第366.5話 講義後の人々

▶一日目 食品栄養学基礎と魔力の関係・お行儀について……の、その後


「ふぁ〜、思っていたより厳しいなぁ」

「食事を残さず食べさせるってのは、結構キツイかもなぁ」


「我が侭一杯で育ってますからね……かつての俺達のように」

「じゃ、俺達がやられたようにすれば、いいんじゃねぇか?」

「……おまえ、その時の教官、未だに殴りたいって言ってなかったか?」


「でも、食べる理由ってのがはっきりすれば、志の高いやつならちゃんと食べそうですよ?」

「そうだな。今年の推薦者達は皇后殿下推奨の『教育』に合格した者達だけだというから、以前よりはマシじゃないのかな」



「知らなかったなぁ……組み合わせるものによって摂れる栄養とか魔力が、あんなに変わるなんて思ってもいなかったよ」

「タクトくんは『栄養学』って言ってたよね? そういう学問が確立していたってことだよな」

「基礎中の基礎って言ってたから、本格的にやったら滅茶苦茶難しいのかも……」


「ガキ共に説明できるかなぁ……とんでもない質問されたら、どう答えていいか解んねぇよ」

「その時は……タクトに聞きに行こう」



「面白かったですね、アンシェイラさん」

「そうね。栄養ってあんなに沢山種類があって効果が違うなんて……料理が楽しみになるわ」

「作るのも、食べるのも、ですよね?」

「研修施設の食堂は、短い期間でいろいろな方々が来てくださるそうですからね!」



▶二日目 食事と魔法の関係についての検証と具体例……の、その後


「無理……ぜんっぜん覚えられないっ!」

「色相魔法の中でも、あんなに細分化して影響が出るなんて……」

「えーと、食材と、調理方法と、それに使われる魔法と……加護のある神によっても変わる……と」


「加護によって好みや美味しさの感じ方まで違うとは……食べるものというのはかなり重要なのですねぇ」

「同じものを食べ続けるより、違うものを食べた方が魔力回復には効果が高いって言ってましたよね」

「ああ、俺は逆だと思っていたから吃驚した」


「食材同士の『調和』によって変わり、互いの効果を助け合っているってことでしたが……タクトくんのような魔眼がない我々は、どう判断したらいいんでしょう?」

「ほら、言ってたじゃないか『多くの分類のものを摂るように』って」

「あ、あの分類な! あれ、結構難しかった……教本を何度か読み返さねぇと覚えられそうもない」

「うーん、試験研修生達が来るまでに覚えられるか、不安ですねぇ」



「如何なさいましたか? 長官」

「あいつ、あんなこと考えながら保存食を作ってたのか、と思ってな……」

「道理で避難所に届く料理が、毎日多種多様だったわけですね」

「避難者達の健康状態や魔力回復のために、満遍なくあらゆる食品を使っていたのだろうな」



「まいったなぁ……この『食品栄養学』とやらは、現在の『魔力総合学』を遙かに超える『根源』への手がかりになっているねぇ」

「タクト様の国では、この学問を一般的に履修されていたのですよね。信じられませんが……」

「今まで、『なぜ魔眼が聖属性なのか』なんて議論もあったけど、知識と理解がない者達が漫然と視ていただけだから解らなかったんだろうね。タクトくんを見てると痛感する。確かに、神に選ばれし能力だよ、魔眼ってのは」



「……お腹、空きましたね」

「ああ、こんな時間だ……タクト、すっげー白熱してたもんな」

「食べ物絡みって、タクトくんはもの凄く張り切るよねぇ……」



▶三日目 方陣の成り立ちと魔法組上げの基礎、その応用についての考察……の、その後


「……」

「……」

「……凄かったな」

「ああ、方陣って……ああいうものとは、考えたこともなかった」


「吃驚したよ。魔法師でなくても【方陣魔法】なんか持ってなくても、タクトの言うように書いたら……魔法が発動する方陣が描けたんだから」

「維持と継続には到らなくても、発動だけならば誰でもできるってのが『方陣札』という知識はあったけど」

「理解と実践……か。方陣を描くことによってその魔法を理解し、発動させて実践することで獲得の確率が上がる……って、とんでもない理論だ」


「タクトくん、血統魔法と神斎術以外の全て……って言ってましたよね?」

「つまり、聖魔法や神聖魔法ですら……この理論で得ることが可能ってことなのかしら?」

「だとしても相当難しいでしょうね。タクトくんが見本に書いてくれた『治癒の方陣』、あんなに複雑なもの描けやしないわ」

「タクトくんって、アレを何も見ずに描けちゃうんですよね。流石だわ」



「この方陣のことについてまでは、新人達に教えなくっていいんですよね?」

「いや、無理だろ。教えろって言われたって!」

「そうだな。俺達ですら半分も理解できていないのに、試験研修生になど絶対に無理だし……第一、何をどう教えればいいかすら解らん」


「タクトくん、これをひとりで突き止めたのか……神聖魔法師っていうのは『叡智を得た者』なのかもしれないな……」

「そっか、だから、タクトは『獲得可能』なんて言いやがったのか。死ぬ気で勉強しろよ……ってことか!」

「ははは、言ってたねぇ……絶対、無理だな」

「うん、無理だ」



▶タクト帰宅後の研修施設内会議室


「予想を遙かに上回る内容だったな。まさか、教本以外のことをあんなに言い出すとは……書き取るのが大変な講義など初めてだ」

「書き取っていらしたのですか、セラフィエムス卿……私は途中で諦めて、聞くことに専念しておりました」

「それが正解でしょう、テルウェスト司祭。あとで見てもきっと、何を書いたか半分も解らない気がする」


「スズヤ卿の見解は、実に理に適ったものでございましたね」

「方陣は魔法の可視化……か。ああも簡単に証明されるとは思わなかった」

「方陣に使われている図形の意味なんて、今までどの研究でも言及されていなかったねぇ……それとも、研究者達は知ってて隠していたのかな?」

「私には、隠す意味が解りません。法制省院所蔵の方陣でも、皇宮神書の方陣にも図形については『ずらしてはいけない』とだけでした。形によっての色相の違いなど、どなたの研究でもありませんでした」


「……凄いね、ティエルロード。君が、全部の神書を読んでいるとは思っていなかったよ」

「法制に配属される前は『皇宮史書所蔵管理司書院』におりましたので」

「俺が本を借りに行った時に、随分世話になった」

「え、ビィクティアムも読んでたの?」

「皇宮の史書まで読破された貴族は、セラフィエムス卿だけでございますよ。皇家の方々ですら、全てはご覧になっていらっしゃいません」


「この『教科書』も紛れもなく神書だなぁ……しかも、なんだい? この紙! 羊皮紙より薄いのに丈夫で、魔力保持量がとんでもなく多い」

「はい……滑らかで光沢があり、ほんのりと色づいている……これも『宝具』と言わずしてなんというのか……ほぅ……美しいですねぇ」


「枚数が増えたから、分厚くなるのを防ぐために紙から作ったと言っていた。こんなものまで簡単に作って来やがって……絶句している間に逃げられた。あいつの作るものにいちいち驚くのも疲れてきたが……これに関しては俺が頼んだことのためだから強くも言えん。材料になった木をうちの庭に植えてあるらしいぞ、タクトのやつ」

「草じゃなくって木なのか。だから魔力保持力が高いのかな?」


「金属も入れ込んで作っているそうだ。あいつの国では『最も信頼されているものに使われる紙』らしい」

「……『信頼』ですか。魔力の保持力の高さで、証明されているのですね」

「契約や誓約などに使われていた紙かもしれないねぇ……ここまで魔力があると、どれほどの効力を発揮するのか……」


「それにしても、スズヤ卿は方陣魔法師でもないのに、精密で正確な図形を描けるのですね……カタエレリエラで拝見したときも驚きましたが、今日ご披露くださった『治癒の方陣』も、あんなにもすらすらと……」

「聖魔法には正確な正三角形・正五角形・正七角形が必要で、しかも均整の取れた五神の星が必ず入る……だったっけね」

「『正三角形』……なんて言葉、初めて聞きました」


「一辺の長さが全て同じの図形が必要だなんてことも、初めての知識だったな……タクト自身も漠然としたものだった知識が『方陣』を何種か手にしたことで確信になったのだろう」

「方陣魔法師によって『正しい方陣』を初めてご覧になったと仰有ってましたから、それであの『真実』に辿り着かれたのでしょう」


「やっぱり、もともとの知識量が違うってことか。『魔法を使わずに魔法について学んだ知識』が、実践を始めたことによって確立し魔法として獲得できたんだろうね」

「仰有ってましたよね……『血反吐吐くほど勉強すれば、神聖魔法も手に入る』……って」

「……吐いたのかもねぇ……」

「それって、虐待の域なのでは?」


「誰かからの強制だけで、そこまではできまい。あいつ自身がその知識を欲したのだろう。魔力不足でぶっ倒れるほど、いろいろやっているからなぁ。流石に最近は倒れなくはなってきたが、無理はしているだろう」

「それほどまでにして、研鑽を積んでいらっしゃるのですね」

「殆どが、旨いものを作るため……という理由のようだが」

「それは実に、スズヤ卿らしい」

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