第374話 謝罪

 すぐに帰れるかと思ったのだが、少し待っててくれ、とセラフィラント公とカルティオラのお二方がいらっしゃる部屋に案内された。

 ……まぁ、そうか。

 一応、約束の時間までは、いないとまずいのかもしれない。

 パカパカ越領門を開ける訳にもいかないよな。


 部屋に入った途端、いきなり四人に謝られてしまった。

 何?

 何事ですかっ?


「すまなかった、タクト……儂らが付いていながら、あのようなことになろうとは……」

「私達もあの場で披露させておきながら、祝いの品に文句を言い出すとは思いもよらなかったよ。不快な思いをしただろう? すまなかったね」


 ご領主様と次官様に、頭を下げていただくことではないですよ!

 あれは陛下が我が侭かまして、しかも一言多かったってだけですし、皆様のせいではないでしょうっ?


 あわあわとする俺に、ビィクティアムさんがここに連れて来てしまったのは自分達だから……なんて言い出す。

「何を仰有いますか! 皆さんが俺に対して詫びなくちゃならないことなんか、何もないですよ! それに、別に俺は陛下に対してだって、さほど……怒ってはいないですから」

「『さほど』……なんだろう?」


 まぁ、ちょっとは。

 でも既に怒る気にもならないっていうか、ただの我が侭クレーマーだからどーでもいいっていうか……

 記憶に留める価値もないっていうか。


「俺が持って来た物を陛下にダメ出しされたのに、皇太子妃殿下はお受け取りくださいましたしね。むしろ、受け取っちゃったりして皇太子妃殿下が陛下になんか言われたりしないかって方が……気になります」

 義父とか義母とかの対応って、大変だもんねぇ。


「あれほど素晴らしい品に、何も言われる筋合いはないですよっ! あなたの贈り物は、心のこもった最高の宝具でしたよ、スズヤ卿!」

 カルティオラ卿はああいう小物とか、好きなのかな?

「そうですよ。それに皇太子妃殿下のご対応は素晴らしいものでした。さすがは『キリエステスの聖者』と言われた方です」


 おお、あのお方が……本物の『聖女様』か。

 確かに素敵な方だった。

 声が綺麗で、安らぐというか……うん。

 メイリーンさんの半分くらいの効果だけどね、俺には。


「皇太子妃殿下は大丈夫だ。エルディ殿下もいらっしゃるし、皇后殿下も彼女をとても気に入っていらっしゃるからお味方してくださる」

 それは良かった。

 義母のハートをがっちりキャッチしていらっしゃるとは、素晴らしい嫁御である。


「カタエレリエラの方々が、随分とお怒りのように感じたのですが……カカオの件、正しい『事実』がよく解らないのですが……」

「テオファルト、その辺は後で説明するよ」

「タクトを招くと陛下が仰有った時に、まさか魔法師から物品を期待していたとまで思わなかったし、カカオのことを言いたかったなどとは微塵も考えが及ばず……了承してしまった」

「反対などできませんよ、ビィクティアム殿……祝いの席から外せなんて、どうして言えるのですか」


 ……そーか。

 陛下としては俺を祝いの席に呼ぶと言うより、そもそもが『ちょっとツラ貸せや』的な呼び出しだったのかもな。

 陛下的には『校舎裏呼び出し』みたいなイメージだったから、挨拶がないとか、付け届けがねぇって怒り出したのか……

『なんでカカオ受けとらねぇんだよ? 米もいらねぇってどーいうことだ? あぁん?』だったのか。

 クソ面倒だな、あのヤンキー先輩!


 俺がやれやれ、と溜息をついたときに侍従のひとりが入って来て、セラフィラント公に耳打ちをした。

 そしてセラフィラント公が扉を開けるように指示すると……なんと、エルディ殿下がいらっしゃった。

 礼を取った俺達に殿下は、その必要はない、と仰せられ侍従達全員に退席を命じた。

 部屋には、セラフィラントの四人と俺と、殿下だけ。


「タクト殿、父の非礼を詫びたい」

 うわぁっ!

 止めてくださいよっ!

 殿下に頭を下げさせてしまうなんてっ!


「あのように、貴卿を軽んずるつもりも侮辱するつもりもなかった……本当に、すまなかった」

「大丈夫ですっ! 別に侮辱だなんて思っていませんし、陛下に悪意があるなんて考えていませんから!」


 駄目だよーっ!

 この国のトップが、簡単に俺に頭なんか下げちゃ!

 それにムカつくのは陛下にであって、殿下じゃないんだから。

 悪意がないってことは本気であの発言をしているってことで、どんだけ自己チューなんだってことなんだけど。


「セレディエが、貴卿が傷ついているのではないかと……」

「平気です。そして、俺の贈り物は陛下ではなくて、皇太子妃殿下のためのものですから。部外者が気に入ろーが気に入るまいが、俺にとっては関わりないです!」


 殿下は少しほっとしたような、困ったような表情でありがとう、と言ってくれた。

「セレディエが、とても喜んでいた。彼女は故郷を心から愛しているから……あの香炉を真っ先に部屋に持って行ったらしい」

「喜んでいただけたのでしたら、それだけで充分です。あ、お渡しした箱の中に入っている取扱説明書は、ちゃんとお読みくださいね」

「と、とりあ……?」

「『取扱説明書』です。使い方とか、効果とか、故障かもしれないと思った時の対処法とか書いてありますから」


 取説は大切ですよ。

 なくさないでね。

「なんと、それは素晴らしいな」

「……ずっと、皇太子妃殿下のお手元で使っていただけると、嬉しいです。あ、それと、ご長男のご生誕、おめでとうございます。エルディエステ殿下」


 最後にもう一度、ありがとう、と言ってくださった殿下を見送って、気持ち的にも区切りがついた。

「皇太子妃殿下と……エルディ殿下にお祝いが言えて良かったです。連れて来てくださってありがとうございました」


 セラフィラント公達にも、俺をここに来させたことを後悔して欲しくない。

 まぁ……なんで俺が個人的にご領主様方とタメ張る祝いの物品を作って、あの場で渡さにゃならんかったのかっていうモヤモヤは残るが、お祝い事にこれ以上ケチがつくのは嫌だ。


「それに、本当ならまだお姿を拝見することのできない皇太子妃殿下にお会いできたのは……ちょっと、嬉しかったですし」

 十八家門の方々以外で皇太子妃殿下に会えたとか、超レア体験ですよ。

 また、ビィクティアムさんに頭をぐりぐりと撫でられた。

 これは……『ごめんな』って感じで、いつものご機嫌な時のとはちょっと違うな。


 いかん、忘れていた。

 あの噴水に入っていた『雄黄』のこと、話しておかなくちゃ。

 その話を切り出すと、途端に四人は真剣な面持ちになる。


「タクト、その『雄黄』は回収したのか?」

「ちょっとそのままだと危ないので、周りを強化硝子で包みました。これなら毒には触れませんし、水に入れても溶け出しません」

 鑑定で中身を視ることもできるし、こうしておけば毒物として利用はできない。

 ビィクティアムさんに渡して、報告すべきことは終了……かな。



「で……新しい菓子、もう考えているのか?」

 そーですよね、スイーツ男子的には気になりますよねっ、ビィクティアムさんも!

「まだ昨日届いたカカオを少しばかり試食しただけですが、本当に美味しいカカオなんですよ。何を作っても美味しくなると思いますが……最高、と自信を持ってお勧めできるものの構想は……少しだけなら」


 重厚な苦味とか、ベリーのような爽やかさ、っていうのとは少し違う、今回のカカオ。

 必ずそれに相応しいスイーツがあるはずだ。


「なら、帰るか。早くその菓子が食べたいからな」

「はいっ!」


 お家に帰ったら、早速!

 ……あ、でもあちこちから届いた食材の整理とか、下ごしらえとかしてからですけどね。



 セラフィラントの方々 〉〉〉〉


「タクトは帰ったか」

「はい。越領方陣門から出た途端に、走って行きましたよ」


「それにしても……スズヤ卿にはまたしても、皇家に嫌な印象を持たれてしまいましたねぇ」

「仕方ないと思います。僕だったら二度と来ませんよ」

「貴族では、そういう訳にはいかないよ、テオファルト」

「僕がスズヤ卿のお立場だったら、という意味ですよ、父上。まだ適性年齢にも達していない青年に『領地』で用意するような品を期待するかのように、披露させるというだけでも信じられないほど酷なことです。なのに、あのようなお言葉は……」


「タクト殿は我慢強いだけでなく、お心の広い方ですなぁ」

「おそらく陛下に対して『どうでもいい』と思っておるのかもしれんな。貴族ではないのだから、直接関わることもないし……臣民達と同じ心持ちなのかもしれん」

「臣民から、今の陛下は……あまり慕われていないですからねぇ」

「悪くはないが良くもない、程度なのであろうな」

「ご在位が短いからなのだろうが、あれでは先が思いやられる」

「最近特に、感情を言葉にされることが増えましたなぁ。まさか、菓子が食べたくてタクト殿を呼んだとは思いませんでしたが」

「タクトの菓子は絶品だからのぅ。乾酪の菓子など最高じゃぞ」


「いいなぁ……ビィクティアムは。シュリィイーレでいつもスズヤ卿のお菓子が食べられて……」

「衛兵隊にでも入るか?」

「いや、シュリィイーレ隊は無理だよ、僕には」

「寒いのが苦手だからな、テオは」


「そういえば、驚いたぞ。おまえがタクトの頭を撫でるなど」

「……そうですか?」

「ああ。昔から人に触れるのも、触れられるのも嫌がっておったくせに」

「そんなことはありませんよ。よく先生には撫でられてて……嬉しかったので」


「そうで、あったかの……そうだ、ティム、さっきタクトの作った飾り釦、よく見せい」

「ええ、どうぞ」

「さっき?」

「ああ、テオが来る前だったか。タクトが誕生日の祝いに作ってくれたのだ。あいつの魔法は無駄がなくて展開が早い。おまけに、貴石の知識が豊富で、いつも家門に相応しい物を作ってくれる」

「ううむ……やはり見事な仕上がりだな。この金細工も……瞬きする程の間にできあがってしまうとは、実際に目にしても信じられん」


「あの香炉の『蒼翠石そうすいせき』という宝石も非常に珍しいものでございましたし、その石をいくら魔法とはいえ編むように加工するなど、聞いたこともございませんでしたよ」

「タクトは『組成』と言っておりましたが、その素材の特性を完璧に理解しているからこそできる魔法でしょう。どんな魔法でも『知らない物』に干渉はできません」

「卓越した鑑定や魔法をお持ちなのですねぇ……あ、魔眼でしたよね、そういえば」


「だから、噴水に入れられた『雄黄』に気付いたのだろうが……あの石の毒というのは、どういうものか知っておるか?」

「ああ、あれは銀山や銅鉱山でよく見かけますよ。銅と一緒に採掘されるのです。デートリルスでは『黄毒』と言っておりまして、触ると酷く肌が荒れますし、口にしてしまうと嘔吐などを繰り返し死んでしまう場合もあります」

「水に溶けやすいので多くのものに影響が出ることがありますし、少しずつ体内に取り込むことでゆっくりと死に至らしめることもできる毒薬の材料ですよ」

「なぜそんなものを中庭に? あの水は、どこにも流れていなかったようだが」


「……あそこには、神々の像がありますね」

「はい、それが何か関係あるのですか? 父上」

「神々の元を巡る水が、毒に汚されていたなんてことになったら……」

「まさか、神々を貶めようとする者がいると言うことかっ?」

「いえいえ、もし貶めるのであれば神像そのものを汚すでしょう。ですが、毒に侵されていたのは『水』であって『神』ではありません」


「そうか、神々が大地に水を巡らせてこの地を育む様を表している庭で、その水が穢れているというのは……『神の怒り』か」

「ええ、私もそう考えましたよビィクティアム殿……穢れは『原因』の近くで起こり始める。この皇宮が穢れの元であると示すために、そのように細工したのでしょう」

「あの庭の水は外へは流れぬ。同じ水が巡っておるだけじゃ。つまり、毒が溶け出たあともその毒が留まり続け、何時か誰かがその穢れに気付く」

「そして言うのです。『神は皇家に対して怒っておいでだ』と。どこからも毒の入りようがない場所が穢れたことこそが、その証拠である……とでも捲し立てるつもりだったのでしょうね」


「貶めたいのは『皇家』か」

「馬鹿なことを……」

「殿下の御子がお生まれになったこの時というのも、狙いが陛下と殿下である、ということなのだろうな」

「皇家の『血』が継がれたことに、神々がお怒りであるかのように装ったのかもしれないですね」


「それでは今後、直接陛下達に何かするのでは……?」

「いや、おそらくそれはあるまい。直接的なことができぬからこそ、このように回りくどいことをしているのであろう」

「自らを正義と位置づけるための演出ですね。そうしなければ、意見を言うことすらできぬ者の仕業なのでしょう」

「おそらく金証の者しか入れないような場所には、手出しのできない程度の身分……」

「近衛や侍従達は、去年大きく入れ替えている……その中にまた?」


「此度は、スサルオーラ教義信奉者ではなさそうだがな。もしそうなら、狙いは皇家ではなくおまえだろうからな、ビィクティアム」

「……そうですね。俺か、タクトでしょう。皇宮に関しては俺は何もできませんが、念のためシュリィイーレとセラフィラントの警戒は強くいたします」

「ええ、それが良いですね。まぁ……この件とは関係なく、スズヤ卿の周りは騒がしくなりそうですし」


「騒ぎになる要素が多すぎたのぅ。タクトのこととなると、陛下の言動は刹那的過ぎる。どうしたものか……」

「陛下は、スズヤ卿のなさることの全てが面白く、作る物がどれもこれも欲しくて堪らないのでしょう」

「ならば尚のこと、あのようなことをされたら、嫌われてしまうとはお考えにならないのでしょうかね?」

「『嫌う』という感情から遠い方だからのぅ……だからこそ『皇家』なのだが……悪い面が表に出過ぎておるな、最近」


「『我慢』が覚えられないのも、陛下の特徴のような気がします」

「難しいねぇ。悪気がないというのは、実に厄介なことだ」


(……どうしたのだ、俺は。昔は伯父上に対して呆れたとしても、ここまでの怒りはなかった。政治には関わりない、民を虐げることもないのであれば……たいして問題などない……と諦めるだけだったのに)


「ビィクティアム?」

「すまん、少し頭を冷やしてくる」


(許せない……と感じている。臣が主にたいして『許す』などと思うこと自体間違いだ。皇家は、皇家の魔法は、必ず皇国の筆頭でなくてはならない。俺達貴族と同じ『ただ魔法のみが必要』なのだと解っているのに……俺は、何を期待して、何に……裏切られたと感じているのだろう……)



「やはり、ビィクティアム殿には、通用していないようですね。よかった……と思うべきなのでしょう」

「神斎術が顕現しておるし、耐性の段位が高くなっているようだからな……ならばこそ、陛下を見捨てることはできぬ。だが……こんなにも早く、何もかもの効果がなくなるとは……」

「今以上の強い加護法具や方陣は、まだできあがっておりません。ただ……『離す』しか今は手立てがなさそうです」

「貴族達と……もう一度話し合わねばならん」

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