第365話 七つ目
おはようございます。
爽やかな目覚めです。
メイリーンさんの愛と魔法のエナドリは、本当に素晴らしい効果です。
まだ『メイリルクト』は量産体制には入っていないからもらっていないけど、この間届いたリルーゴも渡してあるので、もう少ししたら大勢の方々の助けになるだろう。
忙しくなるだろうと早めに準備に入ったのだが、あっという間に時間が過ぎランチタイムへと突入した。
夏はやっぱり、イノブタである。
生姜焼きにして、赤茄子の冷製スープもご一緒に。
しゃきしゃき
夏バテ解消メニューのおかげか、皆さんの食欲は旺盛でパンとキャベツのおかわり続出であった。
今年最後のピスタチオアイスはチョコ掛けで。
エイリーコ農園からのカカオに切り替えるべく、去年もらったカカオを消費していくことにしたのだ。
……もし、新しいカカオの味が悪かったとしたら、別の使い方を考えればいいだけの話である。
でもきっと、大丈夫。
夕食準備までの休み時間に部屋に戻り、使えず回収してきた琥珀をもう一度鑑定してみようと思った。
チカッ、と光って目に飛び込んできたのは、窓辺に置いてある水槽に反射した光。
夏場は陽が当たって水が温かくなるので、珊瑚も真珠貝も元気いっぱいだ。
おや?
真珠貝が三つほど、やたらめったらキラキラしているぞ?
鑑定してみると、なんと言うことか!
中に真珠ができあがっているではないか!
この三つは比較的大きめの貝だったが、核を入れて真珠になるにはどう頑張ったって二年くらいかかるものじゃないのか?
他の七枚はまだ、小さい核がほんの少し大きくなった程度のようだが……
真珠を取り出してみる。
おおー……なんて綺麗なピンク色……!
そうか、核に血赤珊瑚を使った奴か。
結構大きめの物を入れたから、透けて見えているのかも。
こっちのちょっと小さめの血赤珊瑚を入れたものはほんのりピンク、もうひとつは桃色珊瑚だったが、できあがった真珠は
ピンクの奴が一番大きいな……直系で十二ミリもあるぞ。
大きいサイズの花珠はなかなかないっていうけど、この光沢と巻きの美しさは花珠と言っていいのではないだろうか。
他のふたつも十ミリあるのに、めっちゃくちゃきれいに輝いている。
もしかして浄化とか回復とかかけていたから、大きくなったのかな?
でも同じように魔法をかけていたのに、殆ど育っていない七枚は……どうしてだ?
かける魔法の属性?
取り込める魔力に個体差があるとか?
今入れている水は、セラフィラントの海水とカタエレリエラの海水をブレンドしたもの。
【浄化魔法】をかけながら綺麗にしつつ、循環させている。
真珠を取り出した三枚にも新たに核を入れ込み、水槽に戻して全体に【回復魔法】をかける。
……キラキラの度合いが、個体によって違う。
黄金色の真珠が入っていた貝が、一番煌めいた。
次に、『湧泉の方陣』から出した水を加えてみる。
おおっ!
変化の乏しかった七枚のうち三枚が煌めきだしたぞ!
この三枚は『青属性』の魔力に反応するのかも。
次に微弱な電気を起こして、水の中に伝わせてみると反応したのがひとつ。
珊瑚の褐虫藻に注ぐようにかけた【植物魔法】にも、ひとつが反応した。
真珠貝にも個性があるんだ。
つまり、その真珠にも、含まれる魔力に違いが出るということかも。
赤系は……【加工魔法】で作った水晶に『灯火の方陣』を書いて水槽に入れてみた。
うん、さっきのピンクパールが入っていた奴と、血赤珊瑚が反応している。
神斎術の冶金で作った磁石入り不銹鋼に、聖属性の『治癒の方陣』を書いたものだとふたつが反応した。
この方法ならば、欲しい色の真珠の大量生産もできるのでは?
まぁ……生き物なので、酷使はできないから三カ月から半年にひとつ……くらいだろうけど。
リルーゴや苺も魔法で回復させたりしたけど、こんな変化はなかった。
海草類だけでなく、海の生き物ってのはかなり特殊なのかもしれない。
これは面白いぞ!
真珠の成長検証で、すっかり気分が上がってしまった。
思ってもいなかったことが判明するというのは、途轍もなくアドレナリンが分泌するのだろうか。
いや、多幸感だからドーパミン?
どっちにしても、脳内麻薬どばどばである。
夕食時間の混雑も乗り切って、今日も一日お疲れ様でした。
さて、昨夜の続きと参りましょうか。
日が沈んですぐ、地上から視認しても人だと判らない高さへと飛び上がって見渡す。
各地からは、まだ魔効素が吹き上がっている。
……シュリィイーレとウァラク西側には、錆山からの魔効素だけが降り注いでいる。
ハブられている感、半端ねぇ……ちょっと、ムッとした気分になる。
あとひとつ、シュリィイーレの西側にあれば、ウァラクもシュリィイーレも全部カバーできるのに。
と思いながら、西の森の少し南側を眺めた。
ちろちろ……と、ほそーーーーーい緑色の糸のようなものが、上空に向かって伸びている。
あ、風が吹くと消える。
今日は南西からの、ちょっとむわっとした風が吹いている。
俺はその近くへと飛んでいった。
少しだけ、地面が緑色に見える場所がある。
だが、これって俺が作ったルビーとサファイアの『浄化魔法的国境線』のものでは……?
目を懲らしてよくよく見ると、俺の埋めた二石を結んだラインより、ほんの少し大峡谷側から立ち上っている。
大峡谷の深い深い谷底には、無数の魔獣が犇めいている。
その深い谷底に、魔獣達はどうやって入り込んでいる?
ここで繁殖を始める前、なぜここに来ようと思ったのか?
魔力溜まりは魔瘴素の溜まりというのは俺の仮説だが、魔獣が魔瘴素に惹き付けられているのは事実。
そして自身に溜まりすぎた魔瘴素を『魔具』に吸わせて、魔効素に変えさせているという仮説。
ガイエスが潜った迷宮の核にも、石板があった。
石板は……魔瘴素を魔効素に変える働きが強いから……三角錐はまるで封印するように、吹き出してくる魔瘴素を魔効素へと変えている。
もしかしたら……もしかしたら……
バラバラの思考と事実が重なり、仮説が組み上がっていく。
『ここに三角錐と封印の石板があった』
俺は大峡谷の中を覗き込む。
魔獣を表す黄色い塊が、集中している箇所がいくつかある。
最も多くの魔獣がいるのは……細く棚引く魔効素が漏れ出す辺り。
俺はその中心に向かって【極光彩虹】と【雷光砕星】を同時に放ち、魔獣を消し飛ばした。
周辺が浄化され、難を逃れた魔獣達が裂け目を北へと走り去る。
ふわりと草が芽吹きだした大地に……石板が横たわっていた。
地面にはかつて三角錐があったであろう痕跡が、ほんの少し残っているだけ。
石板は文字の書いてある方を上に向けて大きくふたつに割れ、角や端の方はぽろぽろと崩れている。
【文字魔法】で石板を完全に再生、修復し、軽量化してから立ち上がらせると大きな正三角形の三角錐跡がはっきりと見えた。
ここに、七つ目があったんだ。
だがこの場所は皇国側とは違う構造帯……つまり、違う大地。
流れてくるのは、ガウリエスタ側の大量の魔瘴素だ。
この石板は他のものよりもかなり早い時代に、封印としては役に立たなくなってしまったのだろう。
だがそれでも、少しずつ魔瘴素を変換し続けていたに違いない。
しかし、大峡谷として大地の裂け目が大きくなった時に、入り込んだ魔獣達に取り付かれてしまったのだ。
おそらく、三角錐は増え続ける魔瘴素に耐えられなくなり、朽ちてしまったんだな。
そしてまるで『迷宮の核』のように、石板は完全に魔獣達のねぐらになった。
この大峡谷……開放型の迷宮と言えるのかもしれない。
三角錐を峡谷内に作り直すのは意味がない。
『イスグロリエストの大地』ではないのだから。
再建するのなら、構造線のこちら側……イスグロリエスト側に建てなくてはいけない。
……仕方ない。
『石板修復工事請負工務店』の範疇を大きく超えてしまいそうだが、ここはやるしかない。
浄化魔法的国境線の内部に石板を移動させて、立ち上がらせるとぽろり、とふたつ、何かが足下に落ちてきた。
嵌め込んであった石だろうか?
ん?
ふたつ?
九芒方陣側には刳り抜かれた穴が『ふたつ』あった。
この石板、ふたつの石で支えていた神斎術なのかよ? と、転がった石を視たのだが……どうも、石ではない。
鑑定してみると『炭酸カルシウム』……層状になっているということは、これって『真珠』か?
珊瑚の可能性もあるが、組成がどう見ても真珠である。
ふたつの真珠……か。
あるね。
真珠!
今朝、できていたよね!
……これは、絶対に神々の策略に違いない。
俺に修復させるべく、あの三つだけ先に大きくし、ひとつはご褒美的なもので、大きさの揃っているふたつはこれに使えということなのでは。
まったくもー、もっと判りやすく啓示してくれりゃいいのになぁ、神様も。
これって、真珠貝を送ってきた陛下、グッジョブということになるのだろうか?
そこんところは、ちょっと認めたくないぞ。
ま、しょーがない。
神様の思惑通りだったにしても、ただの偶然だったにしても、やることは変わりない。
石板の穴に黄金色の真珠と薄いピンクの真珠を嵌めると、あつらえたかのようにぴったりであった。
そして設置場所だが、最も魔瘴素を多く放出している場所にすべきだ。
俺は一度ルビー板とサファイア板を取り出し、魔瘴素の流れを復活させた。
あの日見つけた太い流れの魔瘴素ラインのひとつはガウリエスタの大地と接触している場所から、そしてもうひとつは今、石板を置いている場所の少し南側の森の中から湧き出している。
ルビー板とサファイア版はガウリエスタラインを塞ぐように設置し直し、浄化魔法的国境線としての役目を復活。
そして、もうひとつの魔瘴素ポイントが中央に来るように掘削開始。
結構脆くなっているということは、この下に魔瘴素を生み出す何かがあるってことなんだろう。
奥へ奥へ、下へ下へと鑑定を進めていくと逆に魔効素が増えていった。
どういうことだ?
もしかして、この大地そのものに溜まっている魔瘴素が噴出する間欠泉みたいな場所ってのがあって、その場所を石板浄化システムで塞ぐことで噴出を止めているのか。
カルラスの海の上で、魔瘴素は沈むことなく海面を漂っていた。
きっと大地の上に降り注いだら、土で浄化されることなく降り積もり、大気と大地の両方を侵すのだ。
だから、噴出孔を塞いだ上で浄化してドーム内に貯まった魔効素を年に一度大地へと振り撒く……そういう、広範囲型浄化システムなのかも。
俺は、五十メートルほど掘った大穴の底を丸く整えた。
一枚のプレートになるように成形した、その床全体に行き渡る金属板を作って磁性を与える。
そしてその金属板を覆うように石で蓋をしてから、中央の噴出孔辺りに石板サイズの長方形の穴を開ける。
石板をその穴にセットして、床全体でも石板の浄化システムを支える魔力を保持させるのだ。
水晶に似た素材でできていた、あの三角錐に使われているのは『
クオーツにとてもよく似ているが、別物である。
アルミニウムを含んでいて、魔力を内側に留める力がとても強いから採用されたのだろう。
錆山に行けば唸るほどあるのだが、今は手持ちが足りないので魔法でガンガン複製して三角錐を作る。
あの聖典投入システムは全然理屈が解っていないので、この三角錐に【文字魔法】で開閉条件を書き込む。
魔瘴素からの変換魔効素吸収システムを採用して永久機関化してしまうので聖典投入は要らないのだが、少ない魔力量で簡単に神斎術を獲得されてしまうのも悔しい。
だから、たっぷりと魔力を吸い上げた聖典を捧げていただこうと思っている。
……俺だけは聖典なしで中に入れるよう、に内側に転移目標書いておこう。
製作者特権である。
三角錐を閉じる前に、石板を全部読んでみたら上半分は『生命の書』の前半部分だった。
そして下半分が……全くどこにも書かれていない『魔法の獲得条件』など、絶対に気軽に口にしてはいけないだろうと思われる内容だった。
【隷属魔法】などの精神系魔法についても詳しく書かれているみたいだ。
もしかしたら『生命の書』自体も全ては書かれていない、不完全なものなのかもしれない。
全部写し取って、あとでじっくり読み込もう。
……どこかに『生命の書』の残り部分の石板もあるに違いない。
天井を切り込み接ぎの岩でドーム状に作って完全に塞ぎ、天井に魔効素のみ放出可能な方陣を書いておく。
三角錐を閉じ、全ての魔法を発動させた。
閉じた三角錐が一瞬、激しい光をまるで灯台のサーチライトのように巡らせ、一番最初に入った地中の三角錐部屋のようにドーム内を煌々とした灯りで満たす。
そして石板が吸い上げ始めた魔瘴素が魔効素へとぐんぐん変換されていき、天井の方陣から外への放出が始まった。
「うん、もう大丈夫だ」
暫く三角錐を眺めていた。
俺は表に転移して、上空から東を眺めると大気中の魔効素がゆっくりと大地に降り注ぐ燦めきが見えているだけで吹き出す柱はなくなっていた。
日付が変わったのだ。
最後の仕上げだ。
あの三角錐部屋に入るための方陣を、三角錐真上の地面に描き込む。
その『移動の方陣』は、すうっ……と、大地に浸透し見えなくなった。
方陣の周囲と内側が明らかに違う土の様子となり、まるでリデリア島の南端にあったぽっかりあいた森の穴のようになった。
どうやら、俺の修繕復旧作業は大成功だったようだ。
さて、帰って……ちょっとだけ、なんか食べてから寝ようっと。
このままじゃ、お腹が空き過ぎて眠れないよ。
ところで、真珠ふたつも使う神斎術ってなんだったんだろう?
載っていなかったんだよなぁ……『生命の書』にも今回の石板にも。
まだ見つかっていない部分に書かれているのかもしれないなぁ。
……ワケわかんないものは、取り敢えず受け取らないでおこう。
あ、でももしかしたら俺の作った真珠だから、神斎術はもらえないかもな。
あの琥珀の時みたいに、青い光は見えなかったし。
そーだとしたら……ここに来た人は骨折り損の
まぁ、いっこくらい『はずれ』があってもいいんじゃないかな。
わははははっ!
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