第369話 新しいカカオ
さてさて、目当ての石を掘り出してお家に戻ってきましたら、早速加工でございます。
先ずは内包物を綺麗に取り出し、穴や割れをなくしていく。
おお、これだけでかなり綺麗だ。
透明度も高くて、申し分のない『宝石』である。
色味は『
光の分散度が高いのか、もの凄く煌めく石だ。
メタリックな輝きがクールビューティって雰囲気で、中二病がうずく感じの格好いい石だな。
まずは香炉の本体を、うすーい色の青磁っぽく仕上げて作った。
珪酸鉄を着色に使ったので、透明感のある青緑になった。
グランディディエライトは、インクの色と【文字魔法】で柔らかくして細い棒状に何本か作り、竹籠を編むように粗い六つ目編みをしていく。
石を掘ったり削ったりするのもいいのだが、魔法だからこその作り方ってのも面白いと思ったのだ。
宝石を『編む』なんて、魔法以外じゃできないもんなぁ。
そして下の方に翠っぽい輝きを、上にいくにしたがって青っぽくなるように結晶の角度を魔法で調整しながら編んでいき、香炉本体に纏わせる。
香炉はあまり角張っていない正七角形の底から、両手にすっぽりと収まる曲線が伸びた壺状。
正七角形は、黄魔法を発動させる方陣の形である。
この香炉に使う『熱』を【雷光魔法】で組み立てるからだ。
火を使わずに、香木を温めて香りを醸すように。
だから、器の中に入っているのは『雷光の方陣鋼』で、光ではなく熱を出す指示がされている。
でも、暗い部屋で焚いているときは、ほんのり青く光るのだ。
蓋を開けたり、乗せている香木から香りがなくなると、自動的に魔法も終了。
一点集中型の熱なので、他はどこを触っても熱くはない。
蓋が閉まっていれば、熱源には全く触れない安心設計である。
そして、蓋の口は正五角形。
これは正七角形と正五角形が重なると、緑系の魔法を支える形になるからである。
香木や煉香の材料は全て植物だから、緑系の加護があると香木の保ちがよくなるのだ。
蓋はグランディディエライトを成形し、透かし彫りにしたもの。
本体との統一感を持たせる粗めの六つ目編みの模様だが、何カ所かにキリエステス家門の花・睡蓮をあしらったレリーフを入れた。
こちらの睡蓮は見たことがないが、貴族名鑑に載っていた図柄ではあちらのものとさほど違いがなかったので、多分大丈夫だと思う。
そのせいで……ちょっと仏具っぽくなっちゃったのは……許して欲しい。
でもかなり綺麗に、機能的にも魔法的にも問題なくできたと思うんだよね。
香りは
お好みに合わなかったら……ごめんなさい、くらいの感じで沢山はないのだが。
まぁ、香木やらは王都ならいくらでも手に入るだろう。
焚いていない時に働く空気清浄機的な機能も、付けておこうかな。
小さい子がいるなら、必要だよね。
一応取説も書いておこう。
アフターサービスに気軽に伺えるわけでもないし。
よし、でーきあーがりっと。
あ、化粧箱も作らなきゃ。
そして、翌日からはいつものように、市場で大量に食材の買いつけ再開。
前回と同じ場所で山葵を売りに来ていた、カシェイルさんと再会した。
サンリエーロさんは去年の帰り道でうちの保存食を食べてくれて、とても後悔したらしい。
旨かった、と思ってくれたようだ。
だが、性格がそうそう変わることもなく、相変わらずお嫁さんの実家とよく喧嘩になっているそうで今年はカシェイルさんだけが行商に来ているのだとか。
当然、今年も山葵とカリフラワーを沢山買った。
カシェイルさんが山葵を使ったポテサラの保存食を買ってくれたらしいので、多分サンリエーロさんの本当のジャッジは来年だろう。
まぁ、どうであれ俺には関係ないが。
そしてビィクティアムさんから頼まれていた移動方陣鋼セットもできた。
今回は、大人数用の試作版。
目標鋼に十人ほど登録できるし、名札方式で使える人を変えることもできる。
港印章みたいにしてみたのだ。
これなら、セラフィラントで目標鋼の【集約魔法】プレートを預かって活用してもらえるし、俺の手間もない。
移動鋼も勿論、名札挿入タイプ。
名札を入れ替えると魔力がリセットされるから、魔力登録も簡単というものだ。
このやり方が上手くいったら、かなり機動力が上がると思う。
市場から夏野菜が姿を消し、根菜類が増えてきて木の実や茸が店頭に並び始めた頃、小麦と大豆と魚介がセラフィラントから、大豆と葡萄、浅蜊や蜆、蛤がリバレーラから届いた。
すぐに全ては下ごしらえできないので、取り敢えずは劣化防止の魔法をかけてある地下倉庫で保管。
その日の午後にはエイリーコさんとリテアさん、そして次男のテニーノくんがカカオを持ってやってきた!
やったーっ!
予想を上回る収穫量と、キラキラのカカオがたんまり!
「うんっ! すっごくいいですね! これなら、いいショコラになりそうです」
「本当デスノ?」
「ええ。そうだ、ちょっとだけ作ってみましょうか。少しだけなら魔法ですぐに加工できますから」
ご夫婦もテニーノくんも不安そうだから、食べてもらうのが一番だよね。
カカオポッドからの取り出しは、既に前回で自動化してあるので簡単だし、カカオ豆からのショコラ作りもほぼ自動化でできあがる。
だが、いままで一番最初にショコラ・タクトを作ったときのカカオの味になるように調整していた魔法は使わない。
『エイリーコ農園のカカオ』の味で、これからのショコラを作っていくからだ。
さあ、どんなカカオなんだろう……と、香りと味を確かめる。
おや?
去年陛下から送られてきたカカオとは、随分と違うぞ?
「エイリーコさん、カカオの苗はミューラから持ってきたものなんですか?」
俺が尋ねると、ご夫婦は大きく頷いてミューラの南側のものだ、と教えてくれた。
この国に来る時に、一緒に持ってきたものをずっと育てているのだという。
今までの輸入品はディルムトリエンの北西側のものだったはずだし、カタエレリエラの他の農園のもミューラの西側から集めたと言ってたから、それらとは全然違う品種なのだろう。
ハーブとか香辛料みたいな風味を感じさせるし、乳製品みたいなコクも感じられて今までのものより格段に旨味が強い。
ナッツペーストのような、まろやかさもある。
何より、酸味が少ないのが凄く使いやすい。
そして香りがとても上品だ……これは、マジで大当たりではないだろうか!
きび砂糖で甘みを足し、テンパリングをして艶を出し、今回は魔法で成形して固める。
ちょっと青みが強くなってしまったが、ちゃんと紫のキラキラが残っているし、なんと黄色に近い橙色まで出ている。
絶対に美味しい!
三人に、目の前で作り上げたショコラを食べてもらう。
「どうです? 美味しいでしょ」
「はい……すっごく、旨いですっ!」
「……う、嬉しイ、デス。こんなに、美味しいカカオ、作れたの、初めてデ、凄く……」
おっと、リテアさんが泣きそうだ。
エイリーコさんが、ありがとう、ありがとう、と何度も俺の手を握り、呟く。
「お礼を言いたいのは、こちらの方ですよ。次の収穫も楽しみにしていますからね!」
テニーノくんの元気な『はいっ!』のお返事に、俺も絶対に美味しいスイーツにしなくちゃなって決意を新たにした。
秋の収穫はもう一度あるので、次に来るのは十日後くらいということだ。
春に来るものは、また少し風味が違うだろう。
楽しみでしかない。
……これは、やはり『ショコラ・タクト改』にならざるを得まい。
カカオの味が違いすぎる。
いや、いっそのこと全く違うチョコレートケーキを作ろうか。
ふっふっふっ、なんだかわくわくしてきた。
今度はどんなケーキにしよう。
だが、俺の心の昂ぶりも、エイリーコさん達が帰って陽が沈んだ途端にしょぼしょぼになってしまった。
……だって、明日は王都に行かなくちゃいけないのだ。
ああ、気が重い。
早く済ませて、心ゆくまで食材を愛でたい……
母さんの誕生日もすぐだし、父さんの誕生日と秋祭りの準備もしたいっていうこの時期に本当は一日だって、どこにも行きたくない。
はぁ……
翌朝、早朝には支度を済ませて教会の方陣門前へと出向いた。
もうここまで来て、グズグズ言っているのはあまりに情けない。
嫌なことだからこそ、兎に角早く、完璧に、誰からも文句言われないように終わらせてしまう方がいいのだ。
そうすれば、二度と煩わされずに済む! はずだ。
王都に前日入りしているビィクティアムさんが迎えに来てくれたのは、俺が教会に着いてすぐだった。
「すまんな。こんなに早くしか、時間がとれなくて」
やはり、皆様にはそれなりに準備があるのだろう。
お気になさらず……もう覚悟は決めましたから!
そして、越領門で教会に行ってからすぐに皇宮の待合に移動。
今回はちゃんとおうちで朝ご飯を食べてきたから、王都の朝食を食べずに済むと思ったのだが式典前のお茶会とやらには付き合わねばならぬようだ。
……面子がさー……十八家門のご当主とか、嫡子の方々な訳ですよ……
泣きそうですよ?
こんなの庶民としてしか生きてきていない俺には、あまりにも酷でしょ?
お茶会までは、まだだいぶ時間がある。
ビィクティアムさんが中庭でも散歩しててくれと言うので、心を落ち着けるためにそうさせてもらった。
が……神々の像を前にしても、全然落ち着きませんよ。
はぁ……
溜息ばっかり出るなぁ……
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