第378話 失敗は成功の母である

 さて、皆さんがお帰りになり新しいケーキの基本配分が決まったところで、もうひと押しのトッピングを用意する。

 メダルチョコを支える所に載せるもので、俺的にはこれがあって『完成!』なのだ。


 小麦とクリーム、寒天などの基本はセラフィラント。

 味の決め手の珈琲、きび砂糖は、ルシェルス。

 主役のカカオは、カタエレリエラ。

 皇国の『海』に玄関口を持つ領地ばかりだ。


 そしてもうひとつ、リバレーラもまた『海』に面する海洋資源の多い領地である。

 だから、アールト……『波』と名前が付いたのならば、海に面して港のある領地のもの全てが使いたい。

 リバレーラのものでお菓子になるものといえば、今、俺の手元にある葡萄である。


 ワインにしてもイマイチ人気がなく、生食用としては時期が短い上に鮮度を保つ運搬が難しくてなかなか広まらないリバレーラの葡萄。

 送ってもらったものは皮が厚めで、鮮やかなグリーンの品種だった。

 うん、確かにこちらの皆さん好みのワイン向きではない。

 糖度が圧倒的に足りないのだが、生食には悪くはない。

 しかし、これは絶対に生より『干し葡萄レーズン』がいいのだ!


 なぜ、現在リバレーラでは干し葡萄にしていないかといえば、皮が厚く粒が大きいという事が最も考えられる理由だ。

 まぁ、こちらでは『干してまで葡萄をそのまま食べる』ことをしないせいもある。

 葡萄の価値は、旨いワインができるかどうかだけなのだろう。

 なんて勿体ない。


 そして、皮の厚い大きめの葡萄はそのまま天日に干しても水分が全く抜けず、全然できあがらないから一工夫必要だ。

 低温で何度か短時間のローストを繰り返すと、焦げずに皮だけがぱきっと割れる。

 それから干せば、かなり美味しいレーズンになるのだ。


 干しているうちに色は褐色になり、カリフォルニアレーズンを思わせる芳醇な香りになる。

 甘みが凝縮されて、食感もとても良くなるに違いない。

 ふっふっふっ、このレーズンならばレーズンバターもフルーツケーキも最高に旨くなるはずである!


 そして今回使うレーズンは、カカオの割合が八割弱という甘みの殆どないチョコでコーティングした『チョコレーズン』。

 これをいくつかグラサージュの上に乗せ、メダルチョコを船の帆のように立てて飾るのだ。


 ガナッシュクリーム、グラサージュ、ココアスポンジ、ミルクチョコのメダルと、カカオ際立つチョコレーズン。

 ありとあらゆるカカオの側面を楽しむことのできる、贅沢仕様。

 ……これに、バニラアイスが少しだけ添えられたら……完璧すぎると思わないか?


 レーズンを甘めのお酒に漬けて、ラムレーズン擬きが作れる!

 アイスにしたって焼き菓子にしたって、最高に旨いのだ。

 バニラも手に入っているし、スイーツ部は今ここに究極の発展を遂げたと言えようっ!


 ……いかん、高まりすぎて暴走してしまった。



 そしてこの『干す』という一手間を加える作業で、リバレーラは新しいワインを作ることもできるはず。

 陰干しした葡萄を使った、甘口ワインがあるのだ。

 だが、それだけではまだ弱い。

 甘口ワインなら、他の領地にだってある。


 そこで、その製造過程で失敗と思えるほど時間を置き発酵させて、糖をアルコール化させる。

 水分量を減らし、長期間の樽熟成と瓶熟成をさせたというものがあるのだ。

 アマローネワインという、あちらでは『皇帝のワイン』と称されるほどのものである。


 残念ながらあちらの製法を丸パクリしただけでは、リバレーラの葡萄をそこまでのワインにはできない。

 だが、こちらには魔法があるのだ。

 中に含まれるどの成分がどのように作用し、凝縮されたらどうなるか……ということが解っていれば、魔法での調整が可能である。

 そして魔法を使って作られる製品の方が、皇国では価値が高いのだ。


 では、なぜ今までそのようにして作っていないか?

 それは【調理魔法】では素材の成分が分析できず、【加工魔法】では発酵が理解できず、【植物魔法】ではやったこともない別の状態への加工ができないからである。

 全部を複合で使えて初めて、どんな成分が入っているのか、何と何がどう反応したら発酵となるのかが解る。

 それが全て理解できた者だけしか、この製法を思いつかないのだ。


 そして……魔法があるが故に、今までのワイン造りでも『失敗』というものが殆ど発生しない。

 魔法は、過去に成功したやり方をそのまま再現できてしまう。

 温度を間違えることも、熟成期間を忘れて放置してしまうことも、魔法で管理していたらあり得ないのだ。

 だから『失敗から生み出されるもの』が、圧倒的に少ない。


 だいたいの旨いものとか、凄いものってのは『失敗』の積み重ねでできあがるのだ。

 発酵製品なんて、失敗して偶然できた美味しいものってのがもの凄く多いジャンルなのだ。


 この世界の魔法や技能の獲得もそうだ。

 失敗し、試行回数が増えるほど上位の魔法が手に入りやすくなる。

 だが、魔法の失敗は、場合によっては命にかかわることもある。


 誰もが失敗しない範囲でしか魔法を使わないのは、努力が足りないということではなく安全性を考慮すれば当たり前のことだ。

 知識があり、その反応や結果がある程度予測できないと、新しい作用を及ぼす魔法には手出しがしにくいのである。


 この干し葡萄とワインの製法、必ずファイラスさんかルーエンスさんに伝えようと思っている。

 ワイン造りが活性化すれば葡萄を作る農家が増え、現地で干し葡萄も作られるようになって俺としても美味しいものが仕入れられるようになるはずなのだ。

 残念ながらシュリィイーレでは日照時間が短すぎて、干し葡萄はどうしても俺が魔法で仕上げなくてはいけないから色相が偏ってしまう。


 それでは、本当の『リバレーラの葡萄』とは言い難いのではないかと思うのだ。

 現地で天光たいようの光をたっぷり浴びて作られたレーズンなら、もっともっと美味しくなるはず!

 そしてスイーツ部は、更なる高次元へと駆け上がっていくことだろう……!


 いかん、ちょっと落ち着け、俺。

 最近スイーツ関連の素材が次々と入ってきて、ちょっと浮き足立っている。




 翌日、ファイラスさんに次回ルーエンスさんが来る日を確認してもらった。

 その日に合わせて『タク・アールト』のお披露目をし、干し葡萄とワインのことをお伝えしたいからだ。

 勿論、今後のお取引の事も含めて……だ。


「確か、弦月つるつきの十日……って言ってたよ。朝にはシュリィイーレに着くって」


 十日かぁ……母さんの誕生日だな。

 あんまり予定を詰めたくないから、午前中に来てもらえるように頼もう。


「じゃあ、午前中に来て欲しいって伝えていただけますか? その日は、ファイラスさんも一緒に来てもらえるといいんですけど……」

「解った。まぁ……兄上は嫌がるだろうけど、君のお願いだって言えばついてこられる」

「お願いします。今度はどこの石だろうなー」

「うーん……ルシェルスとカタエレリエラの境にある山の近くって言ってた……かな? あのあたり、今、珈琲農園を作ってて石の切り出しが多いみたいだから」


 おお!

 珈琲農園とは素晴らしい!


 ルシェルスからとなると、輸送は絶対にセラフィラント経由になるはずだ。

 リエルトンのお姉さんにお願いしておこうっと。

 ルシェルスからのものだと、時間が掛かる場合もあるからな。


 こういう時には、飛行機があったらなーって思うよね。

 ……あったとしても、シュリィイーレに飛行場は造られないだろうけどな。

 てか、馬車方陣での越領門があったらなーの方が、この世界では現実的だな。



 さてさて、タク・アールトのせいで取りかかりが遅くなってしまったが、母さんの誕生日祝いのケーキを作ろう。

 実は、このためにまだメロン様を残してあったのだ。

 リバレーラの葡萄も甘みアップのために、シロップ漬けにしてある。


 そして、試験的に始めたラディスさんの硝子ハウスでは秋摘みの苺が実っているはずなのだ!

 早速西の畑を訪ねると、お、一家総出で作業中ですね。


「あっ、タクトさんっ!」

「はははは、タクトは本当にいつも、丁度いい時に来てくれるなぁ」

 レザムの声に顔を上げたラディスさんがめっちゃ笑顔……ということは、収穫が期待できますな?


「タクトっ! もの凄く旨い苺ができた!」

「おまえ、また摘み食いかよ、エゼル」

「できあがりの確認、だよ!」

 はい、はい。

 そっか、甘さが強めのものができる配合が見つかったってことだな!


 試食した苺はあの喉を突くような酸味は全くなくなり、心地よい酸味と甘さになっている。

 爽やかな後味に、少し硬めの食感も歯に心地いい。

 何、これ、なんでこんなにも突然に、素晴らしい進化を遂げたのだ?


「実はね、実ができる前の先月の初め頃、俺がエゼルに後ろから飛びかかられた時に、この辺りの苺を全部ぐちゃぐちゃに潰しちゃったんだ」

 エゼルーーっ!

 だから、おまえの子供爆弾は受け止めきれんと、あれほど……


「あ、あんまり怒らないでやってよ。こいつももの凄く反省して、植え替えとか、その後の世話とか、凄く頑張ったんだ」

「レザムに怪我はなかったのか?」

「うん、苺の土がふかふかだったからね」


 まぁ、それなら今回は許してやるか。

 そして、どうやらそのリカバリーにレザムの【土塊魔法】とエゼルの『植物操作』を使って植え直し、ラディスさんが【生育魔法】をかけたのだとか。


「【生育魔法】なんて、持っていたんですか!」

 すごいな。

 結構レアな、上位魔法だぞ。

 植物に限定されるが、成長を助けて作りたい状態へと変化を促すことのできる魔法だ。


「秋摘みを作り始めた後に、出た魔法なんだよ」

 そう言ったラディスさんはもの凄く嬉しそうだった。

『新しいことができるかもしれない』と、意欲的だったものな。

 そっか、この苺作りが助けになれたのだったらよかったな。


「それでね、その後タクトさんがくれた『非常用湧泉壺』の水を、夏場はあげていたんだ」

「水道の水は平気だったんだけれど、畑用の井戸はいつもより水が少なめでね」


 畑用の井戸は、何世帯かで共用となっている場合が多い。

 ラディスさんの畑は中規模だから、専用の井戸ではないんだ。

 余分に水を使うと気が引ける……と思ったのかも知れない。

 廉価版の方だけど、『縹色の泉』早速大活躍だね!

 グッジョブ、俺!


「で、その植え替えたものだけが、甘くなっていた……ということですか?」

「そうなんだよ。いくつかの魔法を掛けたことと、この水が良かったのかもしれないと思ってね」

「魔法で耕した畑には、魔法の水がいいってエイドリングスさんも言っていたからな……」


 ラディスさん達には、水系の魔法はない。

 だから、もしもの時のために『縹色の泉』を渡していたのだ。


「畑用に『湧泉の如雨露』を作ります。次からは、その水で育ててもらってもいいですか?」

「……! ああ! そうか、その育て方をすれば、全部の苺が……」

「まだ、可能性があるかもって程度ですけれど。今度の春摘みは、今まで以上の最高品質になるかもしれませんよ」

「俺? 俺の『植物操作』役に立った?」

「ああ! おまえの技能と、レザムの魔法もな!」


 レザムが転んだ時期と同じくらいに成長したら、土をレザムの魔法で均してエゼルの技能で植え替える。

 そしてラディスさんの魔法を掛けながら、湧水如雨露で水を与える。

 これがこの世界での、美味しい苺の方程式かもしれない!


 やはり、失敗してこそ技術も魔法も進化するのだ!

 甘い苺は今回の母さんの誕生日用ケーキの分だけをもらい、その他のいつものタイプを店で出すことにする。

 残りの『大成功の苺』は、ラディスさん達に食べてもらってしっかりと味を覚えてもらうことにした。

 記憶と知識が、次回の成功を生む。


「来年も、甘くて美味しい苺を期待してます」

「まかせろっ、タクト!」


 エゼルは、勢いだけはいいんだよなぁ。

 ま、お子様には勢いって大切だよね。

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