第360話 在籍地

 まだまだ夏の暑さのまっただ中である夜月よのつきの十五日、若干項垂れた様子のルーエンスさん達が再訪した。

 そろそろ身体に疲れが溜まってくる頃なので、夏バテ気味なのだろうか?

 本日のランチメニュー、焼きイノブタのたっぷり玉葱と赤茄子ソースは夏バテには最適ですよ。

 ビタミンB1とアリシンの組み合わせは、最強なのです。


「……ありませんでした」

 応接室でランチを用意した時に、ティエルロードさんがぽそっと呟く。

 何がなかったのかな?


「あの、ご依頼いただいていた不思議な作用の赤い実……リデリア島とカタエレリエラの樹海付近まで隈なく探しましたが……」

 ……

 あーっ!

 ミラクルフルーツか!

 いっけねー、頼んだまんまだったよ!


「すみません……実は代替品が見つかっておりまして、もう必要ないというか……」

「えっ? あんな不思議なものの『代替品』なんて、あったの?」

 おおぅ、ルーエンスさん、いきなり立ち上がらないでくださいよ。


「はい、リルーゴといいまして、カタエレリエラ南端で自生していました。東市場に売りに来ていた方がいて、偶然見つかったんですよ」

「……カタエレリエラ……行ったのに……」

「左様、でしたか……こちらでご用意できなかったのは……本当にっ、残念ですがっ、よろしゅうございました……」

 ティエルロードさん、めっちゃ悔しそう……


 リルーゴを試してみたいと仰有るので、旧エナドリで試飲。

 最初の一口は酸味が強くて全く飲めなかったのに、リルーゴの実を舌に擦り付けるとあら不思議。

 甘くて美味しいジュースに早変わり。

 勿論試飲ですから、ちょっとだけですよ。

 それでも結構、体力回復になったみたいだ。

 ふたりのお腹の辺りに、キラキラが戻ってきた。


「……こんな植物があるなんて……」

「これを、何にお使いに? 菓子ですか?」

「いえ、俺の婚約者(仮)が、薬師でして。傷病中の方や、病み上がりの方々の体力回復のための薬に使うんですよ」


 ふたりが目を見開き、驚きの表情を見せる。

「体力の……回復薬? タクトくんの婚約者が作ったの?」

「はい」

「凄い……そのような作用のものを王都の薬師達も研究しておりますが、できあがったという報告はされておりません」

 ありゃ。

 もしかしてメイリーンさん、とんでもない偉業を……?


「その薬は、薬師組合を通して登録されていらっしゃるのですか?」

「多分……名前をこの間考えていましたから」

「その方の在籍は? シュリィイーレでございますか?」

 え、そこ、大事なの?


「えーと……すみません、俺、よく知らなくって……」

「もし、他領の在籍でしたら即刻、シュリィイーレに変えることをお勧めいたします。その技術や魔法を欲する者は多くおりますので、在籍領地からの強制帰還要請も考えられます」

 なんですとっ?

 メイリーンさんを奪われるなんて、あり得ないですよっ!


「ちょっと、彼女に確認してきますのでっ! どうぞごゆっくりお召し上がりくださいっ!」

 じょーーーーだんじゃなぁぁぁい!

「あ、タクトく……」


 俺は呼び止めるルーエンスさんをスルーして、食堂を飛び出すとソッコーでマリティエラさんの病院前に転移、メイリーンさんを訪ねた。

 そして、今、聞いてきたことを伝えて在籍地を確認すると……


「あ、あのね、実はこの間の、身分証の再登録の時に、お姉さま達に言われて……シュリィイーレに在籍地、変えたの」


 そう言って、メイリーンさんは身分証を見せてくれた。

 そこには『在籍 シュリィイーレ 移動制限無』の文字が。

 ふわぁぁぁぁぁ……よかったぁ!

 ライリクスさんとマリティエラさんが身元引き受け人となってくれて、しかも俺との婚約(仮)の保証人が陛下と妃殿下……ということで問題なく、即時在籍変更ができたのだとか。


「そっかぁーーーー安心したぁ……!」

「ご、ごめんね? 心配かけちゃって」

 いやいや、俺が知らなかった方が悪いんだよ……ん?

 銀証……?


 あれれ?

 そういえば……うん、ずっと『銀』……だったよね?

 でもメイリーンさんは十八家門じゃなくて、確か父親が従者の家系で……でも『家系魔法』があるって……

 従者家系で血統を保っているレイエルス神司祭の家門であれば、血統魔法が出ただけで銀証なのは解る。


 だが、メイリーンさんの父親はコレイル領の人だったはず。

 レイエルス家門は、ルシェルス領の扶翼・ゲイデルエス次官の従者だ。

 と、なると……聖魔法を保持していない限り銅証のはずだ。

 メイリーンさん……もしかして、聖魔法も持っているのか?


 そっかー……シュリィイーレ在籍になったってことは、もともとの領地……多分、コレイルから、聖魔法師が移籍しちゃったってことになるのかー。

 メイリーンさんの家門が従者になっていたのが、どの家門かわかんないけど……がっかりしてるだろうなぁ。


「……よかった。メイリーンさんがどっか行っちゃったらどうしようかって、凄く焦っちゃったよ」

「どこにも、行かないよ。タクトくんがいない所なんて、あたし、絶対に嫌だもん」


 ああ、抱きしめたい。

 しかし、どこにマリティエラさんの目があるか……


 両手を取り、ぎゅっ、と握り締めて彼女の手の甲に軽く、口付ける。

 目をあげると、メイリーンさんが真っ赤になってた。

 くっそー……ちゅーとか、ぎゅーっとか、してぇぇぇぇぇっ!



 応接室の二人、と…… 〉〉〉〉


「すっごい勢いで行っちゃったねぇ……大丈夫だって、教えてあげようとしたのに」

「あ、省院長、ご存知だったのですか。それにしても……ご婚約なさっていらしたのですね。まだ適正年齢までは、随分とあるのに」

「あのふたりが正式婚約になったら、結構貴族達はざわつくだろうねぇ」

「まさか、お相手の女性も金証の?」

「いや、彼女は銀証。従者家系だけど……家系魔法と聖魔法を持っているからね。しかも『体力回復薬』かぁ……とんでもないお嬢さんだ」


「それぞれ家系魔法を持つ、神聖魔法師と聖魔法師のおふたり、ということですか。確かにそれは貴族の方々だけでなく、教会関係者からも注目の的になるでしょうね」

「彼女の持っている聖魔法がかなり珍しいものだし、タクトくんはあの通り破格な魔法師だからねぇ。その上、あのふたりの婚約保証人が陛下と妃殿下なんだよ」

「えええええっ?」

「いきなり立つなよ。溢すよ?」


「あ、失礼しました……それは……凄いですね。皇王と妃殿下が保証人……となると、皇家傍流と同等扱い? それで『献上品の分配』が可能と勘違いされた?」

「それもあるかもしれないと思って、陛下にはもう一度皇家典範を熟読していただくようにあの後お願いはしたよ。適性年齢に達していないんだから、皇家傍流と同等なんてあり得ないでしょ?」

「……そうでした。焦ってしまいました……」


「だけど、タクトくん達の結婚式なんて、ある意味、皇太子のご成婚より……あ、いかん、いかん」

「はい。不敬ですよ」

「……神聖魔法師との比較なんだから、あからさまに『不敬』でもないと思うんだけど」

「それは聞いた者の受け取り方次第です。揚げ足を取られるような発言であることは、否めません」


 がちゃっ


「じゃあ、ビィクティアム、ここで……ありゃ、すまん。先客か」

「セラフィエムス卿!」

「おや、法制……ああ、『石』か。いいか? 同席して」

「勿論だとも! それと……お久しぶりでございます……先生」


「……ふぅ……そりゃ、誰のこった?」

「失礼致しました。今日の昼食、とても美味しいです」

「そうだろうとも! うちのはなんでも、全部最っ高に旨いんだよ。味わって食ってけよ?」

「はい」

「ビィクティアム、すぐ持って来てやるから待ってろ」

「ありがとうございます」


「……今の方は、タクト様の父君で?」

「うん、そう。そして、僕達のかつての『師』だよ」

「『師』……? ……まさか、まさかっ! 『天賦俊傑の魔導技師』……!」

「懐かしい二つ名だな」

「僕らにとっても、その名は誇りだったねぇ」


「……生きて、おいでだったのですか……あ、いや、失礼しました」

「無理もないよね。皇家の不始末ではなく、彼等自身のことだけとするならば悲劇の方が後々面倒がない」

「いや、実際に『死んだ』のだ。もうどこにも俺達の師はいない。ここにいるのは凄腕の鍛冶師でタクトの父親だ」


「この間の再登録見て、吃驚しちゃったよ。『絆壊はんかいの儀』をなさったはずなのに、ふたり共新たに聖魔法を獲得していた」

「おい、ルーエンス!」

「平気だよ、この部屋の全ては外に絶対漏れない。タクトくんの魔法は完璧だ。ティエルロードは知ってるしね。今回からはこの町の聖魔法師の情報は、教会司祭だけでなく、衛兵隊長官である君にもその内連絡の行くことだ」


「はい。この度の再登録で、シュリィイーレにはかなり銀証の方が増えております。元々のご領地からの転籍をご希望の方々も多かったのですが、新たに聖魔法を顕現なさった方も数人いらっしゃいました」

「その中にあのおふたりが……そうか……流石だな、あの方々は」

「うん。一度聖魔法を閉じられているのに『以前とは別の聖魔法』が顕現するなんて、初めてのことだよ。余程神々は、お二方を愛しく思っていらっしゃるのだろうね」


 かちゃっ

 カラカラカラ……


「ほれ、昼飯と、どうせ菓子も食うんだろ? 一緒に持って来たから」

「あ、ありがとうございますっ!」

「……おいおい、魔法法制省院の役人が、食堂の親父に頭なんか下げるなよ。こいつらが何言ったか知らんが、ぜってぇ誰にも言うなよ?」

「はいっ!」


「その運び台は、随分と小回りがきくのですね?」

「ん? ああ、タクトが作ったんだよ。なんでも……『軸受』ってのを使って回転を補助すると滑らかに動く……らしい」

「こういった運び台はよくありますが、こんなに軽く簡単に方向転換できるものは初めて見ました」

「あいつは、こういう細けー所を『便利』にする道具ってのが得意なんだよ。じゃ、ゆっくりしていけ」


 かしゃん


「うーん……もの凄く珍しい光景だったなぁ……まさか先生に食事を運んでもらう日がくるなんて、考えてもいなかった」

「ああやってタクトが作ったものを俺達の目の前で使って、さりげなく自慢しているんだよ。うちの息子、凄いだろって」

「昔から子供好きだったけど、我が子は格別、か」


「……『あの』おふたりが……幸せにお暮らしで、本当に良かった……です」

「そうか、ティエルロードはウァラクの……ハウルエクセム家門だったな」

「はい。おふたりの……魔法を閉じた司祭は……うちの家系でしたから。なんだか、少し救われた気分です」


「うわ、この菓子、すっごく美味しいっ!」

「……雰囲気ぶち壊すの、得意ですよね……省院長は」

「重っ苦しいんだよ、おまえの話は。ほらっ食べてみなよ、とんでもなく美味しいから」

「ほう、甜瓜だな。あいつ、栽培に成功したのか」


「えっ? 甜瓜なんて、王都にも殆ど入ってきませんよっ?」

「セラフィラントで作っていたっけ?」

「数は採れんから、他の領地には出していないけどな。去年、父上がタクトに少しばかり渡したから、種から育てたのだろうな」

「そーいえば【神聖魔法:育】なんてものがあったっけ……神聖魔法で育てた甜瓜なのか……旨い訳だなぁ」



「……私もシュリィイーレ在籍にしたいです……この食堂の料理や菓子が毎日食べられるなんて、至福以外の何ものでもありません」

「却下」

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