第432話 結果と準備

 昨日の『宵の星メロパール返却大作戦』はどうだったのだろう、とドキドキしながらランニングの帰りに教会に寄った。

 教会に入ったら、今まさに俺を呼びに行こうとしていた様子のミオトレールス神官とぶつかりそうになった。

 あと一歩踏み込んでいたら、おでこが当たっちゃっていたかもしれない。


 そしてミオトレールス神官は『なんで来ちゃうんですか……』みたいな顔をしている。

 そっか、俺を迎えに行くついでに、お菓子が買いたかったのか。

 残念でした。


 そして、カタエレリエラとの方陣門の部屋には、もうひとり……カタエレリエラ公がいらしていた。

 なにやってんの、領主様!


「大成功、でしてよ。タクトさん」

 にっこりと、まさに『嫣然』と微笑むアシュレィル様。

「そうですかー、よかったぁ。ありがとうございました、アシュレィル様」

 突っ返したって思われなくってよかった……

 優しいお方だなぁ、皇后殿下は。


「皇后殿下からお手紙を預かったの。お受け取りくださる?」

「ええ、勿論です。お使いだてしてしまって、申し訳ございませんでした」

「ちゃんと対価になったかしら? 移動方陣の」

「充分です」

「本当にそうお思いなのか?」


 そう言ったのは、少し厳しい顔をしたカタエレリエラ公だ。

「私にはとてもではないが、あなたのあの偉大な魔法と、今回の皇后殿下への手渡しが等価とは思えない」

「俺にはできないことを代わりにやっていただいたのですから、それ以上のことはないんですけどね……」


 安すぎる、と思ってくださっているようだが、俺としては納得しているので駄々を捏ねないで欲しいんだけどなぁ。

 しかし、俺はこういう時の必殺技を覚えたのだ。


「もし足りないと仰有るなら、差額に相応しいものをカタエレリエラ公がご提示ください」

 相手に考えさせる。

 面倒なものが送られてくる可能性も、否定できないが。

 おっと、要らないものだけは、言っとかないとな。


「あ、カカオと真珠は必要ないですよ?」

「うっ……そ、それでは……何を」

「ですから、それはカタエレリエラ公のお考えで……それと、うちは一般的な臣民の使う食堂ですので、やたら大きいものとか大量のものは受け取れませんから」

「えええーっ?」


 表情豊かで面白い人だな、カタエレリエラ公。

 あ、アシュレィル様も笑ってるってことは……いつも、こんな感じなのか?

 楽しそうだな、カタエレリエラ。


「それでは、先ずはお作りいただく数量をお伝えしてよろしいかしら?」

「常識の範囲内でお願いしますね?」

 衛兵隊員全員とか言われたら、一年くらい納期を取っちゃうからね。

「移動するのは八人。目標地点は四ヶ所ですわ」

「……そんなに少なくっていいんですか?」

「ええ。必要な魔法を使える者が、それだけしかおりませんの。場所も、どうしても移動手段がないところだけにしたいのですわ」

 これは、やっぱり別の要求が出て来るかな?


「実は……『閃光仗』もお願いしたいのです」

「カカオ農園の魔虫対策ですか。ですが、閃光仗に関しては、数量制限させていただいています」

「え? そうなの?」

「あの魔法は『シュリィイーレのため』の魔法ですからね」

「……! 聖属性……ですの?」

「『神聖属性』も込みですので、この町以外での使用には……『俺と関わりのない場所や人』には、無闇に渡せませんから」


 数量は、今のところ一領地で十本まで。

 魔虫のみの特化で、他には使えない。

 そして、他領へは持ち出さず、シュリィイーレで作られたなどという情報を漏らさないこと。

 そして登録する使用者全員の名前を、ご連絡いただいておくこと。


 この辺は以前ビィクティアムさんと確認したり、魔法師組合のラドーレクさんとも話して決めたガイドラインだ。

 レーデルス魔法師組合には決める前にお渡ししてしまったので、後からこの条件をお伝えして了承してもらっている。


「この閃光仗は、使用する人を限定しないと使えません。全ての条件に同意していただき、確実にお守りくださるのであれば作りますよ」

 この簡易版は当然ビィクティアムさんに言われた通り、雷光魔法注入広範囲伝播方式も使えないようにしてある。

 ……やっぱ、雷光使っちゃうと、人にも影響出そうで危ないし。


 おふたりは少し考えるように俯いたが、すぐに買う、と結論を出してくれた。

 そして上限の十本お買い上げ……ということで話がまとまり、おふたりはカタエレリエラへと戻って行った。

 まぁ……カタエレリエラなら、閃光仗を使ってもらってもいいだろう。

 エイリーコ農園の周りを守ってもらえれば、それに越したことはないしな。


 おや、テルウェスト司祭がしゅん、としているぞ。

「申し訳ございません、タクト様……閃光仗が聖属性と……少し考えれば、思い至ったはずでしたのに」

「いいですよ。俺が直接聖魔法を行使する訳じゃなくて、物品ですから……まだ。でも、俺の作っているものについては、今すぐには販売する気も広める気もないものが多いので今後『他の領地の方々』には話す前にご連絡くださいね?」

「……はい」


 身内にポロッと喋っちゃうのは、ある程度仕方ないんだけどね。

 簡易版なら、そこ迄秘匿するものでもない。

 あちこちからいっぺんにオーダーが来なけりゃ、いいかなーってくらいだし。

 でも、ウァラクよりカタエレリエラから先に依頼されたのは、ちょっと意外だった。


「あ、でもお菓子のことなら、話していただいていいですからね! むしろ広めて、皇国中で美味しいお菓子を作ってもらいたいですし」

 自分で広める気は更々ないけど、どなたかインフルエンサーがいてくださるのでしたらよろしくってことで。

 でも、シュリィイーレに買いに来るんじゃなくて、各地で作ってねって感じで!


 お菓子のレシピ本とかなら、他領でも売ってもらっていいのかな?

 試しにこの町で、売れるかどうか試してみるのもいいかもしれない。

 ……でも、それにはできあがりとか途中の『絵』があったほうがいいんだよね。


 頑張れば模型の時みたいに【複写魔法】でなんとか描けそうな気もするけど、行程の途中だと写真の方が確実だからカメラ作る方が先かな。

 料理本は、作る行程が解らないと文字だけじゃ伝わりにくいもんなぁ。

 あれ?

 それって文字魔法師的には敗北なのか?

 いやいや、勝負事じゃないって。


「それで、タクト様、方陣鋼の作成には、事前に使用者の名前が必要……なのですか?」

「目標方陣を作るためですね。ほら、俺とテルウェスト司祭が移動した時も、ふたりの名前を書いたでしょう? 『身分証に記載されている名前』なら通称でも本名でもいいので」


 目標の方陣鋼に、名前を直書きするわけではない。

 俺の持っている金属プレートに名前を書いて【集約魔法】で付与しているだけだ。

 だから、使用できる人の名前は、俺が一括管理できる。


 一方、移動用の方陣鋼には、名前が直書きされている。

 使用者限定ひとり一個なので、隠す必要はない。

 というか、むしろ表示しておかないと、誰が使用できるのかが解らなくなる。


 移動方陣鋼にある名前と登録した魔力の両方を、身分証記載の名前と自身の魔力と同じであるかを探知サーチして判断している。

 魔力認証があるので、移動方陣鋼を『同名の他人』が使うことはできない。

 ……まぁ、魔力での認証までしているとは、言ってないのだが。

 多分、ビィクティアムさん辺りは解ってしまっているだろう。


 方陣札のように書き直さずに何度も使える方陣鋼は、エイリーコさん達が使うためだけのつもりで作った時は、ここまでの認証や探知は考えていなかった。

 だが、他領で見ず知らずの複数人が使うとなれば話は別である。


 使用者限定と言うことと、いつでも俺自身の手で使用差し止めができる状態にしておいた方が安全だ。

 カタエレリエラがセラフィラントほど信用できるか解らない……ってのが、あるからなのだが。


 セラフィラント海衛隊の分は、試験的にセラフィラント公に預けている。

 目標鋼の【集約魔法】は、あの港印章の使用者変更のように名前札を入れ替える方式。

 移動鋼も名札差し込み方式で、名札を抜くと魔力の記憶がリセットされて新しい名札を入れた人が登録できるようにしてみた。

 人数制限と拡散抑制は、俺の負担を減らす為とこのやり方で弊害が出ないかの試験中だからである。


 この辺も汎用的にするには多分、方陣そのものの改良なのだろうが……俺や、ガイエスみたいな方陣魔法師しか描けないんじゃなぁ。

 それから、この方陣自体をどう運用していくかなんてことを、魔法師組合とかお貴族様達で法的に整備してくれたら量産することは別に構わないしねー。


 その時は……ちょっと付与のやり方を考えた方がいいかもしれないけど。

 まだ万人が使えないとしても、知識としては絶対に残しておきたいので、その辺は今後頑張るってことで!


 閃光仗と方陣鋼のできあがりに十日ほどの猶予をもらい、カタエレリエラから名簿が上がってきたら仕上げをします、という事で俺は教会を後にした。



 さて、お次はセラフィラントで、セラフィエムス家門の『秘蔵書』修復ですぞ!

 ふほほほほ、こいつは楽しみだなー。

 どんな本があるんだろうなーっ!

 ……密かにどなたかの『日記』がないか……期待しているのだ。

 当時の日々の記録というのは、主観的ではあるが大変貴重なものなのだ。


 あ、父さんと母さんにはちゃんとお出かけのこと、言っておかねば。

 ビィクティアムさんが一緒なんで越領門移動だから道中の心配はないけど、うっかり日帰りできなくなったらまずいもんな。


「ん? ああ、ビィクティアムから聞いたぞ。近いうちに、タクトに別邸の本を見せる約束をしたからって」

「遠出だけど、セラフィエムスの別邸なら安心だわ。表に出ても、珍しいからってはしゃぎすぎないようにね?」

「何日か泊まってきてもいいぞ。セラフィラントはきっと、飯が旨いからな!」

「なにか、お土産にお菓子とか買ってきてよ、タクト」


 ……本当に、仕事が早い。

 根回し上手でいらっしゃる……

 では、俺もやっておくことの準備を全部終わらせておかないとなぁ。

 あ、その前に皇后殿下からのお手紙を読んでおこう。


 皇后殿下からの手紙には、俺が真珠を送り返したことの無礼をとやかくいう言葉など一言もなく、ただ感謝だけが綴られていた。

 そして、『星々』はこのままで眺めていたいので暫く飾っておきます……と。

 俺が入れた他の石まで『星』だと言ってくださったのは、もの凄く嬉しかった。

 まったく、皇后殿下がいなかったらあのヘタレポンコツクソオヤジは、とっくに大貴族達にそっぽ向かれちゃって大変だったに違いない。


 この国は絶対王政でも専制君主制でもないから、貴族達が陛下におもねるなんてことはないんだろうな。

 なのに、貴族達が決定的に皇家と対立なんてことをしないのは、実務の権限や采配の殆どを貴族達が握っていて、システムとしてできあがっているからだ。

 そちら方面に関しては、皇王というものは『優秀』である必要も『できる』必要もないと割り切っているせいもあろう。


 そして最大の理由は、皇家の血統魔法がこの国の防御境域結界の要だからなんだろう。

 皇家のその魔法を失ったら、境域は一発アウト。

 全壊だ。


 おそらく、広域浄化システムの『星青の境域』だけでは、皇国全体の護りには足りないに違いない。

 英傑や扶翼を失うなんてレベルではなく、あっという間に周辺国で跋扈している魔獣達が押し寄せてくるのかもしれない。


 皇国の周りは愚かな国々ばかりだったのか、北のヘストレスティアは相変わらず迷宮が次々とできているらしいし、西のガウリエスタとミューラは完全に遺棄地になったという。

 既に人が住めないほどに魔獣が溢れているらしく、今は人が残っているかどうかも解らない。

 南西のディルムトリエンだって、かなり魔獣に入り込まれているという噂だ。

 北西のアーメルサスも、国境線での魔獣との戦いに辟易としていると聞く。

 冒険者も随分、駆り出されているみたいな噂だったけど……ガイエスがあっちに行ってなくてよかったよ。


 絶対に失ってはいけない皇家だからこそ、大貴族達がかしずくのだが……だからといって、皇王に不信感が大きくなったら面倒なことが起こるのは目に見えているじゃないか。

 あの『ヘタポン陛下』は、その辺がお気楽なのだろう。

 自分のどういう言葉や態度が、人に不快感を与えるのか解っていないんだ。


 多分、自分がさして不快だと思わないから……なのだろう。

 大らかでポジティブなのは美徳であり、厄介極まりない欠点でもある。

 皇后殿下、ご苦労お察しいたします……

 今度うっかりヘタポン陛下に会うようなことがあったら、周りの人達から許可をもらって一発ぶん殴ってやりたいところだ。



 その日の夕方、やっと準備できましたとビィクティアムさんに伝えたら、じゃあ明日の朝行くぞ! ってなった。

 予想通りの展開である。

 なので、自販機の在庫補充分のセット、自動補充分も問題なし。

 念のため、三日分のスイーツも作って準備済み。


 カタエレリエラ用の閃光仗と移動方陣鋼セットも作り終えて、ガイエスにも暫く留守にするって連絡済み。

 シシ肉の赤茄子煮込み限定で送ってくれって来たので、また不殺の迷宮にでも行くのかと思ったが、皇国内にいるらしい。

 カバロとお散歩でもしているのか?


 そして、複製させてもらう本をガンガン送っちゃうつもりなので、地下室をちょいと拡張。

 誰も入り込めない部屋を作って、改札で出入口を設置した。

 取り敢えず本はここに溜めておいて、遊文館ができたらそっちに蔵書スペースを作るのだ。


 さあっ、初めてのイスグロリエスト皇国横断(正規ルート)であるっ!

 ……越領方陣門だけどね!

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