第361話 久々に神様について

 慌てていたとは言え、態々来てくださった法制のふたりをほったらかしてしまったことを思い出し、またまた慌てて食堂へと戻った。

 お詫びを言いつつ応接室に入ると、丁度食事を食べ終わったビィクティアムさんと目が合う。

 いらしていたとは。

 他のおふたりは、スイーツまで食べ終わっているみたいだ。

 すみません、落ち着きのないやつで……



「こちらがリデリア島、そしてこちらがカタエレリエラの樹海近くのものでございます」

 持って来てもらった鉱石をお食事のテーブルに出すわけにもいかなかったので、ティエルロードさんにバーカウンターに来てもらってそこで受け取った。


 へー……リデリア島はやっぱり、火山の近くだったみたいだな。

 二酸化ケイ素・酸化マグネシウムが多くてその他の基本元素も含まれているが、希土類元素もかなり多種入っている。

 ガイエスから貰った、レアアースの塊にとてもよく似ている。

 あそこまでめちゃくちゃに沢山は、含まれていないけど。


 そして一万年以上かけて作られた、泥質ホルンフェルスというやつもある。

 おおっ、こっちのは菫青石……アイオライトが含まれているぞ!

 これ、錆山だと多分相当深い所まで入らないと採れない石だ。


 あの辺、本土側も崖になってて全く海岸がないんだよな。

 リデリア島もかなり高い崖ばかりの島だ。

 ……もしかして、昔は火山があって本土と地続きだったとか?

 噴火のあとに巨大なカルデラができて、海に近かったから陥没した時に海水が流れ込んで分断されてしまったとか?


 コレイルの海側の岩石があれば、もしかしたら解るかもなぁ。

 うーん、こういうのは浪漫だよなぁ。


 カタエレリエラの方は樹海の近くということだが……火成岩だな。

 溶岩の塊だ。

 これは、火山岩で無色の鉱石が多いから流紋岩だろう。

 へぇ、あの辺も火山があるのか。

 あんまり高い山々はなかったと思うんだけど、単独峰が昔あったのかもしれない。


 あのバカでかい樹海には全く違うものもありそうだけど、樹海は禁足地。

 誰も入っちゃいけないのだ。

 こうしてみると、イスグロリエスト皇国は結構火山が多いんだなぁ。

 そうだよな、大断層が横切っているくらいだし。


「……あの、こういう石……というのは、そんなに違いがあるものなのですか?」

 ティエルロードさんには、見入ってしまっていた俺が余程不思議だったのだろう。

 まあ、興味ない人にとっては、どれもこれもちょっと色と模様の違う『石ころ』だもんなぁ。


「鉱石は『大地の歴史書』ですからね。遙か何万年、何十万年も昔の、それこそ大地に神々が降り立った頃の石が、火山の噴火や断層によって地表近くに現れることだってあります。そこに含まれている様々な成分は、言葉のなかった時代にこの大地に何があったかを教えてくれるんです」

「歴史書……ですか」

「ええ、たとえば、この石」

 火山岩のひとつを手にとって、石を分析しながら説明する。


「時々、大地の遙か深くにあって、全てを溶かすほどの熱を含んだ、この大地の『おおもとの力』が外に吹き上げてくることがあります。そのどろどろしたものを『溶岩』といい、それが地表に出て来たことで冷え固まった石がこの『火山岩』。ここに何が含まれているかで、いろいろなことが解ります。どんな力によってなされたことなのか、地表に出て来たあとは、一体どうやって冷えて固まったのか。固まったあとに何が起きて、この形や成分で残ったのか……なんてことも、ある程度、読み解くことができるんです。俺は、それがもの凄く楽しいんですよ」


 分解した火山岩に、いくつかの黒雲母があった。

 そして、ほんの少しの黒っぽい緑色の短い柱状輝石。

 マグマの粘り気が強く、鐘状火山が形成されており、強く激しい火山活動があった証拠だ。

 あまりに激しくて、山体崩壊があったのかも……なんて想像もできる。


「私も、歴史書で遙か昔に山が火を噴き、赤く焼けた川が流れ出した……というのを読んだことがありますが……」

「その証拠が、この石です。これがある所では過去にそういう現象があったのですよ。神典一巻にあった、神々が大地を創った時の『大きく大地を揺らがせて幾筋もの柱を立ち上らせた』って言うのは、そういうことじゃないかなって思ったんです」

「……こんな、なんの変哲もないような石が……神々のなされたことの証拠……」


 あっちの世界の科学者達が聞いたら顔をしかめるようなことだと思うけど、こっちの世界には『神様』がいるからね。

 主神は、大地の神だ。

 大地を作るための火山噴火なんて、神様レベルじゃなきゃできないって解釈でいいんじゃないかなーと。

 それに大地からの全ては、主神からのメッセージなんだっていう方が……なんとなく、素敵じゃないか。


「待ってくれ、タクトくん。この大地は……僕達の立っているここは、神々のおわした大地ではないのだろう?」

 ルーエンスさんが参戦してきた。

 んー……厳密には違うけど……俺の考えを言っちゃっていいかな?


「『神々が創った大地を人に任せた』のは、遙か昔、何十世代も前のことですよ? 土が舞い砂が積もり、朽ちた木々が倒れ重なり、そこにまた土が積もる。そういう場所だって沢山あるでしょう?」

 大地の隅々まで人がいた訳じゃあないし、お掃除なんてできないからね。


「今だって道には石畳が敷き詰められ、家が建てられ、田畑ができる様に土が運び込まれたりしている。だからそういう自然の営みと人の営みが『積み重ねられて』大地を少しずつ少しずつ覆っていったんです。『大地の歴史書』は『大地に生きてきた人々の歴史』でもある。神がそれを全て許容しているのだから、今この土に神々が立っていなくても、ここが神々のいらした大地であることは変わりありませんよ」


 ビィクティアムさんは何も言わずに、俺の個人的主張を聞いているだけだ。

 ルーエンスさんは……ちょっと呆れているかもな。

 俺の神様論は、多分この世界の常識と違っていそうだし。

 だけど……そんなに遠くはないと思うんだよ。


「なぜ、神がお許しになっていると言えるのかい?」

「神々は人々のことがとても好きで、人の営みを見守ってくださっているって知ってますからね」

「え? だって、神々は今は、どこにもいらっしゃらないと神話で……」


 おやおや、忘れちゃったのかなー?

 神典にも神話にも、書いてありましたよー。


「『天の光は全て星』……星の煌めきは神々の瞳、でしょ? 夜の空から、昼の天光から、神の瞳はこの地上を見つめていらっしゃるじゃないですか」


 立ち上がっていたルーエンスさんが、ぽすん、とソファに身体を預ける。

「そうか……我々の町の、その土の下に、いつも『神々の大地』があるのか……」

「深い場所から現れる鉱石は、神々の大地からの贈り物なのですね」

「ああ、そうですね! 『贈り物』だから、深い所から採れた純度の高い宝石や金属だと、魔力の保持力が高いのかもしれませんね」


 レアアースが加わると、金属は保持力が跳ね上がるもんなぁ。

 確かに神々からの『贈り物』なんだろうな。

 いい表現するなー、ティエルロードさん。


「保持力……? 大きさで変わるんじゃないのかい?」

 あれ?

 魔法法制省院が、ご存じない?


「いえ、素材の性質でも大きく変わりますよ。皆さん、試したことがないですか?」

「普通は『魔石』として用意されている物以外に、魔力を入れておこうなどとは思わんからな」


 ビィクティアムさんまでそう言うということは、実験すらも行われていないということか。

 研究している人、いないの?

 もしかして、知ってる人達が秘匿してたりするの?


 俺は金属でも魔石と同じように使えること、そして方陣鋼を【収納魔法】に直入れしていた人から聞いたことなどを話すと三人ともかなり吃驚していた。

 いやいや、シュリィイーレの一般臣民が知っていることなのに?


「知りませんでした……【収納魔法】にそんな作用があったなんて」

 あれれ?

 他のふたりなら持っていない魔法だから詳しくないって言われても仕方ないけど、ティエルロードさんは【収納魔法】使っているじゃないですか。

「【収納魔法】は貴族や士族が持っていても……あまり、意味のない魔法ですしね」


 そう言ってティエルロードさんは、少し自嘲気味に笑う。

 ああ……そもそも『ものを沢山運べる魔法』なんて、貴族や士族じゃ使わないからか。


 そういう『貴族っぽくない魔法』は、持っていたとしても誰も口にせず、教会でも全く研究されていないということか。

 寧ろ、その魔法を持っていることすら恥ずかしいと思っている人もいるのかもしれない。


「全ての魔法は神々からの『恩寵』で、その人が使いこなせる資格と技能があるから芽生えるものなのだと思うんですよね……なのに、それをちゃんと知ろうとしないっていうのは、俺からしてみると神への冒涜に感じますけどねぇ……」


 ちょっと言葉がキツイかもしれないけど、魔法で身分が決まるとか魔力量が絶対の価値観だなんて言ってるくせに、その研究と探求が偏っているなんて信じられないことだよなぁ。


「しかし、神がくださったものを態々『調べる』なんて、疑っているということになりませんか?」

「『疑いから調べる』のではなく『理解するための努力をする』ということです。深く知ること、知ろうとすることは寧ろ神々が我々に望んでいることですよ? 『汝自らの智を以て扉叩くべし。されば開かれん』……扉は全ての魔法に対して『理解しよう』とする心に現れるもので、俺達自身が『識る』ことでのみ開かれるってことじゃないですかね」


 きっと、皆さん神々を信奉するあまりに、自分たちは唯々諾々と従うことがよいと、どこかで思考をストップさせているんじゃないだろうか。

 神典にも神話にも、繰り返し『智』が語られているというのに、どうして考えることを拒否できるんだ。


 ああ、久しぶりに、迸る俺的神様理論を繰り出してしまった……

 受け入れられなくても仕方ないけど、せめて……怒られないといい……かな。

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