第354話 【収納魔法】と【蒐集魔法】

 俺は慌てて家へと転移し、『生命の書』を開いた。

 今まできちんと調べたことがなかったんだよな、【収納魔法】……あ、あった。


 俺の認識として、いろいろしまっておける『押し入れ』とか『クローゼット』『納戸』のイメージだった。

 その大荷物を持ち歩くのだから、重ければ魔力を使うっていうのは納得できた。

 だが、ここにはそれ以外のことも記されている。


『収納した物に蓄積されている魔力は、覆いがなければ自身の魔力として使用される』


 覆い、とは、おそらく袋に入れてあるとか、何かで包んであるといった状態だ。

 さっきの人も言っていたように『じかに入れている』と、そこに含まれている魔力が使用されてしまうのだ。

 まるで魔道具にセットした魔石のように、魔法に使うことのできる魔力の『バッテリー』なのだ。


 ある意味【収納魔法】は『魔力の貯蔵庫』でもあるわけだ。

 ガイエスが無茶な方陣門移動で持っていた魔石全てから魔力が全くなくなった、と言っていた時になんとなく引っかかった。

 確かに魔石からは全部の魔力がなくなっていたが、迷宮から持って来たという魔具や石板には『魔力がある程度入っていた』ままだったのだ。


『持っている物の魔力が使われる』なら、迷宮魔具からだって使われるはずだ。


 あいつはそれらを、袋から出したりしてはいなかった。

 魔具も石板も、【収納魔法】に入っていたはずだ。

 それなのに、なぜ、魔具の魔力が残っていたのか。


 さっきの人は……確かこうも言っていた。

『いつもより全然疲れなかったから、余分に魔法を使った』……というようなこと。


 方陣鋼から魔力を引き出して使っていたせいで、疲れなかったということは『本人が所有している魔力を使用していなかった』から?


 魔法の発動には『本人の魔力』が必須である。

 だが、その魔法の展開と維持し続けるだけならば『魔石の魔力』でいいのだ。

 発動にはたいして魔力は要らないから、維持や連続使用の場合ならば【収納魔法】に入れられていた物から魔力が減っていくのだろう。


 ガイエスの移動後、魔具にまだ魔力が残っていたということは、魔具内の魔力だけで足りたということのはず。

 ならば、あいつがあそこまでの魔力不足になることなんてなかったはずだ。


 何かあるとすれば、一般的な魔石ではなく『迷宮の魔具』だろう。

 俺はガイエスにもらった『琥珀の香炉』を取りだしてみた。

 そして、今入っている魔力を全て放出してみる。


 特に何も起きない。

 だが、俺がその香炉に触れた途端に、香炉が俺の魔力を吸い出した。

 古代の方陣でもないというのに、強制搾取だと?

 小さい香炉だったのでたいした量ではなく、あっという間に魔力吸収はなくなった。


 こんな道具、初めてだ。

 こういう香炉自体は、全然珍しい物ではない。

 素材も銀の合金で、希少な物など含まれていない。

 迷宮で何かが変化したということか?


 神眼で『視て』みると、何かチラチラと光るものが香炉全体から少しずつ放出されている。

 ……魔効素?

 そう俺が心の中で呟いた途端に、その光が強い緑色を放ち始めた。


【文字魔法】で魔効素を指定した時の色と、同じ色に。

 では、もしかして、魔瘴素も視えるか? あ、視えた。

 オレンジ色に……俺が【文字魔法】で『試行』し続けたことで、神眼が『学習』したのか? 『魔効素は緑』『魔瘴素はオレンジ』が、俺の認識である、と。


 香炉の金属の中に、沢山のオレンジ色が渦巻いている。

 俺の持っているその他の鉱石にはまったく魔瘴素は視えないが、あのレアアースの塊は香炉と同じように内部に魔瘴素を含んでいた。

 その他のガイエスからもらった道具類も、僅かではあるが魔瘴素が視える。

 ……あの鱗は……何も視えないな。『魔具』じゃないから、か?

 そして、そのどれもに薄く魔効素の膜のような物ができていた。


 そうか、迷宮の魔具は魔瘴素を溜め込んで、少しずつ魔効素に変換しているのか。

 魔獣が道具を埋め、その上に陣取るというのは、もしかしたら自身の魔瘴素を魔具に食わせ、放出される魔効素を得るためか?


 魔獣は魔瘴素を餌にしているが取り込み過ぎは、魔獣にとっても『毒』なのではないだろうか。

 鉄に魔瘴素を過剰に入れた時に黒ずんで崩れてしまったように、魔獣も取り込み過ぎを防ぐために道具に魔瘴素を変換させているのでは?

 魔具に貴金属や宝石などが付いた物が多いとか、石板が埋まっているなんていうのも魔瘴素の変換効率がいいとか魔力保持力が高いからと考えられるかも。


 迷宮の魔具が魔力を帯びているというのは、魔瘴素変換で魔効素を作り出し、その一部を吸い込んで魔力に変えてまた魔瘴素を変換している……という『サイクル』なのではないだろうか。

 ただ、魔具が吸い込める魔効素が少ないから、変換効率が悪く魔効素が零れているのだ。


 おそらく、迷宮の魔具が持主から魔力を吸うのは『魔効素を取り込んでから変換して魔力を作るより、魔力そのものを吸い取った方が効率がいい』からだ。

 つまり、ガイエスが魔力不足になったのは……


『門』の無茶な移動で、迷宮の魔具と魔石に大量に蓄積されていた魔力を使った。

 これだけならば、きっとガイエスの魔力はたいして必要なかったんだ。

 だが、空になった魔力を迷宮の魔具達はガイエスそのものから、強制的に吸い上げた。

 しかしガイエスには、それらの全てを満たせるほどの魔力量はなく、昏倒。


 俺が魔効素からの変換魔力吸収を指示したので、完全に魔力がなくなる前になんとか間に合い『ガイエス自身』に魔力が供給された。

 それを受け、迷宮の魔具達はまたガイエスから魔力を搾取しはじめた。

 その吸収スピードが遅かったため魔具に魔力が満タンになる前に、ガイエスが目覚め、迷宮の魔具を全て机に出してから眠ったので、回復できた……と?


 多分、この仮説で当たらずとも遠からず……だろう。

 うっわーーーっ! なにそれっ!

 迷宮品、怖ぇーーーーーっ!


 でも直に【収納魔法】に入っていなかったら、方陣門を展開した時に大変なことになっていたのだろう。

 まぁ……ラッキーだったってことだよな。

 ……

 ……



 怖いこと、思いついちゃったぞ。



【蒐集魔法】……って、直入れ、ですよね?

 まさか……同じ理屈が適用されていたりしない……よね?


 俺は身分証隠蔽指示から『表示魔力は五パーセント』指示を消し、『【蒐集魔法】から供給されている魔力量を非表示』と書いてみた。

 うっわー……ガッツリ、変わったー。


『魔力 1646073』にまで増えていた数字が一気に『129218』まで落ちた。

 それでも多いっちゃ多いけど、極大方陣ふたつ開けちゃったし神斎術ふたつ貰ったって考えれば、ビィクティアムさんの時と比べても妥当である。

 なるほど……俺の馬鹿みたいな魔力量は『内蔵型パワーバンク』の表示だったってことだ。


 そーだよなぁ。考えたらおかしいんだよ。

 ここの世界に来てすぐ、全く魔法なんて使ったとが殆どない状態だったにもかかわらず、俺には魔力なんてものが『大量に』あったんだよ。


 俺のコレクションがこの世界に来て『魔力』を帯び、俺はその恩恵に与っていたわけだ。

 おそらく常時発動である【蒐集魔法】や【収納魔法】は、本人からだけでなく外部からもある程度は魔効素変換で魔力充塡できるのだろう。

 そして俺のコレクション達には、ほぼ漏れなく金属や鉱石、石油製品など『大地の恵み』といえる材料が使われている。


 万年筆のペン先には金とかプラチナもあるし、インクにも鉱石由来の原材料がかなり含まれている。

化繊の衣服、台所用品の金属、そして、食品は全てプラスチック製や金属、硝子製の容器入り。ポテチの袋だってアルミニウムだ。

 この世界に転移した時の俺には『元々魔力が全くない』状態だったから、割合ダメージってやつもなかったのかもしれない。


 そして、コレクションが魔効素を少しずつ変換吸収する課程で、俺はその魔力を使って『魔法を使う試行』をした。『俺自身の魔力』ってやつが溜まり始めたのは、多分その時。

【文字魔法】は元々は俺の魔力ではなく、万年筆やインクなどの魔力を使って発動していたんだ。

 ポテチ、ガンガンに出したのも魔力を使う練習になったんだろうなー。


 そーか……はじめの頃、一度の発動で文字色がなくなったのは書いた時に入れられた道具とインクからの魔力だけだったからだ。

 よくよく考えてみれば初めの頃は『文字に魔力を込める』なんて、態々やってなかったもんな……【集約魔法】とか【複合魔法】ができるようになってからだよなぁ。


 書いた魔法が文字色さえ薄くならなければ発動していたのは、きっとシュリィイーレだから、だろう。

 この地の魔力量・魔効素の多さは王都より、セラフィラントより、カタエレリエラよりダントツに多い。

 文字のインクが、微弱ながらもその魔効素を吸い上げて変換吸収していたのだ。


 そして更に怖ろしいことにも気付いてしまった。

 今現在、コレクション内の全ての物品は、使った魔力を俺自身から強制搾取し、満タン状態を維持しているのだ。

 迷宮品と同じで、俺自身に沢山魔力があるならそっちからの方が効率がいいからだろう。


 俺自身が魔効素変換で自身に魔力を補っているとはいえ、知らず知らずのうちにコレクションに魔力を貢いでいたことになる。

 ……まあ、コレクターとしては本望なのだが。


 コレクションカテゴリーの中にある全てがそうなので、醤油の瓶や全然着てもいないレーヨンのパーカーにまで魔力を明け渡している状態なのだ。

 俺のコレクションは全て『迷宮品』に優るとも劣らぬ『魔具』ということになる。

『鞄』カテゴリーがなぜ別扱いなのか、もの凄く納得だ。

 鞄の中に入れた物は、魔力の使用も搾取もないのだ。


 ……こちらの貨幣を直入れしていなくてよかった……

 あんな純金とか純銀に等しい物がたんまり入っていたら、俺はどれだけ魔力を取られていたかわからんな。


 あ、直入れしていたら【金融魔法】が発動して、全部日本円になっていたか。

 でも普通預金だから預け入れの上限とかあったりして、そのまま保管ってのもあったのかも……


 それにしても、俺のこの口座って金の出し入れがあればずっと使えるのかな?

 俺、あっちの世界でまだ戸籍とかあるの?

 家に税金の督促状とか、届いちゃったりしてる?

 いや、異世界支店がある銀行自体が向こうになかったのに、俺が使えてるってことは神様経営の銀行なのか?

 ……このあたりは……神様からの恩寵ってことで……深く考えないようにしよう……

 でも、いつ、なん時、口座凍結なんてことになっても後悔しないように、欲しいものは全力で買っておこう……!


 いかん、脱線した。ちょっと落ち着こうか。


 こっちの貨幣は迷宮品じゃないんだから、直入れしてても強制搾取はない。

 うん。大丈夫、大丈夫。

 だけどうっかりデカイ魔法発動した時に魔力が抜けちゃっていたら、貨幣として使えなくなって激烈貧乏になったかもしれない。

 それも、コワイ。


 そして俺が魔効素を発見できていなかったら、きっととっくに死んでいたと思う。

『自分の魔力』と信じている【蒐集魔法】内の魔力を、本当の所有量以上に一気に使っていたら、その後の強制搾取が始まった途端に倒れる。

 あの魔法師一等位試験の日、レーデルスから転移してきた時のように、倒れたその場にいつも助けてくれる誰かがいるとは限らないんだから。

 そして、死ななかったとしてもコレクション達に魔力が溜まるまで……寝たきりだっただろう。

 下手すると何十年も……いばら姫のように美女ならばいいが、男では物語にすらならん。


【蒐集魔法】が、これほどリスキーな魔法だったとは思ってもいなかった。

 不足分充塡のスピードがあまり速くなかったおかげで、何とかなったんだろうなぁ。


 コレクション内の、日用品とか衣服とかは即座に整理だな。

 俺が貢ぐのは、万年筆やインク達と鉱石・金属達ってことで!

 あ、でも鉱石や金属も表示しておくものを厳選して……あとは鞄に入れておこうっと……

 この『超巨大エネルギーテラバンク』状態から、『メガ』くらいにまでは抑えておきたいところだ。



 そして整理整頓をし、本来の『コレクション』でない物品で、持ち歩いていなくていいものについては部屋に置いておくことにした。

 あちらの世界の服や靴、使わない日用品類などは、素材に分解。

 加工用にキープしている石や金属は、トートバッグに入れて『鞄』カテゴリーへ。

 そして、本も。


 なんと本は『文字』が、ものごっつ魔力を蓄えていたのだ。

 もー、辞典なんて怖ろしいくらいに。

 辞書って紙に二酸化チタンとかの填料を使っているからか、とんでもない魔力量なんですよ。

 文字数も半端なく多いし。


 だけど、こちらの世界の本はなぜか、魔力は入っているものの俺の魔力量には寄与しておらず、使用できないから強制搾取もないみたいだった。

 ……羊皮紙だから?

 それとも、日本語じゃないから?

 印刷インクの原料の問題かな?


 とりあえず、全ての本はカテゴリー別に分けて普段あまり見ない本は袋へ、よく見るものだけをコレクション内に『小口を隠すようにケースに入れて』からしまうことにした。

 ケースを『覆い』と認識してくれたらいいんだが、というささやかな望みである。


 午前中いっばいを使ってなんとか、お片付け終了。

 魔力表示は、コレクション分を入れても『463307』。

 うん、『メガ』くらいにはなったかな。


 そして『表示魔力は【蒐集魔法】から供給されている魔力量を抜いて、五十パーセント』指示を出しておくことにした。

 今後は鞄で出し入れすることになるから……【収納魔法】として表示しておこうかなぁ……



 ……鞄カテゴリー、ある意味『エコバッグ』になるのか?

 これ。

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