かれている魔法の種類や分類はこちらの方が多い感じ。


『加護』の種類や『属性』と呼ばれる色相分類の以外に、大分類として『系統』ってのがある?

 これ、初めて見た。

『空系』『地系』『海系』……?

 赤属性でも『空系』『地系』があるし、青属性なんて三種全部の系統がある。


 ……これ、魔法が影響を及ぼせる範囲のことか?


 つまり『どこで使えるか』『魔法の作用するのはどこか』っていう分類か!

【文字魔法】は……載ってないね、やっぱり。

 あ、神斎術は載ってる!

 俺の【硬翡翠掩護】は『空系』『海系』だけど【祭陣】は『全系統』だ。

【貴剛鋼掩護】は『地系』『空系』、【位相変調】が『全系統』なんだな……


 神聖魔法が載っていないのが不思議だな。

 てことは、昔は神斎術獲得者が、少なくとも五人はいたってことだよな。


 火魔法は殆どが『空系』……これって、空気がないと使えないから?

 でも盛焔とか焔熱になると、『空系』で『地系』ってことは大地に作用できるってことなのか?

 制水に『海系』がないんだな。

 多分『水』は『海水』とは違うってことなのかもしれない。

 海っていうのは、かなり特殊なフィールドってことなのだろう。


 回復は『地系』『空系』だけど治癒になると全系統、浄化も『空系』『地系』だけど清浄だと全系統……うわー、面白ーーーい!

 同じ属性の魔法でも系統はかなり違うし、並位だと一系統が多いけど中位では二系統以上になるものが多い。

 でも使う人の加護神によって、どの範囲で使うのが得意かが変わるってことみたいだ。

 賢神一位は『空系』と『海系』……もしかして、俺に土系の魔法がなかなか出ないのって、この系統のせいなんだろうか。


 そうか、同系統の魔法は組み合わせると相乗効果になってプラスに働いたり、系統が違うと相剋になって上手く働かないこともあるのかも。

 俺が組み合わせて使った色墨塊を作る方陣は【加工魔法】と【水性魔法】は色相でいえば赤と青、でもどちらも『空系』『地系』の二系統だ。


 千年筆の【付与魔法】は、属性魔法と聖魔法という交わらなそうなものだけどこちらも両方『空系』が共通している。

 系統が同じであれば方陣を組んでも、魔法を同時に付与しても破綻しないんだ。

 ……偶然だったんだけどさ。


 いや、系統が違ったとしても二系統以上持っている魔法が橋渡しになれば、上手く組めるのかも……!

 ここら辺は、今後の課題だな!

 ふふふふふっ、神聖魔法の方陣に近付くいいヒントだぜ!


 方陣じゃなくても、この知識は広まっていて然るべきなのに……なんで、どこにもこの考え方がないのだろう?

 これも……原因は『信仰が失われかけた』時代に原因があるのかもなぁ。


『生命の書』にさえ載っていない……いや、まだ見つけていない部分に載っているのかも?

 てことは、この本はかつて研究されていたってことか?

 されていたとしても前・古代文字時代だろうから……セラフィエムスの初代かそれより前……?


 そんな過去ではないよな、信仰が揺らいだって言われている時期は……

 本を開く度に、謎が出て来そうだなぁ。

 んったく、セラフィエムスの蔵書、とんでもねぇな!

 何年かけても、片っ端から訳していくしかないな!


「……タクト、読んでるんじゃないのか?」

「あ、つい……」


 ビィクティアムさんにジト目で見られてた。

 この本、ちょっとコピーをコレクションに入れておいて後で読もうっと。

 その後はなんとか、中を読みださないようにと己を律し整理を続けた。



 書架の整理も粗方済んだところで、セラフィラント公も加わってティーブレイク。

 そしてその後、セラフィラント公の『蒐集部屋』に連行されたのである。


「すまんのぅ。対価とするものが、全く思いつかん。この部屋にあるもので欲しいものなどはないか?」

「でもこれ、セラフィラント公の大切なものばかりじゃないんですか?」

「他にも、大切なものはいくつもあるでな。タクトに持っていてもらえるならば、構わん」


 なんという心の広さ……!

 俺、インクとか万年筆のコレクションを他の人にあげるなんて、考えることすらできないよ。

 では、まずはご自慢の品々をじっくりと拝見……あれ?

 魔瘴素が溜まっているものがあるぞ?


「あのぅ……ここにあるもので『迷宮品』があったり……します?」

「うむ、王都でたまに売られる宝石類では、そういうものもあるぞ。そういうものがいいのか?」

「いえ、迷宮品は……結構危険なので」


 俺がガイエスからもらった香炉の話をしたら、セラフィラント公もビィクティアムさんもかなり驚いた顔をしている。

 やっぱり、皇国の人達は知らないんだろうなぁ。

 迷宮、ないもんね、この国。


「ということは、迷宮品は魔石のように魔力を蓄えて使えるが、その後持主から強制的に魔力を奪う……ということなのか?」

「【収納魔法】に入れていなければ、そんなに問題はないかもしれません。でもこうやって一カ所に纏めて置いてると……もしなんらかの事情でこの部屋で魔法を使ったとして、この魔具からの魔力供給があったら、その魔法の発動が終了した時に触った人からいきなり魔力を吸い上げることがないとは……言えないかも」


 ビィクティアムさんとセラフィラント公の顔色がまたしても変わる。

「父上、迷宮品とそうでないものの区別は?」

「すまん、あまり、昔のは覚えておらん……」

「俺が鑑定できます。やってもいいですか? セラフィラント公」


 できることは協力しないと!

 このままでは、ただ危険なだけだ。


「ああ、是非頼む! まさか、そのような危険物とは」

「魔獣が寄りつく品ですからね。まともなものではないのかもしれません。今後はお買い上げの時にはご注意くださいよ、父上」


 あ、そうか……時間が経っていたら、迷宮品から魔瘴素は抜けるかな?

 いや、貴石とか宝石なら、保持力高いからなかなか抜けないかも。

 魔瘴素を分解しようとして魔力を帯びているから、分解が終わっていれば魔力も作られなくなるし強制搾取もされないはず。


「これからは迷宮品は買えんのぅ……」

「いえ、買っても強めの浄化をしてしまえば、大丈夫ですよ」

 ただ、方陣札の浄化程度では、魔瘴素は取り除けない。

 その上位魔法となる【清浄魔法】でなければ、魔瘴素は消せないのだ。


 ……何度も【文字魔法】でやっていたからだろう、先日身分証を見た時にこの魔法が手に入っていたのである。

 それともこの間、似たような魔法の方陣を組んだからかな?

 浄化・解毒・強化をいくつか重ねると、それっぽい効果の魔法が発動するんだよねー。

 これに回復と時間系の魔法と『身体鑑定』を組み込むと、今、市販されているものよりちょっと効き目が強い『治癒の方陣』になるのだ。


「では、売られているそれらを重ねて順に発動すると、その効果になるのか」

「それはシュリィイーレ隊でも何度か試し、成功しております。ただ、普通に方陣札を使うより、発動の魔力が多くかかります。おそらく、タクトの書いた方陣鋼でない限り短時間の浄化にしかならないでしょう」

「シュリィイーレの魔法は、王都より余程進んでおるな」

「ひとり、信じられないような魔法の使い方をする魔法師がおりますからね」


 ……否定はしませんけど、その視線はお止めいただきたいですよ。

 皆さんの頭が固いだけですぅ。



 昼食の後も順調に迷宮品を仕分けしつつ、許可をいただいたのでガンガン【清浄魔法】で魔瘴素を消していく。

 そうすると中の方に消費されずに溜まっていた魔力と魔効素が、内部で循環を始める。


 そして……なんということか、とんでもないものを発見してしまった!


「セ、セラフィラント公……これも、迷宮品ですよね?」

「おお、そうじゃな。なんなのかが全く解らんが、ヘストレスティアで迷宮の『核』になっとったらしくての」


 ダメーーーーーっ!

 これ、ここにあったら絶対にダメなやつぅっ!


「これ、中に炸薬……火薬の詰まっているものですっ! 今すぐ、適切に処分しないと、この部屋で爆発しちゃったら部屋にいる人が大怪我を負いますし、この棟が壊れることもありますよ!」

「な、なん、じゃと?」

「まさか、おまえの生まれた国で使われていたのか?」

「俺の国だけでなく戦争をしていた全ての国で、いろいろな形の同じ効果が出るものがありました。全部……『人を殺すため』の兵器です。皇国には必要ない、あっちゃいけないものです」


 手榴弾である!

 こんなものが迷宮に埋まっているのかよ!

 あああーっ!

 そーだったよ!


 ミューラで銃が転移して来て迷宮から出土されたんなら、こーいうのも来てる可能性あるよねっ!

 ま、人と一緒だったか単体で来たかは解らないけど。

 閃光弾とか、煙弾じゃなく、ここにあるのは間違いなく『榴弾』だ。

 もしかしたら焼夷弾とか、魚雷とか、ダイナマイトもあるかもーーっ!


「同じものはありますかっ?」

「いや、これと似た形のものは……ここにはないが」

「が?」

「迷宮核と呼ばれているものは、皇国で売られることがしばしばある。何度か、これに似たものは、見たことがある」

「父上、火薬など町中で使ったら……!」

「すぐに回収じゃ!」

「待ってください。ビィクティアムさん、セラフィラント公、鑑定系は何か技能をお持ちですか?」


 ふたり共、金属も鉱石も鑑定できるようだ。

 流石、オールラウンダー親子。

 では、まず、この手榴弾を俺が素材に分解してしまおう。

 そして、その全ての成分を鑑定して記憶してもらう。

 こちらの世界の黒色火薬と違うから、鑑定に引っかからなかったに違いない。


「これらの材料を組み合わせると、爆薬として使えます。この榴弾と同じ形でなくても、同じ成分が詰め込まれていた場合、同等かそれ以上の爆発が起きるかもしれません。なので、今から『火薬』の成分を分解して無害なものに変える方陣を組みます。回収や移動には危険を伴いますので、できた方陣をその物品にあてて発動してください。そうしたら、ほぼ無害にできると思います」

「火薬を分解できる方陣……?」

「ちょっと難しいので、机をお借りしてもいいですか?」


 ビィクティアムさん達に分解した成分を鑑定して覚えてもらいながら、俺は借りた机に化学式の載った本を取り出して書き写す。

『異世界発行の本は俺以外には見えない』という【文字魔法】だけは発動しているが……ビィクティアムさんに通用するかが、ちょっと疑問。

 しかし、硝酸カリウムとか硝酸バリウムなどの化学式なんか、覚えていないから必要なんですよ。


 火薬は、主に黒色火薬が使われている。

 こちらの世界の人達は、火薬が魔獣の好むものだと知っているから、使うことは少ない。

 だが、あちらの世界からのものが迷宮で発見されて分析されたら、魔法があるので割と簡単に誰でも作れてしまうと思う。


 もしも、その新しくもたらされる火薬や爆薬が、魔獣の好むものではなく魔獣を殺せるものだとしたら……

 それらはきっと、大量に作られるに違いない。

 魔獣だけでなく人を殺し、大地が焼ける。

 そうなったらその国は確実に、加護をなくすだろう。


 そして、それが皇国でないとは……断言できない。


 エゴだと言われても、俺が嫌だから絶対に火薬なんか使わせたくない。

 銃がシュリィイーレに持ち込まれた時から、できうる限りの妨害工作をしてやると決めた。

 そういえば、昔錆山で火薬使って崩落事故起こしたバカヤロウがいたっけ……

 噂でしか知らないけど、大怪我した上に牢に放り込まれてて、まだ出て来ていないらしいが。


 緋色金のプレートに榴弾の火薬に使われている成分の化学式を書き、それを別のものに変化させるように【文字魔法】で指定。

 その上で【集約魔法】を作り、『火薬分解』と囲んだ左側に記入する。

 当然、魔効素ドーピングで永久機関化。

 まずは、この手榴弾の火薬だけでいい。

 その他のものは、俺がうちに帰ってから書き足せば【集約魔法】に反映される。


 化学式の本をしまい、次は永久磁石入りで方陣鋼を作る。

 セラフィラントなのだから、不銹鋼がいいだろう。

 厚さは『湧泉方陣鋼』と同じくらいの七ミリ弱。

 持ち歩いていて邪魔にならない、カードサイズにしよう。

 ……鎖とリール付きのカードケースも、作っておくか。


 作る方陣は『付与魔法の方陣』である。

 これは『方陣魔法大全』にも載っていた既存のものだが、付与されるのは魔法ではなく『透明な文字』だ。

 なので、ちゃんと付与が成功したら、方陣が青く光るような演出も加えた。

 この文字が付与できれば、集めなくてもいいし、不用意に移動させる必要もない。

 売り物になっているものが、没収されずに済むとなったら商人達も積極的に使うだろう。


「今、出回っているものは全て衛兵隊などで、各店に行ってこの方陣鋼を触れさせて欲しいです。そしてできることなら、今後国境とか港に入ってくる全ての迷宮品を、この方陣に触れさせられたらいいんですけど……」

 当然、この方陣鋼は即刻量産いたしますよ!


「すぐに手配する。父上、よろしいですね」

「勿論だ。タクト、すまんが頼む」

「はい、お任せください。夕食に美味しい焼き魚が食べたいですっ!」

「「任せろ!」」

 ビィクティアムさんとセラフィラント公の声が揃った。

 期待して良さそうだ。


 そうだ。

 迷宮品全部に付与してもらえるなら、魔瘴素除去の清浄も付けておこう。

 この方陣、ちゃんと登録してあちこちで使ってもらえるようにした方がいいよな。

 方陣鋼作って、魔法師組合で積極的に売ってもらおう。

 これは誰でも買えるように安価にして、セラフィラントの次に迷宮品が出回るであろう王都ではすぐにでも導入してもらった方がいい。


 ガイエスにも渡しておいた方がいいだろうな。

 あいつが一番、迷宮品での被害に遭いそうだもん。

 家に帰ったら、すぐに送ってやらなくちゃな。


 俺は頭の中でいろいろ考えつつ、サクサクと方陣鋼を仕上げていったらいつの間にか千枚を超えていた。

 ……いくら軽量化袋に入れているからって、俺、そんなに不銹鋼持ち歩いていたのか……


 セラフィラントの衛兵隊員は全部で千人規模だと言うから、取り敢えずこれだけあったらなんとかなるかな。

 でも、もうちょっと作っておけば、セラフィラントの魔法師組合に渡してもらえるかも。

 五十枚ごとに紐で括っておいてあげよう。


 あ、ちょっとお腹空いてきた。

 お魚、何かなー。

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