第375.5話 皇家の人々

▶南東・銀白通り三十二番


「おや、ビィクティアム。よくここが解ったのぅ」

「お久し振りでございます。今回の在籍地再登録で、衛兵隊責任者と教会司祭には聖魔法師の方々について連絡が入るようになりましたので。ようこそ、シュリィイーレへ」

「まぁ、ありがとう、ビィクティアム。早速庭に植えるわ」

「タクトがうちの庭に植えていったのですが、複数ございましたので……ここの魔法は、タクトですか?」

「ええ、そうよ。タクトの魔法は素晴らしいわ! 本当に心地よい」


「シュリィイーレへの御転居は、前々からお考えだったのですか?」

「うむ。仲介所に行った時に、丁度タクトがここの庭を整備する話を耳にしてな。やっとエルディエステに男児が生まれたし、少しは……安心できるかと思って引っ越したのだが……あやつ、また面倒なことをしでかしておるようじゃな」


「……お聞き及びでございましたか」

「タクトから、少し、ね。優しい子ね。皇太子妃の立場のことを、随分と気にしていましたよ」

「皇太子妃殿下につきましては、信頼できる侍女数名に申し伝えてございます。それに皇后殿下も、お味方くださるとお約束いただけましたので」

「それはよかった。して……おまえからも聞いておきたいのじゃが、話してくれるかの?」

「はい……」


「嫌そうな顔をするでない」

「『嫌そう』ではなく、嫌なのです……思い出すだけで……不快で」

「全て、話してくれ」



「……まぁ……そのようなこと……呆れてものも言えませんわ」

「なんと言う愚かなことを! どうしてああもすぐに、思ったこと全てを言葉にしてしまうのか! 昔から……全く成長しておらんではないか!」

「皇太子妃殿下が動じずご対応くださったおかげで、その場は事なきを得ました。陛下は少々『献上品』の意味を取り違えておいでのご様子ですので、それについては皇后殿下からもお話しくださるとのことです」

「アイネの言うことならばある程度は聞くでしょうけれど、それだけでは足りなそうですね」


「近いうちに、王都に行く機会があるでな。たっぷりと説教してくれる」



(……陛下は結構『説教慣れ』しておいでだからな……ちゃんとご理解いただければいいのだが。上皇陛下に話せば少しはスッキリするかと思ったが……こんなにも、嫌悪感が続くなど初めてのことだ)


(やはり、ビィクティアムは……そうであろうな。ビィクティアムにもタクトにも、シュヴェルデルクの魔法は効かぬだろうからな。だからこそ、ふたりから見捨てられてはいかんと言うのに……!)

(もう、全てが用を成していないということなのね。すぐにあれを押さえ込める法具などないわ……わたくし達でなんとかしなくては)



▶皇太子宮


「……なんだと? 陛下がどうして、セレディエのものを差し出せなどと命ぜられるのか」

「仔細は伺っておりませんが、お確かめになりたいとのことでございます」

「祝いの品の、何を確かめるというのか!」

「……我々には……何も」

「ならぬ」


「しかし、殿下」

「絶対に祝いの品を、皇宮へ移動させてはならん! かの品々は皇太子妃への贈答品であり、セレディエの財産として既に紋章院での承認がされておる。何があっても勝手に持ち出すことは、許さぬ。たとえ、父上のご命令であろうともだ!」

「……畏まりました」

「まさか、誰か既に皇太子妃宮へ使いなど出しておるまいな?」

「……」


「……下がれ。私が出向く」

「殿下!」

「止め立てする気か」

「いいえ、どうか……よろしくお願いいたします」


(……近衛達や侍従達も、間違っていることには気付いている、という訳か。父上は一体どうされたのだ! タクト殿への態度といい……これでは臣下達に示しがつかぬ)

(皇太子殿下は……まだ大丈夫のようだが、本当に陛下には……呆れかえる。しかしどうしてこうもスズヤ卿にだけ……?)

(スズヤ卿からの品を『確かめる』とは、どういう意味なのだろう? 何かを疑っておいでなのか?)



▶皇太子妃宮、侍女取り次ぎ場


「陛下のご命令?」

「……はい」

「妃殿下のために、スズヤ卿から贈られた宝具を取り上げることが、ですか?」

「……」


「その理由は? 正当な理由があるのですか?」

「我々は……ただ、確かめたいから預かってこい……としか」

「口頭のみで、そのようにお命じになったということですのね。でしたら、そのご命令にはなんの効力もございません」

「そうです。宝具の移動には紋章院の承認書と、専任の皇宮宝具近衛による護衛が必要です」

「……はい……存じております。ただ、我らも、命令があれば動かぬ訳にいかず……一応伺ったまで、ですので」


「ならば、そのお役目は済みましたわね」

「では、我々はこれにて失礼致します」



「はぁ……皇妃宮の侍女達は……噂通り厳しいな」

「でもよかったですよ。逆に素直に渡されていたら、どうしていいか解りませんでした」


「あっ……殿下!」

「皇妃宮へおかしな命令があったと聞いたが」

「……」

「……」

「只今、その件は侍女殿達に……断られました」


「ふぅ……そうか。それでいい。陛下には侍女達に止められたのではなく、私が差し止めたと報告する」

「宜しいのでございますか?」

「よい。皇太子妃から、宝具を取り上げようとすることの方が間違いなのだ。いいな、おまえ達も侍女達のことは絶対に言うな」

「「「はっ」」」



(……よかったわ。皇太子殿下がいらしてくださって)

(それにしても、陛下はどうしてあの宝具を欲しがっていらっしゃるのかしら? 他のものには目もくれないお方なのに)


(助かった……もし侍女達に断られたなんて報告したら……陛下ご自身が、皇太子妃殿下に何か言いそうだったからな)

(どうして、あそこまであの宝具に拘るのだろう? 今まで陛下がこのように、別の方の物まで欲しがる事など……なかったのに)



▶皇宮 皇王私室


「……本当に、解っておるのか? シュヴェルデルク」

「はい……父上は、少々くどいのでございますよ」

「あなたがいつまでも、子供のように己を抑えられないからですよ」

「母上まで……もう、解りましたから! アイネにも言われたばかりだというのに、なんでこうも立て続けに……」


「父上ッ! あ、申し訳ございません……」

「エルディエステか。構わんぞ」

「おめでとう。よい子が生まれたようですね」

「ありがとうございます、上皇陛下、上皇后陛下」


「なんの用だ、エルディエステ」

「セレディエの宝具を差し出せとお命じになった件です」

「あ……ば、馬鹿者、今それは……」

「私が差し止めました。今後も決して、皇太子妃の私物をこちらへ移動せよなどというご命令は承ることができませんので、ご承知おきください」


「どういうことですか?」

「いいえっ! 何でもございませんよ、母上っ!」

「皇王陛下が正当な理由無く、皇太子妃がスズヤ卿から祝いの品として受け取った宝具を差し出せと、近衛を数名皇太子妃宮に使いを出されたので私が制止致しました」

「エルディエステ! 言うなと……」


「シュヴェルデルク、あなたはどこまでわたくし達を悲しませれば気が済むのですか?」

「……は、母、上」

「対価もなく物品を要求し、他者の手にあるものを羨み、立場を利用して我がものにしようなど……嘆かわしい」

「少し……借りるだけでございますよ」

「そんな詭弁が通るか! 上の者からの要求はどのような些細なものであったとしても、拒めぬ立場の者達にとっては恫喝と変わらぬことがあるのだぞ!」

「私は、決してそんなつもりでは」


「あなたの心積もりなど、関係ありません。言われた方がどう受け取るか……なのです。そしてそれが誤解であったとしても、あなたへの、皇家への評価になるのです!」

「……」

「あなたがタクトに祝いに来いと『命じた』と誰もが思っています。タクト自身でさえも」

「私は、ただ……遊びに来い……くらいの気持ちだったのです」

「ならばどうして、皇太子妃への祝いの品を十八家門の者達と同じように披露させたのですか! あなたはあの子に、他の貴族家門と同等以上の財力や魔法を要求したのですよ」

「しかもその品より菓子がよかったなどとぬかしたくせに、皇太子妃に差し出せと要求するなどなんという恥知らずか……!」


「で、ですからっ、それは誤解なのですよ!」

「……おまえはどうして未だに、その言い訳をするのだ……ガルドレイリスのことさえ、おまえにとっては何も響かなかったのか?」

「それとこれとは関係ありませんっ」

「あります。どちらもあなたの不用意な発言が『誤解』されて起きたことです。あなた自身の『言葉』が、原因なのです。いい加減に自覚なさい! 皇家の者の言葉が、どれほどの者達に影響を及ぼすのか!」

「よいか、シュヴェルデルク。皇家の言葉は全てが必ず、誰かの行く末に関わるものとなる。些細な呟き、独り言でさえも、耳にした者がどう受け取るかによって、大きくこの国が揺れることもあるのだ」


「それは……承知してございますが……」

「覚えていても頭で理解していても、実践できなくては意味がないのです。いいですか、あなたの言葉を聞いた者が必ずしもその言葉の全てを正確に記憶しているわけではありません。その一部分だけが切り取られて記憶され、曲解されることの方が多いのです。だからこそ、皇家の者の言動は誰より厳格であることが求められるのですよ」


「此度の件で関わった者達がおまえをどう思うか、皇家をどう思うかをもう一度考えろ」

「……はい」

「エルディエステ、あなたもくれぐれも肝に銘じておきなさい」


「はい」

「うむ。まぁ……説教はここまでじゃ。エルディエステ、儂らからも祝いの品がある。皇太子妃に届けてもらえるかの?」

「はいっ! セレディエもきっと喜びます」

「それは……どのような?」

「シュヴェルデルク、すぐに口に出すなと言ったことをもう忘れたのか?」


「……」


(こんなにしょげていらっしゃる父上は初めてだな……なんでこんなにも子供のような態度をとられるのだ?)

(……ふぅ。もう、どの法具も効力がないようだが……どうしたものか……こうも、影響が出るものなのか……)

(多分、解ってはいないわね。魔法師に対してどれほど侮辱的なことをしたのか。しかも、自国の産物を他国に合わせろなどと……! これが全て、あの魔法の影響とは思えないわ。この子自身の考え方自体をどうにかしなくては……このままでは駄目だわ……アイネリリアと、何か策を立てねばなりませんね)



▶セレディエ皇太子妃宮


「ね? わたくしの予想通りでしょう?」

「はい……まさか本当に陛下から、スズヤ卿の宝具を差し出せなどと使いが来るとは……」

「だって、陛下はスズヤ卿のお作りになったものが大好きですもの。絶対にこの香炉も、お手元に置きたがると思ったの」

「それでいち早く、こちらにお持ちになったのでございますね。でも、わたくしは妃殿下があの場で、陛下に何か申し上げるのではと……ハラハラ致しましたよ」


「何を申し上げることがあるというの? あの方の『お守り』は、わたくしではないわ」

「お怒りをお収めくださってようございました」

「怒ってなどいません。怒りというのは、期待するから生まれるものです。わたくし、あの方に何も期待しておりませんもの」

「妃殿下、いくらなんでもお言葉が……」


「あら、平気よ。ここは王都ではないから、陛下がいらっしゃることはないわ」


「……!」

「ふふふ、知らないとでも思った?」

「囲いの外は……ご覧いただけないと思いますが、どうして?」

「わたくしね、婚約前に一度だけ王都の町に行ったことがあるの。その時の空気や香りと、この宮庭のものは全く違う。町の景色など見えなくても、ここが故郷エルディエラだって解るわ」

「ご明察です……恐れ入りました」


「婚約者の故郷の方が安全ですものね。閨の離宮は……また別の場所でしょうし、ここに来るまでの越領門に使われている魔法も、馬車方陣とそっくりだもの」

「【方陣魔法】に関しては、キリエステス家門に一日の長がございますものね。流石です」

「でも、この香炉の方陣は……初めてのものだったわ。こんなにも文字と図の全てに均一に魔力が巡り、全く無駄な言葉が書かれていない明快な方陣。今まで、何処にもなかった方陣ものだわ」

「スズヤ卿の魔法は、神聖魔法でいらっしゃいますから」

「ええ、そうね。とても素晴らしい……! スズヤ卿の方陣は絶対に、キリエステスに神命をいただく鍵となるものだわ。そして新しく誕生した皇子に、きっと輝かしい魔法を目覚めさせる助けとなるわ」


「早く、皇子のお名前が決まるとよいですね」

「この子の名は、どなたからいただくことになるのかしら?」

「セラフィエムス卿とか、スズヤ卿だったら素敵ですね」

「そうね! うふふ、神々に愛された方の名前をいただけたら、きっとこの子は誰からも慕われる皇子になるわ」



▶アイネリリア皇后宮


「……もう一度、聞かせてくださる?」

「は……陛下が、近衛にお命じになり、その……セレディエ妃の……香炉を……」

がたんっ

「皇后殿下っ!」

「大丈夫です……」


(何も、お解りでないということなのね? 解らなくなってしまっているの? このままでは……誰もお側には、おけなくなる。誰も近寄れなくなってしまう。そうなったら……)


「アイネ、大丈夫ですか?」

「上皇后陛下……どうして……」

「タクトとビィクティアムから聞きました。もう一度、あなたの力を貸して頂戴、アイネ」

「既に加護法具も、何も……わたくしでお力になれるのでしょうか」

「それは、わたくしも同じです。でも、このままではいけないの」

「……はい」

「わたくし達で……できることをもう一度しなくては。全てを魔法だけのせいにしてはいけないわ」

「はい……!」

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