第359話 ありがとう、と言いたくて

 真夏の氷菓祭り、メロン様も加わって破壊力アップです。

 本日は、メロンシャーベットとピスタチオアイス。

 一口サイズにまぁるく固めたものを複数個、チャンクした甘めのコーヒーゼリーの上に。

 その上からさっぱり味の虹色ジュレと柑橘ソース。


 アイスとシャーベットは溶け出してしまわないように、温度管理ばっちりの器で提供いたします。

 コロコロとしたアイスが可愛い、見た目にも涼しげなスイーツとなっております。


 ふと、店内を見回すといつもの衛兵さん達や神官さん達、女の子達もいるけれど一見さんも何組かいらっしゃるご様子。

 またしても『夏の辺境ツアー』でも始まったのだろうか?

 でももう、迅雷の英傑ビィクティアムさん目当ては無理ですよー。

 いらしたら即座にVIPルームにお通しいたしますからねー。

 あの部屋作って、大正解だな!



 初めていらしている男性ふたり女性ひとりのお客様のテーブルに、アイスをお届けしたら女性の方から、可愛いぃぃ! と言うお声をいただきました。

 楽しんでいただけているみたいで、よかった、よかった。

 なんて、悦に入っていたら、男性のひとりに引き留められた。


「あの、この緑色のって……なんの味なんすか?」

「これはセラフィラント、リエルトン港近くのシュライエルで採れる『楷樹緑果かいじゅりょくか』です。コクがあって独特の風味ですが、とても美味しいですよ。それに、身体にもとても良いんです」


 確か抗酸化物質を増やす作用があるんだよねー、ピスタチオって。

 ……このアイスの状態でその効果があるかは、解んないけど。

 ジムのトレーナーさんにもエアロビ教室の講師さんにも、勧められたナッツのうちのひとつだよ。


「知らなかったぁ……身体にもいいんだぁ。んっ、美味しい……!」

 嬉しそうにピスタチオアイスを頬張る女性を、男性ふたりが見守っているって感じ……三角関係とかじゃないですよね?


 相変わらずライリクスさんは、半泣き状態で微笑みながら食べるという独特のスタイルだし、ファイラスさんからは『ほへほぃぇぇ……』などという奇声が漏れている。

 神官さん達もかなり氷菓がお好きらしく、アイスの時は必ず四、五人でいらっしゃる。


 うーん、やはりアイスやシャーベットってのは、みんな好きなんだなぁ。

 通年販売を考えてもいいかもしれない。

 ……大雪の時以外は。


 そしてもうひとりの一見さんは、ちょいとゴツイ感じの……職人さん? みたいな人だ。

 もしかしたら南門の工事に入っている、石工さんか建築師さんかもしれない。

 外門改装も残す所、南門ただひとつ。

 一ヶ月後には、シュリィイーレの防災体制完全リニューアルで、更なる防御力の向上が図れるのである。

 心配された水源枯渇も、水量が若干少なくなる程度で済んでいるので『湧泉の方陣』が差分を補うくらいで問題ない。


「あー、この、黒っぽいものはなんだね?」

 ゴツイさん(仮名)には、ちょっと不思議な食べ物なのかもしれない。

「ルシェルス産の珈琲豆というものの抽出液と、デートリルスで採れる海草を使った『カフェジェリ』という菓子です。本来少し苦味のあるものですが、今日のは砂糖を加えて甘くしてありますよ」

「この町まで、ルシェルスのものが入ってきているのか!」

「正確にはルシェルスからセラフィラントのリエルトンに入って、そこから運んでもらったものです」


 ゴツイさん(仮名)は、それで納得してくださったようで、そうかそうか、と頷きながら食べてくれている。

 随分と、コーヒーゼリーを気に入ってくれたみたいだ。



 食べ終わったらしい三人組の女性が立ち上がったので、お帰りかと思ったら声をかけられた。

「タクト様、ですよね?」

「はい……えーと?」

「御免なさい、名乗らなくって」


 そういってにっこり微笑んだその人は、なんとリエルトン港の港湾長・アリスタニアさんという方だった。

 そして、真っ直ぐに俺を見て、ありがとう、と……え?

 お礼を言いたいのは、俺の方ですよ?


「リエルトンは……大型の遠洋船が入るには浅すぎて、でも、いい魚が入ってくるような場所でもなくて、貝も海草も採れない港なの。だけど、南からのものはリエルトンで受け取らないと北側へ運ぶにも、王都に運ぶにも大変だからって……消去法みたいな理由で決まった港だったの」


 アリスタニアさんはちょっと俯きながら、悔しそうに言葉を続ける。

 港以外はすぐに砂丘になってしまう、何も育たない場所。

 目を引くような特産物があるわけでもなく、決して肥沃とは言えない土地が多い地域。


「ずっと、何もない、ただ物が通過するだけの港しかない所だって言われ続けていたわ。だけど、タクト様が『貿易港』って言ってくれて、もの凄く嬉しかった。それに、セラフィラントではリエルトンにしかない、楷樹の……楷樹緑果を欲しいって言ってくださって、本当に、本当に嬉しかったの」


 アリスタニアさんの瞳が潤んでいる。

 ずっと、ずっと、頑張ってきたんだろうなぁ。


『何もない』とは言っても、セラフィラントに『貧しい』なんていう地区はない。

 生産されるものがなくても流通で、素材の産出がなかったとしても加工や技術で各地区の産業は成り立っている。

 だけど、やっぱり『我が町の特産品』が欲しいと、誰もが思うものなのかもしれない。


「こんなに美味しくて可愛い氷菓になるなんて、思ってもいなかったわ。その他の食べ方とか、保存方法まで教えていただけて。今度、シュライエルでは加工工房もできるの。やっと、リエルトンからこの地区で作られた物を運ぶことができる……! どうしても、自分の口でお礼が言いたくて! ありがとうございます……!」

「俺の方こそ感謝しています。これからもお取引させてくださいね?」

「勿論よ! タクト様が欲しいって仰有るものなら、全部取り寄せてみせるわ!」


 おお、なんと頼もしい。

 セラフィラントの人は領主家門に似て、強いねぇ。

 格好いいったらないよね。


「リエルトンほど、あらゆる品々が集約されるのに相応しい場所はないと、俺は思っています。王都まで最も最短距離で運べる港はリエルトンですからね。南側にあるカルラスやデートリルス、大型船が着くオルツからでは山を迂回しなくてはいけないし、北側のロカエやセレステからだと大河の支流を越えなくてはいけない」


 きっと鉄道でもあれば、高低差もほとんどなく真っ直ぐに線路が造れるリエルトンは最も輸送に適した港なのだ。

 まぁ……この世界で鉄道は、あまり現実的ではないけど。


 だけど、馬車方陣だって山や川を跨ぐには限度があって、小刻みに設置しなくちゃならないらしい。

 それがないだけでも、リエルトンのアドバンテージは高いと言える。

 俺が手直しした方陣なら……多分、山越えとかも大丈夫なんだろうけど、常設型だと維持魔力量が結構いるのかもしれない。


「方陣門に頼らずとも輸送できるのは、絶対に強みです。俺の育った町もそういう港でしたよ」

 なにせ『東洋一の商港』とまで、歌われたことのあるほどですからね!

 首都への輸送に便が良いというのは、大きな強みなのですよ。


「……凄いわ、あたし、こんなにリエルトンを誇らしいと思ったの、初めてだわ……」

「お嬢……」

「ガートン、呼び方」

「いいじゃないっすか、ここは『港』じゃないっすよ」


 故郷を誇れるってのは、素晴らしいことだよね。

 俺も、シュリィイーレのことは誰にだって自慢できますよ!


「タクト様、秋になったらまた沢山送りますから、うんと可愛いお菓子にしてね!」

「……頑張ります。あの、その、『タクト様』ってのは……止めて欲しいかなぁ」

「あら、いいじゃないですか! タクト様はあたし達の恩人だし! 一等位魔法師なんだから、当然よ」


 こ、こそばゆい……

『様』付けは、かーなり居心地が悪い。


「それじゃータクトっ、また来るわね! 欲しいものができたら、すぐにお手紙頂戴ねーっ!」


 大きく手を振って、真夏の日差しのように明るい笑顔で、アリスタニアお嬢は食堂をあとにした。

 あんなに砕けた口調で馴れ馴れしそうに見えるのに、絶対に俺に触れて来たりしなかったな。

 手を伸ばしてすぐに、俺に触れられるほどの距離に近寄って来てもいなかった。


 俺が自分たちより『階位が上』であることを知っていて『不敬』にあたる『接触』をしなかったってことだ。

 ホント、すげーなぁ、セラフィラントの人達は。

 そういうことがきちんとできるからこそ、港湾長として『上に立つ人』なんだろうな。


 そして、これからもピスタチオは毎年買わせてもらえそうだし、ルシェルスやカタエレリエラの物とかも、取り寄せてもらえるかもーー。

 ふっふっふー。



 食堂の人々 〉〉〉〉


「……リエルトンの港湾長でしたか。道理で、弁えていらっしゃいましたねぇ」

「セラフィラントの要職にある人達なら、当然だろうね。長官の評判に直結するし」

「タクトくんに抱きつきでもしたら……と、少々警戒してしまいましたよ」

「ふふぇぇー……この甜瓜の氷菓、めっちゃくちゃ美味しいなぁ! おかわりしちゃおうかなぁ」

「これ以上太ったら、巡回の担当がまた増えますよ?」

「う……」


 *


「流石、タクト様です」

「まったく。産地のことや、セラフィラントのことまであれほど詳しく……」

「訪れていないはずの場所の地形など、一体どうしてご存知なのでしょう?」

「司書室にあった本に、そういった各地域のことが書かれている物がありましたよ。まだ私は……全部は読めておりませんが。きっと、タクト様は全て読んで把握していらっしゃるのですよ」

「流石、タクト様です」


 *


「凄いわ、セラフィラントから直々にお礼に来るなんて」

「やっぱり、タクトくんの作る物って、いろいろな所から取り寄せているのね」

「王都の菓子店に負けないくらい、あちこちの物を使っているわよね」

「シュリィイーレのお菓子、どの店も美味しいけどタクトくんのが一番好き……!」

「早くショコラ・タクトの季節にならないかしら」


「ねぇ、ショコラ・タクトと、この氷菓が一緒になったら凄いと思わない?」

「絶対に美味しい……!」

「でも、そしたら値段も上がっちゃいそう」

「……今から、お金貯めようかしら……」

「そうね、きっとまた新しいのも出るから、通わないと……!」


 *


(他領に精通し、今まで陽の当たらなかった農産物や海産物を買い上げていらっしゃる訳か。こうして利用方法や味を知れば、他の者達も使いだして更に需要を増やしていける……そうして、産地にもこの地にも、貢献していらっしゃるということなのだな。まさに貴族の有り様ではないか……)


 *


(やはり面白い方ですねぇ……これは、我が領地もうかうかしていられません。このシュリィイーレで認められた物は、皇国中で競うように買われますからねぇ……)

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