第九章 ポンコツ達のバラード
第367話 めでためでたや
真珠ができあがっていたり、教官養成講座とかですっかり忘れていたあの琥珀。
ふたつに割れてしまっているが何かに使えないだろうかと、取り出して鑑定してみた。
中に入っていた魔瘴素は、完全になくなっている。
錆山や碧の森で採れる琥珀とは全く違うのだが、こちらの方が透明度が高い。
そして、三角錐部屋にいたときには解らなかったのだが、日光に当たると『青く』光る。
これって、ブルーアンバーっていう、もの凄く希少なものじゃなかったか?
あ、でも希少なのはあちらの世界では含まれている樹脂の木が絶滅しちゃったからであって、こっちでは当て嵌まらないかも。
でも、すっげー綺麗だなぁ。
光の当たり方で、もの凄く燦めきが変わる。
シュリィイーレの琥珀はパイライトが多めだから、雲がかかったような痕跡がある。
それはそれで綺麗なのだが、この透明度と多色性は惹き付けられる独特の魅力だ。
その内これを使って何か作ろう。
そしてこの間もらったウァラクの石には『
しかも色味がアクアマリンで、もの凄く綺麗だ。
あまり大きくはないし、硬度も低めの石だから宝飾品には適さないかもしれないが、成形後に【強化魔法】で補強してあげれば、色々と使い道があるだろう。
ウァラクは錆山の裏側にある山脈の向こうだから、全然違った地質みたいだな。
他の地域も楽しみだなぁ。
そんな鉱物コレクション充実にホクホクとしていた矢先、イスグロリエストを駆け巡るビッグニュースがもたらされた。
『王太子殿下、ご成婚決定』の報である。
三人のご婚約者のうちおひとりが、一昨日、
この国の皇太子と十八家門の嫡子だけは、子供が生まれなくては結婚はできない。
そして、その結婚も『子供が誕生した一年後』と決まっている。
お子様の一歳の誕生日が、結婚記念日となるのだ。
更に、エルディ殿下のもうふたりいるご婚約者のうちのひと方も妊娠していらっしゃるので、その子が生まれたらまた一年後に結婚式である。
子供を成した婚約者とは、必ず婚姻関係を結ぶ。
皇太子妃の序列……『格』は、子供の生まれた順で決まるのではない。
一番上となるのは、子供に『絶対遵守魔法』と『聖魔法』の両方が顕現した『嫡子』を生んだ妃。
だが、そのふたつは、たったひとりに出るという訳ではない。
同妃の他の子供や、違う妃の子供にも顕現する可能性がある。
その場合、嫡子は『より多くの聖魔法を獲得している者』か『より高い段位の血統魔法や聖魔法を獲得している者』となる。
現在、皇家には三人の皇子がいる。
ふたりは現皇后殿下の子供で、もうひとりが違う皇妃様の息子だ。
その腹違いの弟君は『絶対遵守魔法』を得ているが、聖魔法がない。
なので、現在の嫡子・皇太子は、エルディ殿下なのだ。
しかし、エルディ殿下の子供が『絶対遵守魔法』を獲得する前に、『絶対遵守魔法』を持つ弟皇子が聖魔法を獲得した上に『絶対遵守魔法』を顕現させた子供を得た場合……立場は逆転する。
自分の子供が成人し『絶対遵守魔法』と『聖魔法』の両方を顕現させてようやく『正式な次期皇王』と指名されるのが基本。
親たちの地位全ては、子供次第なのである。
だが、現皇王の急逝とか、やむを得ぬ事態が発生した場合には皇太子の子供が絶対遵守魔法さえ持っていれば、聖魔法の獲得前でも皇太子が皇王の座につくこともある。
だがそれはあくまで緊急措置であり、今までそのようなケースはなかったみたいだ。
親に聖魔法がなくても、その子供に『絶対遵守魔法』と『聖魔法』が出たらどうなるんだろう? と思ったのだが、こちらも有史以来そのようなケースはないらしい。
……あったとしても……存在が消されたのかも……なんて怖いことも想像できるが。
だが、政治的な権力が全くない祭祀王としての皇王の位に、そこまでして執着する人はいないだろう。
自由が全くなくなる上に、義務と責任ばかりが重くなるのだから。
少なくとも、皇家では『絶対遵守魔法』を顕現させていた嫡子以外の歴代全ての皇子は、十八家門金証の方々との婚約・婚姻関係を結んでいると言う。
聖魔法がなくても『絶対遵守魔法』があれば金証の貴族なので、女系の嫡子との婚約・結婚もできる。
今回のご出産とご婚姻の確定は、現在の嫡子であるエルディ殿下に、世継ぎとなる可能性を持った男児ができたということなのだ。
皇王陛下も皇后殿下も一安心……といったところだろう。
お子様が生まれたのはエルディエラ領領主・キリエステス家門出身のご婚約者。
今頃、エルディエラ領は大騒ぎだろう。
まだお生まれになっていないもうひとりのご婚約者は、ハウルエクセム家門の方だったはずだ。
領地のウァラクでは、今か今かと待っているんだろうね。
婚姻の儀は皇太子妃となられる方の出身領で行われ、王都でお披露目の宴が催される。
この時に初めて、皇太子妃となった方の名前と姿が公開されるのである。
だが公開と言っても、皇族と貴族達の間でだけで臣民達へのお披露目は名前だけだ。
子供が嫡子となった皇太子妃だけが公式行事に参加なさるので、どんなに早くてもあと二十五年はお姿を拝見することができないのである。
まぁ、なんにしてもおめでたいことだ。
食堂のランチ営業少し前に表に出ると、秋口の少し暑さが和らいだ乾いた風を感じた。
今年の夏も、もう終わる。
さーて、ここからが、今年最後の食材獲得争奪戦の始まりである。
地下食材倉庫を改めて見直し、足りなくなりそうな食材をピックアップしつつ補充計画を練るのだ。
去年はハプニングがあったとはいえ、冬を自力の在庫で乗り越えられなかったというのは若干敗北感を感じた。
今年は、同じような状況になったとしても、もっと上手く対応できるように!
『食べるものがなくなる』なんて、何にも増してつらいことなのだ。
まだセラフィラントからの魚介は三、四回の納品があるだろう。
米と糯米も小麦もあとひと月ほどで入ってくるし、ナッツ類とリバレーラからの大豆、葡萄、貝もこれからだ。
オルツからの柑橘類とデートリルスからの蜂蜜はもう一便来るはずだし、カルラスからの生姜もその時に入ってくる。
そして、カカオも。
それらを全部入れ込めるほどの容量を確保しつつ、市場での調達を始めるために改めての確認が必要だ。
「そうだねぇ、やっぱり赤茄子と甘藍、胡瓜……それと、今年は鶏肉と卵、それに玉葱が沢山あるといいね」
母さんはすっかり照り焼きチキンの虜で、父さんはチキン南蛮に夢中なのだ。
醤油は大丈夫だが、マヨネーズ確保のための卵は必須であり、タルタルソース作りのためにピクルス用の野菜を決して切らしてはいけないのだ。
……俺も人のことは言えないが、うちの家族は『好き!』となったら、毎日でも同じものを食べ続けて平気という、ちょっと偏執狂的嗜好があるのかもしれない。
勿論、好きな物が沢山あるので同じものが続くということはないのだが、好きなものはいつでも思い立った時に食べられる状態にしておきたいのだ。
「うん、あとは……芋類だな! 揚げ芋も山葵和えも、絶対に外せねぇ」
ジャガイモと豆類は確かに副菜として大活躍だから、いくらあってもいいだろう。
そして、香辛料や調味料類も忘れずに……当然、お菓子に使える材料も、だ。
あとは神眼で、如何に輝きに満ちたものを調達できるか、だな!
翌十五日と十六日は心ゆくまで東市場でお買い物をし、葉茎野菜と果菜類の大量調達に成功。
補給作戦は、順調に展開している。
さて、本日も、と南東市場の朝市を物色し終わった十七日の昼前。
セラフィラントからの荷馬車が柑橘類と蜂蜜、そして小麦を運んできた。
うわっ!
オルツからの荷物に、無花果が入っているぞ!
素晴らしい!
なんとかスイーツにするか……ドライフルーツにしよう!
これらの場所は確保済みなので、サクサクと保管庫へ。
だがそこに、食材とは別に少し軽めの箱がひとつ、混ざっていた。
箱には、セラフィラント公とビィクティアムさんの魔力印が!
なんだろう……とおそるおそる開いてみると、なんとなんと、礼服一式が!
イスグロリエスト大綬章授章の時にセインさんに用意してもらったものより蒼が深くて、金の釦や肩章の色も少し抑えられた輝きが上品である。
中に入っていた手紙に、生誕日の祝いに、と書かれていた。
……忘れてた。
今日、誕生日じゃん、俺。
当日にシュリィイーレに戻れないから、と送ってくれたみたいだ。
皇太子のご結婚が決まったから、各貴族家門は忙しくなるのだろう。
すぐにもうひと方もお生まれになるだろうし、いろいろとこの一年大変だろうなぁ。
まぁ、セラフィラント出身のお妃じゃないから、それほどでもないかもしれないけど。
今の皇后様が、セラフィラント扶翼家門の方だからそれなりに大変なんだろう。
そういえばセラフィラントの扶翼家門って、カルティオラ神司祭様の家門なんだよな。
……似てないな、カルティオラ神司祭と皇后殿下って……
皇后殿下の妹君が、ビィクティアムさんとマリティエラさんの母上様。
うん、ビィクティアムさんとマリティエラさんは、皇后殿下に似ているといえば似ているかも。
やっぱカルティオラ神司祭だけ、系統が違う気がする。
特に、性格が。
しかし……礼服かぁ……
絶対に、着る機会がなさそうだけどなぁ。
でもこういう格好すると、なぜかメイリーンさんがとても喜ぶんだよね。
普段と違う感じが、新鮮なのかもしれない。
コスプレ的に着てみせるってのは……あり、なのかな?
その日の夕食はメイリーンさんとライリクスさん、マリティエラさんを招きお食事会である。
メニューは勿論イノブタの生姜焼きだが、今年の付け合わせはフライドポテトだった。
そしてケーキはふわっふわのシフォンケーキに、フルーツ盛り沢山のクリームたっぷり超ハイカロリー。
幸甚指数のぶっちぎり感がハンパない、最高の一品であった。
メイリーンさんの作ってくれた革製の採取鞄が頬擦りしたいくらい素敵で、蓋の内側に施された刺繍はマリティエラさんの力作らしい。
まるでレース編みのように美しい銀糸の幾何学模様は、溜息が漏れるほどだった。
うーん、この刺繍の見事さは流石、大貴族のお姫様である。
俺の手放しの賛辞に、どうしてかライリクスさんが滅茶苦茶得意気なのだ。
マリティエラさんが褒められているのが、とにかく大好きな人なので仕方ないが。
そして更に爆弾発言が。
「実はね、子供ができたの」
「……え?」
「まぁ! マリー! なんて素晴らしいの!」
「おめでとうございます! お姉さま!」
実にさらっとしたマリティエラさんの発言に、女性陣はすぐさま反応したが男共は吃驚しすぎたのか言葉が出てこない。
なんとか先に我に返ったのは、俺だった。
「おめでとう! マリテ……いえ、お姉様っ!」
「うふふ、ありがとう、タクトくん。で……何も言わないの? ライ」
「い、いえ……胸が、いっぱいで……」
どうやらマリティエラさんは、ライリクスさんにも言っていなかったみたいだ。
なんで先に言ってくれなかったんだと詰め寄るライリクスさんに、マリティエラさんはあっけらかんと今朝解ったんだもの、と告げる。
「ライリクス、良かったなぁ、本当に、良かった……」
父さん、ちょっと涙目だ。
ドミナティアとセラフィエムスの事情を知っているだけに、このふたりに子供ができるっていうのはとても感慨深いのだろう。
母さんが、じゃあもう一度お祝いしましょう! と特製の葡萄酒を注ぎ直す。
俺はこのふたりの子供と同じ誕生日になったら……ちょっと嬉しいな、と考えつつ乾杯の音頭をとった。
おめでたいこと続きで、とても素敵な秋の初めだった。
「何っ! マリティエラが、懐妊だとっ?」
「そのようです。先ほど、ライリクスから連絡が入りました」
「……連絡?」
「シュリィイーレ隊には、特別な連絡方法があるのですよ。滅多にシュリィイーレの外では、使えませんが。私用に使いやがったので、後で怒っておきますけど」
「そうか。ああ、いや、そんなことより、マリティエラだ! 身体の具合は、大丈夫なのだろうな?」
「ええ……タクトの生誕日で、菓子をふたり分も平らげたようですし」
「そうか……そうか。あの子が……母になるのか」
「出産が、冬場にならずに済みそうでよかったですよ。シュリィイーレの冬はかなり、母子共に負担でしょうから」
「そうだな。だが、ライリクスは随分とマリティエラを大切にしておるようだし、無理はさせまい」
「……庇い過ぎてあいつ自身が仕事を放り出しそうなくらい、マリティエラ優先ですよ。時々、ぶっ飛ばしたくなります」
「孫……か。会いたいのぅ……」
「その内、必ず」
「タクトに贈ったものも、無事に届いたようじゃな」
「はい。どうやらその場で試着したようです。似合っていたと言ってましたから」
「ふむふむ、それは良かった。イスグロリエスト大綬章式典の時は、ドミナティアに遅れを取ったからな。同神家門として、今回は譲れぬ」
「……タクトは、嫌がるでしょうね」
「だがなぁ、殿下の第一子誕生祝いにと、陛下からも直々に招かれてしまったし……十八家門ではないが教会第一等位輔祭であるし、陛下からの招きでは出席せぬ訳にはいくまい」
「式典にさえ出席すれば、問題ないのですよね?」
「ああ、そうだが……」
「あいつ、絶対に日帰りできなきゃ行かないって言いそうなので」
「そういえば、カタエレリエラからも日帰りしたそうだな。まったく、変な拘りを持っておるのぅ」
「『うちの食事が一番美味しい』がタクトの口癖ですからね」
「我が領内で、カカオが作れたら良かったのだがなぁ」
「気候が適さないのでは、仕方ありますまい。しかし、領主協賛以外の農園を見つけ出せるとは思っていませんでしたので、驚きましたが安心しましたよ」
「うむ。ヴェーデリアも胸をなで下ろしているであろう。陛下は……どうも、ああいう子供っぽいところが抜けきらぬ」
「皇家が邪気がなく鷹揚でいらっしゃるのは……悪いことばかりではありませんが、もう少し発言はお考えいただきたいものです」
「各省院は大変であろうがな。ああ、ロウェルテアからレティエレーナへ手紙が届いておったぞ」
「左様でございますか。では、すぐにでも届けましょう」
「……おまえも、ライリクスのことは言えんようだな……」
「婚約者を大切に思うのは、当然でしょう?」
「五年、だ。五年後までにレティエレーナが懐妊しなければ、次の婚約者を選べ」
「お断りします」
「ビィクティアム!」
「必要ありません」
「おまえは、婚約が遅すぎたのだ! 必要に決まっておろうが」
「既に、レティは懐妊しておりますから」
「は……?」
「来年は、一気に孫がふたり……ですよ、父上。それでは、レティの所に参りますので失礼致します」
「な……なんでおまえは、まず先にそれを言わんのだーーーーっ!」
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