第372話 祝賀の儀
そうこうしているうちに、準備が整ったらしい。
貴族と金証の者だけが入ることを許されているという『謁見の間』にて、『祝賀の儀』が行われるのだ。
近衛達ですら全員が金証なのだと、セラフィラント公が教えてくれた。
てことは、全員が血統魔法と聖魔法を持っているってことか。
……それで、こんなに数が少ないんだな。
こういうところだけは徹底しているのに、ちょっと外側になるとセキュリティが甘過ぎると思う。
あとで噴水のこと、ちゃんと伝えておかなくちゃ。
セラフィラントからは何を贈るんだろうと、こそっと教えてもらったら銀製と不銹鋼製の匙・突き匙を含む銀食器のセットと、
領地の北にある、ガストレーゼ山脈の山々のいくつかが銀山らしい。
王都との境、ニシェルス地区にある山でも銀がとれるから付近の町では銀細工が盛んだという。
……豊かなわけだよ、セラフィラント。
海も山も、資源の宝庫じゃねぇか。
魚介などの海産物かと思っていたが、エルディエラ領があまり魚を食べる文化ではないようだからこちらにしたと仰有っていた。
「銀の匙って、俺のいた所でも出産祝いに贈ると良いものっていう風習がありましたねぇ。確か幸運を掴む子供は銀の匙をくわえて生まれるとか、一番初めの食事を銀の匙で食べると、一生食に困らないとか……」
「ほう! そうなのだな! うん、うん!」
「玳瑁……亀も長寿吉祥の象徴ですもんね。それに悪運を退けるとか良縁をもたらすっていうし。やっぱり、セラフィラントにはいいものが沢山あるんだなぁ」
カルティオラのおふたかたが、にまぁーっと笑顔を浮かべるということは、かなり自慢の逸品なのだろう。
きっと他のご領地も、そういう品なんだろうな。
これは、見るのが楽しみだ。
まず、お祝いの品を奉ずるのは、皇太子妃殿下のご出身地エルディエラ領。
緑色の石を使って装飾された花器のセット。
基本的には皇太子妃のお住まいで使っていただいたり、飾っていただく物を贈るのでその加護色の品が、多いみたいだ。
お、翡翠かと思ったが、違うぞ。
『緑玉髄』と言われる物だ。
クリソプレーズってやつである。
そっか、エルディエラは断層が大きく走っているんだもんな。
蛇紋岩があるのなら、クリソプレーズの産出も納得である。
綺麗な緑色だなぁ……エメラルドのクロムとは違う、ニッケルでの緑は落ち着きというか優しさがある色だ。
ウァラクは目録。
大きいのかな? と示された方向を見ると、部屋のサイドから入場してきた巨大なパネル状の物。
うわーー!
めっちゃ凄いぞ!
ステンドグラスの絵画だ!
魔法を使ったとしても、一朝一夕にできる細工ではない。
凄く時間をかけて、準備していたんだろうなぁ。
なんて素晴らしい!
次はルシェルス。
この三領地が、皇太子のご婚約者達の領地なのだ。
おおっ、これも綺麗な緑色の珊瑚である。
珊瑚は紫外線を受けると、緑色に蛍光するというから賢神一位の天光と賢神二位の緑を表すのには最適である。
魔法でその色に留めているんだな。
しかも照明器具のようだ。
考えられているなぁ!
そしてセラフィラントからは、さっき見せてもらった品々。
食卓は思っていたより大きめで、目録でのお渡しだった。
……説明が、俺が言ったこととさほど変わらない。
こっちでもそういう伝承とか言い伝えとか、あるんだなぁ。
それでさっき『我が意を得たり』的にほくそ笑んでいたのか。
お次はマントリエル……セインさんとゼオレステ神司祭のご領地だ。
なんと艶やかで美しい木目の家具だろう!
アカマツだな。
マントリエルではかなりポピュラーな家具材だ。
文机と椅子のセットかぁ。
いいなぁ。
あんなの、欲しいなぁ
……俺の部屋じゃ狭すぎて入らないだろうけど。
それにしても、受け取る皇太子妃殿下も大変だよね。
全員にお声がけして、しかも違うことをお礼に言わなくちゃいけないなんてさ。
俺だったら『ありがとうございます。嬉しいです』くらいしか言えないだろうなぁ。
あ、ロンデェエスト公。
ここも目録だ。
やっぱり、家具系が多いんだよな。
ふぁーっ!
羊毛の絨毯か!
牧畜とウールを使った製品作りは、ロンデェエストの最も盛んな産業だもんな。
なんて綺麗な幾何学模様。
室内の湿度調整の魔法まで付与されているのか。
うん、過度な湿気も乾燥も大敵だもんな。
そしてリバレーラからは……金をあしらったティーセットだ!
うっひゃーー!
とんでもなくキラキラだなぁ。
リバレーラって金山があるんだよな。
皇国貨に使われる金の七割以上が、リバレーラ産出だって聞いたことがある。
陶器に使われている塗料にも、かなり金が含まれている。
この国で一番金銭的に潤っているのは、リバレーラかもしれない。
カタエレリエラからは、ドレッサーか!
……縁飾りが全部、真珠じゃないか……
銀も使われているな。
銀鉱脈もあるのか。
こちらの世界であれほどフラットで綺麗な鏡、初めてだな。
技術力も相当高いんだなぁ……
「シュリィイーレ、一等位輔祭・スズヤ卿」
へ?
突然、名前を呼ばれた。
……なんで?
セラフィラント公も次官殿も驚愕の表情だ。
隣にいるロンデェエスト公も驚きを隠せないみたいで、ロウェルテア卿に袖口を引っ張られている。
ビィクティアムさんが声を上げようとするのを、次官殿が止めて首を振る。
そうだ、陛下の許しがない式典の場で声を上げるわけにはいかないんだった。
「スズヤ卿」
もう一度名前を呼ばれた。
ここはきっと、俺が進み出なくては収まらないかもしれない。
収納してあった贈り物を取り出し、披露した方々のように皇太子妃殿下の前へと続く絨毯の上に乗る。
両サイドの十八家門の方々からも驚きと……若干の怒りも感じられる。
自分達大貴族と俺が同列ということを、侮辱されたと思っていても当然である。
ちらりと陛下の方を見ると身を乗り出して眺めている。
皇后殿下は……ちょっと申し訳なさそうな雰囲気だから、絶対に陛下の独断なのだろう。
反対してくれたものの、陛下が引かなかったってことかも。
そもそも陛下が見たかろうとどうだろうと、このお祝いは皇太子妃殿下のものであって、あのおっさんに見せる必要とかなくない?
我が侭親父め。
いくら陛下がそう言ったからってさ、普通はおかしいって思うよな。
どう考えたって、さっき見せられた品物と、俺からの品が同じに披露されるってのは変だもん。
各領地で数年かけて準備していたであろう『お祝いの品』ってさ、領主と次官のふたつの家門で用意した、最高の素材と技術で作った物なんだよね?
なんで領主でもなけりゃ次官でもなくて、ましてや結婚できる適正年齢にすら達していないような俺が作った物を同列に並べるの?
寧ろ、陛下がこんなことさせるなって言う立場なんじゃないの?
皇后殿下と臣下達だと、反対するにもしきれなかったってことか。
『お祝い』に反対するってのは、限度があるかもしれないしなぁ。
あまり強硬だと『輔祭に祝わせるな』って言ってると取られちゃうのかもしれない。
祝いの席に呼ばないって訳にはいかず、来たなら祝い品を持っているだろう……ってことで、それを披露させないのは、逆に俺に対する差別になるかもって考えなのか?
いかん、モヤる。
そして、さっさと歩き出さないとビィクティアムさんが今にも飛び出してきそうな勢いだ。
こうなったら覚悟を決めよう。
……ホント、お祝い品を用意してきてよかったな。
他の方々とは、比べものにならないかもしれないけど。
ゆっくりと歩きながら、呼吸を整える。
でも、緊張と行き場のない苛立ちは収まらない。
目の前の台の上に祝い品を乗せて、お祝いの言葉を。
緊張からかモヤモヤのせいか、出産祝い電報の定型文みたいなお祝いしか言えなかった。
まぁ……そうだよね。
知らない人だし。
この国の国母となる方かもしれないけど、俺はエルディ殿下とは……特に関係はないんだが、知らないって突っぱねるのも悪いか……くらいの関係なんだよな。
「まぁ……」
俺が箱から出して、香炉を目の前の台に置くとふと、皇太子妃殿下からの呟きが聞こえた。
「なんて、可愛らしい……!」
ちょっと驚いて顔を上げると、微笑んでくださっている。
……よかった。
気に入ってもらえたみたい。
少し気持ちがすっ、として肩から力が抜ける。
でも次に聞こえた陛下の呟きに、その場にいた全員が凍り付いた。
「なんじゃ、菓子を持ってくると思っとったのに」
……は?
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