第377話 笑顔の理由

「へ? 上のショコラに……俺の銘紋ですか……?」

「ああ、波を描くのもいいが、おまえの銘紋をここに描いたら綺麗だと思うが?」


 ビィクティアムさんに、ケーキの上に乗せているメダルチョコに銘紋を入れた方がいい……と言われた。

 ああ……そういえば、あちらでは店のロゴとかが書かれているチョコが乗っているものもあったよな。

 なるほど、それは波を描くより楽だし俺の魔力刻印チョコってのが、どんな色相になるのかちょっと興味もある。


 試しにひとつ作って、載っけてみた。

 おや、色相は紫に蒼が増えただけの二色になったぞ。


「おおっ! いいじゃねぇか!」

「そうだねぇ! なんか『完成!』って感じで、凄く良いよ、タクト!」

 父さんと母さんは大絶賛だ。


 ビィクティアムさんもしたり顔だし、メイリーンさんは……

「はわぁ……勿体なくて食べられなくなっちゃったぁ……」

 いくつでも作るよっ!

 心置きなく食べてっ!


「……僕らの意見なんて、必要なかったのでは?」

「そうね。タクトくんにはメイリーンの言うことだけで、充分なのよねぇ、きっと」

 やだなぁ、そんなぁ。

 その通りですけど、一応、形だけは、ねぇ?



 そろそろ夕食準備ね、と母さんが厨房へと戻り、父さんが工房に行き、グルメレポーター夫妻も立ち上がって帰ろうとした時に思い出した。

 安産祈願の髪飾り、渡していなかったよ!


「待ってください、マリティエラさん。お渡ししたいものがあるのですよ」

「え? わたしに?」

「はい。マリティエラさんとビィクティアムさんに」


 扉に手を掛ける寸前だったビィクティアムさんも引き留め、髪飾りをふたつ、テーブルに出した。

「安産には、髪飾りを贈るものだと伺いまして、作ってみました」

「まぁ!」

「こっちは、ビィクティアムさんのご婚約者様に渡してくださいね」

「……レティの分まで?」

 レティ、というのは多分、愛称だな。

 くっそー、なんか負けた気がする。


 髪飾りに使っているのは、あのセレステの方陣で移動した三角錐部屋で拾い上げた琥珀だ。

 ふたつに割れてしまったがそれぞれに微妙に違う輝きの色が浮かぶ、青い光の琥珀。


「琥珀には『長寿・家族繁栄』の意味があり、大いなる愛の象徴です。そしてこの琥珀は『蒼琥珀』と呼ばれるもので、天光の光で青く透き通った輝きになるのですよ」

 この部屋は窓がないから、あとで試してみてくださいね、と手渡す。

 マリティエラさんに渡した方の欠片は青く透き通った奥に、黒っぽい藍色が見える。

 聖神二位であるライリクスさんの加護色の藍色だ。


 そして、ビィクティアムさんに渡したものは、オレンジっぽい黄色の光沢が入るのだ。

 ロウェルテアの加護神は、聖神一位だから、ちょうどいい。


 マリティエラさんのものにはふたりの魔力色相の緑の石で、ビィクティアムさんの方は水色と青い石のグラデーションで飾り付けをしてある。

 しっかり【強化魔法】をかけていますから、硬度が低い琥珀でもぶつけたって落としたって壊れませんよ!


 髪飾りを両手でぎゅっと抱きしめるようにして、ありがとうと頬を色付かせるマリティエラさんとそれを見てにんまりしているライリクスさん。

 ビィクティアムさんはご婚約者様を想っているのか、髪飾りを眺めて愛おしそうに微笑む。

 誰でも、好きな人とか大切な人のことを考えている時は、柔らかく優しい表情になるものなのだ。

 ……俺……不用意にメイリーンさんのこと考えて、町中でニヤけてたりしてないよな?


 隣に立つメイリーンさんが、俺の上着の裾をちょっとだけつまんで引っ張る。

「……メイリーンさんの時も、俺が作るからね?」

 そう言ったら、みるみるうちに真っ赤になって口元がによによしだした。

 ホントにもー可愛くってたまんねーな、俺の婚約者(仮)っ!


「タクトくん、何を変な笑い方してるんですか……」

 ライリクスさんだって、たいして変わりませんよっ!




 試食会後の皆様 〉〉〉〉


 ▶一階厨房にて/

  ガイハックとミアレッラ


「旨かったなぁ、えーと、タク・アールト!」

「ホントねぇ! 早くお店で出したいねぇ!」


「王都でのことがきっかけで、新しい菓子なんてことを言いだしたんだろうが……結果的にはショコラ・タクトと比べても、遜色ないどころかそれ以上のもんができたな」

「また、みんながタクトのお菓子を褒めてくれるね、きっと。ふふふっ」

「今度は皇室認定なんてもんにゃ、ならんだろうがな」


「いいよ、そんなの……あの方々には、もう……」

「そうそうシュリィイーレに来るなんて、馬鹿なこたぁするまい。大丈夫さ」

「……タクトには、もう王都になんて行って欲しくないわ……」

「ああ……でも、それはタクトの決めることだ」


「だけど、あの子、王都で……何かあったのかしら」

「ビィクティアムに聞こうとしたんだがよ、タクトが話さねぇなら何も言えない、とかぬかしやがって」

「真面目なのはいいと思うけど、親の気持ちが解んない人ねぇ」


「……あいつも、来年には子供ができるのか……早ぇもんだなぁ……」

「良かったわねぇ。魔力差があっても、こんなに早くできるなんて」

「セラフィエムスは代々、子供の数が少ねぇからなぁ。あいつの子は、沢山できるといいんだけどなぁ」

「タクトが髪飾りを贈るって言っていたから、きっと何人も丈夫な子が生まれるよ」


「ライリクスんとこもだな。ドミナティアとセラフィエムスの子供なんて、どんな魔法を持ってくんのか楽しみだぜ」

「ふふふ、来年は賑やかになるねぇ」

「タクトとメイちゃんの子供も、早く見てぇもんだな」

「もう少しよ。十年なんてあっという間だわ」


「……絶対にビィクティアムんとことか、ライリクスの子より可愛いだろうしな!」

「当たり前じゃない。あたし達の孫が、いっち番可愛いに決まっているわ!」



 ▶南宿舎の部屋にて/

  ビィクティアムとマリティエラとライリクス


「果物を使うかと想像していたが、全く違ったな。旨かった」

「僕もまさか、珈琲を使ってくるとは思っていませんでしたね」

「それに、あんなに沢山の味を重ねているのに、ちっとも諄くないのが凄いわ」


「もしかしたら、季節ごとに上に載せる物を変えたりするかもしれませんねぇ……」

「銘紋入りのショコラの他に、何かってこと?」

「ええ。苺とか、甜瓜なんかも使うかもしれませんよ?」

「……それは、ちょっとやり過ぎじゃないか?」


「そうねぇ……ショコラのお菓子には、果物の甘さって合うのと合わないのがありそう」

「ああ、そうですね……珈琲の味と合うかというのも……難しいですか」

「そのへんは、タクトのことだから何か考えていそうだがな。ん? 何をしている、マリティエラ」


「ほら、タクトくんが天光に翳すと色が変わるって言っていたじゃない?」

「そうでしたね……ほぅ、これは綺麗ですねぇ! 青い琥珀というだけで珍しいのに、中に……藍色が見えます」

「本当だわ。なんて、素敵。ね、お兄様のは?」


「……本当に蒼くなるのだな。一体何処でこんなものを見つけたんだ……」

「凄いですね、こちらの琥珀は黄色と……橙も見えます。こんなに違う種類があるとは思っていませんでしたよ」

「錆山の奥っていろいろなものがあるっていうから、タクトくんの『魔眼』だと、見つけやすいのかしら?」

「おそらく『こういうものが存在している』と予め知っていて、それを探しているから……だろうな」

「そういえば、皇太子妃殿下には何を?」

「『蒼翠石そうすいせき』という、錆山の奥で新しく発見された宝石で作った香炉だ。方陣鋼が埋め込まれていて、火ではなく雷系の魔法で香らせる魔法だった。とんでもない宝具だ」

「あ、相変わらず、ですね」


「でも、いいわね。子供が生まれた後って精神的に過敏になりやすいのよ。落ち着かなくなったり、妙な不安にとりつかれて鬱状態になったりする人も多いわ。香りとか音楽とかで気持ちを落ち着けられるのは母親にも、子供にもとても良いことだわ」

「タクトくん、そういう知識もあるってことですか? なんて、ませているんだ……」


「そうだ、ライリクス、おまえタクトとメイリーンの事に神経質になりすぎだぞ?」

「そんなことはありません。適切です」

「ちゃんと認められた婚約者同士なのだから、あそこまでする必要もあるまい」

「まだ適性年齢じゃないんですよ? 『正式』では、ありませんからね」


「あら、あなたがそんなことを言い出すなんて」

「以前から、そう言っているじゃないですか」

「確かにまだ適性年齢ではないが、いくらタクトだってその辺は弁えているだろう」


「そうね。昔のライよりは、ずっと」

「……! マリーっ、なんてことを言い出すんですか!」

「本当は……今日の試食会に、ひとりで行くつもりだったでしょ?」

「それはっ、君の身体のことが心配で」

「おい、ライリクス……その『昔の』ってのは……なんだ?」


「あ、いえ、もう数十年も前のことですし、若気の至りというか」

「まだ王都にいた頃に、会う度に抱きしめられて……嫌ではなかったけれど、人目があったのに……」

「マリティエラ!」

「ほぅ? 人前で……? 王都にいた頃というならば、成人してすぐだな?」

「ええっと、適性年齢よりは前、ね」


「ならば、婚約どころか、俺達に報告すらしていない頃……だな?」

「はい、そうです。それなのに、タクトくんにああも厳しいことをするなんて……」

「だから、そういうことをすると大変だと、身を以て知っているから、ですよ!」


「『身を以て』知らしめられるほどのことを、した、と?」

「あ、いえ、それは、言葉の綾……ですよ? 止めてください、その笑顔は怖いですよ、兄君」


「く わ し く き か せ ろ」


「じゃあ、お茶でも入れてくるわねー」

「マリーーーーーーっ!」



 ▶自販機前/メイリーン


(ああああ本当にタクトくんって凄い凄い凄いっ!)

(ショコラ・タクトが一番凄いお菓子だと思っていたのに、全然違うのに、今日のが一番美味しかったもんっ!)

(絶対にあのお菓子、流行る! そしたら、この販売機にも入るわよね?)

(……そうなると……何かをなくして、入れ替えるはずだから……)

(今のうちに入替になりそうなもの、買っておかなくちゃ)

(どれも全部なくして欲しくないけど、絶対に、タク・アールトの方が美味しいしっ!)


(……タク・アールト……)


(えへへ、嬉しかったなぁ……ぎゅーって)

(今日、顔……洗いたくないなぁ)


(あっ、メイリルクト、タクトくんに渡しておかなくちゃ! お菓子作りで、いっぱい疲れちゃうし!)

(……タク・アールト、早く、食堂で食べたいなぁ)


(あっ! あんこのお菓子、入ってる! 買わなくちゃっ! あああっ、でも入れ替えるなら、ショコラのお菓子かな?)

(……)

(……)



(買えるだけ、全部買おう……百五十日、取っておけるし。うん!)

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