第368話 お祝い品

 マリティエラさんご懐妊のお祝いに何か作ってあげようと考えていたのだが、きっとビィクティアムさんからも何か贈るだろうと思ったので被らないためにリサーチすることにした。

 俺の誕生日の三日後にシュリィイーレに戻ったビィクティアムさんに、お夕食デリバリーのついでに聞いてみた。


「慣例……とか、あるんですか?」

「ああ。第一子懐妊の祝いには、女性にだけ出産の無事を祈る『護り飾り』と言われる髪飾りを贈る。誕生の時は、両親の加護神にちなんだものであれば、装飾品以外なんでも良いんだかな」


 そーか。

 安産祈願的なお守りなのだな。

 ふぅむ……

 そして、俺が考え込んでいるときに夕食の照り焼きチキンを食べながら、衝撃事実が発表された。


「ええええーっ! ビィクティアムさんのところも、ですかっ?」

「ああ」

 うっわー、めっちゃにっこにこだよ。

 そういえば最近は、もの凄く頻繁にご領地に戻っていたもんねぇ……


 本当に心の底から嬉しそうなビィクティアムさんを見てて、ちょっと感動してしまった。

 良かったな。

 魔力差が大きいと子供ができにくいって話を聞いていたから、何年かはかかるんじゃないかと思っていたけど。

 これで、大好きな人と絶対に別れずに済むんだなって思ったら、俺までもの凄く嬉しくなった。


 よぅっし!

 お二方のために心を込めて、最高の安産祈願髪飾りを進呈しよう!


 そしてお次は、ご依頼品の一括納品。

 まずは、騎士位試験研修生用とセラフィラント海衛隊分の撮影転送機と、録画再生機を数セット。


 試験用は『生活態度』も採点されるというから、監視カメラ的に使えるのだ。

 転送距離は試験研修生用宿舎の食堂からとか、訓練場の廊下とかから、教務室と東門詰め所でも見られるようにかなり伸ばしてある。


 海衛隊用は長時間録画対応で、転送距離は試験用より更に長距離である。

 海側から陸を撮影したり、港で見るために遠くの海などの様子を撮影するのがメインだというから何かあっても途切れないように魔力供給は魔効素変換もセット。

 内緒だが。


 どちらも『魔法を書き込んだ指示板』に魔力を入れてもらえれば、撮影機にも映写機にも魔力が入るようにしてある。


 閃光仗も、シュリィイーレ隊だけでなくセラフィラントの海衛隊分も頼まれていたのでがっつり納品した。


 ちょっと、溜息を漏らすビィクティアムさん。

「……助かるが、また無理したんじゃないのか? 納期、かかるって言っていただろう?」

「やり始めたら、意外と早く終わってしまって」


 いつまでも引っ張ると、宿題残っているみたいで嫌だったんだもん。

 それに閃光仗、魔魚用にちょっとだけ強めの【極光彩虹】にしたんだよね。

 早く試して欲しくてさー。

 どうぞ、有効活用してください。


 そして、移動&目標の方陣鋼をセラフィラントでも使いたいという新規オーダー。

 絶対に便利だもんな、衛兵隊の警備には。


「これは、海の上でも使えるのか?」

「目標方陣鋼が地上とか、動いていない場所にあるなら大丈夫ですけど……海上で使うんですか?」

「海衛隊で海上警備の時に、落水者がすぐに船に戻れたら……と思ってな」


 なるほど。

 目標鋼が船上ってことか……多分、船が走っていなければ大丈夫だ。

 移動中だと距離が変わるから、空間が繋がらないだろう。


 将来的には船に乗る人達全員が移動鋼を持っていて、何かあったらすぐに港に帰れる……ってのができたら、海難事故も減らせそうだよな。

 ……遠洋漁業だったら、すっげー魔力が要りそうだけど。



 なぜかもう一度、小さい溜息漏らすビィクティアムさん。

 今度はなんだ?

「でな、多分もうすぐ、教会からも連絡があると思うが……」

 と、多少言いづらそうに切り出されたビィクティアムさんの口から、今度は反対方向へ感情が振り切る爆弾発言がもたらされた。


 だいたい半月後……来月、五日の殿下の第一子誕生祝いに出席しなくてはいけないだとぉっ?

 そうかっ、それを見越しての礼服一式だったのか!


「……それって……絶対?」

「ああ。ほぼ、強制だ。なにせ、陛下がタクトも呼べと仰せで譲らぬ」

「日帰り……できます?」

「交渉次第では、可能だろう」


 くっ……可能なのかっ!

 それじゃ、断る口実がないじゃないかっ!


「踊りたくないし、食事も家で食べたいです……」

「式典だけの出席というのも……なんとかなるだろう」


 うおーーーっ!

 もう逃げ場がないっ!


「解りました……すっごく、すっごく、ものすごーーーーく嫌ですけど、善処致します……」

「行き帰りは俺が必ず付いててやるから、越領方陣で移動できる」

「……はい」


 テンションだだ下がり。

 でも、日帰りだし、最悪お昼ごはん食べるくらいで済むし、俺があの絨毯ロード歩く訳じゃないから。

 おめでとうって言いに行くだけだから!


 しかし、そーすると、殿下と皇太子妃殿下にちなんだ贈り物を用意しなくてはいけないのか。

 どんなものが贈られるんだろう?


「多いのは、特産品や領地独自のもので作られた宝具とかだ。装飾品以外ならなんでもいいと思うが……別に、おまえは用意する必要はないぞ?」

「でも陛下が『祝いに来い』って言うなら、同じように祝いの品をもってこいって意味でしょう? 今までシュリィイーレからは、どなたが行ってたんですか?」

「いいや、シュリィイーレ在籍の『嫡子』や『輔祭』などいなかったからな。おまえが初めてだ」

 ああああーっ!

 参考にすべき前例もないのかーーーっ!




 家に戻り、安産祈願お守りはすぐに思いついて作り上げられたのだが、出産祝いの方が全く思いつかなくて悩んでいた。

 聞けば、セラフィラントでは各港での水揚げ品、ロンデェエストでは牧畜で育てた極上の肉類などが今までは多かったそうだ。

 そういう自然の恵みの少ないエルディエラやマントリエルでは、工芸品や高級な木材を使った家具など高い技術力を誇る逸品が贈られる。


 個人レベルなのでそこと張り合う気はないが、差し上げるからには皇太子妃殿下に喜んでもらえたらいいな……とは、思うのだ。


 シュリィイーレだと……お生まれになったのは男児だし、錆山産の素材を使った武器や防具……となるのだろうが、俺は絶対にそんなものは作りたくない。

 幸い、宝石は唸るほど産出されている。

 あとは何を作るか、である。


 皇太子妃専用宮での生活で、広いであろうが庭以外に外出することが全くできない『皇太子妃』という立場。

 室内環境を充実させることで穏やかに、ゆったりとした日々をお過ごしいただくためのアイテム……


 蓄音器のような物が一番いいのだが、きっともう数台はお持ちだろう。

 なんせ、皇后殿下がお気に入りなのだから、婚約者様達にお渡ししていない方がおかしい。


 別のクラシック曲の音源水晶?

 いや、俺の作曲だと思われたり、またしても公式曲とかにされちゃうのは困る。

 あちらの音楽は止めておこう。


 だとしたら、音楽ではない別のアプローチ。

 ……映像系は、コンテンツが提供できないから無理。

 あっちの世界の貴族や王族って色恋沙汰がメインだったから、それに絡む贈り物で装飾品が多い。

 はっきり言って、まったく参考にならない。

 こちらでは基本的に出産祝いに限らず、家族以外の既婚異性に対して装飾品を贈るというのはタブーのようなのだ。

 例外が『安産祈願の髪飾り』だけなのである。


 うーむ……


 むしろ参考にすべきは、カルチャースクールにいたちょっとお金持ちの奥様方ではないだろうか。

 お出掛けできない時に、家で楽しんでいたことの話……結構マウント合戦の様相で聞かされたことがあったような。

 刺繍、パッチワークなどの作成系の趣味の他に、お花とかお茶とか……あとは……

 そういえば京都出身の人と結婚したっていうおじさんが、奥さんのご両親に言われて全く理解できないとか頭を抱えてた雅なご趣味があったよなぁ。


 あっ『聞香もんこう』だ!

 香木や煉香ねりこうを使って、香りを『聞く』ってやつ。


 定義は俺もさっぱり解らんが、空間に香りを漂わせる『空薫』ってのもあったから室内で楽しむにはいいかもしれない。

 そうそう、香炉があったよな!

 あれを参考にして、おふたりにゆかりのありそうな宝石をあしらったものを作ろうか。


 香り系は好きじゃないって人もいるだろうから、香炉として焚かなくても置いていて可愛いとか綺麗なものにした方がいいよな。

 カルチャースクールでは、受付に置いてあったものに『臭い』って怒り出すおば様もいたからなぁ。

 芳香剤じゃなくて消臭剤だったんだけど……


 この町は傍流貴族の方々が多いから、もしかしたらそういう道具を売っている店もあるかもしれない。

 ちょっと探してみよう。

 流行とか、決まり事とか解っていた方がいいよな。

 アロマテラピーの本も買ってみるか。



 翌日、東の大市場にいってリサーチ。

 ホント、俺って今まで食品の所だけしか回っていなかったんだな、と思い知らされた。

 結構ありましたよ、香水とか香木とか扱っているお店が。

 そこでいろいろと『お約束事』を聞いてきた。


 まず、既婚者や婚約者のいる女性に贈る場合、動物系の香りは厳禁。

 花か木の香りがベストだそうだ。


 そして、目上の方や身分が上の方に贈るときは、贈り物そのものに文字を書くのもダメらしい。

 格下から直接、言葉をかけるって意味になっちゃうのだそうだ。

 危なかった。

 うっかり、お祝いメッセージなんか入れちゃっていたら、大変失礼にあたるところであった。


 香炉・香木店の店主さん、絶対に傍流貴族の方が趣味でやっているよなって風情だ。

「そうね、お子さんが小さいのなら安全であることも大切だし、香りもあまり長時間残らないものが宜しいですよ」

 なるほど、なるほど。

 焚いてる時だけ薫るように、そして子供が触ったとしても安全なように……か。

 お勧めの香りを何点か購入して、香炉もいろいろと見せてもらった。


 お店によってターゲットが違うのか、高齢の方のやっている店は陶器製が多く、若い方の店は金属製も多かった。

 人気の形は楕円のものらしいが、どれも灰を入れる所のデザインにはたいした違いがない。

『火炎魔法の方陣』か、火系の魔法が付与された香炉に魔石を埋め込んで使うみたいだ。

 俺が持っている迷宮品に似ている形は全然なかったが……今売っているものより、あの種入り琥珀が付いていたまぁるい香炉の方が綺麗で可愛い形だよなぁ。


 うん、だいたいのデザインが決まってきたぞ。

 あとは素材をどうするか。

 そして『貴族名鑑』で皇太子妃殿下の家門情報をチェック。

 キリエステス家門は、賢神二位だ。

 加護色は緑、そして殿下は青。


 今持っている青系はどっちかというと『藍色』っぽいものとか『青灰色』で、殿下にはいいけど皇太子妃殿下向きじゃない。

 いい色合いの石を、錆山に捜しに行こうかな。




「いつも行ってねぇ所……か?」

「うん、青とか緑の石を捜しているんだ。できれば青緑ってのが、一番いいんだけど」


 翌々日、錆山に行く前に父さんとデルフィーさんに相談して、目当ての石がありそうな場所を重点的に回ってもらうことにした。

 鉄と銅は割とどこでも採れるから、と、デルフィーさんが案内してくれたのはルビーの採掘が多い『紅の部屋』の更に奥。

 そして、もう少し西に掘り進めた辺りだった。


 少し、地層が違う。

 鉄も多いが、アルミがとにかく、多そうだ。

 そしてマンガンと……ホウ素。


「ここら辺でたまにだが、もの凄く光る青緑の石が採れる。あまり大きくはねぇし、混ざりもんも多い。最近見つかったばかりだから今まで加工された物が出回ったことはねぇが、めちゃくちゃ綺麗なんだよ」

 そういってデルフィーさんが教えてくれたポイントで採掘を進めると、確かに小さい青い欠片がいくつか見えた。


 鑑定してみると、アルミが圧倒的だが鉄とマンガンが半々……いや、微妙にマンガンが多いか?

 言われた通り内包物インクルージョンも多いし、圧力による亀裂クラックも見られる。

 宝石としての価値は低いかもしれないが、確かに綺麗だ。


 これ……前にホウ素とか調べた時に出て来た石……えーと……確か『グランディディエライト』って石かな。

 鉄が多いと、青みが強くなるって書いてあった。

 でも、マンガンより鉄の含有が多いと、石の名前が変わるんだよな。

 ラズライトに似た色で、硬度がエメラルド並み……うん、当て嵌まる。

 よし、こいつを指定して【探知魔法サーチ】をかけて視てみよう。


 おおー!

 あるある。

 細かいものはかなり沢山……あ、でっかいの、発見!


「見つけたのか?」

「タクトの鑑定は、結構深くまで見えるようになったんだなぁ」

「随分慣れたからね、鑑定系の魔法も魔眼も」


『鑑定』じゃなくて、既に『看破』だしね!

 壁の腰くらいの高さを少しだけ斜め下へと掘り進めること、三メートルくらい。

 魔法がなかったら、とてもじゃないが掘り出すことが不可能な場所から目当ての塊を取り出す。

 内包物も割れもあるが、そんなものは魔法で削除や修復が可能だ。


「ほぉーー! こりゃデカイ! この石でこの大きさなんて初めてだぞ、きっと」

「この近辺にはまだありそうだよ、この石」

「ちょっと掘っていくか。人気になりそうな石だから、採っておいた方がいいかもな」


 そうだね。

 人気に……なるかも。

 だって皇太子妃殿下への贈り物に使うんだからさ。


 あ、でも発表にはならないのかな?

 お祝い品の素材は。

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