第371話 サンルームにて
お茶会。
優雅にして煌びやかな、貴族達の集い。
その中に、場違いなちょっと綺麗なおべべを着たド庶民がひとり。
サンルームのように大きく窓の取られた広間に、いくつかのテーブルやソファなどが置かれている。
凄く高級で、お洒落なカフェみたいな雰囲気だ。
室内に入った途端、頭の中に工事現場で使われるような方向指示画面が出口を指し、『帰りたい』という文字が点滅しつつ流れるサイネージが表示される。
すすすすすーーっと壁際を滑るように移動して、一番目立ちそうにないポジションへと身を隠す。
ダメ。
あのシャイニー空間に、俺のメンタルが耐えられない。
礼装を身に纏った『本物の貴族』の方々というのは、こうも威圧感があるものなのかっ!
あのイスグロリエスト大綬章授章舞踏会にいた貴系傍流の方々よりはるかに煌めいているし、従者家系なんて比べものになりませんよ!
あの時は大貴族の方々は、俺の側にはいなかったもんなー。
いや、キラキラし過ぎてて俺が『人である』と認識せず、美術品とでも思っていたのかもしれない……
なんだろう、俺とは生命体としての共通点が、微塵も感じられないような方々ですけどっ?
「……何をしている。そんな所で」
「だって、世界が違い過ぎて怖いですよぅ」
ビィクティアムさんが呆れかえろうと、こればっかりは仕方ないじゃないですか。
「ビィクティアム、ちゃんと紹介してくれんか?」
「ああ、そうでしたね。タクト、俺の父、セラフィエムス・ダルトエクセムだ」
おお……セラフィラント公。
ビィクティアムさんの式典の時に見た人だ。
やっぱ、似てる。
「は、はじめ、まして。スズヤ・タクト、です」
うおーっ!
緊張してめちゃくちゃ片言じゃねーかぁ!
ビィクティアムさんが笑ってるけど、笑い事じゃないですよぅ!
「この指輪印章、儂の自慢じゃよ」
そう言って、にかっと笑うセラフィラント公。
俺の緊張を
ちょっとだけ、肩の力が抜けた。
自分を良く見せようなんて思うから、緊張するんだ。
「ありがとうございます。あの見事な紅縞瑪瑙は感動しました。あ、甜瓜と牛肉もありがとうございました! どちらも、もの凄く美味しかったです」
「それは良かった! 我が領地のものを沢山使ってくれた菓子や料理は、儂も楽しみなのだよ」
どうやらビィクティアムさんは乾酪だけでなく、保存食や他のスイーツも持って行っているようだ。
まぁ、うちで作っているものは、ほぼセラフィラントからのものでできていますからね。
ご領主様に召し上がっていただけるのは、光栄ですよ。
「セラフィラントのものは何もかも美味しくて、最高の食材ばかりですから作ってて楽しいです」
またビィクティアムさんに、ぐりぐりと頭を撫でられた。
セラフィラント公が、ちょっと吃驚した顔をしているが……
ん?
俺の背後に……誰かいる?
壁を背にしていたと思ったのに、いつの間にか陽の当たる所に出て来ちゃっているじゃないか!
なんと巧みな誘導……
「私も紹介してくれないか? ビィクティアム」
「これは、失礼致しました。タクト、こちらはロンデェエスト公ロウェルテア・アデレイラ様だ。ロンデェエスト公、スズヤ卿、タクト殿です」
おお……俺より背が高い、美丈夫な女性領主様……
ロンデェエスト公ということは、ビィクティアムさんにとっては義理の母君ということか。
「はじめま……うぷっ」
「んーっ! かっわいいなぁ! 小さい頃のビィクティアムに似ているぞ!」
こっ、子供扱いハグっ!
この手の攻撃は久し振り過ぎて、防御態勢が取れなかったっ!
「やめんか、アデレイラ。タクトが困っておろう」
「ああ、すまない。あんまり可愛いのでなぁ。確か二十七だったな? タクト殿は」
「い、いえ、先日二十八に、なりました……」
やっと放してもらったが、俺の髪とかずっと触ってる……照れるので止めて欲しいです……
「おや、そうだったのか。これは失礼したね。誕生日はいつだったのかな?」
近所のおばさんが、小学生の子に聞くみたいな言い方だなぁ。
でも年齢差的に、そういう雰囲気なのかも。
「朔月の十七日です」
「なんだ、誕生日までビィクティアムと一緒じゃないか!」
「ええっ? そうなんですかっ! なんで言ってくださらないんですか、ビィクティアムさんっ」
「すまん、いつも忘れてて」
もーーっ!
言ってくれたら、毎年一緒にお祝いできたのにぃーっ!
俺、誕プレもらっちゃってるのに、なんだか無視しちゃったみたいで気分悪いじゃん。
「なんか、俺ばっかり贈り物もらってて居心地悪いです」
「何を言ってるんだ、いつもいろいろと手助けしてくれているだろうが」
「でも、俺もなんか……あ、そーだ。ちょっと待っててくださいね」
一番端っこのテーブルを借りて、作っちゃおうっと。
えーと、青い石、あったよな。
『
「タクト殿、それ……どこから?」
ロンデェエスト公は【収納魔法】に馴染みがないんだろう。
説明したらそんな魔法まであるのか、と驚いていた。
お貴族様じゃあ【収納魔法】の出し入れなんて見る機会もないから、珍しいんだろうなぁ、やっぱり。
あんまり硬度の高い石じゃないから、カットした後はきちんと強化して金細工。
作ったのは、袖釦の釦カバー。
折り返して刺繍を見せる袖口の布がずれないように留めているボタンがあり、それを隠すような飾り釦である。
ちょっと腕を上げたりすると、止めている小さな貝釦がちらりと見えてしまうことがある。
そこにカバーを付ければ、見えたとしても『隠れたオシャレ』的になる。
あまり仰々しくない色の天青石なら、こういうちょっとした所に着けているのはいいんじゃないかと思うのだ。
「ほう、こんな所に気を遣う装飾品か……うむ、これはいいな」
「確かに綺麗だ! あの釦はたまに気になっていたから、これならば……」
「簡単なもので申し訳ないですけど、この石はセラフィエムスに相応しいと思うので」
『天青石』は『空色』の石である。
硝子質とも真珠質とも言える輝きは、空の青を写した海の青にも見えるし俺の持っていたのは透明度も高い。
そしてこの石は、硫酸ストロンチウムなので炎色反応が赤なのだ。
「セラフィエムスの血統魔法に【焔熱魔法】もあったでしょう? 隠された炎というのも美しいかな、と」
「……おまえの作るものは……いつもいつも驚かされる。ありがとう。大切にするよ」
「お誕生日おめでとうございます」
飽きちゃったら、いつでもリフォームを承りますのでね。
そうだ。
プレゼントと言えば……今、渡しても邪魔にならないかな?
あ、でも対外的に発表になっていないかもしれないから、ここでは渡さない方がいいかも。
シュリィイーレに戻ってからでいいか。
ご婚約者様のご懐妊祝いは。
移動の方陣鋼は……ここで渡すものじゃないか。
あとにしよう。
雄黄も、誰が信用できるか俺には解らないから、セラフィラントの方々だけに渡す方がいいよな。
うん、全部お祝いが終わってから、だな。
皆さんはお祝いの品をどのタイミングで渡すのかと聞いたら、謁見の間で順番に呼ばれて皇太子妃殿下に直接渡すらしい。
そして渡す時に『献上品の意味』なども説明しなくてはいけないそうだ。
想像通り、なかなか面倒くさい行事である。
九つの領地にはそれぞれ英傑の家門である領主と、扶翼の家門である次官がいる。
贈り物は領地単位で、領主と次官から……という形式である。
まさか、俺もか? と思って緊張していたら、ビィクティアムさんに大丈夫だよと、また頭をぽんぽんとされた。
「その場で皇太子妃殿下にお渡しするのは、十八家門だけだ。その謁見の後に、タクト殿からの祝い品は、我らから直接皇太子妃殿下にお渡しする」
おお、よかった。
セラフィラント公がそう言ってくださって、緊張が解れましたよ。
そんなところに呼び出されたら、どーしていいかパニックになるところだったぜ。
だが、謁見の間にはセラフィラントの方々と一緒に入らせてもらえるので、皆さんからのお祝い品を見ることができそうだ。
それは楽しみ。
ふわり、と紅茶の香りが漂ってきた、
テーブルに着くと……俺の隣に陣取ったロンデェエスト公のその隣に……同じ赤っぽい金髪のお姉様がいらっしゃった。
きっとこの方が、ロウェルテア卿だろう。
「おや、アルリオラ。遅かったじゃないか」
「申し訳ございません、仕事が少々。はじめまして、スズヤ卿。ロウェルテア・アルリオラです」
「はじめまして……」
マリティエラさんと同じような髪色だけど、全然違うタイプの美人だ……
女系の御家門っていうのは、華やかでいいなぁ。
「タクト、見過ぎだ」
「あ、申し訳ありません……」
ビィクティアムさんに小突かれてしまった。
おふたかたは……笑顔なので、怒ってはいない……かな?
入れられた紅茶は、秋摘みのローズオータムナルみたいで美味しい。
渋みが少なくて、とても上品な香りがする。
一口飲んで、やっと周りを見渡す余裕が出て来た。
あ、あの一番端にいるのはセインさんだ。
隣のちょっと神経質そうな雰囲気で、ライリクスさんに似ている人がドミナティア卿だろう。
神司祭で当主はドミナティア家門だけだったから、その他のご当主は知らない人ばかり。
マクレリウム卿の姿も見える。
隣にいらっしゃるご機嫌な『武人』って感じの方が、父君のエルディエラ次官だろう。
その後、ビィクティアムさんやセラフィラント公に話しかける振りをしつつ、皆さん、側にいる俺を値踏みしているようであった。
直接声をかけてきたセラフィラント次官・カルティオラ家門のご当主は、いきなり俺の手を取り滅茶苦茶ニコニコしている。
ご当主はカルティオラ神司祭の弟君で、顔と声はそっくりで明るくってよく喋る方だけど……セラフィエムスの方々に通ずる『圧』のある方だ。
カルティオラ卿からも感じるこの強さ、セラフィラントの人の気質なのかもしれないなぁ。
デートリルスが家門の土地なので、亀甲を使ったセラフィラントロゴや港印章をもの凄く気に入ってくださっているようだ。
もうひとりお声がけくださったルシェルス領の領主・リンディエン神司祭の姉上様は落ち着いた雰囲気の……老舗旅館の女将みたいな方だ。
ふくよかで優しい雰囲気は娘さんであるリンディエン卿ともの凄く良く似ているが、おふたりとも背筋がピン、と伸びていて凛々しい感じだ。
俺が食堂で、珈琲を使った菓子や飲料を出していることをご存知だった。
ルシェルスからの来訪者など、シュリィイーレではほぼいないというのに……情報収集力の高さは、流石である。
きっと他のご領地の方々も、いろいろ知っていらっしゃるのだろうな。
そっか、衛兵隊や神官の方々はいろいろな領地から来ている。
うちの情報はきっと、彼らから伝わっているのだろう。
なんだか有名人がいっぱいですごーーい! なんて、ミーハーな思考になってきているのは……多分、現実逃避に違いない。
早く帰りたいよーーーーぅ!
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