第356話 いろいろ準備

 午前中は『銘印章』登録でぱたぱたしちゃったので、ランチタイム終了後にやっと東市場に顔を出すことができた。

 サラーエレさんに無事にエイリーコさん達との契約が済んだと伝えると、殊の外喜んでくれた。


 お礼と今後も宜しくのお願いを込め、サラーエレさんが大好きなデートリルスの蜂蜜で作ったキャンディをお届け。

 これからのチョコ菓子を楽しみにしてると言ってくれた。

 ご期待に添えるものを作らなくては!


 だが、カカオにも味や風味に結構違いがある。

 以前、東市場で買った輸入物と思われるカカオは、割とスモーキーでコクのあるビター感があった。


 しかし前回陛下が送ってくれたものは、結構酸味が強くベリー感があるものや、スパイシーなもの、ナッツ感のあるものなど区々まちまちだった。

 王都で売られているカタエレリエラのものは、各農園によって作っている品種が違うのだろう。

 それをおそらく領主様がまとめて管理・保管し、流通などを調整しているのかもしれない。


 きっと苗や木をあちこちからかき集めて輸入し、何年か栽培してこの国に適応し生き残ったものだけの収穫を続けてるのだろうから品種などの管理まではまだ徹底されていないと思われる。

 だからきっと、俺が魔法で選別し、配合を調整して当初の味を維持しているものと違ってしまうから、ショコラ・タクトは『再現』ができないのだ。

 俺が基準にしている一番最初に作ったビター感のあるカカオと、今のカタエレリエラのカカオとでは全く違うものだから。


 エイリーコさんの農園は、どんなカカオなんだろう?

 この間見せてもらった春収穫分の残りは、申し訳ないが質が悪すぎて参考にならないんだよな。

 秋収穫のものを基準にして、味を今までに合わせるのではなく『新生・ショコラ・タクト』として作っていってもいいな。

 ……『ショコラ・タクト改』……か?

 その辺は、今後考えよう。

 カカオポッドからの加工場所、準備しとかなくちゃ。



 スイーツタイム半ばに東市場から戻ると、自販機前に人が並んでいる。

 はて?

 なんか珍しいものを入れていたかな? と覗き込んだら、皆さん『珈琲氷菓』をお買い求めのために並んでくれていたのだ。

 ……暑いからねぇ、今日も……


 これは手売りもした方がいいだろう、と、自販機横で急遽販売開始。

『珈琲氷菓』は、あのコーヒー牛乳にジンジャーシロップを加えた、ふたつに割れるチューチューアイス味のシャーベットである。

 流石にチューチューアイスにはできなかったので、ちょっと硬めに作って棒付きのアイスキャンデーにしてある。

 棒に温度キープの魔法をかけてあるので、食べきるまで屋外であっても溶けることなく楽しめるのだ。

 夏にアイスキャンデーは、必須であろう!


 そうだ、この間リシュリューさんに泣きつかれたから、辛口咖哩カリーのレトルトも入れておいてあげよう。

 暑い時期こそ食べたいものだが、食堂で出すには辛過ぎる。

 でも密かなファンがいるので、入れておけばがっつり買う人も出そうだ。


「タクト、この袋に入れておいたら、明日まで溶けないのか?」

 ルドラムさんが、アイスキャンデーの大量買いをするかどうか思案しているようだ。

「いや、そこまではもたないなぁ。精々、半日くらいだよ」

「そっか、それじゃ二個だけにしておこう……」

「家に『製氷室』があるなら、そこに入れておいてくれたら二、三日くらいは平気だよ」


 残念ながらあまり『製氷室』など、備え付けている一般家庭は少ない。

 食料品店や食堂などを営んでいない限り、氷の魔法は殆ど使える人がいないので魔石頼みになって高く付くから常設されていないのだ。


 ……ライリクスさん、ホクホク顔で十本も買っていくなよ。

 氷系の魔法を隠しているってのに。

 衛兵宿舎に『製氷室』は、作られてないよ!


 アイスもラインナップを増やそうかな。

 こっちの準備は、今後の気温次第かなぁ。

 クリームタイプにするか、氷タイプにするか……気温で売れるものが変わりそうだもんな。



 四半刻……三十分ほどで列も解消。

 自販機に補充だけして、食堂側に戻ろうとしたら父さんに手招きされ、応接室へ。

 中には誰もいなかったので、どうやら内緒の話をしたいようだ。


「贈り物? 母さんに?」

「おう、この間のよ、まぁ……詫びというか……」

「いいんじゃない? 喜ぶよ、きっと」

「でな、この橄欖石かんらんせき蛋白石たんぱくせきでな、なんか作りてぇんだが……何がいいと思う?」


 とても綺麗な黄緑色のペリドットと、ほんのりアイボリーのオパールである。

 流石父さん、いい石を持ってるな……

 でもあまり大きいものではないし、いくつか組み合わせて作るつもりだとしても結構手間がかかりそうだ。

 それなら、組み合わせてひとつの物を作るより、沢山作ったらどうだろう。


「髪どめ……?」

「うん。飾り留めじゃなくて、抑え留めの方」

 大きな飾りの付いた仕上げに止めるようなものではなく、所謂『ピン』の方だ。

 ピンにいくつかの小さい石をちりばめて、それを結い方を変えてあちこち好きに着けられるように沢山作るのだ。


「そっか、あんまり大きいものは作れねぇから悩んでいたが、そういう使い方もできるな」

「飾りの大きい仕上げ用の留め具だと、形や大きさで決まった髪型ばっかりになっちゃうから、きっと抑え留めのもので沢山あった方がいろいろ工夫できていいと思うよ」


 実は俺も、もうすぐ来るメイリーンさんの誕生日に『髪留めセット』として、いろいろな小さめのカラフルな石を付けたピンと飾り留めを一緒に贈ろうと思って作っているのだ。

 それを父さんに見せたら、こりゃいいな! と大乗り気だった。


「飾り留めも、中くらいのとか小さめのものがいくつかあってもいいんじゃないかな」

「よしっ、他にも使える石があるから、集めて作るぞ! ありがとよ、タクト!」

 父さんは意気揚々と、地下の鉱石置き場へと走っていった。



 こちらの女性達は、アクセサリーというものをあまり身に着けないのだと思っていたが、そんなことはないのだ。

 ネックレスやペンダントは身分証があるせいで、あんまり人気のある装飾品ではない。

 ブローチも襟飾りも、服に合わせた色や形になってしまいがち。

 イヤリングは儀式や祭典以外では使わないものだし、精々が腕輪か指輪。

 しかしそれらも、仕事をしている時は邪魔になるからか、外してしまうことが多い。


 彼女達が一番楽しんでいる毎日使うアクセサリーは、髪飾りなのである。


 こちらの女性達の髪型は、実にバリエーションに富んでいる。

 だが、どんなに長くても肩胛骨けんこうこつくらいまで。

 それ以上は『下品』らしい。


 むしろ、襟につかない長さのボブカットや、ショートカットの女性が多いくらいである。

 メイリーンさんも肩に付くくらいまでの長さの、ちょっとワンレンっぽいボブである。

 いつも綺麗でカワイイピンをいっぱい使って、いろいろな髪型に結い上げている。


 そして母さんのように長めの髪の人だけでなく、ボブカットでも、決してばらっとおろしたままにしている人はいない。

 髪が風で舞うというのは、こちらの女性にとっては『だらしない』の代名詞らしい。

 キッチリまとめ上げ、微動だにしない……という人は少ないが、リボンで結んだり髪留めを使ったりと、風で髪がばらけないように結っているのだ。


 そして、髪で顔が隠れてしまうのは、とても周囲に悪印象を与えるもののようだ。

 ……これは、女性だけでなく、男性も同じ。

 男性も長目の人は後ろで束ねているし、絶対に前髪が目元を隠してしまわないように短くしているか、オールバックで止めているのだ。

 当然、男性用のピンも売っている。


 なので、女性達はその結い方と髪留めで『オシャレアピール』をするのである。

 ぱっと見だけではどーやって止めているのか解らないほど、見事な『髪捌き』の方々も沢山いるのである。

 マリティエラさんなんて、もの凄く器用に結んでいて毎回不思議に思ってしまう。


 ピンだけでなくリボンやカチューシャみたいな道具を沢山使って、みんな髪型を楽しんでいるのだ。

 髪を結うだけで、カットなどしないセットだけの『髪結い』という職業もあるくらいだ。


 シュリィイーレではそれが当たり前だったので、こちらの女性達は髪を結うのが当然なのだと思っていた。

 しかし、先日訪れたカタエレリエラのテルレオネや、目標方陣鋼の設置をお願いしたそれぞれの町では少し様子が違った。


 ばらっと下ろしたままの髪で歩いている人は、やはり全くいなかった。

 だが、後ろで束ねて風で前に落ちてこないようにしている程度で、完全に結い上げている女性もあまりいなかったのである。


 それまで、俺が知っていたのはシュリィイーレと王都だけだった。

 きっと、この町には貴族の傍流や、士族家系の人が多いから、王都と似たような文化なのだろう。

 おそらく『貴族的』なのかもしれない。


 ……だから、新人騎士達の研修に、この町が使われていたような気もする。

 ここは直轄地であり、貴族的な文化が根付いており、それでいて他の場所へ容易には抜け出せない『隔離地域』だから。


 あ、研修生の作法・食育プログラム、ビィクティアムさんと相談しなくちゃ。

 やばいことまで、教えちゃわないようにしないと。

 いろいろ準備することが多いなぁ。

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