第357話 名前を付けるということ

 本日はメイリーンさんのお誕生日でございます。

 父さんは母さんに髪留めセットを贈り、心からの謝罪を受け取ってもらえたらしく、ふたり共ご機嫌でメイリーンさんとライリクスさん、マリティエラさんをお迎えしたのでございます。


 ビィクティアムさんは残念ながらご領地の方へお帰りになっていて、明後日にならないと戻ってこないとかで欠席です。

 今日だけのスペシャルケーキは、残念ながらお召し上がりにはなれないようでございます。


 俺が渡したプレゼントの『髪留めセット』は、飾り留めを小さめサイズの同じデザインで、色違い七セットのご用意と各色のピン留め十本ずつ。

 レインボーカラーで毎日いろいろ組み合わせてご使用いただける、バリエーションキットでございます。

 飾り棚としても使ってもらえる化粧箱に入れてあるので、お部屋のインテリアとしてもどうぞ。


「凄い! 綺麗っ! 可愛いっ! ありがとう!タクトくん!」

 マリティエラさんとライリクスさんも覗き込んで眺めている。

「あらぁ、素敵ねぇ。どうしても自分で買うと同じような色のものばかりになっちゃうけど、こうして揃えになっていると別の色も使ってみたくなるわ」

「ふぅむ……こういう贈り物もいいですね。『揃え』ではなかなか考えませんから」


 コレクターは『コンプリート』という言葉が、大好きなのですよ。

 シリーズ全ての箱買い、全買い、大人買い……コレクターにとっては、極々当たり前でございます。


 ひとつひとつ買いそろえる楽しみってのもありますが、買い逃して絶版になってしまう絶望ってのもありますからね。

 手に入る時に、全力で揃える!

 コレクターの心意気でございますので、髪留めを集めているメイリーンさんには『コンプリート版』をお贈りしたかったのです。


「うれしいーー! これ、絶対に、飾っておくね!」

「こういう小さめのものって使いやすくていいよねぇ。あたしも、ほら」

「あ、お義母様の素敵ですっ! 三つ、揃えになってるんですね!」


 父さんが作ったのは飾り留めのサイズ違い二個とピン留めセットだ。

 一点豪華作戦ができない時は、こういうセットもの戦略は大変有効である。


 そして、今回のスペシャリテ。

 バースデーケーキは『アイスとムースの虹色ケーキ』。

 タルト生地の上にドーム状にカスタード味のアイスクリーム、西の森で沢山採れたラズベリーに似た木苺を使ったアイスの二層仕立て。

 その上をムースで覆い、夏らしく柑橘味で淡い七色のゼリー粒が入ったジュレをかけてあります。

 全体的にさっぱり、でも甘さはしっかり、冷たくてトローリふわふわの一品でございます。

 器はこの日のために仕上げた、薄い浅葱色の青硝子製ですよ。


「くぅぅー、この氷菓ってやつぁ、旨いなぁ!」

「木苺、すっごく、美味しい……!」

「見た目ももの凄く綺麗ねぇ。器も涼しげだし、タクトくんの作るものって本当に色とりどりで素敵だわ」

「一年中、氷菓を作って欲しいですね……真冬でも暖かい部屋で食べたいです……!」


 大好評でよかったです!

 おや、母さんは……なんでケーキを睨んでいるのかな?

「タクト、これ、お店で出す?」

「いや、無理。作るの結構大変だし、今、出している価格じゃ絶対に大赤字だし」


 ふぅ、と母さんが漏らした溜息は、安堵ともとれるけど……?

「これを出したら、またすごく人気になっちゃって、夕食の準備時間がなくなっちゃいそうだからねぇ」

 そ、それは申し訳ないので、出すとしても虹色ジュレを使うだけにしておくね……



 そして紅茶で一息ついている時に、『エナドリ』がもうすぐ完成しそうだとメイリーンさんが微笑んだ。

「タクトくんの、おかげ。あの果物から、必要な物を、ちゃんと加工できるようになったの。えーと、ルリーゴ」

「あ、その名前、間違ってたんだ。売ってくれた人が間違えて覚えてて、正しいのは『リルーゴ』だった」

「……凄く、惜しい間違いね? ふふふっ」


 ふふふっ、て、かわいー。

「メイ、その薬の名前はもう決まったの? 登録するなら、早く決めないと」

 メイリーンさんが『むにゅぅ』って感じの表情になってる。

 可愛いけど、面白い。

「……名前……思いつかなくって……」

 だよねー、名前って難しいよねぇ。

 この間も俺、へんてこな名前の金属、作っちゃったしねー。


 ちらり、とこちらを見て、小首を傾げるメイリーンさんの可愛さに思わずフリーズする。

「タクトくんの、名前、入れてもいい?」

 は?

「それは、ダメだよ。作り上げたのはメイリーンさんなんだから」

 俺の名前を付ける意味が解らないよ?


「でもっ、タクトくんが、見つけてくれなかったら、あの果物、探してくれなかったら、絶対にできてないから……」

 いやいや、それだって俺はリルーゴを持っていって見せただけでしょ?

「そうよ、それはダメよ、メイ」

 おおっ、お姉さまからの援護射撃。


「あの薬はあなたが作ったもので、あなたが処方して患者さんに渡すものなのよ? それにタクトくんの名前を付けたら、患者さん達はタクトくんが作ったって勘違いするかもしれないわ。もしその薬で何かあったとしたら、タクトくんに迷惑がかかるのよ?」

 メイリーンさんはそんなこと思ってもいなかった、って感じで、しゅん、としてしまった。

「タクトくんがショコラ・タクトに自分の名前を付けているのは、その全ての責任をちゃんと自分が取るっていう責任感と、美味しいものを提供しているという自信からだわ。あなたは、その薬に自信がないの? 責任を取らないの?」


 ……す、すみません……俺はそこまでの覚悟なんかなしで、流れで名付けに了承しただけなんですぅ!

「マリー、あなたの真面目さは素晴らしいと思うし、その責任感も大切なものだわ。でも、もう少しだけ、力を抜いてもいいんじゃないかしらねぇ?」

「いいえ、お姉様。医療や薬事というのは、どこまで厳しくても厳しすぎるなんてことはありませんわ」


 こういうところ、もの凄くビィクティアムさんに似ている。

 セラフィエムスの気性なのかなぁ。

 医師様としては、非常に頼もしい。


「薬や診療の質と魔法については、確かにそうだと思うわ。でも、名前はもっと、親しみやすくて解りやすいってことでいいと思うよ? きちんとするべきところと、そうでもないところの緩急は必要よ」

「でもよ、メイちゃん、タクトの名前は勘弁してやってくれよ。こいつだって、自分がたいして関わってねぇもんに名前付けられるのは……恥ずかしいと思うしよ」

 父さん、ナイスフォロー。


「どうせなら、ふたりの名前を入れたらどうです?」

 何を言い出すんですか、ライリクスさん!


「全部じゃなくて、一部ずつ。それなら、誰かの名前だなんて解りにくいのでは?」

「……ふ、ふたりの、ですか?」


 ライリクスさんは面白そうに頷き、えーと、メイ……とタクト……なんて考え始めている。

「『タク』って付くとタクトくんって、すぐ解っちゃうわ」

 乗らないでよ、お姉さま!


「そうですねぇ……えーと、使っているのはリルーゴと?」

「柑橘の皮とか、薬草いろいろ、です」

「しかし、タクトくんと関係あるのはリルーゴだけなんですよね? だとしたら……リル……いえ、メイリル……クト? ああ、『メイリルクト』はどうですか?」


 安直。

「そうね、それくらいなら……どう? メイ」

 お姉さまぁぁぁっ!

 否定してくださいよぅ!


「おおっ! いいんじゃねぇか? 初めてふたりで作ったって感じでよ!」

 父さんまでっ!

 初めてふたりでって……初めて、の……?


 魅惑のワード『初めての共同作業』。


「そうね、ふたりの名前って解るのはあたし達だけだし、いいと思うけどねぇ?」

 母さんにまでそういわれ、俺とメイリーンさんはお互いに顔を見合わせて……頷くしかなくなってしまった。


 やべぇ。

 照れくさいのに、なんかこう、ムズムズするみたいにこそばゆいというかっ!

 くそぅっ!

 嬉しがってなんか、ないんだからなっ!


 そんな素直じゃない俺の耳に、メイリーンさんの声が届いた。


「えへへっ……うれしー……」


 嗚呼、今ここで彼女を抱きしめられないなんて!

 こんな拷問が、この世にありますか?



 その後、ライリクスさんやマリティエラさんからリルーゴのこととか、どうしてそんな果物を知っていたんだとかいろいろ聞かれた。

 が、俺は隣で微笑むメイリーンさんに釘付けで、おざなりに適当にどーでもよくぞんざいに答え、頭の中でリフレインする『うれしー』に舞い上がったままだったのである。

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