第353話 水筒普及
「おまえのことだから、帰って来るかも、とは思ったが……本当にその日の内に戻るとはなぁ」
父さんが呆れ顔である。
いいじゃないか、お
「テルウェスト司祭のご厚意で、越領方陣門を使わせてもらえたからね。おかげでカカオも調達できそうだし」
「あら、それは良かったねぇ! カカオのお菓子がないと、寂しがる人が多いだろうから」
どうやら、やはり『チョコレート・ホリック』の方々はここでもいらっしゃるようで、カカオの菓子のみを買っていく人が増えているらしい。
本当に、カカオの調達ができそうで良かった……!
そしてやっぱり、うちの食事が一番美味しい。
イノブタの煮込みなのだが、いつもと違って『醤油』を使ってくれた料理だった。
豚の角煮みたいにできあがってて、とろとろで美味しーーい!
一緒に豆が入っているのも、もの凄く好きー!
帰ってきて良かったーー!
でも、あのガパオみたいなやつは作ってみよう。
旨かった……あ、香辛料サラーエレさんの所で買わなくちゃ。
あの辛いやつ、絶対に辛口カレー好きのリシュリューさんとか好きだと思う。
「そうだ、タクト、あの水筒、すげーいいぞ! ルドラムとデルフィーも喜んどった」
「役に立って良かったよ。今日、錆山に行ったんだね」
朝から、気温がめっちゃ高かったからなぁ。
冷水が出る父さん達と、衛兵隊の使う『フルスペック』は大活躍だったことだろう。
「魔法師組合で『方陣鋼』だけを買ったやつがいたが、水がぬるまっちまってたぜ」
「専用の『湧泉水筒』じゃないと、外気温の影響を受けるからすぐに温まっちゃうんだよ」
やっぱり、方陣鋼だけを買う人も出て来たな。
魔法師組合で方陣鋼を売ってもらうと、絶対にそういう人がいるだろうことは予想できたので『単品売り』は、かなり高めにしてある。
ベルデラック工房製の専用水筒とセットになっている『湧泉水筒』を買うよりも、魔法師組合で『方陣鋼のみ』を買う方が高く付くのである。
だが、カートリッジ交換の場合は別である。
使用済みの湧泉水筒を持っていくと、魔法師組合で方陣鋼を単品売りの二割ほどの値段で『交換』してもらえるのだ。
これは、使えなくなっている予備方陣鋼でも交換対象である。
方陣鋼は一度水筒にセットしたら、使えなくなるまでは外せない。
そして交換の時には、新しい方陣鋼を押し込むように入れ替えない限り取り出せない仕組みである。
『湧泉水筒』を買って、安く手に入れた方陣鋼を転売する……ということはできない。
「でも、専用の水筒じゃないと水の湧く量も少なくなるし、魔力を込められる回数も減っちゃうのに……勿体ない使い方するなぁ」
「そうだよなぁ。あの水筒はベルデラックんとこで作ってんだろ? 便利な持ち運び用の掛け革紐も付けられてたぞ」
おや、流石ベルデラックさん。
ユーザーへのホスピタリティが素晴らしい!
「綺麗な模様の付いた物もあってね。みんな、何個か買ってるみたいだったねぇ」
「母さんのも作ってあるからね。出掛ける時は持っていってね」
「あら、嬉しいわ!」
父さん達のは水筒をそのままあおって飲むタイプだが、母さんの物は蓋がカップになるタイプである。
勿論、フルスペック特別仕様なので、カップにも保温機能付である。
そしてカートリッジ交換が必要ないフルスペックタイプだけは、『無限チャージ・無限湧水』なので使用者限定となっている。
魔力登録していなければ『既に入っている分』は使えるが、それ以上の水は出せない。
そして、たとえこの完全版方陣が別の羊皮紙などに描けたとしても、シュリィイーレ以外では使えない。
フルスペックタイプでも西の大峡谷の向こうとシュリィイーレの東門から出た外側では湧水機能は働かず、ただの水筒になってしまうのだ。
シュリィイーレの東側で使えるのは『湧泉水筒』に入っている時の方陣鋼のみ。
他の入れ物では使えない。
そして、他国ではこの『湧泉水筒』ですら、水は湧かない。
この制限付きの仕様は、ビィクティアムさんと教会、そして魔法師組合からの要望でもある。
『魔法の流出を避ける』
それが、この皇国と直轄地における絶対の法なのだ。
……法律書、書かせてもらって良かったなぁ。
俺、結構グレーゾーンのことばっかやっていたなぁって、読む度にヒヤヒヤしちゃったよ。
今でもかなり黒に近いグレーなこと、やってる認識はあるし。
ガイエスに渡している『物品の転送方陣』とか。
一応、使用可能者限定だから言い訳はできそうだけど……絶対に怒られる。
法律が『それを知っている者だけを守る』という側面がこちらでもかなり大きい。
『知らない』ことで損をすることはあるが、許されることはないのである。
特に魔法と身分についてはいろいろと厳格で、難しいのだ。
今回の法律では『不敬』に関してもの凄く厳しくなっているので……うっかりすると大変な事態を引き起こす場合もある。
成人してると余計に厳しいし、面倒なのだ。
方陣は作る度に、絶対にビィクティアムさんとラドーレクさんに確認してもらおう、と固く誓っている。
あ、『移動方陣』の同行者用……登録しておかなくちゃ。
翌日も雲ひとつない晴天で、朝っぱらからとんでもなく気温が上がっている。
湿度が低いのが救いだが、それでも
そして町中がなんとなく『水不足』を意識し始め、湧水水筒は飛ぶように売れている。
トリセアさんが、なんでうちの工房では金属が加工できないのよ! と叫ぶほどに。
だが、この暑さであっても錆山での採掘を止めるわけにはいかない。
仕事のために使う加工用の金属や石は勿論だが、前年の冬に気温が低くなり過ぎたために使いすぎた『魔石用』の石を、ちゃんと補充、備蓄しておかなくてはいけないのだ。
石に魔力を込められれば全て魔石ではあるが、保持力の少ない石に魔力を入れてもあまり意味はない。
そして魔石として使った石は、何度も魔力を入れ直すことができない。
ルビーやサファイア、エメラルドといった宝石類でさえ、三回ほどが限度。
魔効素での変換充塡であれば、何度でも大丈夫なので『個人の魔力』に変換されたものを注入するのとは違いがあるのだろう。
そして魔力充塡の魔石で直径十ミリほどの宝石や貴石だと、込められた魔力は五日から七日程度の日常生活で使い切ってしまう。
灯りも水のくみ上げも調理器具の魔法も、何もかも全てが魔力を使用するのだから。
その後は普通に宝石として売ることはできるが、魔石使用ができないとなると少し安くなってしまうのだそうだ。
自分自身が使える魔法の種類が少なければ、それだけ多くの魔法器具が必要であり、魔石が必要だ。
だからこそ、多くの人がこのうだるような暑さの中、錆山へと探掘に向かう。
自分達の生活で使う為が最優先だが、質の良い物が多く採れるシュリィイーレには他領から買い付けに来ている商人も多い。
『辺境の鉱山の町』シュリィイーレでは、夏場の採掘量で冬を越せるかどうかが決まる。
……みんな、ちゃんと水分摂って身体に気をつけて頑張ってね。
俺はそんなことをつらつらと考えながら作った追加の水筒用方陣鋼を持ち、ベルデラック工房近くへと転移。
うおっ、日差し、眩しっ!
ベルデラック工房はフル回転で、水筒をガンガン作ってくれている。
ちゃっと方陣鋼と不銹鋼を納品して、皆さんでどうぞ、とお中元的に
早くも大好評、ピスタチオアイスでございますので、是非皆様の休憩のお供に。
さぁ、帰ろう……と工房を出た時に、町ゆく人の声が聞こえた。
「水源の水が、少なくなっているらしい」
「やっぱりか……変な時期に大雨だったからな」
「でもよ、外門の新しくできた食堂では『水は大丈夫』って言ってたぜ」
「衛兵隊が平気だって言ってるなら、大丈夫なんじゃねぇのか?」
「ま、俺はちゃんと『湧泉水筒』買ったからよ」
「俺も、買った! 森に行った時、スゲー助かったよ」
うん、皆さんに少しずつ浸透しているようだ。
夏場は大丈夫かな。
あ、今度『塩飴』作ろうかな。
スポドリは無理だもんなぁ。
「この間、魔法師組合で予備の『湧泉の方陣鋼』買ったんだけどよ、魔力入れたのにうっかり袋にも入れずに【収納魔法】で持っててさー」
「あーあ、減っちまっただろ、魔力」
「仕事終わったあとに気付いたから、半分くらいになってた」
「え、凄いな。一日中入れっぱなしだったんだろ? よく半分も残ってたな」
「まぁ、魔石よりはずっとマシだけど、やっぱもったいねーって」
「【収納魔法】に直に入れたら、そうなるに決まってんだろうが」
ん?
【収納魔法】に魔力の入った魔石や方陣鋼を入れておくと……入れていた魔力が減る?
「その日は珍しく疲れねぇから、どーしたんだろうって思ってたんだよなー。まさか、そのまま入れっぱなしだと思わなくてスゲー沢山、魔法使っちゃったからさー」
あれ?
そういえば、なんかそんなこと……
【収納魔法】の中の魔石……魔法で……なくなったってのが……
あったはず……後で考えようって、放り投げた思考が。
あーっ!
思い出したー!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます