第436話 ダビング
アリスタニアさんと別れ、リエルトン港を後にした俺達は別邸へと戻ってきた。
まだ、本を修復しただけで分類とか整理整頓はしていないのである。
その辺は、家主さんがどうして欲しいか、ご意向を聞いてからにしようと思ったのだ。
この世界に、図書分類の定義があるとはあまり思えない。
シュリィイーレ教会の司書室も、王都の司書室についても特に決まった分類をしていなかった。
なら、解りやすいように作っちゃっていいんじゃないかな。
「分類?」
やっぱりそういうものがないのか、ビィクティアムさんが不思議そうな顔をしている。
侍従の方々も同じ反応だ。
個人の蔵書でここまでの冊数は、なかなかあるものじゃないからねぇ。
「今は歴代の方々が『読んだ本を本棚の空いているところに適当に入れ込んだ』って感じの状態で、どこにどんな本がどれだけあるかってことが何ひとつ解らないのです。なので同じような内容の本を纏めるとか、ただ単に年代別にするとか、ちゃんと整理して並べておいた方がいいと思うのです」
「……全部の背表紙が読める訳ではないぞ?」
そうですよね。
前・古代文字もあるし。
「なので、既に大まかな内容と本が書かれたであろう年代が解るように、背表紙に印を付けております。内容別に棚を分け、その棚の中で年代別にするのがいいかなーと思うのですが、如何でしょうか?」
「そうか……内容で分かれている方がいいな。探す時に、全ての年代で同じ内容の物を見ることがあるからな」
「俺もその方が本が探しやすいと思いますので、予め印に色を付けてあります」
まずは『神典・神話』『魔法』『技能・職業』『法律』についてのものを分ける。
そしてその他は細かい内容での分類ではなく『皇国全般について』『自領』『他領』『他国』で分けて、『物語』と『セラフィエムス家門のもの』とその他……くらいのざっくり分類。
それぞれの本の背表紙に解りやすいマークを付けている。
「背表紙に付けている『印』ごとに本をまとめてください。あ、本棚には入れずに背表紙を同じ向きにして積み上げてください」
侍従の方々にもご協力いただいて、まずはカテゴリー別に山を作る。
「次に印の色ごとに分けてください」
色はだいたいの年代である。
といっても、全ての蔵書には、手に入れた時のセラフィエムスご当主の銘紋が押されているので、それごとに纏めているのだ。
どの方が何代目かっていうのが解らないから、その辺は後でビィクティアムさんに確認してもらう。
セラフィエムスは大体皆さん、五百から六百歳なんだなー……だけど『コレイル公の六百八十歳祝いに贈ったもの』なんて記載があったから、どうも貴族というのは家門によって随分と寿命も、領主や次官として在任している期間も違うみたいだ。
カタエレリエラの二家門はかなり短いもんなぁ、在任期間。
「多いのは魔法に関する書物と、セラフィラント領地の資料など……そして、最も多いのは各ご領主様の備忘録ですね」
「本邸で探しても見つからなかった抜けている部分が、こっちにあるかもしれんな」
「こちらに持ってきて読んで、そのまま戻していないって事もありそうですよね」
冊数は全部で六百二冊。
その半分以上が備忘録だが、もの凄く歯抜けで綺麗に揃っているものはなかったのである。
そしてビィクティアムさんに歴代ご領主の古い順に並べてもらいつつ、全ての本を並べ替えて収納完了。
うん、なかなか満足ですぞ。
「大体四割が前・古代文字、三割が古代文字、現代文字が三割……ってところですね」
「前・古代文字のもので、おまえが興味がありそうな本はどれだ?」
「実は……取り出してあるこの四冊です」
生命の書の抜粋版と思われる物が一冊、神話の五巻の一部と思われる物が一冊、そしてセラフィエムス・エステスティアス様の備忘録が二冊。
「神話の五巻と……初代の日記?」
「え、セラフィエムス・エステスティアス様って初代なんですか?」
「ああ。前回おまえが訳してくれたものを読んで、伝わっていることと随分違っていて驚いた。だが、間違いなく初代の記録だ」
ということは……あの三角錐の青金石を刳り抜いたのは……誰だ?
その石はまだ、誰かの手にあるのか?
この備忘録を読めば、解るかもしれない。
これは、二百歳のあの日記の少し前のものだ。
「それにしても……神話の五巻とは……」
「全部ではないと思います。外典の時のように、一部分が切れ離されて保管されていたのではないかと」
「そうしなければ、ならなかった何かがあったということか?」
「ただ単に、発見できたのがそれだけだったという可能性もありますよ」
ああ、そうだな……と息を吐くが、ビィクティアムさんが明らかに高揚しているのが解る。
当然だよな。
自分の家門の蔵書に、原典や聖典があるなんて高まるに決まっている。
これは……今なら了承がもらえるかな?
「これらの続きや、重要な日記などが『本宅の書庫』にあるかもしれませんね」
「……おまえに、頼むことが増えるかもしれん。構わないか?」
「美味しいお食事付きでしたら、承ります」
むしろ見せて欲しいから大歓迎!
居合わせた侍従の方々が『美味しいお食事』に反応して、意気が揚がっている感じなので期待できそう。
そして、本宅の方へと方陣門で移動。
自宅の中に七カ所の別邸全部と王都への方陣門があるなんて、全く規格外だよな大貴族の本邸は。
方陣門だけのために、八部屋あるってことだもんなぁ……
ビィクティアムさんがセラフィラント公に別邸での発見について伝えると、セラフィラント公はすぐさま俺を書庫へと案内してくれた。
……別邸の、軽く三倍はあろうかという広さ。
本もぎっしり。
確実に万単位の冊数だ。
「大貴族の方々って、皆さんこんな蔵書を抱えていらっしゃるんですか?」
だとしたら、絶対に全ての書庫を回ったら前・古代文字で書かれた神典・神話の全巻揃いそうだよね。
「いや……どうかな? うちのようになんでも取っておく家門は珍しい……と、カルティオラからもロウェルテアからも言われたからなぁ」
「貴族なら、全部受け継いで欲しかったですね。二度と手に入らない古代の知識が、失われていないといいのですが……」
セラフィラント公も大きく頷く。
「我が家門の古き蔵書から聖典と呼べる神話が見つかったとなれば、他の家門とて蔵書を見直すであろうな」
「カルティオラとロウェルテアには、『読めない本を絶対に捨てるな』ということは連絡致します」
お、ということは、その二家門の蔵書も上手くいったら見られるかな?
捨てられていないといいなぁ。
そしてこちらの本もコソコソと複製しながら、分類記号を付けていく。
流石に全部の本の複製は用意した移動部屋に入らないから、現代文字の読み物として面白そうなものと、すぐに読みたい一部の前・古代文字の本だけである。
古代文字のは殆ど、歴代ご領主の日記みたいだったしね。
四分の一ほど終わったところで、お夕食タイムとなった。
初代様の日記も何冊か発見されたが、続いているというのに全て装丁が違っている。
これにはセラフィラント公が、悔しそうに唸り声を上げていた。
「まったく……初代は
「同じものだといつの分か解りづらくて、態と変えたのかもしれないですね」
俺は割とそっち派なんだよねー。
続き物の小説とか一巻から最終刊まで同じカバーかけちゃうと巻数がわからなくなりがちだから、一巻は赤、二巻は黄色とか決めてた。
お夕食は蒸した鰆にチーズを乗せて炙ったもの。
めっちゃ旨い!
焼いた玉葱とトマトもハーブと塩が丁度良い。
流石、セラフィラント!
「気に入ってもらえたかの?」
「すごく美味しいですっ! これ、海塩に昆布混ぜてますよね?」
「……よく、解ったのぅ」
「大好物なので!」
旨味バッチリ、黄色のキラキラ絶好調ですから解りますよ。
あー、この塩仕入れたいー!
そうだ、今度どっかの人に『対価』って言われたら調味料とか香辛料を強請ろう。
地域によっては、俺が全く知らないものもありそうだもんな!
お腹いっぱい、幸せ気分で書庫整理再開!
と、思いましたら、セラフィラント公からストップが。
食休みならしましたよ?
頼みがある……といわれたのだが、なんだかちょっと言いづらそうだ。
「去年、シュリィイーレ衛兵隊にした『教官向け講義』とやらがあったであろう? あれの『映像』をな、見せてもいいかどうか……」
そういえば、録画していたよね。
あ、俺の姿ががっつり映っているから、シュリィイーレ以外に出すのをビィクティアムさんが認めていないのか。
「どう、かのぅ?」
「うーん……三日目以外なら、いいですよ」
最終日の『方陣魔法研究考察』は、あの頃と違った見解も出て来るだろうから『途中経過』であるあの映像は見せたくないかなー。
「ああ! むしろ一日目を見せたいんじゃよ!」
「ならば、大歓迎です」
一日目は『食品栄養学基礎と魔力の関係・お行儀について』だったからね。
「タクトがいいと言うてくれたぞ、ビィクティアム。貸してもらえるな?」
「構いませんが、必ず
そっか。
二、三人くらいで撮影はしていたけど、正面から全部の板書が見えるのはひとつだけなのかな?
ふむ……ここは……ちょっとあの方陣を試してみちゃおうかなぁ。
「何? 『複製』?」
「正確には『複写の方陣』の応用なんです。組んでは見たものの、まだ試していなくて。上手くいったら、記録石に入っている中身を別の記録石に『複製』できるかなーなんて」
ビィクティアムさんは興味はあるけど半信半疑、セラフィラント公はなんのことやら……って顔だ。
『ダビング』の概念がないと、確かに不思議だよな。
【文字魔法】なら、ダビングも完コピも簡単にできる。
しかし、俺以外の人でもできるようにするためには【文字魔法】だけに頼らない方法が必要だ。
それに、ぶっちゃけもう一台録画機があれば、映写しているものを録画すればいいのだ。
だが、それだと時間がかかったり別の音なんかも拾っちゃうだろう。
態々投影せずにダビングできないか、ということなのだ。
これは、その試行のひとつである。
でも、まだ方陣だけでは完結しないのだ。
『探知の方陣』で魔力が判別できるのならば、それと『複写』を組み合わせたら『魔力のコピー』ができるんじゃないか、と考えた。
だが、そのためには探知に『何を探させるか』、複写にも『何を写すか』を指定しないと発動はしない。
まずはダビング元に『名前』をつける。
今回は『教官向け講義一日目』として、その録画石に『名前を付与』する。
記録に固有名詞を与えることで、サーチしやすくするのだ。
「名前を付けた記録石と、記録を複製する石の間に黄色い石……今回は、黄玉を挟みますね」
「どうしてそれが必要なんだ?」
「記録石の中に入っているのが『音』と『光』の魔法での記録なので、黄魔法を強化するために使っています」
接触させないとコピーできないから、これがあった方が音質と画質が上がるんじゃないかって。
使っている『探知の方陣』は広範囲でレーダーのように探すのは得意だが、特定の魔力を細分化して探すわけではない。
山の中で『皇国の国籍の人を捜せ』はできるが、『皇国籍の女性だけを捜せ』はできない。
魔力に個体差はあっても、男女差はないからだ。
個別に魔力を登録していて、その魔力だけを探せ……ならできるが。
だから写せたとしても『その中にある魔力全部』を並列にしてしまう可能性があるので、トパーズで黄魔法を増幅できるんじゃないかと思ったのだ。
「上位魔法の【
「うむ、上位の白魔法や聖魔法は方陣が少ないからのぅ」
そうなんだよね。
『方陣魔法大全 下巻』でも、上位魔法はおろか、中位もあまりたくさんは載っていなかった。
どれも使える人も殆どいないという魔法だからな。
【
「それじゃ、発動してみます」
方陣を書いた金属板の上にある、トパーズを挟んだふたつの石。
片方から黄色の魔力が流れて、もう片方へと溜まっていく。
その流れが止まった時、ふたつの『記録石』が同じようにほんのり輝いて見えた。
「どうだ?」
「多分、できたと思うんですけど……」
まずオリジナルに問題がないかの確認。
……うん、大丈夫。
画像も音もクリアで、録画時のままだ。
では、複製の方は……ううーん……
「少し、粗く見えるな」
「そうじゃな。凹凸のない壁ではなく、ざらついたものに写したように見えるのぅ」
確かに画質がよろしくない。
音はクリアだから平気なのだが、画像は8Kテレビで昭和アニメのビデオテープ録画を見ているみたいだ。
アナログダビングで劣化した感じにも似ている。
やはり『探知の方陣』だと拾える魔法や魔力に限界があって、複写だと全部はコピれないってことなんだな。
いや、ノイズか?
その辺は、要検証ってことで。
「やっぱり魔法の完全複製は、難しいですねぇ」
「いや、ここまでできれば大したものじゃぞ、タクト!」
「そうだぞ。この方陣は、物品の複製もできるのか?」
「人が作った簡単なものでしたら、できるかもしれません。でも自然のものとか生き物とか、複雑なものは……この方陣じゃ無理ですね」
『複写』じゃ限界があるよね。
「ビィクティアム、この『複製』で充分だ。これなら、持っていてもよいな?」
「そうですね……タクト、もうひとつ、二日目の分も作ってもらえるか?」
畏まりましたー。
複製をツーセット作って、セラフィラント公へお渡しした。
でもこれ、どこで見るのかと聞いたら、衛兵隊詰め所で隊員が回し見をするそうだ……
ちょいと複雑な気分の俺の横で、ビィクティアムさんがやたら満足げである。
うわ、結構恥ずかしいな!
今日のところはもう寝ましょう……ということで、お部屋に案内された。
……どこの一流ホテルのスイートルームかな?
え、何、この部屋。
皇宮で泊まったあの部屋より広いよ?
二間続きだよ?
うわーベッド、めっちゃぽわんぽわんするー。
ウオーターベッドみたーい!
って、何はしゃいでんの、俺。
えーと、一応全部鑑定させていただいて、今度ビィクティアムさんからファニチャーリクエストとかあった時には参考にいたしますね。
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