第366話 教官育成講座
特異日であった
修復したカルラス、リデリア島、ロカエ北部海底、エルディエラ海岸部、そしてシュリィイーレ西部の五本と、他の二本は殆ど違いがなく魔効素を吹き上げていた。
ということは、すぐには修繕の必要はないのではないか? と思う次第。
最北端と最南端の点検作業は、また今度……ってことで、大丈夫そうな気がする。
判明している神斎術はあとひとつ。
もしかしたらどちらかは、全く知らない神斎術か『はずれ』ではないだろうか。
そんなのどっちもちょっと怖くて、問題なさそうなら近寄りたくないのである。
と、いう訳で『石板修復工事請負工務店』は、来年の
そして二日後の
うちは外門食堂に参加はしていないが、保存食での災害支援備蓄への協力はすることにしている。
ビィクティアムさんからテキストのリテークが来たのだが、なんと方陣を使った魔法の成り立ちについての説明を加えて欲しいというまさかの内容追加であった。
……ページが大幅に増えそうなので、魔法については別の冊子に分けることにした。
更に、教本には閲覧制限と使用者制限を付けて欲しいと要請があった。
そうか、うっかり試験研修生達に教本を見られてしまったりしないように……ということだな。
試験研修生用はどうするのかと聞いたが、必要ない、と言われてしまった。
教科書なしで、講義の内容を全て自分たちで書き取らせ、そのノートにどれほどしっかり書かれているかということも試験になるのだそうだ。
……なかなかスパルタである。
サボって休んだり、居眠りしたりしていればすぐに解ってしまうし、他人のものを写したなんてことが発覚したら、その場で不合格の可能性もあるのだとか。
来年もう一度試験を受け直し……なんてことにもなるのだそうだ。
厳しー……
俺だったら講義全部、録音・録画しちゃうだろうな。
そう呟いたら、むしろそんな魔法を組み上げられる試験研修生がいたら即座に合格だ、とビィクティアムさんは笑っていた。
なるほど、そういう事態への対処法や、魔法の使い方の全部が採点対象になっているという訳か。
こりゃ、教官達も大変である。
そうこうしているうちに教官用テキスト二種ができあがり、複製を作る時に三人分追加で作って欲しいと頼まれた。
ルーエンスさんとティエルロードさん、そしてなんとテルウェスト司祭の分だ。
……これって、テキストが魔法法制省と教会的に適正であるか……っていう『検閲』なのでは……?
講義でおかしなことを言い出さないようにという、牽制もあるのかもしれない。
自重を心がけて講義することにしよう。
「え? 講義も……聴講なさる、と?」
「はいっ! 是非ともお願いいたします!」
ティエルロードさんってなんか、わんこっぽいんだよな。
たまにふさふさのしっぽが、ぎゅるんぎゅるん振られているような気がしてならない。
ルーエンスさんにも、僕もいいかなぁ……なんて言われ、こちらもいいですよ、と言ってしまった。
教科書検閲のみならず、講義内容まで監査があるとは……!
講義は明日、
法制のふたりは、なんと泊まりがけで講義監査に臨まれるようだ。
いいのかよ、省院長がずっと留守にしてて。
きっと、副省院長がとても優秀な方に違いない。
試験研修生用宿舎内の教室を使い、講義スタート。
初日は小学生から中学生で習う、基本的な『家庭科』範囲の食品成分についてと栄養学に基づいた身体への影響や効果について。
そして代表的な料理に使われる作物数点の栽培方法や関わる人々、使われる魔法などについて。
どんな魔法がどのタイミングでどのように使われるかで、食品の栄養にどれほど関わっているかも説明する。
……まぁ、俺が調べた範囲のことだけだし、教えてくれたエイドリングスさんと別の魔法を使って作られていたら当て嵌まらないこともあるので、あくまで『一例』としてだが。
食事についての行儀作法などは、ほぼじいちゃんとばあちゃんに教わった『鈴谷家家訓』である。
勿論、道徳的なことも交えているが、基本的には『同席者に不快感を与えないようにする』とか、『作ってくれた人などへの感謝を忘れない』っていう当たり前のことばかりである。
こんなこと、本当であれば教本なんかにせずにご家庭でカバーして欲しいことなのだが、どーも元下位貴族(現在は臣民)などは、できてなさ過ぎるのである。
食べものを残すなんて以ての外である!
もっと、本物の貴族を見習って欲しいものだ。
ビィクティアムさんやマリティエラさんは言わずもがな、奇声さえ発しなければファイラスさんだってもの凄くその辺はきちんとしているのだ。
シュリィイーレ衛兵隊で、できていない人を捜す方が大変だと思う。
試験研修生達にはこの初日の講義を特に重点的に、徹底的に、たとえ血涙を流そうと完全履修させていただきたいものだ。
武術や魔法がどんなに長けていても、人として駄目なやつなら騎士でいる資格はないというくらいに。
……うっかり、個人的な感情の昂ぶりでガツガツと講義を進めてしまったせいか、皆さん終わった頃にはぐったりとしていた。
テキスト二冊で総ページ数、百三十オーバーですから。
三日じゃ本来は足りないくらいなんであと二日もこんな感じですよ、と言ったら何人かの瞳に光るものが浮かんでいた。
しかし、容赦はすまい。
二日目は、食事と魔法の関係についてを重点的に。
魔力回復になぜ食事が重要なのか、迷宮でのガイエスの体験談なども交えつつ魔力の節約についても併せて講義をしていく。
こちらも具体的な献立をベースに調理担当者の使う魔法などによって、多く取り込める魔力に違いがあることも説明。
試験研修生達には、献立表を作ってどのような食事が提供されるかということを事前に知らせることで、使用される食材と魔力の関係を講義して欲しいと伝える。
当然、その食事にはどんな効果があるかってのは、教官達に都度ご連絡する体制はできている。
毎食とは言わないが、三日か四日に一度はお願いしたいところだ。
食材と料理がどれほど重要なものかを知ることで、無駄などがなくなって欲しいのである。
やはり食べものが絡むと、俺は熱血講師になってしまうらしい。
ランチ時間に食い込んでしまったのは……申し訳ないと思っている。
その日は午後も具体例を挙げての食材魔法学だったので、俺は夕食時間にも思いっきり食い込んで、語り尽くしたのであった。
三日目の最終日は、ビィクティアムさんから追加して欲しいと言われた『魔法の分析』について。
具体的には『方陣』による魔法に対しての理論的理解と、方陣を組み上げることによってもたらされる魔法の可能性……などについてだ。
だが、この辺りはなんと言ってもまだ研究段階であり、試行も具体例も非常に少ないので曖昧な部分が多くあるということを了解してもらった上での講義である。
……講義というより、俺の研究発表みたいな感じだ。
テキストも、論文みたいになっちゃっているしねぇ。
基本的に色相魔法について解っていること、白魔法や独自魔法の方陣については実際にできたことだけ。
そして新しく方陣を組む際に、絶対にしてはいけないことや、注意点……など。
これについては迷宮にあった石板に書かれていた、血統魔法を如何に方陣で表すかという研究がいいヒントになっている。
勿論、そんな研究が過去にされていて、それが……他国の迷宮に埋まっていたなどという爆弾発言はしない。
そんなこと言ったら、国家間で何が起こるか解らないほどの大騒ぎになってしまう。
なにせ、皇国は『魔法の流出』には、とんでもなくセンシティブなのである。
ガイエスがイスグロリエスト皇国の国籍を取得せず、あの石板を解読していたりしたら……絶対に、暗殺対象とかになっちゃってただろう。
世界平和のために、絶対に言ってはならないことなのだ。
最後に儲けた質問タイムは、今までの二日間とは比べものにならないくらいの活気に溢れていた。
……食品に対してもそういう情熱を持って欲しいと、心から願っておりますよ……
超速駆け足で走り抜けた解説講義でしたが、ちゃんと録画なさっているようなのでどうか皆様で何度でも繰り返しご覧になってください。
特に、試験研修生達に教え込むために初日分を!
帰り間際、ビィクティアムさんに呼び止められて会議室へ。
入るとルーエンスさんとテルウェスト司祭の姿が……まさか、監査結果の通達でしょうかっ?
「時間を作ってもらって助かった。ありがとうな、タクト」
お、これは監査に通った……かな?
うっかり熱血入っちゃって、長引かせてしまったのはこちらこそ申し訳なかったです、ハイ。
「どうしても、確認しておきたいことがある」
三人とも、ものすっごくシリアスモードである。
思わず唾を飲み込んでしまう。
「方陣で……血統魔法の再現は可能か?」
うわー……凄ぇなぁ。
全然触れなかったのに、そういう研究があったのではないかっていうことすら口に出さなかったのに。
方陣の可能性を、そこまで見通してくださるとは……
「……不可能です」
「なぜ、そう言いきれる?」
俺の考えでも、あの二枚の石板の実験や途中になっている方陣からも推測される『血統魔法の絶対条件』。
それは『魔法』でも『技術』でもないから、方陣で書き表すことができないのだ。
「血統魔法に絶対に必要な『血』と、それを支える『身体』と『魔力』が、外部にあるものでは代替できないから、です」
「え……? 血だけではないのですか?」
テルウェスト司祭の疑問に、頷いて答える。
「以前、マリティエラさんから『全ての血が入れ替わらない限り姓が変わるなんてあり得ない』と言われましたが、全部の血を入れ替えたとしても、絶対に血統魔法は継げません。それを受け止める『器』である身体と、その魔法を発動させるべき魔力。その全てが揃わなくては、血統魔法とは成り得ないからです」
方陣の魔法であっても発動のためには、絶対に『自身の魔力』が必要である。
その魔力はひとりひとり全く違うものであるが、血統魔法だけは魔力の他に血……おそらくDNAとかRNAとかに含まれる『受け継がれている魔力』も必要なのだ。
そのふたつの鍵で同時に魔法の扉を開けることができる者だけが、血統魔法を使えるのである。
この『魔力』は、俺の【文字魔法】でも書き表すことができない。
血液や細胞を分析しても、不可能だ。
「ですから、血統魔法を顕現させるために血を体内に取り込むとか、その魔力を浴び続けるなんてことも全部無意味で馬鹿らしいことです。血統は正しく神々の示した生殖行為でのみ受け継がれ、そうして生まれた子供にだけ宿って維持される。おそらく精子を取り出して女性に注いで子供ができたとしても、絶対に血統魔法は顕現しないでしょう。空気に触れたり器に入れたりした時点で『不純物』が入り込み、血統魔法を開く『鍵の魔力』が作られなくなるでしょうから」
実際にそういうことをやった……と、あの石板に書かれていた。
そして、全てにおいて失敗した絶望が記されていたのだ。
「方陣自体は、描けるかもしれません。ですが、その方陣で血統魔法を発動させることはできません。方陣鋼方式ですら、その魔力を供給できません。それほど『血統魔法』というものは厳粛で繊細だからこそ、何よりも強く甚大な魔法なのだと思います」
「……器である身体、というのは、強く健康でなくてはならないということかい?」
「強く健康であるに越したことはないですが……それは条件ではないと思います。必要なのは『その血が作り出した身体である』ということです」
身体の細胞全てに『その魔法を支え発動させるための記録』が含まれているのだ。
血と身体中の細胞を使って、その『鍵』を作り上げる。
それが、魔力の『鍵』と対になっているのだ。
もしかしたら、骨髄移植とかして作り出す『血』そのものが変わったら可能なのかも……と思っていたのだが、移植された骨髄の方から血統魔法の条件が失われるだろうからきっと無理だ。
むしろ、全ての魔法が閉じてしまうかもしれない。
「……そうか」
ビィクティアムさんの声に、三人の雰囲気が弛緩する。
テルウェスト司祭とルーエンスさんからは安堵が感じられるが、ビィクティアムさんからは……ほんの少し、口惜しさのようなものが混じっているように思える。
嫡子とそうでない者では、制約されることがあまりに違い過ぎるから感じ方も違うのだろう。
「おまえはそういう研究をしている者がいた……と知っているのか?」
「……はい。かつていたらしい、ということだけですが。そしてその全てが、完膚なきまでに失敗しているようですし」
「君は、それを試してみたのかい?」
「俺自身の血統魔法を方陣で書こうとしましたが、絶対に無理だと解っただけでした。必要なことをひとつひとつ書いているだけで紙が真っ黒になっちゃうくらい隙間なく埋まっちゃうんですよ。方陣で表すとしたら……この皇国全ての面積を使っても、描ききれないかもしれないです。そんな方陣、誰が支えられるっていうんですか。それこそ、神々じゃなけりゃ使えませんよ」
まぁ……そこまででは、ないかもしれないけど。
一般的な方陣のサイズでは、絶対にできないことは証明されている。
神話で語られる英傑達の血統魔法は、神々との誓約で授かったものとされている。
ある意味、神斎術みたいなものなのである。
強過ぎるからこそ、課せられた誓約と厳しい制約を違えることなく守っている者達だけに与えられる『絶対遵守血統魔法』。
簡単に方陣でなんか、表せるはずがないのだ。
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