第433話 セラフィラントの風景
「うわぁ……全然、風の香りが違う……」
めっちゃ朝早くにシュリィイーレから越領門で、俺とビィクティアムさんはセラフィラント・ロートレアの教会へとやってきた。
外に出た途端に……小高い丘の中腹に立つ教会から海が見えた。
坂の上や高台から眺める海というのは、懐かしい光景だ。
シュリィイーレでは夜明けだったがこちらでは既に陽が昇りきり、町も賑わいを見せている。
外壁のない町って、そういえばカタエレリエラに行った時以来だな。
あの時、そんなに意識していなかったのは歩いていたのが平地だったからかもしれない。
北側にはガストレーゼ山脈とレクサナ湖のあるウェルレイト地区。
ロートレアの町を南西に下って突っ切ると、小麦畑が広がる牧畜も盛んなロートレア地区。
東側のイーリェストーラ地区の北東にはロカエ港、その少し南にセレステ港がある。
セラフィラント公邸は、その三地区の境目にある丘の上に建っている。
「タクト、こっちだ」
用意された馬車に乗り込み、窓から行く手を眺める。
教会の西側に緩やかな上り坂があり、その上にまさに『城』という屋敷が見えた。
やはり高さのある建物ではなく、おそらく皇宮と同じ四階建て。
だが、四階まであるのは中央の建物だけで、他は二階までのようだ。
やっぱり八角形なんだな。
基本的な城の造りなのかもしれない。
丘の上からは、山が薄く霞がかって見え、そして反対側の遠くに港が小さく見える。
「タクト?」
「あ、すみません。俺が生まれた町にすごく、似てて」
「……そうか」
「丘の上は、風が気持ちいいですね」
いかん、いろいろ思い出す。
セラフィエムス家、本宅の門をくぐりお屋敷の中へ。
ふぉーっ!
絨毯、ふっかふか!
「お帰りなさいませ、若様」
「ああ。ウェスカゼル、父上は?」
「書斎においででございます」
出迎えてくれたのはいかにも『
そして侍従さん達は父さんと同い年くらいに見える方々や、若手の方々合わせて十人くらい。
結構小規模なんだな、と思ったがあっちの世界と違って魔法があるんだから、そんなに大勢の使用人は必要ないのだろう。
「サリュートスの別邸に行く。夕食には戻るが、軽食を頼みたい」
「畏まりました」
おおおおーっ!
若旦那様と執事の会話だーっ!
海外ドラマ見てるみたいー!
わくわくっ!
……何やってんだ、俺。
ビィクティアムさんに不審がられてしまった。
「どうした?」
「いえ、こういうお屋敷って馴染みがなくて、緊張しているんです……」
エントランス広いしっ!
天井、たっかいし!
だけど質実剛健な感じなのは、セラフィエムスの特徴なのかな。
皇宮でも思ったけど、こっちにはシャンデリアみたいなのってないんだな。
魔法で明るくするからかな?
やる気になれば、壁自体を照明にすることだってできるもんなぁ。
いや、やらないか、普通は。
雲の上を歩くかのような絨毯の廊下を進んでいくと、マホガニーっぽい木材で作られている扉がいくつかある。
その一番奥が、セラフィラント公の書斎のようだ。
広過ぎて、個人宅という実感が全然湧かない。
ビィクティアムさんちのリフォームした時に『本宅より余程セラフィエムスに相応しい云々』とか言われて、いい気になっていたよね、俺。
まさに格が違うって、このことだよ。
大貴族、こわっ!
こりゃ別邸とやらも、相当な広さなのでは……と気が遠くなりかけた時、書斎の扉が開けられた。
「おお、すまんなタクト、ちょっと急ぎのものがあってのぅ」
「お久し振りです、セラフィラント公」
「父上、サリュートスの別邸への方陣門を開けたいので、鍵を……」
「待て待て、そう
「タクト、いいか?」
勿論ですとも。
早めの朝ご飯は食べてきたけど、驚き過ぎてちょっと疲れたし。
書斎の隣で、ちょっとだけティータイム。
おっ、ピーナッツのお菓子だ。
砂糖掛けのピーナッツって、次々口に運んじゃうよね。
あ、ココアパウダーのもあるー、美味しー。
セラフィラントではナッツのお菓子が増えつつあるようで、あちこちで加工工房や菓子の工房ができているという。
どうやら袋売りの菓子を生産工房で作って、出荷しているみたいだ。
「美味しいですねー。落花生って、乾酪の中に入れても美味しいんですよねー」
俺の呟きにセラフィラント公とビィクティアムさんが一緒に、ばっ! っと振り返る。
「乾酪に……だと?」
「それは考えておらなんだ……なるほどっ! すぐに加工工房に連絡せねばな!」
セラフィラント公も、行動が早いおかたのようだ。
あっという間に書斎へと戻り、ものの数分で書簡を侍従に預けて加工工房へと連絡したらしい。
あれ?
これって初めての『プロセスチーズ』かな?
「次に帰った時が楽しみだな」
「俺にも買ってきてください」
何を吃驚した顔をなさっているんですか。
俺だって、他のお店や工房で作ったお菓子とか、食べますよ!
ビィクティアムさんがにこにこーっとなって、例のぐりぐり。
「では、セラフィラントで新しいものが作られる度に、持って行ってやる」
おおっ!
やったーっ!
生産地で作られた食品は、絶対に美味しいはずだ!
楽しみーーっ!
夏場の
そうだ、古米を使って『おこし』みたいに、飴で固めたものにピーナッツ入れると美味しいよね。
ピーナッツバターも作りたいなー。
なんてほっこりしているうちに軽食の準備ができたらしく、俺とビィクティアムさんはセラフィエムスの別邸へと移った。
サリュートスはロートレア地区の隣、イーリェストーラ地区にあるリエルトン港のすぐ南側に位置する海沿いの町だ。
小さな漁港があるが、大きな船が着くような港ではないので捕れた魚は地元の方々のみで使われているみたいだ。
お、窓からリエルトン港も見えるぞ。
「ビィクティアムさん、後でちょっとだけ港に行ってみたいです」
「リエルトンに行ってみるか?」
「はい、是非!」
景色にほんの少し郷愁めいたものを感じるが、不思議なくらい淋しさは感じない。
俺の故郷は、すっかりシュリィイーレになってしまったのだろう。
この海は、俺の生まれた場所には繋がっていない、全く別の海なのだ。
さてさて、別邸の書庫にご案内……って、こりゃ、酷い。
地下にあるその部屋の本は、まるでシュリィイーレ教会の秘密部屋にあった本くらい傷んでいる。
部屋そのものは、さほど劣化した様子もないんだが……
どうやら、建物自体にはメンテナンスのため定期的に魔力が入れられていたようだ。
その作業をしていたのは使用人の方々だったので、部屋の中までは入らず建物の維持だけが目的であったみたいだ。
地上階であればその魔力の恩恵にあずかれたであろうが、地下だったということとこの部屋の存在を知らない方々だったせいで、ここまで魔力が届いていなかったと思われる。
「この部屋ってどれくらいの間、放置されていたんですか?」
「ん……多分、七百年くらいか?
七百年か。
そりゃ、この程度で済んでてよかったと思うレベルなのだろうか?
よく解らん……
「祖父様も俺が昔の本のことを聞いた時に、初めて思い出したって感じだったからな」
「今、お祖父様ってどちらに?」
頻繁に会っているのかな?
「エルディエラ領のカストーティアにいる。祖父様の妻が、キリエステスの傍流の方だからその故郷で一緒に暮らしている」
『祖父の妻』……ということは、今のセラフィラント公の母親ではなく、三人いらした婚約者のひとり……セラフィラント公の腹違いの妹さんの母親だろう。
そっか、今の家系と違う奥様だから、敢えてセラフィラントを離れたのかもしれないな。
「ビィクティアムさんのお
「レティと仲がよくてな。今、一緒にいる。レティが
「同じ敷地内に、ですか?」
「ああ……ふたり共、かなり楽しくやっているみたいでな……」
あははは、女性同盟結成されちゃったのかぁ。
ビィクティアムさんはちょっと疎外感を感じているのか、最近あまり話ができない……と拗ねているようだ。
妊娠中ってのもあって、女性の味方に側にいて欲しいんだろうなぁ、レティエレーナ様も。
まぁ、ご領主様一家が穏やかで幸せそうで、なによりです。
「それより、この本は直りそうか?」
「大丈夫ですよ。部屋全体に魔法かけるんで、ビィクティアムさんは一旦廊下に出ていてもらっていいですか?」
「ああ、わかった」
どんな魔法でも魔法有効範囲内に他の人がいると、部分的に違う魔力が混ざるからか効きが悪くなったり効果の半分も上がらないことがある。
特に補助系、白魔法や独自魔法だとその傾向が強いのか、ばらつきが出がちである。
ビィクティアムさんみたいに魔力量が多くて、強い魔法を持っている人がいる場合はかなり影響が大きそうだがその辺はまだ検証できていない。
方陣門が同じ室内に複数設置できないというのと、同じことなのだろう。
さーて、一気にやっちゃいますか!
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