第435話 新発見、ぞくぞく
生ゴムを少し分けてもらい、後で加工のお試しをしてみようという話になった。
ふっふっふっ、これで俺はゴムを出すことができるように……あ、セラフィラントで作ってくれるなら買えばいいのか。
他にもルシェルスからは、珈琲や紫檀などの木材がかなり入ってきていた。
紫檀はそのままセラフィラントと接する王都の南東側、ノテアース地区に運ばれる。
この地区には家具工房があるらしい。
その他の木材も、セラフィラント北部やロンデェエストの南部などへ。
珈琲はセラフィラント内で、飲料として加工するようだ。
人気になってきているという飲み物が、結構安くてあちらの世界でマニア的人気を博す『M◯◯コーヒー』の味とそっくりだった。
うん、俺、この味大好き。
ここからどんどん本格的な『珈琲通』などという人々が出て来て、ブラック珈琲全盛になっていくのだろうか。
なかなか興味深い。
大型船ではないけれど、多くの船と荷物が行き交うリエルトン港。
貨物は殆ど港に留まることなく、そのままあちこちに運ばれていくようだ。
アリスタニアさんが言ってたっけな。
『ただ物が通過するだけの港』……この光景を眺めているだけだと、そういう言い方をされてしまうのも理解はできる。
だが、やっぱりこの港は、セラフィラントの豊かさの要だ。
南の物を北と王都へ、北のものや王都の物を南へと運べるこの港を中心とした陸路と海路が物流を支えている。
リエルトン港がなければ、セラフィラントだけでなく王都も南のカタエレリエラ、ルシェルスとの繋がりを持ちにくくなるだろう。
大樹海が、この二領と王都の間にある限り。
皇国には、絶対に大樹海を失ってはならないという厳命がある。
この大樹海と皇国の北側にある三つの山脈は『絶対不可侵』となっている。
そして大樹海とこれらの山脈は、馬車方陣でも貴族の使う越領門でも飛び越すことができないのだ。
だから、金証の貴族達でもカタエレリエラからは西回りで一度コレイル領のローラスに、ルシェルスからは東回りでリバレーラ領に最も近いランターナに移動してからでなくては王都には入れない。
ヴェガレイード山脈を挟んだシュリィイーレ隣領のウァラクも、シュリィイーレへの越領門は発動しないので一度レーデルスに出なくてはいけないのだ。
しかし不便だからと言って、周辺国のように樹海を潰してしまったらどうなるかを、皇国は知っている。
神典で、神話で、森の周りに国を作り、大地と海と山の恵みに頼て共に生きよと神々は人々に語っている。
皇国がこの信仰をなくさない限り、山も森も海も護られるだろう。
そのためにも、リエルトン港の物流は絶対に必要なのだ。
「とても、いい港ですね。リエルトン港って」
「ああ、自慢の港のひとつだからな」
ビィクティアムさんの声は、とても誇らしげだ。
「えっ? ビィクティアム様と……タクト様っ?」
その声の方に振り向くと、めっちゃ吃驚顔のアリスタニアさん。
「え? え? なんでっ?」
「こんにちは、アリスタニアさん」
ビィクティアムさんが不思議そうに……あ、俺がアリスタニアさんのこと知ってて驚いたのか。
「少し前に、うちの食堂にいらしてくださったんですよ」
「……アリスタニア?」
「すみませぇん……だぁって、お礼を言いたかったんですものぉ」
ビィクティアムさんが睨んでいるってことは、行くなとでも言われていたのかな。
「俺も来てくださって嬉しかったので、怒らないでくださいよビィクティアムさん」
「まったく、港湾長が何をやっているんだ……」
えへへー、と照れ隠しのように笑うアリスタニアさん。
そして俺に丁度良かったわ! と、渡してあった軽量化番重を持ってきてくれた。
「タクト様から頼まれていたもの、多分これだと思うんです。ご覧いただけます?」
おおっ!
そうか、若めのものはこの時期だよな、そう言えば!
番重を開くと、間違いなく俺が頼んだものがぎっしりと入っていた。
「そうです、これですよ! いやー、よく見つかりましたねー!」
「合っててよかったぁ。これ、カロサリアって村だけで食べられていたものだったから、誰も知らなくって。名前はぁ……えっと、なんだったかしら?」
「これは『
「あっ、そうっ!
らっきょうのことである。
今、ここにある若いものは『エシャレット』と呼ばれているものだ。
あちらの漢方薬では
「食べ物なのか?」
「葱や
豚肉とかと一緒に食べると硫化アリルがビタミンB1の吸収を助ける……なんて言っても、通じないんだが身体に良いんですよってことで。
そして予想通り、キラッキラの『黄色系』素材だ。
甘酢漬けにしたものは、俺的には絶対に外せないカレーライスのお供なのである。
俺は福神漬けより、らっきょう派である。
福神漬けは、蓮根だけ好き。
大根は沢庵一択。
「この若いやつは鰹節と醤油で和えて、胡麻の油をかけるとめちゃくちゃ美味しいのですよ」
俺がそう言うとビィクティアムさんは、ソッコー侍従の方に命令。
「……後で作れ」
「はっ」
「では、これ、少しお持ちください。すっごくいい状態のものですから、絶対に美味しいですよ」
「『ショーユ』ってなんですか? タクト様」
あ、そうだよね、アリスタニアさんは知らないか。
「俺が作っている調味料です。売るほどは作れないから、うちに来たお客さんにだけは食べてもらえるんですけど……あ、でもこの『
是非是非、召し上がってみてください!
セラフィラントで出回っている塩は、殆どが『海塩』みたいだから、
「じゃあ、これ全部お送りしますわね、タクト様」
「いえ、今もらっちゃいますよ」
軽量化の大袋、ガイエスの迷宮品回収用に作ったやつが、こんなところで役に立つとは。
俺は番重六段分のエシャレットを、全部袋の中に入れて【収納魔法】にしまうような振りをして……地下室へ転移。
一袋だけは、鞄カテゴリーに入れておこう。
あとでセラフィラント公にもお裾分けしたいし、レティエレーナ様にも召し上がっていただきたいからね。
あ、番重は、そのままお預けいたしますね!
「……! 【収納魔法】も、使えるんですか? すっごぉい……」
おや、アリスタニアさんだけでなく、護衛の方々まで吃驚しているぞ。
こんなところで大っぴらに使うのはまずいのかな?
【収納魔法】って……
ビィクティアムさんがちょっとだけ呆れ顔だから……ギリギリセーフと思いたい。
「ありがとうございました、アリスタニアさん。えっと、代金はおいくらになりますか?」
「……実は……カロサリアってやっぱり、何も取れない小さい村で。だから、あの
「勿論ですよ! 次のもう少し育ったものも、是非とも送って下さい」
「ありがとうございます! タクト様! あ、代金はぁ……これなんですけどぉ」
申し訳なさそうに、俺とビィクティアムさんを上目遣いで見ながら、ちょっと背中を丸めつつ差し出してきた請求書に書かれていた金額が……べらぼうに安かった。
「いやいや、これじゃ安すぎでしょ? だめですよ、ちゃんと取ってください」
「え? だって、カロサリアでは雑草扱いで……それをこんなにふっかけて来てって、思っていたんですけど?」
「ならば、これからちゃんと栽培できるように、畑として整備してください。えっと、代金はこれくらいかな」
請求額の二倍……とまではいかないけど、色を付けさせてもらいました。
こんだけキラキラしているんだから、安いくらいだよ。
アリスタニアさんから、何度もお礼を言われてしまった。
そして、ビィクティアムさんからは『頭ぐりぐり』である。
うにゃーっ、外で子供扱いしないでくださいよぅ!
「あ、そうだわっ! タクト様、ちょっと待っててね!」
そう言ってアリスタニアさんは港湾事務所に走り出し、凄いスピードで戻ってきた。
足、めっちゃ速いな。
「これっ! この色墨、タクト様に差し上げたくて作ったんですっ」
え?
おおおおーっ!
綺麗な蒼のインクだ!
……瓶がめちゃくちゃファンシーだな?
「これ……藍銅鉱ですか! 凄い……」
アズライトと呼ばれる貴石だ。
蒼が美しいアズライトは、水分を含むとマラカイトになる。
凄いな、インクとしてこの色に留めているなんて、どんな魔法使って作っているんだろう?
時間系かな?
蒼と碧、ふたつの色になる石……これって書いた後に時間が経つときっと元々の魔法が薄くなり、マラカイトに変化して碧がかっていくんだろう。
絶対に綺麗だ!
「すぐ解っちゃいましたね、藍銅鉱って」
アリスタニアさんは、千年筆に使える色墨の染料を探してくれたんだそうだ。
この色の色墨は作られていなかったから、すっげ嬉しい!
「ありがとう、アリスタニアさん! こんなに素晴らしい色の色墨、なかなかないよ」
「アリスタニア、材料はどこで採れたものだ?」
「カロサリアとサナラィルの間にある、ウェンテント山でよく採れるらしいです。きっと、銅鉱脈もありそうだと思うんです」
「わかった。手配しよう。タクト、その色墨をこれからはセラフィラントで作るが……使えるか?」
もちろんですともっ!
「この色墨は書いている時は蒼ですが、時間が経つと色が碧に変わっていく『色変型』のものとして、きっと多くの人から好まれると思います」
にんまりと笑う、ビィクティアムさんとアリスタニアさん……
セラフィラントにまたひとつ、素晴らしいものが誕生してしまった。
もっといろいろセラフィラントで色墨を作ってもらえるようになったら、限定でセットに入れて販売しちゃおうっと!
たーのしみーーーっ!
あ、仕入れさせてもらえますよね?
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