第378.5話 シュリィイーレに向かうお貴族様達

▶カタエレリエラ

  /フィオレナとエッティーナ


「……遠いですね、フィオレナ様」

「ええ、流石に馬車方陣がないなんて、思ってもいなかったわ」

「道理で、カタエレリエラからは、殆ど荷物が出ていない訳ですね」


「スズヤ卿は、どうやってカカオを運んでいらっしゃるのかしら?」

「【収納魔法】がある者に持たせ、方陣を使った独自魔法で領地内を移動させて越領だけを徒歩で越えているらしいわ」

「方陣門とは、違うのですよね……移動者限定って司祭おじさまが言っていらしたし」

「……何か考えでもあるの、エッティーナ?」


「あの方陣、魔法師組合に登録がありましたけど、描ける者が見つかっていませんでしょ? スズヤ卿に描いていただけたら、越領はできないけれど領内でのわたくし達や、衛兵の移動が簡単になると思いません?」

「それは、わたくしも考えたわ。だけど、カタエレリエラとスズヤ卿はあまりに接点がなさ過ぎるし……カカオ以外にスズヤ卿が興味を持たれるようなものなんて、何を対価として示せるかが解らないのよ」

「そういえば、金銭で動く方ではないって仰有っていましたわよね」


「ええ、法制の省院長が頭を抱えるほどにね」

「お会いしたら、少しは解るかしら」

「王都でのご様子では幼いくらいかと思っていたけど、随分としっかりした方だったから……見極めが難しいわねぇ」


「……男性っていうだけで、結構謎ですものね……」

「ホント。私、未だに夫の言うことが、時々理解できないのよね」

「私もです、フィオレナ様。船の舳先の形なんて、どうしてそんなに拘るのか……」


「とにかくシュリィイーレに着いてから……ですわね」

「あ、あれ、外壁門ではありません?」

「まぁ! やっとね」


「スズヤ卿の新しいお菓子はまだかもしれませんから、市場で他のものも見ていきましょうよ、フィオレナ様!」

「そうね、シュリィイーレは美味しいお菓子が多いというから、母上や妹たちにも買っていってあげたいし」

「こんなに遠出するなんて初めてですから、楽しいですっ!」



▶ウァラク/ラシード


(ひとりで動くのは少々不安ではあるが……スフィーリアの出産がいつになるか解らない以上、なるべく身軽にしてすぐにでも戻らなくては)

(錆山が越えられればシュリィイーレは隣なのだが、あの山脈は禁足地だからな)


(もしも……もしも、スズヤ卿がもう二度と王都にお越しにならないとしたら、スフィーリアの祝いの儀にいらっしゃらないとしたら……生まれた御子が、神に愛された方に見限られたことになってしまう)

(しかし、陛下のあのご様子では、スズヤ卿が皇家を遠ざけたいと思われるのは当然だ)

(せめて某かのお言葉をいただければ、スフィーリアを悲しませなくて済む)


(……陛下は……神聖魔法師を軽くお考え過ぎだ。絶対に皇家は、スズヤ卿に見放されてはならないというのに!)



▶ルシェルス/バトラムとゼオル


「……ようこそ、ゲイデルエス卿」

「そう嫌そうな声を出すな、ゼオル。何、今回はすぐに帰る」

「ご予定を伺ってもよろしいですか?」

「タクト殿の店で、菓子を食いたいだけだ」


「そのために……態々ルシェルスから?」

「うむ。おまえの叔母上にも頼まれたのだよ。タクト殿の様子を見てきて欲しいとな」

「タクトくんの様子、とは?」

「詳しくは言えん。ただ……珈琲の菓子をまた買って帰るのを、オフィア殿が楽しみにしておるのだ」


「リンディエンには、私がいつも持って行っておりますよ」

「最近なかなか帰れんだろうが。まぁ、長居はせんから、今回は護衛はいらんぞ」

「いいえ、規則ですので必ず付けます。拒否されるのであれば入町はお断りいたします」

「おい、護衛など付けたら今度こそタクト殿にばれるだろうが。いつも後から付いて来おるから、ヒヤヒヤしておったというのに!」

「これは、シュリィイーレ衛兵隊長官からの厳命ですのでっ!」


「う、セラフィエムス卿からか……ええい、仕方ない。あまり、大袈裟にはせんでくれよ」



▶ロンデェエスト

  /アルリオラとルーエンスとティエルロード


「ど、ど、ど、どうして、ロウェルテア卿がご一緒なのでしょう……?」

「御免なさいね、便乗してしまって。どうしても、スズヤ卿のご様子伺ってこいと母が煩いのよ」

「ロンデェエスト公は余程、タクトくんがお気に召したのですねぇ」

「そうね、子供の頃のビィクティアムに少し似ているし、陛下に対して物怖じしないところも好きみたいだし……手紙も預かってきたし」


「陛下……にはどうしたものか……話を聞いて卒倒するかと思いましたよ」

「あら、消極的ねぇ。母なんて、殴りかかる寸前だったわよ。カタエレリエラ公なんて魔法でも撃ちそうな雰囲気だったし、もしスズヤ卿が少しでも気弱なところを見せていたら、あの場で陛下は吊し上げだったかも」

「や、止めてください、ロウェルテア卿! 怖ろし過ぎですよ、そんな光景……!」


「半分は冗談よ」

「半分本気なのが、怖ろしいのですよ」

「まぁまぁ、ティエルロード、大丈夫だよ。タクトくんは強いからねぇ十八家門の援護なんかなくても、ひとりで陛下くらいなら……」

「タクト様は、そんな野蛮な方ではありませんよ! あの応接室のように、美しいお心の持主です!」


「応接室?」

「タクトくんが造ったんですよ。信じられないほど美しいですし、魔力的にもかなり安定していて心地良い部屋でした」

「あの珊瑚の部屋は芸術です。そして床の嵌め込み細工なんて、皇宮でもあれほど美しい宝具は見たことがありません……」

「ティエルロード補佐官は、すっかりタクトさんの虜ね」

「ご覧になれば、皆さんそうなりますよ」


「タクトさんのことは、噂ばかりでご本人をよく知らないのだもの……お会いしても掴みかねる方だったし。そうね……作ったものを見られるのであれば、もう少し理解できるかもしれないわね」

「驚くよー。あれはまさに『神の造形』だからね」

「いきなりロウェルテア卿がお訪ねになったりして、タクト様は吃驚されないですかね?」


「先にビィクティアムに伝言しておいたから、わたくし達の訪問は伝わっているはずよ」

「……先?」

「君、今日いきなり一緒に行きましょうって言ってきましたよね?」

「そうだったかしら?」


「そうですよっ! ああ、もうっ! どうして勝手に決めちゃってから、言ってくるんですか!」

「あら、事前に言ったら同行させない気だったの?」

「いえ……そういうことではなくてですね」

「ならばいいじゃない。細かいことは気にしないで」

……「細かいからこそ気にして欲しいのに……」


「ティエルロード補佐官?」

「いえ、なんでもございません」



▶マントリエル/ラウレイエス


(様子見。そう、それだけだ。買い物ついでに、ちょっと、ちょっとだけあの食堂を見てくるだけ!)



▶エルディエラ/ガシェイス


(久し振りだな、シュリィイーレは。ハウルエクセム神司祭と訪れた時以来か)

(タクト殿とお会いするのも……ハーレステの一件以来だが……まだ怒っておられるかのぅ……まぁ、許さないとは言っていらしたが)

(あの時の菓子は旨かったが、カカオを使ったものではなかったな。確か……甘薯だ。うむ。あの菓子でもいい)

(しかし、この馬車は遅いのぅ)


「すみませーん、馬の調子が悪いので替えますから、しばらくお待ちくださーい」

「何、こんな所に替えの馬などいるのか?」

「申し訳ございません、マクレリウム卿。予定より半日ほど……遅れそうです」


「半日か……まぁ、仕方あるまい。セレディエ妃の儀式も終わっておるし、急がずともいいか」

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