第373.5話 祝宴後の人々

 ▶カタエレリエラの方々


「なんなの! あの軽頭!」

「ニレーリア、お静まりなさいな」

「あの場で【雪華魔法】を放たなかったわたくしを褒めて欲しいわっ!」

「ええ、よく我慢しましたね。あなたが我慢できたので、私もあのお軽い方を後ろから斬りつけずに済みました」

「あなたの方が過激だわ、アシュレィル」


「あ、フィオレナ様! いかがでした?」

「あら、ありがとうエッティーナ。スズヤ卿はお帰りになったわ……お声がけは……できなかったの」

「さぞお怒りであったでしょうから、仕方ございませんわ」


「それが……そうでもなくて」

「あら」

「むしろ陛下のことは、諦めていらっしゃる風でしたわ」

「あそこまでのことをされた上に、嫌味まで言われたというのに……なんて我慢強いこと。素晴らしい」


「……感謝だけでは足りないわ。カタエレリエラのカカオを守ってくださったのだもの」

「そうですわね。嬉しゅうございましたわ、カタエレリエラのカカオが素晴らしい味わいだと仰有ってくださって」

「新しく届いたカカオを、もう召し上がったのね。でも、本当にショコラ・タクトを超えるものなんてできるのかしら」


「絶対に作る、とセラフィエムス卿に宣言していらっしゃいました。ですが、認定品の称号などいらない、と仰有っていたわ」

「欲がないのねぇ」

「毎年採れるものに合わせて美味しく作ることこそ、価値がある……とも仰有っていましたわ。認定などされて、それができなくなることを嫌われたのではないかしら」


「フィオレナ、シュリィイーレに行くのはいつ頃になる?」

「協賛農園のカカオもそろそろ収穫が終わりますので、終わり次第伺う予定でございます」

「その頃だとまだ、新しいものはできていないかもしれないわね……でも、早いうちにご挨拶した方がいいわ」

「エッティーナ、あなたも行っていらっしゃい。貴族であるのなら、シュリィイーレは一度は行っておくべき場所よ」


「フィオレナ様とご一緒できますの? でしたら、是非!」

「嬉しいわ。ふたりでスズヤ卿にお礼を言いに参りましょう」

「はいっ!」


(それにしても、軽頭の言い分は腹立たしいったら……! 献上品にカカオを入れるの、止めちゃおうかしら)

(スズヤ卿はお兄様から聞いていた以上に面白い方だわ……その内、私も直接お会いしたいわね)



 ▶エルディエラの方々


「……あれほどの宝具を賜るとは……スズヤ卿のお作りになったものは、実に美しかったな」

「はい、父上。ですが、まさか陛下が菓子の方が良かったなどと言い出すとは……」

「セレディエの祝いだというのに、なぜご自分が受け取る気でいるのか全く意味が解らん!」


「それにしても、あの香炉に使われていた『蒼翠石そうすいせき』の輝きは見事でした」

「『新しい石』と仰有っていたが、確かに今まで全く見たことのないものだった」

「スズヤ卿は、キリエステス家門の花までご存知だったな」

「ああ、博識な方だとの噂はまことのようですね……そうですよね? マクレリウム卿」


「はい。とても教育に厳しい御家門だったご様子ですし、タクト殿自身も非常に厳格な方です。知識についても神典、神話のみならず法律にもお詳しい」

「ハーレステの件を聞いた時は驚いたが、あの家門は少々難のある者が多かったからな……」

「今となっては、あの程度で済んだことに感謝しております。罪を犯した者以外に対しては、寛容さもお持ちだ」

「……今回の陛下のやりようは……随分と酷かったな、久々に」


「まさかあの場で披露させるとは……まぁ、それに相応しい宝具ではあったが」

「その祝いの品にケチを付けられるとは、思ってもおらなんだ。あれほどセレディエのことを考えてくださった贈り物だというのに!」

「竹のように編んだと仰有った細工、今度実際の竹で作ってみましょう。きっと美しいですよ」


(スズヤ卿は何故なにゆえあんなにも、我が領地のことまでご存知であったのか……何かご興味を引くものでもあったか?)

(もう一度シュリィイーレに行ってみるか。……あの食堂の菓子は確かに旨かった。新しい『ショコラ』とやら、食べてみたい)



 ▶ロンデェエストの方々


 ばしんっ!

 ばんっ!


「母上、気が済みましたか?」

「ああも馬鹿にされて、なぜタクトは怒らぬのだ!」

「無駄だと解っていらっしゃるのよ。賢明な判断です」

「おまえも冷静すぎるぞ、アルリオラ!」

「あら、わたくしも怒っておりますよ? 皇家の予算を少なくしてやろうか、と思うくらいには」


「皇后殿下が我々の目もお気になさらずに、あそこまで陛下を叱り飛ばしたら……我々は何も言えないではないかっ!」

「ですからって、こっそり陛下に何かしたりなさらないでくださいませ、母上。やるなら、わたくしにちゃんとご相談ください」


「ロウェルテアの方々は過激ですねぇ」

「あれで怒らないスズヤ卿の方が不思議だと思うのは、僕も同じです、父上」

「そうだよなぁ! ヴァイダム! タクトには何ひとつ非がないというのに、なぜああも文句を言われねばならぬのだ!」

「献上品のカカオを受け取らないという判断は立派ですが、あのお方の性分ならばああなることくらいは……」


「何を仰有ってますの? タクト殿は、十八家門でもなんでもないのですよ? 陛下のことなんて知るはずがありませんわ。それに、まだ適正年齢でもないのに、どうして献上品のことまで考慮させなくてはいけないというの?」

「……そうでしたね……失念しておりましたよ。あまりに優秀な方のようなので」


(そうだ。スズヤ卿は、まだ成人したばかりなのだ……期待し過ぎてはいかんな)

(まさかあれ程、陛下がタクトに拘っておいでとは思わなかった。陛下をお諫めすることもできず、タクトを傷つけてしまった。我々のせいだ……!)



 ▶ウァラクの方々


「……叔父上の言っていらしたとおり、結構はっきりとした物言いの方でしたね」

「うむ、小気味よかったの」

「父上」

「陛下は昔からすぐに感情を口にされる。まだ懲りていらっしゃらなかったとは」

「今回のことも、ご自身がどれほどの者達に不快感を抱かせたかなど、考えてもいらっしゃらないでしょうね」

「あの方が『ご自分の中にない感情』に気付くことができるほど聡明であったなら……このようなことは起こるまいよ」


「驚きましたよ。まさか、他国のものに合わせろだなんてことを仰有るとは、思ってもいませんでした」

「余程ショコラ・タクトは美味であったのだろうな……今後は、皇宮で食べられるのか……」

「父上」


「ハウルエクセム卿、スズヤ卿の菓子を召し上がったことがおありなのか?」

「いいえ。でも噂ではかなり美味しいと……叔父が絶賛しておりましたからね」

「ほぅ、ハウルエクセム神司祭が……私も、食べてみたいものだな。陛下がセレディエ様への祝いの品に、文句を付けるほどなのだろう?」


「あれほどの香炉、見たことがなかったな……美しかった」

「新しい貴石と仰有っていたが、態々あの『神々の祝福の山』から掘り出されたようであったな」

「スズヤ卿は、スフィーリア様の時はいらしてくださるだろうか?」

「ううむ……今回陛下が怒らせてしまっておるからのぅ……もしかしたら辞退されるかもしれん」

「それじゃ、スフィーリアが可哀想ですよ!」


「私も、シュリィイーレに行ってみたいものだ。スズヤ卿とお話をしてみたい」

「今は駄目じゃ、シュツルス。スフィーリア様の御子がお生まれになるまでは」

「そんなこと言っていたら冬になってしまいますぞ、父上。冬は、あの町には入れません」

「駄目だ」


(スズヤ卿の事は、もう少し調べておくべきだな。叔父上にも聞いておこう)

(陛下があそこまで感情的になられるというのは、おそらく相当スズヤ卿を気に入ってらっしゃるということであろう。あの方は昔から、気に入った者に対しての距離感がおかしいからのぅ……)



 ▶マントリエルの方々


「吃驚しましたよ。まさかスズヤ卿があれ程の宝具をご用意なさっていたとは」

「タクトくんは、稀代の宝具師だ。当然だが……まさか、あの場に呼び出すとは思っておらなんだ」

「セインドルクス様はタクト殿のことにお詳しいようですが、タクト殿は陛下とご面識がおありなの?」

「陛下と皇后殿下が、タクトくんの仮婚約保証人だからの」


「まぁっ! ならばどうして、我らと同列に? 先に皇太子妃殿下にお会いして、お贈りになるものでございましょう? 皇族と同等なのですから!」

「そうね……仮とは言え、ご婚約の保証をなさっているのだもの……スズヤ卿を、皇家縁の一族と認められていらっしゃるということですわね」


「それで勝手に、気安く思うておられるのかもしれんが……タクトくんは、決して陛下に良い感情は持っておらんだろうな」

「父上も、そういうことにもう少し早く気付いててくだされば……」

「……」


「お母様、わたくしスズヤ卿にご挨拶に伺いたいわ」

「今は……まだ早いわ。もう少しお待ちなさい、リザリエ」

「わたくしも、式典前にお話ししておけば良かったわ」


「父上がスズヤ卿のお怒りをかったりしていなければ、僕だって話の輪に入れたのですがねぇ」

「……それを言うな。タクトくんは……結構キツイ子なのだ」

「それと、父上、暫くは領地から出ないでくださいね」

「な、何っ?」


「よからぬ噂がいろいろとあります。領地経営に、お力を注いでください」

「ラウレイエス、儂にはそういうことは向いておらんと……」

「適性など、後から付いて参ります! いいですか、これは、絶対、ですからね?」

「まさかおまえ、タクトくんに会いに行こうなどとは考えておらんだろうな」


「ドミナティア卿がシュリィイーレにいらっしゃるのなら、わたくしも行きたいです!」

「……行きませんよ」

「スズヤ卿にお会いになりませんの?」

「会ってはみたいですが、それ以上に会いたくない者がおりますから」


(まったく、あの町にあいつさえいなければ!)

(相変わらず、ドミナティアは問題の多いことだわ。わたくしだけでもこっそりスズヤ卿に会っておこうかしら?)



 ▶リバレーラの方々


「陛下には、困ったものだな」

「まったくですわ、母上。神聖魔法師に対して、物品を要求して呼び寄せた上に、気に入るものでないと文句を言うなど!」

「ルーエンスが怒っておるだろうな……魔法師に菓子を作って来いとは、呆れてものも言えぬ」


「わたくし、スズヤ卿がお怒りになるか、泣き出されるのではとハラハラ致しました……」

「ええ、そうね。まだ二十代の青年に、あのように酷い仕打ちをなさるなんて」

「祝いの品を強請っておいてその品を罵り、恥をかかせるおつもりであったのだろうか?」

「陛下はとても困った方ですけれど、そこまで底意地の悪い方ではございませんわ、次官殿」


「ではなんだというのだ? あのように貴族達の中で孤立させ、晒し者にして! 態々人前でカカオのことまで持ち出すなど」

「……アイネリリア様に、いろいろとお話しさせていただこうとは、思っておりますわ。あの方のお立場は理解しておりますが……このままでは、皇族方がまた煩くなります」

「皇后殿下にいくら進言したところで、あの『とんま様』が改善などするものか。どこぞに監禁でもして、徹底的に扱けばいいのだ!」

「誰が?」

「う……」


「しかし、スズヤ卿の切り返しはお見事でしたわ」

「ええ、少し胸がすきました。でも……ショコラ・タクトが失われてしまうのは残念です」

「ナルセーエラ卿は、召し上がったことが?」

「ええ。ファイラス殿が一度お持ちくださったことがありますわ」


「……あいつ、うちには届けずに……!」


(そういえば、ファイラスとルーエンスから頼まれた葡萄や大豆などは……どうなさるおつもりなのかしら? スズヤ卿は)

(それにしても、どうして陛下はそんなにスズヤ卿が……いえ、スズヤ卿のお作りになるものが気になる……のかしら? わたくし達も、もう少しスズヤ卿のことを知るべきですね)



 ▶コレイルの方々


「……私の……心のよりどころがひとつ……なくなってしまう」

「父上、きっとスズヤ卿は、ショコラ・タクト以上の菓子を作ってくださいますよ」

「ルーデライト卿、ショコラ・タクトはそれほどの味なのですか?」


「はいっ! それはもう、菓子の傑作と言えばショコラ・タクト以外あり得ない、と言うくらい! ……ですが、まさか、他国のカカオが混じっていたとは」

「衝撃的でした……」

「で、ですが父上、魔力不足の材料でさえ、あそこまで美味しくしてしまわれるのですから、カタエレリエラのカカオで新しく考案される菓子はさぞ……!」

「おおおっ! そうですね! そしてきっと、何代も続く最高級品に仕上げてくださることでしょう!」


「『伝統と言えるのは三、四代以上』……というのはなかなか厳しい裁定ですね」

「二千年未満のものなど大したものではない、と仰有るとは、驚かされました」

「早く食べたいですねぇ……! この夏の菓子も素晴らしいものばかりでしたが、やはり、カカオの菓子は最高ですから!」


「やれやれ、ルーデライトはスズヤ卿の菓子に心酔しておるな」

「あなたも召し上がれば、私の気持ちが理解できますよ、ベルージェ殿」


(カカオの件では我々の領地はただの通過点だ。なんとしてでもスズヤ卿に、我が領の物を売り込みたいところだな)

(シュリィイーレには、情報収集の者を常駐させておかなくてはいかんな。王都より、これからはシュリィイーレだ)



 ▶ルシェルスの方々


「困った方だわ……」

「ええ。こうなったらトリーシャには、子供などできない方がよろしいわね、お母様」

「そうね。巻き込まれるのは御免ですよ」


「あと二年ですもの。きっと、帰って来るわ」

「そうしたら、今度こそ幸せな結婚をさせてあげられる」

「……多分、トリーシャは結婚をしたがらないと思います……あの子は今の状況を楽しんでおりますし」

「それならそれでいいわ。あの子は、頭が良い子ですからね。あなたの助けになるだろうし、他領に行ったとしても良い人生を歩めるわ。あの皇宮などにいるより」


「リンディエンでは……皇家と距離を置かれると?」

「今の代は駄目だわ。もともとあの方は……いえ、これは別のことね。それでも、少しはまともになったかと思っていたけど、やはり頭の中はお花畑のままね」


「まったく、驚きました。まさか魔法師に菓子を持ってこいなどと。あの青年……スズヤ卿は、随分と耐えていらっしゃったな」

「お強い方でいらしたわね、スズヤ卿は。お茶会では随分と可愛らしい印象だったのに、結構……怖い方かもしれないわ」


「お可哀想でしたな。あれでは晒し者ですよ。僕だったら耐えられない」

「父上、何を気弱なことを」

「そう言うなよ、バトラム。僕は、ああいう緊張感が苦手なんだ」


「カカオの菓子も楽しみではあるが、珈琲の菓子の旨さには敵うまい! あれは芸術品と言えましょう」

「ああ、この間バトラムが買ってきた『カフェジェリ』でしたね! ええ、あれは素晴らしい菓子でしたわ!」

「確かに美味しかったねぇ! リエルトンが欲しいと言ってきた時はあんなものどうするのかと思いましたが、いや、まさかスズヤ卿に使っていただくためだったとは!」


「あの豆はきっと流行りますわ。カタエレリエラのカカオに負けないくらい。農園の整備を本格化しますよ、オフィア」

「ええ、計画はできておりますわ、母上」


「そうそう、今後、ルシェルスから『献上』は、一切しないわ」

「当然ですね、お母様」

「それは、僕も賛成ですね。ルシェルスは……暫く皇家に関わらない方がいいでしょうね」


(珊瑚のことといい、珈琲といい……スズヤ卿が、我が領地のものにお目を付けられたのだもの。ここは攻勢に出なくては)

(今代の皇王がどういう立場か知ってはいたが……予想以上に早まるかもしれない。なぜ、陛下がスズヤ卿にだけ、あのようなことをなさるのかは気になるが……スズヤ卿の皇家への対応が、今後を左右する可能性も出てきましたね)

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