第358話 リルーゴ、初納品

 本日は、待ちに待ったメロン様の収穫である。

 ふっふっふっ、最高の熟れ具合、キラキラ満載のメロン様がたわわに実っていらっしゃる!

 なんと全部で二十個ほどが収穫でき、いずれも素晴らしいでき映えである。

 やはり【麗育天元】が、良い仕事をしているようだ。


 そしてなんと今まで栽培系には【複合魔法】での一発育成ができなかったのだが、【文字魔法】で書いた栽培手順と必要な種や肥料などを同じ箱に入れると、果実ができあがるようになったのである!

【麗育天元】さん、マジ、パネェっす!


 ま、この方法でできた果実は漏れなく『青』キラなので、俺としてはあまりやりたくはないのだが。

 おかしーなぁ。

【麗育天元】は絶対に緑系なのに、なーんで全部青キラになっちゃうのかなぁ。

 俺の神様、加護が強過ぎー。



 ランチ時間の少し前、なんと、エイリーコさんが息子さんと一緒にやってきた。

 どうやらリルーゴの収穫ができたので、届けに来てくれたらしい

 しまった、予想外に早かったぞ。


 一緒に来てくれたのはご長男・ハルエスさんで、俺よりふたつ年上だとか。

 次男のテニーノくんとリテアさんは、今回はお留守番ということだ。

 応接室にお通しして、早速リルーゴを……おや?


「おふたり共、立ってないでこちらに座ってくださいよ」

「いいや、だって、タクトさん……俺達は客じゃないしっ、そんな、失礼だし……」


 ハルエスさんは真面目だな。

 んー……俺としては、生産者さん達とは対等でいたいんだよなぁ。

 ましてや、俺が作付依頼をした訳じゃなくて、元々作っているものを買わせてもらうのだし。


「農園で作っているものを売ってもらうっていうのは、対等の取引ですよ。こちらにかけていただいて『仕事の話』をしたいだけですから。それに、シュリィイーレでは身分とか、そーいう気遣いは要らないですからね」

 俺がそう言うと、ふたり共おそるおそるではあるがなんとか腰掛けてくれた。


 持って来てくれたリルーゴの状態はとてもよく、俺が育てたものより遙かに大きな実であった。

 やっぱり、日照時間なのかなぁ。

 南の方の作物は魔法で調整しても、なかなかシュリィイーレでは難しいのかもしれないなぁ。


「うん、凄く良い状態ですね。全部買い取ります。えーと……これくらいでどうですか?」

「こ、こんなに、デスか? お、多いノデはないノデスか?」

「いいえ、リルーゴにはそれだけの価値がありますから。それに運搬の時に越領料金かかってますよね? その分も含めてです」


 これでメイリーンさんにエナドリ……メイリルクト、作ってもらえるぞ。

 あ、顔が緩む。


「そうだ、鑑定の方陣、いかがでした?」

「方陣はまだ、慣れテません……とテも、見える時と見えない時、ありまスノ」


 やっぱり、方陣札とかもあまり使っていなかったんだろうな。

 魔法がなくても、皇国では割と安価で方陣札が買える。

 でもそれも使わずに『魔法での作り方が解らない』ということは、魔法の使い方そのものに慣れていないから、手を出さなかったんだ。


「魔法も方陣も毎日使うと、魔力も増えるし魔法の使い方も効率よくなりますからね」

「そ、デスノネ! 鑑定、難しいデスノデスけど、楽しいデス」

「俺も、毎日見るようにしてます!」


 うん、良い傾向ですよ。

 まずは最も発動に使用する魔力の少ない技能方陣と、もともとエイリーコさん達が持っている汎用魔法を使うことで『魔法』に慣れてもらうのが一番。

 そして毎日ちゃんと見れば、鑑定系の技能が出やすくなるだろう。


 魔法使用に慣れていない人に、いきなり中位や上位魔法の方陣を渡しても、全く知らない魔法だとろくなことはできない。

 お子様用の三輪車しか乗ったことのない人に、ロードバイクは乗れないからね。


 来年の春頃には、魔法自体にかなり慣れて効率のいい魔力の使い方も解ってくるはずだ。

 そうなれば、上位魔法である『植物魔法の方陣』も上手く使ってもらえるだろう。

 もしかしたら、もっと楽にリルーゴもカカオも育てられる魔法が手に入るかもしれない。


「移動魔法は、問題なかったですか? 教会の人達、変な顔とかしてませんでした?」

「いえいえ、とても、大丈夫デした!」

「同行者用ってのも全く俺の魔力使わなかったです。教会の方々も、もの凄くよくしてくださって……ただ、そのぉ……」


 おや? 何か?


「教会の人達が……タクトさんに宜しくって……これを……」


 小さめの箱に入った貴石を使った胸章や襟章、そして、手紙が数通。

 ご挨拶状と……付け届け……というやつですかね?

 シュリィイーレのテルウェスト司祭はカタエレリエラ扶翼のご家門だから、一緒にいた俺の機嫌を取って便宜を図って欲しいとかそういうことだろう。


 いるとは思ったんだけどね……こういうことする人。

 でも、中継地点五カ所全部とまでは、思ってなかったなー。


「すみませんでした。俺も予想はしていたんですが、こんなに不届き者がいるとは……預かってきたものは、全て返却してください。今後、何があっても中継地点では何も預かってこないでもらえますか?」


 そして、彼らから何を頼まれようと、一切その願いを聞く必要はなく、全て断って欲しいと頼んだ。


「勿論、教会の方々には言いづらいと思いますので、俺からの各教会の方々への通告書と、約定書をお渡しいたします。約定書に署名をもらって、もう一度ここに来てもらえますか?」


 通告書は『一等位魔法師の仕事を請け負っている途中の者に、勝手に他の仕事をさせるなんてけしからーん!』という抗議のお手紙。

 約定書は『今回は見逃してやるから二度と物品を預けたり、所用を依頼したり、伝言をしたりなんてこと、一切するなよ? 解ったよな?』って内容で『解りました、御免なさい。もうしません』のサインをさせるのである。

 ふたりは顔を見合わせ、少しほっとしたように肩を落として頷いた。


「……他にも、何か頼まれちゃってましたか?」

「お菓子を……買ってきてもらえないか……と」


 俺が依頼している大切な生産者様を、パシリにするなんて許せん。


「はぁ……なんて図々しい人達だ。他人の魔法や、好意に便乗して楽をしようだなんて! 買っていく必要はないですよ。お金を預かっていたら、必ず返してください。それと、これもお渡ししておきますね」


 俺が渡したのは『限定移動方陣門使用者証』と『限定方陣門使用同行者証』の精徹鋼せいてっこうのプレートを各二枚。

 役所に登録した『越領通行承認証』である。


 身分証と同じサイズで軽量化して重さを感じないように作ってあるので、いつも首から提げていてもらえる。

 その場で使用者証にはエイリーコさん、同行者用にはハルエスさんの魔力を登録してもらい、他の二枚はお留守番ふたりに同じようにして持っていて欲しいとお願いした。


「それと、これは身分証とその証明札が一緒に入れられるものです。できれば、こっちに入れて一緒に首から提げていて欲しいのですが……いいですか?」


 身分証と証明プレートが二枚セットで入れられるもので、一枚ずつスライド回転させて取り出すこともできる。

 紛失防止だけは付けてあるが、それ以外は特になし。


「こんなに、もらっちゃっていいんですか?」

 ハルエスくんにちょっと、不審がられてしまったか?

「俺が仕事をお願いしているという証明ですし、紛失防止の機能があるので是非使って欲しいです」


 この『証明札』というシステムは、貴族や王都の商人達が出入りの業者や生産者達に発行して、領地ごとの越領門を通過する際に提示すると審査がスムースに行くというものだ。

 仕事上の身分証明書、『社員証ID』という感じである。


 そしてこれで移動してもらえると、越領料金は俺にまとめて毎月請求が来るようになるのでいちいち支払いをしてもらわなくていいようになるのである。

 ちゃーんと役所に届け出済みだから、すぐに使ってもらえますよ。


「ありがと、ございまス、タクトさん」


 やっと、緊張が解れたのか安心したのか、エイリーコさんが初めてあった時のような笑顔になってくれた。


 リルーゴの納品も、もう少し後かと思ってて必要書類や証明札を渡していなかったから来る時に随分手間だっただろうなぁ。

 悪いこと、してしまった。

 せめてお昼ごはん、食べていってもらおう。



移動中のふたり 〉〉〉〉


▶シュリィイーレ→レーデルス


「シュリィイーレって、全然テルレオネと違うんだな」

「そーだねー。でも綺麗な町だったねー」

「タクトさんって、いい人だ」

「そー言ったでしょー。とても、誠実。食事ももの凄く美味しかったねー」


「うん、魚が出て来てビックリしたけど旨かったなぁ……さわら? だっけ」

「タクトさんは、いろいろ、もの凄く、頑張る人ね、きっと。だから沢山のこと、知っている。あのお部屋、昔のマイウリアの海みたいだった……」

「……そっか、あんな感じだったんだね。綺麗だったよなぁ」


▶レーデルス教会


「……と、言うわけデス司祭様。これ、タクトさんから預かってきマした」

「そ、そうか……すまなかったね……」

「署名、お願いしマース」


(どどどどどうしようっ! 輔祭様を怒らせてしまったっ! ああっ、で、でも、今回はお目こぼしくださるとのことだしっ! お詫び状を送っておかなくては!)



▶シーヴェイス教会


「……と、言うわけデス司祭様。これ、タクトさんから預かってきマした」

「お受け取りいただけなかったか……」

「署名、お願いしマース」


(お若いのに、たいしたお方だ。この程度の宝具では揺るがぬか)



▶コフトロス教会


「……と、言うわけデス司祭様。これ、タクトさんから預かってきマした」

「なんとっ!」

「署名、お願いしマース」


(ううむ、封を開けてもくださっておらぬ……噂以上に厳しいお方のようだ)



▶イシュナ教会


「……と、言うわけデス司祭様。これ、タクトさんから預かってきマした」

「そうでしたか。すみませんでしたね、お二方」

「署名、お願いしマース」


(まこと、シュリィイーレには面白いお方が集まるものだ。これは是非とも、直接お会いせねば)



▶ルージリア教会


「……と、言うわけデス司祭様。これ、タクトさんから預かってきマした」

「返された……のですか……」

「署名、お願いしマース」


(ま、まずいです……! 私が直接、タクト様に接触しようとしたのがばれてしまったら……!)



▶エイリーコ農園


「ただいまーぁ」

「あれ? 父さんは?」

「タクトさんに頼まれたものを届けに、もう一度シュリィイーレに行ったよ。これ、テニーノと母さんにもって」


「あら、あらあら、とても綺麗な身分証入れ!」

「サラおばさんがしていたやつより綺麗だ」

「この『証明札』と、身分証入れ両方に魔力を通してくれって。それから、こういう風に入れて……」


「『同行者証』……! そっか、これ、検問が簡単になるやつだ」

「うん。それを見せたらすぐに通してもらえたよ」

「あら、軽い。いいねー、これ」


「な、兄ちゃん、どんな人だった?」

「見た目は結構若い……というか、おまえより年下に見えるくらいだ。でも、いろんなことを知っている人みたいだ。タクトさんが作ったっていう器なんて、貴族のものみたいだった」

「うーっ、俺も早く会いたいーーっ!」


「あ、それと、これも……えっと『害虫除け一式』だって」

「虫除け香とその入れ物? あらあらあら、足に着けられるのね〜! これはいいね〜」

「魔虫を退治できる道具もあるぜ! 『閃光仗』……うわ、すげぇ! 光が出た!」

「シュリィイーレも魔虫が出るんだな。他の農園や畑じゃ結構退治が大変だって言ってたけど、これがあればうちは平気かもな」


「そね〜カカオ、ちゃんと守って、美味しく育てなくっちゃね〜」

「兄ちゃん、もしもの時にって毒消しまで入れてくれてるよ」

「……すげぇ、これ塗り薬だ。飲み薬だけじゃないのか、シュリィイーレでは」


「たーだいまー」

「早かったね、父さん」

「うん、書類渡すだけだったからねー。なのに、依頼以外のことをしてもらったから、て言われて、これ貰っちゃったよー」


「ええっ? リルーゴだって、あんなに高く買い取ってくれたのに……」

「んーと『運賃』? とか言って、元々の依頼じゃない、何かを運ぶ時は、必ず貰わないとダメですよーて、言われてねー」


「お土産も貰っちゃったよー」

「うわーっ! 初めて見る菓子だ! 『かふぇじぇり』? うわー冷てー」


「あの人、俺達に『対等』って言ってたけど、絶対にお客さん扱いだろ、これ……常識知らず過ぎだよ」

「シュリィイーレでは、常識、なのかも」

「貴族じゃないんだぞ?」



「王都より、よっぽどシュリィイーレの方が『王都』だったねぇ。不思議な町ねー」

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